***瞼奥の永遠
―1―
すべての、はじまり。
永遠に続く、それには、はじまりがある。
鮮明に、焼き付くほどの。
「リーベデルタに行くよ」
唇の端に絆創膏。
目尻から頬にかけて、湿布。
怪我をさせた本人を思い起こすだけで
傷口から膿が出る感覚さえ覚えた。
苛立ちは通り越して、すでに憎悪へ変わっていく。
それでも、昴治の顔は怒りを含んでいなかった。
「でも、昴治」
母親が反対しても、止まるつもりはない。
もう、此処にはいない。
此処には、いたくない。
もう、たくさん、だ
自分の知らない、自分を知らない場所へ
行けば、変われるハズだ。
「二種免、必要だと思うんだ。この時代、将来に――」
笑った。
全てを置いて
全てを捨てて
何処かへ行こう
持ち物なんて、いらないさ
そう、必要なんか、ないんだもの
さぁ、でかけよう
全てを捨てて
全てを殺して
リーベデルタの試験は、死ぬほど勉強した甲斐があり
合格できた。
荷物を、纏めて、纏めて。
片付いた部屋を見渡す。
カバン一つで纏まる荷物、部屋には、まだ物が残っている。
(ああ、残ってるの、捨てちまおうか……)
ふと思い立って、昴治は立ち上がり勉強机へ歩んだ。
引き出しの中を見て、雑多なプリントや教科書を出そうとしたが
今度は面倒になってくる。
昴治は溜息をついて、一番上の引き出しを開けようとした。
ガッ
開かない。
瞳を顰めて、もう一度試すが開かなかった。
身を屈めて、見てみれば小さな鍵穴がある。
鍵付の引き出しだったと思い出して、昴治は机の上を漁った。
すぐに鍵は見つかって、昴治は施錠を解く。
ガタンッ……
引き出しは空っぽだった。
「……」
否、一つだけ物が入っていた。
金メッキの剥がれた、玩具の鍵が一つ。
ああ、全部を捨てて
ああ、全部を置いて
奥歯を噛み、唇を噛みしめた。
その鍵を無造作に取って、ゴミ箱へと投げる。
ゴミ箱の縁に当たって、鍵は床に落ちた。
それに、瞳を顰めて
鍵をゆっくりと拾い上げた。
小さな鍵は、金メッキが剥がれて輝きはなくて。
こんな物を一番上の引き出しに鍵までかけて仕舞って置いたなんて
考えるだけで、昴治からは自嘲気な笑みが零れた。
ゴミ箱に近づき、上から落とすように鍵を捨てようとする。
だが、握られた手は開かれなかった。
これは、自分のじゃないんだから
捨てられないんだ
虚ろに視線を彷徨わせて、そして荷物を見る。
此処ではない、何処かへ
全てを置いて
全てを捨てて
果たさなかった約束を携えて
(続) |