***世界が悔やむ最果て
―12―
この感情は
あの時
あの箱のような中で
一番、感じた
感じた次に、それは消えて、笑みが浮かんだ
「ぁ……ぁあ……っ」
自分とは違って、祐希の喘ぎはか細く小さい。
溜息を零すような、そんな弱い音だった。
それに震えて、渦巻く感情に、尚も震える。
引き攣れるような痛みが走った。
「ぐっ……ぅぅ……」
呻いて、昴治は蹲る。
下にある枕を握り、そして噛みついて悲鳴を押さえた。
脈打ちが遠ざかり、痛みが引いていく。
強張らせた体を緩めて、昴治は何事もなかったように起き上がった。
(悲鳴上げてないから気づいてないよな?)
右肩の痛みに、今も苛まれている姿を
あまり人には見せたくはなかった。
それは弟にでもだ。
昴治は、視線を隣りへと下ろす。
「………」
誰もいない。
皺のできた布団へ手を置いてみると、温かみはあった。
左手でタオルケットを跳ね除ける。
当然だが、祐希は見当たらない。
(自分の所に戻ったか、)
ぼんやりと頭を掻き、床に足をついて立ち上がった。
床に散らばる服に目を顰めて、シャツを一つ拾い上げる。
(ちゃんと畳めよな……アイロンかけるの、俺なんだから)
目元を顰めたまま、昴治はシャツを羽織った。
アコーディオンカーテンを開けて、祐希の場所を覗く。
誰も、いない。
祐希のベッドに近づき、タオルケットを払い退けてみる。
誰も、いない。
ドアの方を見て、そして自分の部屋の方へ戻った。
冷房の冷たさの残る部屋は、徐々に暑さが滲んでくる。
机の上に放り投げてあるIDを見た。
デジタルに表示された時刻は早朝6時。
昴治は首筋を撫で、ベッドへ戻り腰を下ろした。
しんっと静か。
シャワーを浴びに行っているのだろうか
朝飯でも作ってくれてるのか
「ありえないって……」
零すように言い、小さく笑みを浮べた。
ふと気づくのは、いま自分が笑っている事。
考えた事は、さほど笑みを浮べる事ではない。
――笑うなっ
友人の声が片隅に過ぎった。
笑みが、また深くなる。
右肩を押さえて、アコーディオンカーテンを見た。
閉められた、仕切り。
「……」
引き攣る頬を押さえると、笑みが浮かんで
そして消えた。
何処に行った?
今、座っている自分に苛立ちを覚え始める。
自身の謂れのない怒りは、募るばかりだ。
その怒りの沈め方も解らず、その意味さえも解らないというのに
表情を歪めさせていく。
ガシャッ
音が耳に入る。
即座に立ち上がり、周りを見渡した。
夏といえど、やわらかい朝陽が入り込むカーテンの隙間から外を見る。
眩しさに一瞬だけ目を眩ませて、視線を彷徨わせた。
すぐに弟を見つける。
玄関の門を閉めている姿を見て、昴治は息を零した。
途端、震え上がり唇元に手を当てる。
今、自分が感じたモノは
肩を震わせ、窓から昴治は離れた。
「……っ……」
ひゅっと咽喉が鳴る。
無様な困惑に、昴治は瞳を閉じた。
着ていたシャツを脱ぎ捨て、ベッドに潜り込む。
枕に顔を押し付け、唇を噛んだ。
タン、タン、タン……
階段を上る音が聞こえ、扉を開ける音。
「………」
じわじわと滲むように、怒りが消えていく。
アコーディオンカーテンが開く音が聞こえ、気配が近づいた。
眠ったフリをする昴治の体を越えて、空いている隣に祐希は潜り込んだ。
身じろいで、ちょうど良い場所を見つけると息を吐いて枕に顔を
押し付けている昴治に軽く右腕を回した。
あたたかい重み
聞こえてくる、おだやかな寝息
安堵に内が満たされていく。
『恐い』
そう感じている自分に、昴治は恐怖した。
掴み、カタチになりつつ、その感情に。
笑みが浮かんだ時、ソレを思わなかったのか。
思っていた
まだ、死ねない と 思いつつ
(続)
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