+++満月の心得+++

―水の詩―






遠い夢の奥

暗イ

懐かしい

暗イ

ここは何処だろう

暗イ

空には大きなお月様

暗イ

紅く染まってボクを見てる

暗イヨ



「ここは何処だ」


闇がボクを包んでくれる










「ゆ・う・きぃくーーん∨」
女の子の方が、まだいいかもしれない。
そんな事を彼の声を聞くなり、切に思った。
「……、」
「またダンマリ?恥かしがり屋さんなんだから!」
睨みつける。
大抵の者は、ここで去る。だが、彼には効かない。
「そんなに睨まれたら、尾瀬クン困っちゃうっ∨」
舌打ちをする。
無視をこのまま続けるのも億劫になった。
目だけ向けると、ニンマリと笑うイクミがいた。
彼は変わった。
根本的な所は、変わってはいない。こんな風な接し方は相変わらずで。
変わったのは瞳の色だ。
もう、誰にも何物にも囚われていない。
囚われるとしたら、あの人だけだと瞳が語る。
何か決意を持った。
何か譲れない物を持とうとしている。
自分から奪おうとしている。
否、自分からではない。
「やっと、見てくれましたね。」
「……何か用かよ。」
「うーーん、特にはナイっす。」
ヴァイタルガーダーのメンテは一緒だ。
通路で出くわすのは普通だろう。
だからといって、呼び止められる義務はないはずだ。
しかも、祐希は意識を向けたというのに相手はこの対応だ。
リフト艦へ行こうと、足を一歩出した。
「待って、冗談だって。」
肩を掴まれ、その手を払いながら振り返った。
そこには先程までのイクミはいなかった。
言うなれば、あの政権を握った時の彼がいる。
「昂治と何があった?」
気だるげな瞳を祐希は向ける。
恐くはない。
狂気にも似た光を見せるイクミに恐れはない。
「ホント変な所だけ、お強くなった昂治クンなんですがね…。」
「どごが、お強くなったんだよ。あのヘボ野郎がっ、」
「そう思ってるんなら、いいけど。」
目を伏せる。
祐希は感じていた。
わなわなと広がる異様な感情を。
「ま、本題。昂治がオマエ見て、ちょっとばっかし変な対応したもんで。
とーっても気になるんだよねぇ。」
なんでだ、と睨む。
「最後まで言わす気?」
余裕めいた笑みが向けられた。
広がる感情が溢れんばかりに、暴れだす。
以前ならこの感情で人を殴った。
だが、今は。

ふと映るアナタの姿

「SEXした。」
目が見開かれるのを、祐希は卑屈に笑う。
「兄貴としたよ、地球にいた時ずっとな。おかしいぜ、男のクセに腰なんか振りやがって
ホントのクズ野郎だ!」
イクミが静かに、こちらを睨んでいる。
「当たり前だ、俺見て変な対応すんのはな!嫌なことをはっきり云わねぇバカなヤツだ。
それでも普通にとか考えてるんだからな、無様にも程がすぎるぜ!」
「無理やりか?無理矢理したのか?」


シテナイ
するわけない
殴ることは出来ても


「ああ、無理やりやっ……、」
祐希がふらつく。


暗い
暗い
暗い


額を抑えて、祐希は目眩でグチャグチャの視界を治そうとする。
「無理にはしてないんだねぇ…、」
「そんな事いってねぇだろ!!」
「半分ホントで半分ウソでしょBもー祐希クン解かりスギっすよ!」
顔を上げた祐希をイクミはニッと笑みを向ける。
それを睨もうとするが、血の気が引く感覚に弱まった。
「まーね、俺って昂治クンにめっちゃラビュ∨なんスけど。ホント、変なんだよねぇ。」
首を傾げて、さも不思議そうな顔する。
「おまえをさ、嫌いになれないんだよ。あー恋愛対象外ねっ。」
「だからなんだ、俺はテメェなんか嫌いだ。」
うひゃーっと声を上げ、イクミは手をヒラつかせた。
「そうやって、突っ張ってるとー欲しいもん、獲られちゃうよぉ。」
凄む瞳はやはり、いつもより力がない。
凄みのある眼光もイクミには効かないけれど。
「少し話とかしてみれば?案外、その情け真っ青な顔治るかも。」
「誰が話なんか、するか!!もう、用済みなんだよ!!!」
「はい?」
イクミが目を丸くする。



