***世界が悔やむ最果て
―1―
それは、多分、自分の方からだ。
罪を問われるというのなら、真っ先に自分が罵られるだろう
それに異論はない
ただ、オマエも同罪だ
何も言わない
何も告げない
引き寄せた手を取った、その手が
リヴァイアスを降りた。
ちょうど、あの漂流から1年が経った。
実践主義から来る、艦内整備と学業の両立に漸く慣れた頃。
ヴァイア艦の、大々的な整備が行われるコトになり、降りられざる終えなくなった。
その期間を利用して『夏期休暇』と評された。
休暇の時は、ほとんど友人や幼馴染と過ごしていた昴治は、同じようにいつも通りの面々で
過ごす事が、決定事項のようにスケジュールに組まれていた。
だが、今回ばかりは、そうも行かない状況になる。
「……おい、平気か?」
「………」
顰めっ面で無言の返し。
前なら、罵倒して怒っただろうに。
(いや、ムカつくには変わりないけどさ)
昴治は溜息をついて、少し後ろを歩く相手を見た。
友人よりは細身であるが、均整の取れた、しなやかな体型。
袖なしのジャケットに、只でさえ綺麗な脚を尚も良くさせるズボンを履いて――
小耳に挟んだ、と言うより無理矢理に近いが、その話によると
上下、靴を入れても3000円にも満たない値段で揃えられるらしい。
所謂、セールやアウトレットショップで買う安物の服だ。
それなのにだ。
この者が着ると不思議な事に、何処かのブランド物の服に思わせる。
昴治も似たような、そんなに高くはない服装だ。
七分丈の白シャツ、普通のグレーのズボンで、似合わないワケではないが
比べられれば瞬時に昴治は『ダサい』と言われてしまうだろう。
要はセンスの問題だ。
それは改善するには時間が掛かるので、置いておく事にする。
「……」
左手で相手が額を拭う。
黒の髪が揺れて、鋭い光を宿す青の瞳に掛かった。
長年見慣れた顔であるが、それでも自分とは違う整った顔立ちをしているのは解る。
天はニ物を与えないというが、事、弟に関しては違うらしい。
顔も良い。
体型も良い。
運動神経は抜群。
頭も良い。
天才肌と言われる部類。
できすぎな感を覚える。
(いや、まぁ……性格は、かなり、だけどな)
態度が悪い。
口が悪い。
自分勝手。
ある意味、我が儘。
「……」
ジロリと睨まれる。
昴治は息をつき、弟から瞳を逸らし周りを見た。
淀んだ晴れ模様。
街の雑踏の中、昴治は片手で持てるほどの軽い荷物を持ち直す。
行き交う人々で、時折、高い少女の声が弟への興味を示していた。
逸らした瞳を、もう一度、祐希に向ける。
仏頂面、通常より3割増。
それこそ殺さんばかりの眼差しをしているというのに、顔が良い所為で
格好良く見せていた。
近寄りがたい雰囲気なのは変わりないが、何はともあれ、弟は頗る機嫌が悪い。
人ゴミを嫌っている。
昴治も苦手であるが、家へ帰るには此処を通らなければ無理だ。
いつもなら、弟に対しての叱りは周りの、特に弟を見て黄色の声を上げる少女たちへ
向けられていた。
頼むから、これ以上、機嫌悪くさせないでくれ
無駄な喧嘩をしなくなった、仲違いを完全に修復されたワケではないが
前より『マシ』になった。
昴治は弟を前よりは構わなくなって、ほとんど顔をあわさない事が大抵である。
相手の近況を、友人や幼馴染から聞く事はあっても、全てを知る事はなかった。
そして知ろうとも思わないでいた。
だが、そんな兄としては放任的になった昴治でも、近況を知らなくとも
今の弟の姿を見れば、どうしてこうなったのかと一目瞭然である。
その容姿に目立つ、真新しい白の包帯が巻かれた右手。
首から三角巾で固定するように吊られている。
「なあ、祐希、大丈夫か?」
祐希は、右手を骨折していた。
全治一ヶ月の怪我だ。
その怪我を負わせたのは、昴治だった。
通路を歩いていた。
立て続けにテストがあり、弟とは違い凡人止まりの昴治は
半ば徹夜の毎日を過ごす。
寝不足だった。
小さな欠伸をして、歩く昴治の耳に、それは届かなかった。
「おい、そっちは危ないぞ」
作業着を着た青年が昴治に言う。
ぼんやりとしていた昴治は、そのまま進んでいた。
第3区倉庫の棚卸をしている所で、巨大なコンテナが行き交いしている。
昴治は額に手をあて、周りを見た。
(なんか、危ないなぁ、此処)
そう言われていたのに、昴治は気づきもしない。
IDカードを取り出し、時刻を見た。
次の講義が始まる時間が迫っている。
危ないが、通れないワケではない。
昴治は引き戻らず、前を進んだ。
「使えねぇだろ、」
「そうでもないわよ? 結構、利用できんじゃないかな」
コンテナが行き交う通路。
コンテナとコンテナの合間から、何週間ぶりに弟の姿を見る。
可笑しい話だ。
仲違いをしていた頃の方が顔を合わせていた。
(何、してんだ?)
