***世界が悔やむ最果て
―8―
移り変わりながら、同じモノがまた来たる
決して
同じ、ではないのに
同じだと認識して
庭先に木があるものだから、
ミーン、ミーン、ミン、ミン……
蝉が集まってくるのだと、小さい頃、母親は言っていた。
居間に取り込んだ洗濯物を広げて、昴治は背伸びをする。
背伸びと言っても、左腕を上げるだけのものだ。
コキコキと首を鳴らして、視線をソファの方を見る。
「……」
突っ伏している、図体の大きい物。
昴治は目を顰めて、その伸び放題の手足を持つ相手を睨んだ。
「少しは動けよ」
そう言ったが、突っ伏された顔は上がらない。
少し間が空いて、
「暑ぃ……」
そういつもより三倍増の不機嫌な声で返された。
疲労や空腹からではない。
ただ、暑いというだけで突っ伏しているのだ。
部屋には冷房が入っているが、送風で設定温度27度と節約見本な環境だ。
「そういう季節なんだから、仕方ねぇだろ」
取り込んだ洗濯物を昴治は畳みながら言った。
相手はまだ、顔を突っ伏したまま。
弟が暑さに弱いのは知っていた。
逆に寒さには強いようだが。
「動かないと、太るぞ。筋肉デブ」
その一言に、祐希が顔を上げた。
「太ってねぇ、」
怒った顔で言われる。
だが、その表情は幼い頃の怒った顔に似ていた。
普段のとかけ離れている。
(気にしてんのか? まさかな……)
そう思いながら、昴治は祐希から瞳を逸らして
止めていた服を畳む手を再開した。
「おい、馬鹿アニキ聞いてんのかよ」
「はいはい、聞いてる」
「このっ………」
続く言葉はなく、代わりにボスンッと音が聞こえた。
瞳だけ向けると、先程と同じ突っ伏している姿が映る。
「この、なんだ?」
「………はぁ……だりぃ」
どうやら、怒鳴るのも億劫なようだった。
洗濯物を畳み終えて、まとめて仕舞う。
ソファの方へ行き、軽く祐希の頭を叩いた。
「ほら、起きろって」
顔は上がらない。
祐希の耳に入る足音は遠ざかって、冷蔵庫の開閉音が聞こえた後、
また足音が近づいてきた。
ドサッ
いかにも何か重い物を複数置いた音。
突っ伏された顔が音の方を見るのに、昴治は笑みを浮べた。
「……なんだ、それ?」
「アイス、見りゃ解るだろ」
昴治の言う通り、見れば解るアイスだ。
だがカップや袋の使用は、『古い』。
しかも多い。
「シーズンセール…だっけ? その中で、レトロ何とかって
…まぁ、安かったからさ」
だから、たくさんある。
と、言外に含むと祐希は瞳を顰めて、上向きになった。
「好きなの、一つ食べろよ。少しは涼しくなるぞ」
「……」
黙りこみ、そして祐希は体を起こす。
前髪を掻き分けて、アイスを物色しだした。
「一つだけかよ」
「一つで十分だろ。それに、食べ過ぎると腹壊すし。太るぞ」
「………」
「祐希?」
むっと、やはり通常とは違う怒った表情を祐希は見せた。
「太ってねぇ」
やはり、気にしているようだ。
だが、昴治はそれに気づかず、その表情に懐かしさと共に
高鳴りを感じていた。
ミーン、ミンミンミン……
蝉の鳴き声が聞こえる。
夏だ。
暑い夏だ。
(祐希と一緒に、)
幼い時と同じ、夏という季節が来た。
同じモノは、一つともない
違うモノに、昴治は、やはり気づいていなかった
(続) |