+++青に染まる海

―涙―









ぽたり、ぽたり……

落ちる、雫。

雨の、始まりの音だ。









「……悪かった……な……祐希」

声が遠く、近い。
その白い首には、絞痕が薄くついていた。
昴治に覆い被さった状態のまま、膝立ちとなり
握り潰そうと動いた掌を見る。
変わる、事のない自分の手だ。










「オマエの、兄ちゃん、嘘つきだ!」

「アイツ、ムカツクんだよな!」

響く声に、
小さな手を握り締めて幼い子は顔を上げた。

「にいちゃんは、にいちゃんは……嘘つきじゃない、」

兄への不平が、幼い弟へと向けられる。
それを必死に弟は否定した。
だが、数人の子たちは受け入れる気配はない。

「にいちゃんは、嘘つきじゃないっ!!!
僕、僕と、一緒だって約束、してくれたもんっ!!!
ずっと……だから、強いんだ! 弱くないっ!!!」

恐れて、その足が震えている。
だが叫んだ。




「オマエなんか、いらないって……アイツ言ってたぞ」




何かが遠のく。
遠のいたのではく、沈んだのかもしれない。
振り上げた拳が、幼い弟へと浴びせられる。
数度、殴られて





「……消えちまえ、」






気づいた時には、数人いた子たちはいなくなっていた。
弟は、公園に立ち尽くし、その手を見る。
自分ではない血が、こびりついている。

「………」

ぽつっ……

頬に雫が当たった。
そして、次に強く注がれる。

ザアァァァァァァ……

雨が、濡らしていく。
手についていた赤が消えて、自らの血が腕や足に滲んだ。

「………おぼれて………沈んじゃう……」

髪が頬にはりつくほどに、雨に濡れる。



「誰も、助けて……くれない、んだよ」



ザアァァァァァァァァァァ……











手から、その青へと視線を向ける。
青に、自分が映っていた。

「………ありがと…な」

礼を言った、兄に祐希は瞳を鋭く顰める。

「オマエ……あの時、声……かけて、くれただろ?」



その紅の服に、赤黒の液体が滲んで広がり
泣き叫んでいた、彼が発狂しだす。
肌が白く、白く消え入りそうになり

言葉も通じないほど、叫び続ける彼から
引き、離して
集まってくる、その腕たちを払い


「かけて、ねぇよっ……アンタ、なんかに、」

「声がさ……消えちまいそうだったんだけど……意識が、戻ってさ」








轟音が。

「こうじっ!!! いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

幼馴染の声が響いて

「ああああ、うあああああああああああっ!!!!!」

発狂の彼を、大人たちが押さえ込んで
それでも叫ぶ口に布を詰め込み、
半ば強制的に気絶させられていた。
集まる腕を払い、祐希は、その鉄床に倒れた兄へと駆け寄る。

「おい、目を開けろっ」

静かだ。
全ての音が遠くなる。
白と、赤。

「目を覚ませっ」

酷く、自分の声が掠れているのに気づいた。
それでも叫んで、身を起こそうとする。

「早く、救護班を」

落ち着いた大人たちの声が。
近づき、起こそうとした祐希の体を止める。
それを振り払おうとするが、数人の者たちに腕や体を掴まれた。

「目を、閉じんじゃねぇっ…よっ……アニキっ!!!」

叫んだ。










「目、覚めたからさ」

昴治が笑った。
記憶に沈んだ意識を戻して、祐希は震え上がる。
唇を噛み締め、その顔を睨み付けた。

「オマエの、おかげで……」

微笑んでいる。
知っている笑みのようで、知らない笑み。

「……ワケ、解らねぇ事、言ってんじゃねぇ!
今さらっ、今さらっ、今さらっ!!!!」

何度も殴った、その相手。

「俺は、アンタを許さない……認めないっ、
俺は……謝ったりなんかしないっ!!!」

青い瞳が細められた。

「悪い、事してないもんな」

言われた言葉に、祐希は首を左右に振った。
拳を握り締めて、そして振り下ろす。
トンッと弱く、昴治の胸が叩かれた。

「ごめん、な……ホントにさ……今さら、だけど」

「何、言ってやがんだっ」

「オマエの事、さんざん言ってきたけどさ……やっぱり、過去は捨てられない」

「ワケ解らねぇって言ってんだよっ」

「やっぱりさ、嫌いになんか……なれなくてさ」

昴治の胸元に、祐希が額を押し付けた。
投げ出されていた手を上げて、昴治は祐希の背に手を置く。

「……だから、さ……祐希……」

祐希の体が震えている。
それを抑えるかのように、手が軽く背を叩いた。



「っ……ぁ……――――――――っ!!!」



空気を裂く、悲鳴のような音が咽喉を震わす。
目尻が熱く、頬が濡れていく。
昴治の胸元を握り締め、顔を祐希は押し付けた。

現実が、此処にある。
消えはしない過去と傷がある。





自分は、誰にも助けられない?






「うっ……っ…っ…うああああああああっ、ああああああああっ」




子供の泣き声が聞こえる。
その子の兄は、
強く抱き返した。


今さらながら、気づくのは
沈みながら、何度も手を伸ばしていた。


誰もを、助けられる者などいない。
だが、人を助けるのはヒトしかいない。





この憎しみは全て


一緒に、いたい
と言うキモチの裏返し。





「祐希……ありがと…な……」


抱きしめる腕に、涙が落ちる。




(続)
独白は少なめで。
言葉じゃなくて、その心自身で
兄弟にだけ伝わっている…と思ってください(爆)。

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