***寝霧の眠り


 「黒色世界」










セカイは終わった


瞼裏の闇と同じ
ただ真っ暗なセカイが広がる


世界は終わりを告げ、再び生まれ出のは――






告げられた事実に、母親が蒼白するのを祐希は遠くから
静かに眺めていた。
周りにいる親戚や知人も同じ表情をし、少なくとも一回は
祐希の方を見た。

何が言いたいのか

(言いたい事があるんなら…はっきり言え)

祐希には理解していた。
母親を慰める言葉と、悲しみの声。
同じ空間にいる筈の祐希は、けれど遠くにいた。
顔色を変えず、何も言いはしない。
そんな祐希を。




思いやりのない弟だ

心が死んでいるようだわ

あれでも弟なの




心ない言葉は、心がないらしい自分へと投げかけられる。
傷つきはしない。
最初感じていた苛立ちも、起こらなくなっていた。
数時間して、親戚たちの中を割くように入ってきたのは
幼馴染のあおいだった。

「いやあああああ!!!昴治!!昴治ってば!!!」

泣き叫び、手を伸ばす。
取り乱す彼女を止めたのは、母親で。
一緒に泣き出す。
悲しみが場を覆う。

「……」

瞳を細めて、台に置かれた骨壷を見る。
あの中に、骨となった兄がいる。











サァァァァァ……












葬儀の日は、雨。
霧のように細かい冷たい雨が降る。
身内での葬儀だったが、同級生など多く参列者が募った。
喪主を務める母親の近くにいるのは、あおいとあおいの母親。
参加を強く要求した幼馴染を無視して、祐希は参列よりも遠い場所にいた。
冷たい視線と陰口。
けれど祐希は参列さえしなかった。

「いいのよ……もう…祐希は」

母親の諦めの声。

「……」

遠い記憶の中に少しだけ残る父親が
参列しているのを祐希の瞳は掠め見た。



全て

兄が、世界を形成していた

親の
幼馴染の
身内の
知り合いの

罵った同級生たちでさえ


全て
兄が形成していたように

参列は長く、経が雨音に途絶える事なく。



雨が降る。




傘をささずに立っている祐希は薄着の服が肌に吸い付き
黒い髪は頬につく。
雫は止まる事なく肌を辿る。
ずぶ濡れの彼を心配する声などなく、さしだされる傘もない。
すすり泣きが雨音に乗って聞こえ
雨音によってかき消される。











「ひっく…ひっく……っ……」

「どうかしたの?」

「にいちゃ……金魚さんが……動かないの」

「……死んじゃったんだよ」

「う……ひく、ひっく……」

「今だけ、泣いちゃいな……兄ちゃん許してあげるから」

「……どうして、死んじゃうの?」

「いつか、そうなるって決まってるからだよ」

「…にいちゃんも……死んじゃうの?」



「いつかは……そうだよ」



「……うわあああああああんっ!!!」

「バカ、泣き虫祐希。今じゃないだろ」

「にいちゃんが、死んじゃうの嫌ぁぁ!!」

「……ありがとう」

「うえ…えっ…にいちゃ?」


「……少しだけ悲しんでくれるだけで
兄ちゃんは嬉しいよ……大丈夫、祐希より先には死んじゃわないから」














あの日。
泣いた自分は、此処にはいない。
顔を上げて淀む空を見上げる。
汚染された空から降る雨は、酷く汚れて顔を突き刺すように振り続けた。
瞬きをして、悲しみの声と事実を承知しても
頬に自らの雫は零れはしない。

雨、雨、雨、雨、雨

あの日と同じ

雨が降る

体を濡らす雨。

「……」

ゆっくりと祐希は瞳を閉じる。
すぐに真っ暗な視界が広がった。

悲しみも
憎しみも
何もかも
此処にはない

ただ降り注ぐ雨が、柔らかく温かいのが気に留めさせた。











「っざけんな!!!あんな能なし!!!」

反論する祐希の言葉に、けれど、決定事項だと言われ
変更される事はなかった。

「VGの大きく関わるのはスフィクスであるネーヤです。
彼女の安定を計るには、昴治君が最善の人物なのです」

告げるヘイガーに続けて反論を言おうとしたが、口を閉じ
背を向けた。


決定事項。


修正などできないのだ。
そして立場を享受している自分は受け入れなくてはならない。
此処に乗る事を享受した自分は。


微笑んで、肩を叩くカレンに瞳を向け
舌打ちをしながらヘイガーの方を見た。

「異議は、もうないですね?」

「はい、ないですよ」

微笑む尾瀬に、祐希は瞳を細めた。











世界が終わりを告げ
白い視界が広がる









そして再び生まれ出












リフト艦へと続く通路を歩く。
人通りが少なくなり、ちょうど角を曲がろうとした時

「あ……」

出会う人物を見た。
祐希の存在を把握すると、相手は一緒にいるネーヤを後ろへやる。
そして少し睨むような鋭さを宿すのは、自分と同じ青い瞳。

「いじめる奴は、許さないんだからなっ」

眉を寄せるネーヤを庇い、祐希を睨んだ。

「………」

最初の印象だろう。
『昴治』は祐希を、ネーヤを苛めようとする者だと認識しているようだ。
睨み続ける相手に、既に昴治ではない『昴治』だと言うのに
妙な既視感を感じさせられる。

「……こう…じ……」

「大丈夫だからな」

ネーヤを安心させるように笑んで、そして挑発的に睨み続ける。
祐希は怒る事なく、静かに見返した。
冷たい視線に、けれど昴治はやがて睨むのを止める。

「……」

「……」

ゆっくりと見上げ、少し戸惑ったような表情となる。

「…祐希…君?」

名を呼び

「どうか…したのか?すごく……痛そうな顔してるよ?」

心配する面持ちを見せた。
祐希は瞳を伏せ、止めていた足を動かす。
声を上げて、引き止めようとしたのだろう手を避けて
祐希は昴治の横を通り過ぎた。

「祐希君、祐希君!」

呼び止める声は耳に触れて
祐希は歩みを速める。
角を曲がった時には、もう既に昴治やネーヤの姿は見えず
声も届かなかった。

「……」

あるとしたら、苛立ちしか浮かばないだろう相手が
追ってこなかった事に安堵する。
足を止めて、通路の壁に肩をふらつかせてぶつける。
そのまま寄りかかるように背中を預け、ずるずると床に尻をついた。

悲しいワケではない
苦しいワケではない

消えてしまえと

願ったのは

自分であり、そして兄も思ったのであろうから



ただ痛みが
頭の中を混乱させるように巡って





「――――っ、」

咽喉がひゅっと音を立てた。














音とならない悲鳴が上がり

新しい世界が産声を上げる





覚醒を促す、それは
子守唄のように優しく







あの雨の日

閉じた瞼に映った、暗い闇が









時の狭間を彷徨いだす








(続)
ネーヤ×昴治のイクミ×祐希編です。
不幸担当みたいです(爆)

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