+++青に染まる海

―さかな―









魚のように、泳ぐ。
水の中は、苦しくなく
時に速く、時に遅く、この全てを掻き分けて

泳ぐ。

水槽の中で



泳ぎは、本当に得意だった。
選手になるほどというワケではないが、泳ぐ姿勢が綺麗で正しいと
体育の先生や水泳をやっている者たちに昴治は良く褒められていた。
それは、ただの戯れだと感じてはいたが
実際は本当に昴治の泳ぎ方は綺麗なモノだった。
正しい泳ぎ方は、模範よりも美しく。
褒められて、嬉しいハズが
何故か昴治は嬉しくはなかった。
唯一、いつも言われる事で嬉しく感じたのは


お魚さん、みたい


その言葉だけだった。











「……海か、実際は、こんなには綺麗じゃないよな」

青の煌き、宝石のような魚と珊瑚礁。
目に入る映像に、昴治はポツリと零した。

「……」

海に、行きたい。
そう言ったのは、どちらだったか。
少しの沈黙の後、不機嫌そうな顔をする祐希が歩き出した。
それにため息を零し、無視しようとする。
だが、家とは別方向を歩きだした弟の背に、もしや本当に海にでも行くのかと
驚きと、呆れと、少しの期待と。
自身を嘲ながらも、弟の後を付いていった。
昔とは、逆で。
もしかしたら、弟の後をついて行くのは初めてではないかと思うほど。
辿りついたのは、海ではなく
ごくごく有り触れた本屋だった。
確かに、急に海に行くなど無理な話だ。
行けたとして、今、開いている本と同じ海が見えるワケではない。

「……」

何も云わずに、横にいる弟を掠め見た。
相変わらずの仏頂面だったが、見ようによっては無表情にも見える。
不機嫌ではなくて。
かと言って居心地の良さを感じているワケではなくて。

チクチクと
何かが苛むというのに
昴治は居心地の悪さを感じなかった。

前よりも、マシという話ではなくて。

(重症かもな、俺……)

開いたページを撫でて、クスリと小さく笑った。
海の中を泳ぐ、色鮮やかな魚は
綺麗で美しい。



泳いで
泳いで
泳いで


何処へ、行く?



母なる、青の海



「………」

黙ったままの祐希が、瞳を顰めて
昴治が持っていた本を取った。
瞬く昴治に、祐希は尚も瞳を顰めてそのまま歩き出す。

「おい、」

声をかける背は、本を持って入り口の方へと行った。
呆然として、すぐに昴治も後を追うように早足で歩く。
レジで会計を済ましたらしい祐希が、その紙袋に包まれたソレを投げた。
何とか、それを受け止めて
さっさと本屋を出て行く祐希を追いかける。

「オマエなっ、」

外に出ると、すぐに祐希はいた。
少し怒った顔をしていたが、すぐに昴治は瞳を瞬かせる。

ほんの一瞬だけ



その顔に、何故か歓喜が宿ったように見えた。













「お魚さん、みたい」

笑った、弟は

「兄ちゃんと、僕はきょうだいだから、いっしょ?」

その手で、水を跳ねさせて

「僕は、およげない、お魚さんだね」

満面に、嬉しそうに弟は笑った。




泳げない、魚
もがく事なく
苦しむ事なく

ただ浮いて





海を夢見ている、そんな魚なのだと
朧に霞む記憶が答えた







(続)
はてさて、魚。
青っぽい魚好きっす。
川魚好きです。
塩焼きがまた……(違っ)

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