弟の前には、彼の彼女らしい金髪の少女――カレンがボードを持って何かを言っている。
カレンも容姿が良い。
その性格からか、弟とは上手くやっていると友人は苦く笑いながら言っていた。
揶揄うのを止めれば、友人も弟と仲良くできるのではないかと思っているが。
何はともあれ、二人はお似合いだった。
「……」
ぼんやりと昴治は見る。
胸をトントンと叩き、止まっていた足を動かそうとした。
ふと、逸らそうとした視線に青の視線が合う。
驚いている。
彼も、自らも。
「おい、そこの奴、邪魔だって!」
「え?」
トンッと押された。
相手としては、軽くだったのだろう。
誰に押されたのか認識する前に、昴治はヨタついて尻を付いた。
すぐ様、立ち上がろうとして横の物に手をつく。
ギッ、ギギッ
軋む音を聞く。
音に昴治は上を仰いだ。
詰まれたダンボール箱が傾いて、
バタンッ、バタンッ
崩れてくるそれに、昴治は中身が軽い物であるようにと願う。
もはや、この距離では避ける事ができないからだ。
体を守るようにして、腕を構える。
バタンッ、ダンッ
風が吹き抜け、床に打ち付けられた。
ビリビリと右肩が痛む。
自分の体上には、体に馴染むような重みがある。
昴治は閉じていたらしい瞳を開けた。
黒の髪が揺れて
鋭さを秘める青の瞳
息を飲む。
まじかに映る、その顔に昴治は
何か、奪われるような感覚を覚えた。
「う、うわあっ!!」
素っ頓狂な声を上げて、昴治は、半ば無意識に手を前に出した。
ドンッと鈍い音がして
そして、目の前にあった顔が遠ざかる。
離したのは、自分自身だというのに、酷く残念だと思う感情が宿り
ダンッ
胸元を握り締め、昴治は上半身を起こした。
「……っ……て、てめぇ、、ぐっ」
昴治と同じように床に尻をついた弟。
すぐに罵声が飛ぶのだが、それは不自然に止まった。
歪められた顔は、怒りのモノではないとすぐに昴治は理解する。
弟の聞き腕は、骨折していた。
10割。
もう間違いようもなく、骨折の原因は昴治だった。
何を思ったのかは、昴治は知る事はできないが、弟は兄である自分を守ってくれた。
その守った相手に突き飛ばされ、骨折。
いくら穏やかな者でも、理不尽なモノを自分に感じるだろうと昴治は反省する。
幼馴染に大きく責められ、友人には苦笑いされて
当の弟は、もう限りなく不機嫌で。
夏期休暇と重なり、医師の判断の元、地球へと帰還。
骨折させた本人が付き添いというカタチとなるのは自然な事なのかもしれない。
普通の仲良い兄弟での話であるが
(ああ、もうっ!!!)
