***寝霧の眠り


 「彼のメロディー」










それは 歌
それは 詩

彼が謳う、調べと共に

耳に触れては、消える




そう 全ては 彼の者の為に













「……うわ……たくさん……」

リフト艦に着くなり、昴治は声を漏らした。
傍らにいるネーヤは首を傾げ、共に着たイクミの方を見る。

「……確かに」

イクミは溜息をついて、昴治より前へと歩みを進めた。
リフト艦には、VGチームと通常はサブルームにいるハズの生徒の面々。

(デバガメか)

眉を顰め、次には通常の笑みに近い表情をする。

「何だか、見学らしいわよ?」

オペレーター席にいたカレンがイクミに近寄り、そう告げた。
顔を向けると唇に笑みを浮かべ、集まっている生徒たちに瞳を向けた。

「ほら、可愛いスフィクスと一緒に生活してる人って事で
皆の関心が向けられるってワケ」

「……なるほどね……」

「なぁなぁ、すっごい、たくさん。何か、あるのか?」

カレンと話していたイクミの元に昴治がネーヤの手を繋いだまま歩み寄り、
小首を傾げながら聞いてきた。
イクミはニコリと笑い、

「皆さま、暇みたいでね……たくさん、いるの嫌か?」

「別に、嫌じゃないけど……ネーヤは、嫌か?」

少し騒々しい生徒の面々を見て、ネーヤは首を左右に振った。
それに微笑み、その表情のままイクミを見る。

「ネーヤは嫌じゃないってさ」

「そうっすか、」

ニコリと笑い返し、イクミはカレンを見た。

「俺が言える身分じゃないっすからね」

「そうかな? そうでもないと、思うけど?」

背を向けてカレンはオペレーター席へと足を進める。
それを、ぼんやりと見ていた昴治にイクミは振り返った。

「どうか、しました?」

「今から、何するのかなって思ったんだ」

「メンテと実地を兼ねたプログラム練習っすね。
まぁ、全員揃えば始まりますよ……ああ、あの人たちも、その頃には
撤退すると思いますが」

「ふぅん……だってさ、ネーヤ」

「こうじ………何、スルノ?」

呟くネーヤにイクミは変わらず笑みを浮かべる。

「とりあえず、今回は此処にいるだけで、いいと思うっすよ」

「そうなのか?」

「ネーヤとお話でも、してて、くださいな」

そう言うと、嬉しそうに昴治は笑ってネーヤと共にVGのリアルモデルがある方へ
歩んでいく。
その背を見ていたイクミは、瞳を伏せ、そして同じ笑顔を浮かべて
後ろを振り返った。

「……」

「もっと遅いかと、思いましたよ」

入り口に立っている、祐希にイクミは声をかけた。
相手を鼻を鳴らし、そのまま何も答えず歩き出す。

「……気色悪い」

すれ違い様に、祐希が言い、瞳を見開いたイクミを
掠め見て、前を見た。

「………それは、困りましたね」

イクミは頬を撫でて、また笑顔を浮かべた。















集まっていた生徒も、頗る機嫌の悪い祐希の罵声で
意図も簡単に去って行った。
宥めるカレンに、苦く笑うイクミ。
そして溜息交じりのラリィとマルコ。
リアルモデルの近くにいる昴治は、祐希を警戒するように見て
そしてネーヤを見た。

「アイツ、何、怒ってるんだろうな?」

「……」

「それにしても、メンテって何だろうな……練習とも言ってたし」

「ヴァイタルガーダー……動カス……練習」

「何で?」

「…………人……ダカラ」

ネーヤは瞳を伏せて言った。
ゆっくりと手を伸ばし、ネーヤの頭を撫でるとネーヤは小さく笑う。
視線を作業を始めた、面々へと瞳を向けた。

カタカタカタカタ――

静かになったリフト艦内にプログラムを打ち込む音が響く。

「3番、回して」

「……右、左……上だ」

「……」

所々に声を掛け合い、構築されていくプログラム。
シミュレートされている画面にあるVGは動き、『ポイント』を通過し
『敵』を打ち落としていく。
舌打ちをし、不機嫌そうな顔をする祐希を過ぎて
昴治はネーヤを引き連れ、パイロット席の方へと行く。

