+++青に染まる海
―海の匂い―
この胸に、抱く海が
漣と共に
あんなに言っていた、相手を責める言葉や見下す言葉が浮かばない。
浮かばないというより、浮かんだとしても口から出てこない。
言おうとすれば、犇くような硬直させる感覚が襲って
極度に咽喉を乾かすように思えさせた。
それが、祐希には相手への苛立ちになるハズが
逆に相手へではなく自分へと向けられる。
今更、今更、いまさら
何だと、言うんだろうか
自分のしている行動が、祐希には理解しがたいモノだった。
兄を許したワケではない。
許す、と言っても何に対しての許しかは祐希自身はっきりとしたカタチでは
掴んでいなかった。
ただ、自分は
兄に何かを言いたかった
それが、相手への不満なのか
それが、相手への望みなのか
それが、相手への罵りなのか
解らなかった。
ただ、兄に何かを言いたかった
紅い服を、赤黒く染めて倒れた兄を見て
叫んだ時と同じように。
周りを気にせず、大きく叫びたかった。
それが、何なのか解らない自分に祐希は更に苛立つ。
こんな自分など、認めはしない。
もう何も、話す事など浮かばないというのに。
兄に、何が言いたいのだろうか。
いつもより一時間も早く起きて
ぼんやりとテレビを見て
母親が電話で話していた、その時間にあわせるように家を出て
兄を迎えへ行って
少し細くなった兄を見て
一緒に歩いて
昔のように
川原の土手を歩いて
空を見て
海が、行きたいと囁いた兄を本屋へ連れて行って
付いてくる気配が、胸内を揺さぶって
本を眺めて微笑む兄に締め付けられるように痛み
その本を、買った
怒る、久方ぶりの怒りの顔に
何故か、祐希は嬉しかった。
相手に、それも自分より才能がなく何もできない者に怒られるのは
祐希にとって苛立ちを募らせるモノでしかないハズがだ。
あれだけ、殴った、この手が
今になって
痛みだすような
だから、今更。
自分は変わらない。
変わらないまま、此処に在るのに。
相手はもう、此処には、いない。
笑う、兄を見て
苛立って
そして、兄に何かを言いたかった
「あれ? 母さんは……ああ、仕事か」
家につき、リビングへと行く昴治の背を見て
持っていた小さな荷物を玄関横に置いた。
「悪かったな、助かった」
リビングから戻ってきた昴治が、そう言いながら近づいてくる。
それに鳥肌が立ったように、祐希は震えて
瞳を顰めながら靴を脱いで昴治とすれ違うように階段の方へ行った。
掠める、その気配に
まじかに、それが存在しているかのように
海が
匂いを掠めた。
兄に言いたい事がある。
それが、何なのか
本当はもう、知っている
(続) |