昴治はガシガシと頭を掻いた。
不甲斐なさと、罪悪感まで心を満たして、相俟って居心地の悪さもあり、
大きく叫びたい気分である。
「……おい、」
声を掛けられ、昴治は顔を上げた。
振り返ると、仏頂面の弟が顎で横を指す。
その方には、家があり、昴治は瞬いた。
「……」
「………」
「………アンタ、馬鹿か……通り過ぎてるぜ」
指摘され、昴治は気づく。
「あ、ああ……そうだなっ、」
考え事をして、いつの間にか通り過ぎていたようだ。
足早に門前まで戻ると、見下ろす弟の視線がある。
見下ろされるほど大きくなっている相手に、何とも言えない感情を抱いて門を開いた。
(こういう時に限って……)
母親はいない。
長期出張に出ると、此処に来る前に連絡した時に告げられていた。
「……」
家の扉を開け、ゆっくりとした足取りで入る弟の為に
昴治は扉を支えたままでいる。
通り過ぎ、昴治も中へと入り扉を閉めた。
「…おい、」
靴を脱ぎ捨てて、上がる弟を呼び止める。
すぐに不機嫌そうな顔を向けられた。
「夕食、今日は出前でいいか?」
「……」
玄関で話す事ではないが、昴治は聞く。
「ピザとか、寿司は……高いな。あ、天丼とか」
「……別に」
そう一言云って、弟は背を向け階段へと歩き出した。
言葉は、同意とも拒否とも掴めるもので判断しがたい。
すぐに殴り合いに発展していた前とは違い、否定だと決め付ける事はできなかった。
「別にって、出前で良いって事か?」
答えの代わりに、階段を上る音が耳に入る。
昴治は溜息を吐いて、右肩を撫でた。
靴を脱ぎ、昴治も家に上がる。
周りを見渡し、居間へと足を進めた。
当たり前だが、暑さを感じて冷房を入れようとしたが二階に行った弟の事を考え、
窓を開けて風通しをよくする。
少しの涼しさを感じながら、昴治はソファに座った。
「はぁ、」
溜息をついて、そのまま倒れる。
体が下へ下へと引かれる感覚は、昴治の瞳を虚ろにさせた。
右肩を撫でて、滲んでいる額の汗を拭う。
外より暑さを感じるのは、窓を開ける前まで室内閉めっきりだった事と
暑さを認識するだけの余裕ができたからだ。
「俺……右肩怪我してて……、アイツは右手を骨折。
兄弟して同じ方、怪我したんだな……」
呟いて、小さく笑った。
笑った顔はすぐに凍りつき、眉間に皺が寄せられる。
(笑えない。笑えないって、)
昴治はソファに倒れ込んだまま、周りに視線をめぐらす。
母親はいない。
二階には弟がいる。
「……はぁ」
溜息をまた吐き、昴治は瞳を閉じた。
そっと震える白い手。
それが自分に触れる。
あったかい
小さく笑みを零すと、その手は離れた
掴もうとしたが、手は、全く動かない
「望みは?」
聞かれた言葉に、昴治は口を開き応えた。
何と言ったのか
自分が言った言葉は
自分の耳には聞こえなかった。
おかしな、夢だ
震える。
急激に寒気を感じて、昴治は瞳を開けた。
部屋が明るい。
見慣れた照明の明るさに、昴治は身を縮こませようとした。
(明かり???)
バッと起き上がり、昴治は時計を見た。
夜の七時過ぎ。
「………」
少しだけ眠るつもりが、かなり寝込んでしまったらしい。
昴治は左手で頭を掻き、横へと視線を向ける。
「……」
「……」
向かいのソファには、二階にいるハズの弟がいた。
顎をつき、不機嫌そうに昴治を見ている。
一瞬止まりかけた思考を、何とかフル可動させて昴治は口を開いた。
「オマエ、二階……つーか、冷房入れたのかよ」
「暑い、」
一言云って、見下すように瞳を細められる。
暑いから、冷房を入れた。
道理が通っている話である。
昴治は右腕を擦り、逸らした瞳をゆっくりと弟に戻した。
(何で此処にいるんだ?)
じっと見る昴治に、相手は瞳を顰める。
「オマエさ、その、」
「夕飯」
「夕飯か……は?」
「飯」
言葉も解らないのかと云わんばかりの口調に、昴治は眉を益々顰めた。
「夕飯は、出前って言っただろ」
「腹、減った」
「だったら、出前……」
言いかけて、昴治は口を噤む。
弟の右手は自由がない。
出前を取ろうとしないのは、取れなかったのだろう。
その手では電話をかけるのに時間がかかる。
「悪い。すぐ出前取る……あ、何する?」
「…………肉以外」
弟の要望を聞いて、昴治は立ち上がった。
そして昴治が頼んだのは、シーフードピザだった。
適当に付けたテレビの音だけが響く中、黙々と食べる空気は
昴治にとって居心地が悪い。
あまり食べた気がしないまま、昴治は食べ終わったモノを片付けようと立ち上がった。
「片付けてるからさ、先に、風呂入ってろよ」
食べる前に沸かしておいた。
ちょうど良い頃合だろう。
昴治が云うと、弟は返事をせずに立ち上がった。
背を向けて部屋を出て行く姿に、昴治は溜息をついて右肩を撫でる。