俺は、愛しいなんて思わない

俺は、オマエを愛すことなんてない


その言葉は自分を抉る
冷たい刃物のよう


「もう、何も話すことなんか…ねぇんだ、よ……、」
唇を噛んで、拳を握り締めた。






昂治は作業を終えて、自室にいた。息をついて、IDカードで時刻を見る。
――今日は確か、メンテだっけ…
いつもなら、ここにネーヤが来ていた。
他愛もない会話を交わし、微笑みあう。
幸せだ。
前に辛い事なんてあったのが嘘のように思える。
幸せ。
だが取り巻くのは自己への汚れだ。
肉体的なものではない。
あんなに彼女は純粋なのに、自分は何故こんなに
膿を感じられずにはいられないのか。
苦しいわけじゃない。
ただ、申し訳なさが込み上げてくる。

誰かが呼んでる

急にそれは昂治を襲う。
じわじわと右肩が痛み出していく。
汚い躯。
声が出ず、ひゅっと乾いた音がする。

オマエは俺を愛さない

痛い
痛い、痛い、痛い、助けて、痛い、痛い!!
ふと手を伸ばす。無機質な天井に手を伸ばす。
見えるはずのない姿。
それが、昂治の脳裏に映った。
それは求めてはいけないと、誓った人の姿。
咽喉が鳴る。
――こんなの、違う…俺はっ
伸ばす手は彼の人へ。

助ケテ、祐希…

こんな自分を認めてはいけない。
「うあ…ああ、あああああああーーーーー!!!!」
昂治は悲鳴を上げた。





暗い。
――もう、慣れた
くつくつと笑って、キーを打っていく。
祐希にとって他愛もない、ヴァイタルガーターのメンテ。
同じ音が自分の耳に入り、意識を別の所へ連れて行く。
――もう、慣れた

紅い月。

俺はリヴァイアスに行く

もう、オマエとはヤったりしない

祐希、俺はオマエを弟としか見ない

オマエと同じように

どんなに奪っても、変わらない

俺は、愛しいなんて思わない

俺は、オマエを愛すことなんてない

オマエと同じように

窓から見えたのは、紅い月。
満ちようとする下弦の……

――下弦?なんで、だ…
二日前は満月だったハズなのに。
――関係ねぇ、バカか
目の前は真っ暗なのは変わりがない。
ポタッ、ポタッ……
「祐希!?」
隣りからカレンが声をかけてきた。
顔を向ける。
「どうしたの、ちょっと、汗、びっしょ!!」
モニターに数滴の雫が落ちている。
うなされた夢の後のような感覚があった。
「顔色悪いし…医務室に、」
「なんでもねぇよ。」
「はいはいーー、祐希クンは医務室行きねー。カレン頼みますわ!」
イクミが手をヒラヒラさせて、言った。
睨みつけるが、
「そんな状態でメンテされちゃー困るっしょ!なんか、間違ってる俺?」
ごもっともな事を言われ、祐希はカレンに引かれるようにリフト艦を後にする。
医務室に行っても、どうかなるハズなかった。
祐希にとっては、もうどうかなってしまいそうだった。
自分がこんなに動揺していること。
ただ一言で、兄の一言で自分がこんなになってしまった事。
進むことも戻ることも出来ず、迷い込んだように……
暗くて、何も
――なにも…見えない……
「あ、」
カレンが間の抜けた声を出したので、その方へ瞳だけ向けた。
立っていたのは、紫色の服を着た少女――ネーヤだった。
「ネーヤさん、どうしたの?メンテ終わった…、」
「イヤだ、イヤだ、イヤだよ。ワタシ、痛いの見ルの嫌だ。」
ネーヤはふらつくように、祐希とカレンの所へ歩み寄った。
「痛い、痛い、痛い、ダメだ、来ちゃダメ。ネーヤ、行けない、ダメだ。」
泣き出しそうな表情で数歩前で立ち止まった。
スフィクスである彼女の言葉を理解するには並大抵ではない。
足りない言葉でネーヤは話す。
「痛い、助けて、助けないで、恐い、恐くない、痛いよ、痛いよぉ。」
「大丈夫…?」
「痛い、痛い、嫌だよ、痛いのネーヤ、哀シイ。」
祐希とネーヤの瞳が合う。
「月が…赫く…満ちて、欠ケテク。」
「!?」
カレンの声を聞く前に、祐希は走り出していた。
「ちょっと!!」
追いつくわけもなく、祐希は走る。
――紅、赤、紅い月…
どうすればいいのか、解からない。
でも、どうにかできるのなら。
このどうしようもない感情をどうにかできるのなら。
浮かぶのはただ一人。
――兄貴っ!!
昂治の部屋の前で立ち止まり、息を吸って扉を開かせる。
暗い部屋。
「……ネーヤっ!」
第一声はそうだった。
肩を押さえて、苦しげに息をする兄が映る。
「……、」
「ゆ、祐希!」
驚いた声を上げ、肩から手を離したのを見た。
祐希はズカズカと中に入る。
「アンタ、作業は、」
――違う、こんなコト聞きたいんじゃない
昂治が喋る前に両肩を乱暴に掴む。
逃げようとする昂治を力で止めさせた。
それでも、逃れようとする昂治が祐希を睨む。
「オマエ、何しに来たんだ!!ちょっ!?」
纏うワイシャツを引き千切った。
もがく昂治を床に押さえつけ、肩を見えるように服をずり下ろす。
「っ!?」
祐希の瞳が動揺に染まる。
もがいていた昂治も動きが止まる。
咽喉の奥が燃えるように乾く。

