***寝霧の眠り
参 「箱庭の中で」
目を開けば
その世界ははじまる。
目を閉じれば
その世界は静かに見守る。
全てはキミの中。
糸を手繰り寄せて
無理にその手を掴む。
いまだ夢見るキミの手を
凍りつくように立っている人たちに、昂治は破願した。
「こんにちわ、」
あおいは一気に泣き顔になる。
そのまま駆け寄った。
「昂治!昂治なの!!昂治なんでしょ!!!」
「……」
もの凄い剣幕のあおいに、昂治は首を傾げる。
その仕草は、何処かネーヤに似ている。
カレンは声をかけようとしたが、横にいた祐希の表情が
目に入り言葉を止めた。続けてイクミも目に入る。
怒りのような表情は、何かを壊しそうで。
呆然と立ち尽くしているイクミは怖いくらい落ち着いた
表情のままで。
気づいている。
前にいる“こうじ”は初対面の挨拶をした。
「…えっと、蓬仙さん、かな?」
その言葉に口を押えながら、あおいは首を左右に振る。
「俺は昂治だけど…どうしたの?」
ネーヤが哀しげな表情をする。
それを認識した祐希はずかずかと近づいていった。
「ちょ、祐希っ!」
制止の声も無視して、ネーヤと顔をつき合わす。
「スフィクスだったな、」
「……ドウシテ…ダ。」
哀しげな表情でネーヤは呟いた。
「てめぇが、なんかしたのかよっ!!」
祐希は怒鳴る。
びくりと肩を震わせ、瞳を揺らす。
あおいから昂治は離れ、間をわるように入った。
体をていにして、ネーヤを後ろへやる。
「ネーヤをいじめるなっ!!」
昂治が睨みつけながら声を張り上げた。
口調は小さな子供が、一生懸命に守っているようなもの。
威勢のいい、祐希の動きが止まる。
「ネーヤをいじめるヤツは許さない!
俺が、許さない!!」
祐希の瞳が揺れる。
表情は鋭い視線を残したままで、内面まで気づくのは
むずかしいだろう。
「君たちは、ネーヤの大切なヒトなんだろ!
どうして、そんな態度をとるんだ!」
嗜める、叱る声。
俯いて、祐希は後ろに下がった。
昂治は気にせず、ネーヤを見る。
「ネーヤ、何も告げテ、ナイ。偽って、ナイヨ。」
「ネーヤ?」
「…昂治……」
イクミが祐希の横を通って、昂治の前に立った。
「俺は…尾瀬イクミ、」
その言葉に、昂治は目をパチパチさせた。
「あ…君が?ヴァイタルが―ダー動かすんだよね。」
「…君の名前は?」
力のないイクミの笑みに、昂治はニッコリ笑った。
「昂治、」
一言で、
こんなに胸を揺さぶるのは、なかなかない。
イクミは破顔させながら、続けて言う。
「苗字は?」
「え?…あ、その…昂治なんだけど。」
さも不思議そうに昂治は見た。
イクミは口を開くが、喉が鳴るだけだった。
「あの…昂治って名前なんですか?
篠田とか、相葉とか、日向とかないんですか?」
一番、客観的に見れるカレンが問う。
「そうだよ、」
即答に、黙っていた祐希が昂治に近づいた。
「っざけんな!!!」
拳が上がる。
その拳は昂治の鼻先で止められる。
正確には止められた。
「離しやがれ!!」
後ろから、イクミとカレンが祐希を押えていた。
「ごめんなさい、ちょっと取り乱しちゃって。
また日を改めて来ますね。」
カレンがニコッと笑い、イクミと協力して祐希を
つれていく。
バタバタともがく祐希だが、カレンが加勢している所為で
実力行使に出れないようだ。
「…昂治…」
涙を流すあおいに、昂治は心配そうな顔をする。
それは
他人に対するものだったけれど。
「あおいさん、行きましょう。」
カレンの呼びかけに、あおいは駆けていった。
ドアが閉まり、部屋は静かになる。
「……ネーヤ、今の人たちと何かあったのか?」
「…ウン」
コクンと頷き、微笑む。
「色々アッタヨ…ココロ、いっぱいになるくらい、」
今にも泣きそうだった。
「そ、そ、そ、それは本当なのか!!!」
声を上げるルクスン。
「ええ、本当よ。」
「本当なの?」
ユイリィの問いにカレンは頷いた。
簡易的な会議室で、テーブルを囲み、
事を知らしていた。
ルクスン・北条
ユイリィ・バハナ
シュタイン・ヘイガー
祐希やイクミ、あおい、カレン以外に
真実を知る者だ。
相葉昂治が死んだ。
それを知る。
数少ないヒト達。
「ですが、その彼が“相葉昂治”だという
確証はありません。」
冷たい表情でヘイガーは言う。
「じゃ、何か?幽霊だというのか!!!」
「いいえ、そんな非科学的な事ではありません。
今では人ひとり創るのは簡単だと言う事です。」
「あれは、昂治よ!!昂治だったの!!!」
あおいは叫び、顔を手で覆う。
「昂治…」
額に手を当て、イクミは息を吐く。
「…まず気になる事があるのですが、」
ヘイガーは流し目をし、隅にいる祐希を見た。
その視線に鋭い光を返す。
「彼の遺体は、どうしたんですか?