(返事くらいしろよな……ったく)
テーブルの上を片付け、冷房の温度を少し上げる。
賑やかな音をたてるテレビを見て、ソファに座ろうとした。
「あ、そうだ……」
バスタオルを渡すのを忘れていた。
昴治は、奥の部屋からタオルを取ると洗面所へ行く。
ドアを開け、持ってきたタオルを強く掴んだ。
「おい、タオル、此処に――」
浴室のドアに向かって、少し大きめに言った時だ。
バタンッ、ガッ、ダンッ
物凄い音が耳に入ってくる。
「祐希っ!!!」
曇り硝子の浴室のドアを開けた。
「祐希、何があったんだ! おい!」
声が響く中、昴治はすぐ下に瞳を向ける。
べたりと尻をつき、顰めた顔で見上げる弟がいた。
周りは石鹸やら、シャンプーやらが散らばっている。
「大丈夫か? 転んだのか?」
「……ああ、」
昴治は屈み込み、弟の体を見た。
「怪我は? 何処か、痛い所とか」
「別に、ねぇよ」
「ならいいんだけど……」
普段の弟なら、こんな事なで絶対ない。
相当、右手が使えないという事は彼の動きを制限している。
「自分で洗えるか?」
「ああ、」
「本当だな?」
「ああ」
瞳を顰めて、弟が応えた。
昴治は息をつき、改めて相手の姿を見る。
健康なシミのない肌。
瑞々しい体。
無駄のない筋肉。
「………」
「おい、邪魔だ」
「あ、悪い」
威圧するような声を聞き、すぐに昴治は立ち上がり浴室を出る。
ドアをゆっくりと閉めて、投げ捨てたタオルを畳んで洗面台に置いた。
昴治は洗面所を出てドアを閉めると、廊下を少し歩き立ち止まる。
頬が熱い。
胸の高鳴りが大きくなり、熱が広がっていく。
この感覚は、初めてだった。
(俺、どうしちまったんだ?)
瞳を顰めて、昴治は口元を覆う。
(これじゃ、まるで)
恋する少女の、よう
尚も目を顰め、昴治は首を振った。
突然だ。
突然すぎる。
近くで見た、あの祐希の顔を見た瞬間から何か弾けた。
強く、強く、昴治の知らない感情と知っている感情を織り交ぜて
脳内をかき回され、心はかき乱される。
触って、みたい
「っ」
ダンッ
壁を昴治は叩いた。
唇を噛み締め、右肩を握り締める。
(馬鹿か、俺は……つーか、変態じゃないか)
自分は、そう、弟を嫌っている。
この苛立ちも
この罪悪感も
この胸内の熱も
昴治は自分の右手を見た。
普通の手は、弟には小さい。
嫌いな、ハズ。
過去ハ 切リ捨テル モノ
「過去は……」
消せないと言ったのは、自分だった。
洗濯物をまとめてカゴに入れて、昴治は弟と入れ替わりで
風呂に入った。
ぬるま湯で長湯をする方である昴治は、入浴を終えたのは11時過ぎだった。
実家とあって、入浴時間制限もなく湯船は大きく広いとは言えないが
リヴァイアスよりは広く使い慣れている。
その所為で、通常より長い入浴時間だった。
手を見れば、水を含み指先が少しふやけている。
洗剤の匂いがする寝巻きに着替えて廊下に出れば、じわりとした暑さと静けさがあった。
フローリングの床を踏みしめて、居間を覗く。
電気はつけっ放しだったが、テレビと冷房は切れていた。
静かだ。
(二階か……もう、寝てんのかな)
溜息をついた。
安堵ではない溜息のつき方に、昴治は唇を噛む。
コメカミを叩き、居間の電気を消した。
ゆっくりと薄暗い廊下を歩いて、階段を上る。
あの部屋に行けば、弟がいる。
きっと前よりマシになったとは云え、少しの嫌気を感じるだろう。
何とも説明のつかない嫌な気分を味わうのだ。
ならば、少し時間を置いて二階に行けばいいと言うのに昴治の足は止まらなかった。
一段、一段、踏みしめるように。
ゆっくりと、暗い其処へ。
一つ進む毎に、何かの選択をしているような緊迫感を感じる。
(俺の方にいれば、いい話だしな)
無理に話す場所ではない。
それを望まれている時でもない。
でも、何故だろうか。
たくさん話をしなければ、ならない気にさせた
この、ドアを開けてはいけない気にさせた
ガチャッ
だが、昴治の手は躊躇いもなくドアを開けた。
動きは、早くと急かしているように。
それに瞳を顰めて、瞬き通常の表情へと戻す。
瞳に映ったのは慣れたとは云え、思わず溜息が出るほどの散らかった部屋。
それでも通り道はできているので、前よりマシか。
と、昴治は考えベッドの方を見た。
「……っ……」
珍しい。
弟が、目を見開いて驚いたような顔をした。
その珍しい顔は、すぐに背けらて掛かる前髪で見えなくなるが。
「早く、寝ろよ」
事務的な言葉で、そう言うつもりはなかったのだが
口から出た言葉はそれだった。
瞳を伏せて、昴治はアコーディオンカーテンの向こうへ行こうとする。
入れたのだろう冷房の風が頬を撫で、ふと昴治は気づいた。
(何で、こんなに散らかってんだ?)