黒く変色した右肩。

服を着れば隠れる所が、また何ともいえない酷さだ。
変色してるだけなら、まだマシかもしれない。
その右肩は夜空のように、光る粉のような物が、時折纏わり付く。
普通の傷痕ではないと、一目で解かった。
「…な、なんだよ…これ、」

その黒は混沌。

震えるように、昂治を押さえつける力が弱まる。
それを機に、昂治は体を捻り、剥がされた服を擦り付けるように戻す。
少し離れた祐希と向かい合うように座っている形となる。
「…気持ち悪いって、嘲るか?」
――そんな事、云わねぇ…
「罵るか?無様だと。人なんかじゃないと、みんなにばらすか?」
――そんな事…云うワケない!
祐希は冷たい昂治の声に身震いがした。
昂治は無表情の祐希に身震いがする。
「これが…あってか?」
その言葉に一瞬、昂治の眉が寄せられる。
だが、暗い部屋と混乱の所為で祐希はその表情を見逃す。
「関係ない、オマエに云った事は、」
――違う…おまえは俺を嫌いでも…
「本心だ。」
――本心じゃない、だから…
「俺はオマエを弟としか見れない…いや、違う、」
――俺は云える

――云うなっ

「俺はオマエなんか、キライなんだよ!!」

祐希の瞳が見開いたのが解かる。
真正面からそう云われたのだ。
よく思っていなくとも、頭にくるだろう。だから、殴られると思った。
少なくとも、嫌われていると思ってる昂治は。
軽く整えた服をまた掴まれる。
乾いたボタンの落ちる音がして、次には頬に激痛が走る。
そして何もかも終わる。
この秘めた想いも打ちのめされて消えるはず。
そう、昂治は思っていた。
「え!?」
声をあげたのは昂治だ。
引く手は昂治を寄せて、祐希は抱きついてきたのだ。
驚き、それでも昂治は、相手の体を引き離そうと背中を掴む。
その時だ。
祐希の体が震えているの気づいたのは。
「ゆ、祐…希っ…?」
首にしがみつくように回された腕に力が入った。
自分の肩口に顔を埋められ、昂治は祐希の顔を見れない。
「…嫌いって…言うな…言うんじゃ…ねぇ…、」
掠れた声に、昂治は息を飲む。
「オマエ…ちょっと、」
「嫌いって……云うな……、」
ぎゅうっと抱きつかれる。
「泣いて…るのか?」
「……、」
祐希は答えない。
大きいハズの体がこんなに小さく感じる。
震えている体が、時に咽喉が鳴るのを聞けば、答えなくとも解かる。
泣いていた。
静かに泣いていた。
「泣いてるのか?ちょっと、」
ますます、しがみついてくる祐希に昂治は混乱する。
――なんで、なんで?
「なに泣いてるんだよ、嫌いなんだ…ろ?」
「……好き…だ……、」
「嘘だろ!!なに云ってんだ!!」
引き剥がすにも、震える体を払う事は昂治には出来なかった。
「嫌いだから、あんな事したんだろ!
俺に嫌がらせする為に…祐希?おい!!」
だから、否定する。
それでも離れない祐希に、言葉が真実だと身に染みて伝わる。
「泣くな、泣くなよ…泣かないで、」
汚い、汚いこの躯。
祐希は離さんと抱きついてくる。
――俺は、俺は……
ふと浮かぶ。あの血のような紅い月。
引き離したハズの感情が昂治を動かした。
否、引き離れてはいなかった。
想いはそう簡単に消えるものではない。
打ちのめされたとしても、やはり焔のように灯ったままだっただろう。
「…嘘だ…嘘だよ、俺は祐希を好きだよ。」
昂治は泣き震える体を抱き返した。
体が当たり前のように、熱を溶け込み合わせる。

「だから…泣かないで……、」










闇がボクを包み込む

星は輝かず

は千切れて

暗い

ここはボクが堕ちた場所

優しくボクを包み込む闇

でも

暗い、恐い、助けて、誰か、


ゴメンネ…気ヅカナクテ


朧に潜め、この身を千切り

照らしていた










ワタシはここにいた

ワタシはここにいる










(続)
消そうかと思ったんですが、
続きがあるんで…載せました(汗)。
自分的には過去にしたいSSその1


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