***世界が悔やむ最果て
―19―
予想など、していなかった
訪れるなど考えてもいなかった
かき乱す、それら
相手が溜息を零したのを気づき、昴治は苦く笑う。
テーブルの上には、二種免の教科書と書きなぐられた紙。
「だから、違うって言ってるだろ」
表情に苛立ちはあったが、声色には乱暴さは含まれていない。
「さっきこっちの公式使えって……先生も言ってたし」
「そっちの公式使ってる暇あったら、こっち使えって
同じコト言わすんじゃねぇよ……」
くるくるとシャーペンを回し、昴治が書いているレポート用紙に
祐希はサラサラと文字を書いた。
左手で書いているというのに、器用なモノだ。
細めの昴治の文字とは違い、少し角ばった文字だった。
角ばった文字なのにサラサラと書かれるのは、筆圧が薄いからだろう。
休暇と言っても、必須科目の宿題はあった。
それをやりだした昴治を細目で見ていた弟に一緒にやらないかと言ったのは昴治で。
面倒臭そうな顔をしながらも、テーブルに宿題を広げ始めた昴治の横に
祐希は腰を下ろした。
そして今に至る。
「間の式、いれないのか?」
「あ? いれてるだろ」
眉を顰める弟に昴治は瞬いた。
昴治からすれば、弟がはじき出す数式の解は
間の式がほとんど略されている。
「……………」
瞳を顰めて、祐希は無言で間の式を書き始めた。
サラサラとシャーペンは止まるコトがない。
「オマエさ、見た瞬間に答え解るのか?」
「計算するに決まってんだろ、」
昴治に顔を向けず、祐希はそう告げた。
「……オマエ、頭の中に電卓あるみたいだな
あ、もしかして、そろばんとか隠れてやってたとか?」
「アンタ、馬鹿か」
「オマエ、失礼だぞ」
「………」
「つーか、左手でよく字が書けるな」
普通だ、と祐希は返すが少しの戸惑いを昴治は感じた。
それこそ、何か悪い事がバレたような雰囲気だ。
瞳を顰めて、ふと思い起こす。
「ああ……そっか、そっか」
納得して、うんうんと頷く昴治に弟は瞳を顰めた。
「んだよっ、」
「オマエ、そういや昔さ、左利きだったな……右利きに治ったかと
思ったけど……」
覗き込んで、笑みを浮べる昴治に
祐希は舌打ちをして顔を背けた。
いたずらがバレて、叱られる前の表情にも見えて
昴治は尚も笑みを深くする。
「両方使えた方が、楽だろっ」
「ま、そういう考えもあるな」
睨みつける祐希だったが、すぐに瞳を逸らした。
それが可笑しくて、昴治は小さく笑い声を漏らす。
ピンポーン
呼び出し音が聞こえた。
昴治は、瞬いて立ち上がる。
近所の人か。
それとも訪問販売か。
「ちょっと、行ってくる」
そう一言残して、昴治は玄関へ行った。
廊下を進んで、サンダルを履いて玄関の鍵を開ける。
「はい、どちら様でしょうか?」
開いた扉に
「あの、すみません……あ―――…」
立っていた人物が、息を飲み込んで
昴治を見た。
昴治もその姿を認識するなり、言葉を失くす。
忘れは、しないよ
耶麻沢ケイコ。
彼女が、立っていた。
「何だったんだ?」
祐希の声が聞こえる。
音に、空気が震えた。
全てを響かせて
(続) |