「……2番、3番、前……4,5,6……シュート」

イクミが告げると、画面のVGが前へと動き『敵』へと攻撃した。
傍らに寄ってきた昴治に、ゆっくりと顔を向けて微笑む。

「どうか、しました?」

「……何をしているのかなって思って」

「プログラムをね……お、うわわ」

画面のVGがダメージを受け、後退する。
イクミが苦く笑うと

「トロトロしてんじぇねぇ!!」

当然のように祐希が罵声を上げた。
昴治は祐希を少し睨むと、そのままネーヤから離れてイクミが
見ている画面を覗き見る。

「ああ…えっと……」

「………これ、赤い印のついてるヤツを
消していくのか?」

「まぁ、そうなんですけど」

「そっか……俺、やるよ」

言葉にイクミは瞳を瞬く。

「配置されたんだ……ちゃんと、しないと」

ニッコリと笑う昴治にイクミは困ったように笑みを浮かべる。

「バカは、できねぇよ」

腕を組み、昴治を睨みつけながら祐希は言った。
それにむっとした顔をする。

「バカじゃないぞ……ちょっと待ってろよ
イクミ君…いいかな?」

「あ……ええと、君じゃなくて」

「ごめん、そうだった…イクミ……ちょっと邪魔するよ?」

ニコリと笑って、体を屈めてキーボードへ手を伸ばす。
瞳を瞬かせるイクミに、祐希が声を上げる前

「………」

カタカタカタカタカタ――

「……………」

目まぐるしく、数多のソリッドが同時に構築され
複雑に絡み合う。
打ち込まれたソリッドを球体へと組み替えるのではなく
打ち込まれた時点で、ソリッドは球体になっている。
サブルームのソリッドも、オペレーターのソリッドも必要とはせずに
只一人で、

「……撃破」

画面の『VG』は動き、そして複数の『敵』をほぼ同時に撃破した。
実際は同時ではないのだが、高速の為、コンマの差しかない。

「撃破……目標補足……追撃……撃破」

その組み込みの速さは、ゆうに祐希を越え
それ以前に人域を超えている。

「……」

震えたのは、誰だったか。






……ヤメテ……オ願イ……







「昴治!」

「っ」

イクミの大声が響く。

「あ……」

落胆したような昴治の声と共に、画面内のVGが停止する。
キーボードから手を離し、首を傾げながら昴治はイクミを見上げた。

「何か、間違っていたのか?」

「………」

イクミは瞳を伏せ、そしてニコリと笑った。

「間違ってないよ? でも、これは決まったメンバーで
やる事だから……それに、ネーヤさんも寂しそうにしてますよ?」

言葉に、屈んでいた身を起こしてネーヤへと振り返る。
慌てたように駆け寄り、彼女の手を両手で握った。
表情は無に近いが、確かに体が震えている。

「大丈夫か?」

「………ワタシ…ハ、平気ダヨ」

「そっか……」

安心したように微笑む昴治に、微かにネーヤを笑んだ。

「こうじ……こっち……」

ネーヤが手を握り返して、リフト艦の出口を指差した。
それに頷いて、昴治はイクミを見る。

「此処、少し空けていいかな? すぐ戻るから」

「いいですよ」

変わらない笑みを浮かべたままイクミは返すと、
昴治は礼をして、ネーヤと共にリフト艦を出て行った。


シュンッ……


無機質なドアの開閉音がして、艦内が静かになる。
笑みを浮かべていたイクミは、笑みを消して画面を見た。

「……外部接続は?」

「切っておいたわよ」

カレンは唇に笑みを残したまま言った。
だが、微かに手が震えている。
ラリィとマルコは画面を見入ったまま、言葉を呑んだ。
少しの驚愕が混じった剣呑な表情である祐希も、
画面に映る『データー』に青ざめる。

「……これは、ちとヤバイですかね………」

イクミは唇を手で押さえて、呟いた。
極限を越えたプログラミングの速さに
『ウィルス』感染でもしたかのようにシミュレート基盤のプログラムが
ショート寸前だった。
画面に赤いエラー文字が多く出現する。

知識がある者ならば、誰もが恐怖するだろう。

『無』から『完全』なモノが瞬時に出現。
昴治が組んだソリッドは正しく、それだった。

















「どうかしたのか?」

「ワタシは……何も、ナイ」

リフト艦を出て、手を繋いで共に歩くネーヤに昴治は聞く。
ネーヤは首を振って答えて、瞳を伏せた。

「それなら、いいんだけど………っ……」

「……こうじ……?」

「何だろ……少し、疲れたかも……」

額を押さえて、瞳を閉じる。
息をゆっくりと吐いた時だ。






………っ………






昴治は瞳を開いて、キョロキョロと周りを見渡す。

「なんか…音が聞こえる」

「……音……聞こえるノ?」

「ああ……なんだろ……なんか……」

考え込み、そして思い至ったのか微笑みながらネーヤを見つめた。






「歌、みたいだ」















知らぬ、ソレには
意味はない

認識したとしても
把握はできない




彼にとっては、全ては歌のように響く

優しく残酷に






彼の者の悲鳴さえも






彼にとっては、歌









(続)
何故、分岐させたかというと
どちらも捨てがたかったですです。
分岐意外は共通。
イクミ編の場合の祐希は祐希編の祐希と
リンクはしていません。
祐希編のイクミも然り。

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