私たちは、星が違う。葬式にご出席したのは
彼方方たちだけですから。」
「何が言いてぇんだ、」
低い祐希の声にも、表情を崩さず
ヘイガーは続ける。
「単刀直入に言いましょう。
“相葉昂治”の遺体をどうなったかを聞いているんです。
事によっては、彼ではないという確証にもなります。」
「私、知らない…見てないもの、」
あおいは泣き崩れる。
カレンが横で背中をさすった。
「貴方は…見ましたか?」
「……」
祐希は俯き、壁に拳を叩きつけた。
「反吐が出るぜ!あんなヤツなんかの…っ」
「見てないんですね。」
祐希から目を逸らし、
ユイリィを見た。
「私たちは、彼に会っていません。
一度、顔を合わせてみましょう。」
「…ええ、私が行くわ。」
ユイリィはきりりとした表情で立ち上がった。
「私も行きましょう。」
ヘイガーも立ち上がった。
すると慌ててルクスンが立ち上がった。
「この私もー、」
「ルクスンは残って頂けませんか?」
「な、何故だ!!」
「これから、彼との会話をブリッジのモニターで映し出します。
万が一、他の人物が入らぬよう、外で監視してください。
あまり深くない第3者が行くべきです。
感情が入りますと、事実が曇る場合もありますから、」
つまり、あおい達は残れと云う事だ。
「正気じゃないって云うのかよっ、」
「そういうワケではありません。
ですが、さっき会話にならなかった事を予測すると
会話を事実まで持っていく事ができない可能性も
あると云う事です。」
ぎりっと祐希は奥歯を噛んだ。
カレンに目をやり、
「すみませんが、ブリッジに移動してください。」
「うん、わかったわ。」
ヘイガーの要求をのみ、あおいに付き添いながら
部屋の入り口まで行く。
「……」
イクミはふらリと立ち上がり、同じく入り口へ向かう。
周りを眺め、祐希も入り口へ向かった。
「ルクスン、私もお願いするわ。
相葉君が命を落した事は他の生徒は知らない事だから、」
あおい達が去っていった後すぐにユイリィは云った。
察しがつくだろう。
「ま、任しておきたまえ。
このルクスン・北条が――」
「では行きましょう。」
言葉を遮るように、ヘイガーは云った。
ユイリィは頷き、部屋を出て行く。
「何をしているのですか?ブリッジへ急いで下さい。」
ふるふると震えながら、頭を抱える。
「な、な、なぜだぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」
むなしくルクスンの声はこだました。
ここは永遠なんだ
ここは果てしなき海
ここは夢多き大地
ここは天高い宇宙
「お話…したいって、したいヨって。」
「誰が?」
ネーヤは目元を綻ばす。
「大切なヒト…」
「さっきの人たち?」
「違うヨ、」
イスに腰掛け、浮いた足を昂治は
ブラブラと揺らしている。
「お話…したい、スルノ?」
「……俺はネーヤの傍にいるよ。」
微笑む昂治に、ネーヤは小さく微笑んだ。
ねぇ、こうじ
昂治だよね?
昂治だって言って
お願いだから
叫びは小さく
音にならず
微笑む昂治にはソレは聞こえない。
知る事もなく
ただ
幸せを感じていた。
穢れのないセカイで。
(続)
|