家に帰ってきたのは今日。
数ヶ月は過ぎている此処は、いくら何でも母親が片付けた筈だ。
昴治は足を止めて、周りを見渡す。
普通の散らかりようではない。
物を出して、そのまま置いた感じのモノ。
「……」
弟と瞳が合う。
昴治はゆっくりと近づき、口を開いた。
「何か、探してんのか? 見つけてやろうか?」
確証などなく、そして自分の言った言葉に少し驚く。
考えるよりも先に思った事が口に出てしまった。
不機嫌そうな顔を向けられ、昴治は口元に手を当てる。
(マズイ……)
殴られはしないだろうが、暴言を吐かれる。
いや、殴られるかもしれない。
関係ネェダロ、馬鹿アニキ ガ
「MD」
「……………は?」
「MDプレイヤー」
「……あ、え?」
間の抜けた昴治の声に、弟は益々と不機嫌そうな顔になった。
「MDプレイヤーも解らねぇのかよ」
「んなワケねぇだろ」
むっとした声で返し、昴治は弟を睨もうとするが瞳を瞬いて
思い至った表情をする。
(MDプレイヤーを探してたのか)
考えがまとまり、弟の言った言葉に耳を疑った。
そして、瞳を向ければ、不機嫌さは無くなったが何処か面倒臭げな表情の弟がいる。
「どんなのだ?」
「ジュティック」
「……ジュティックって、あの新型のか?」
薄型軽量、性能がいい。
昴治としては、使えれば良いという考えが強いのだが
渋顔で不平を言った幼馴染の彼女は信じられない値段を言った事を思い出される。
「ああ」
「オマエ、あんな高い物、ほっぽりだすなよ」
仕方ないと探し出す昴治を、見る。
不機嫌ではない。
真摯なモノでもない。
無愛想でもなく
鋭く突き刺すモノでもなかった。
ただ見つめる、その瞳。
優しく強く訴えかける。
何も言わずに、ただ只管に。
「おい、これか?」
昴治は、その視線に気づかないフリをして見つけたMDプレイヤーを渡した。
差し出されたソレを取ろうと右腕が動くが、自由はない。
気づいたように左手がゆっくりと伸ばされた。
「え、」
伸ばされた手は昴治の頬に翳され、触れる事なく動く。
それは触れてもいないのに、触れて撫でられているような。
そう思わせた。
(……何だか、俺……)
何処かへ連れていかれる。
それは不快ではない。
途方にくれてしまうほどの、急き立てられる何か。
唇、に触れたなら
きっと柔らかい
「っ、」
「………」
唇を手で押さえて、昴治は慌てて離れる。
「っ、あ、あのさっ」
自分のした事が信じられなかった。
何より、嫌悪が宿るハズだと言うのに昴治の中に、それは一向に湧かない。
詰られ、罵られ、蔑ずまれる
それは構わない。
今以上に嫌ワレル
言葉が浮かばない。
言い訳も、謝罪も弟の前では無意味に思えた。
今の自身を知らなくとも、昔の昴治を弟は知っている。
伏せた瞳を上げて、盗み見ようとした相手の表情に昴治は瞳を見開いた。
「………」
怒りも憤怒も戸惑いもない。
揺らぐ青が其処にあり、ただ昴治を射抜いた。
ただ、強く。
視線に昴治は身震いをして、身を離そうとした。
その昴治の腕を、掴んでくる。
「ゆ、ゆうきっ」
上擦った声は、自分の内面を主張しているようだった。
「してぇのか? 俺と」
問いかけは優しい。
常識や理性などが、頭の中で響くが、昴治は自然に頷いていた。
「その手じゃ……できない、だろ? だからさ」
言い訳だった。
下手な嘘だった。
だが、弟としては珍しく納得したようだった。
何も言わず、何も告げずに見る相手の手は
昴治の右腕を握り締める。
昴治は、ゆっくりとキスを祐希に降らした。
(………ここだよな?)
キモチの良い場所は。
いま望んでいるのは。
(続)
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