***世界が悔やむ最果て

―15―








小さい頃、問われた

――お兄ちゃん、好きなの?

――うん、だいすき!

その感情は、何を形容したモノか。
小さな箱庭のような世界で。







あれは、14の時。

家から歩いて数分の所に、その公園はあった。
遊具は少ない所為か、それとも時代の所為か。
夕方近くとなると、ほとんど人はいない。

「……はぁ、はぁ……」

中学の夏服である開襟シャツは汚れ、体のあちこちに怪我を負っている。
誰を殴っているのか解らなくなるほど乱戦の喧嘩だった。
祐希にしては珍しく、体力消耗と怪我の数が多い。
公園の隅にある水のみ場で、顔を洗った。
水を飲み、唇を拭いながら顔を上げる。
息を一つ吐いて、自分の腕を見た。
痣ができている。
見たワケではないが、目元と口元が痛みから少なからず脹れている事は解った。
喧嘩の理由は、もう覚えていない。
ただ、相手から殴りかかってきたのは事実だった。


――また、喧嘩したのか!


舌打ちをし、顔を歪ませる。
あの雨の日から、一年が過ぎようとしている。
力の差を、能力の差を見せ付けたのにも、かかわらず
関わってくる兄が苛立って仕方がなかった。
何もかも、何もかもだ。
兄そのものが、自分の憎悪の根源のようだ。
チリチリと体が痛み、横に置いておいたカバンを取る。
右へ真っ直ぐ歩けば、家路に着く。
だが祐希は左の方へ歩き、赤錆びたブランコに腰を下ろした。

「………」

持っていたカバンを横へ投げ置く。
ブランコの鎖に手を添えず、膝上に放った。

キィ、キィ……

スニーカーのつま先を地に擦り付ける。
砂砂利の音と共に、乗っているブランコが揺れた。
静かな揺れだ。

キィ、キィ……キィ、キィ

考える事は一つしかない。
それが尚も苛立たせた。
唇を噛み、上を見上げる。

薄汚れた赤い空。
生あたたかい風。
静かな辺り。
うっとしいほどの苛立ちと憎悪。

キィィ……

悲鳴を上げるように鳴るブランコ。
風が頬を撫でる。


此処に、一人
いま、思っている事は、誰も知りはしない


仰いだ視線を落とし、横へと流した。
今、此処にいる自分を理解するのは、この世で自分だけ。
解ってもらおうと思ってなどいないので、傷つく事はない。
ただ、共感できる者がいないのなら
それは、ないのと同じ。

「……絶対に……」

呟きは、まとわりつく風に消えた。






過去は、消せない








遠くから、鳥の鳴き声と飼い犬の吼声が聞こえた。
朝早い所為か、公園には誰もいない。

キィ、キィ………

赤錆びたブランコに、Tシャツとジーパンを履いた祐希が座っていた。
サンダルのつま先は、地を軽く擦っている。
ブランコの錆びた音と、砂砂利の音。
記憶の中にいる情景と同じだった。
まだ水気の含む髪を、生あたたかい風が撫でる。

「……」

骨折した腕を支える三角巾は取り、石膏テープで固められた包帯腕を
膝の上に乗せた。
自分の手ではないように、重い。

「………」

キィ、キィ、キィ……

風は頬を撫でて、通り過ぎる。
長い前髪は祐希の瞳かかり、表情を隠した。

やはり、此処でも独りきり。








――にいちゃんがね、だいすき

過去は、消せはしない。
だが、その世界は今は無いのと同じだから
過去は、消せはしないけれど



切り捨てる事はできた



セカイで独りきり、自ら在るが故に


(続)
世界を形成するのは、他人でございます。
別の個人がいて、初めて世界が出来上がります。
それこそ孤独であるという証拠でもあるんですがね。
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