+++満月の心得+++
―音無の詩―
ここから見えるソレは
いつも満ちている
満チテイル?
…ううん
満チテイナイ
うん、そうだよ
云ワナイデ
云ってはいけない
ソレを知られてはイケナイ
カレンは憮然とした表情の祐希を見た。
不機嫌な、焦っているような、
そんな表情の祐希を見て、一つため息をつく。
理由は云わずもがな承知で、自分のとる行動に呆れつつ声をかける。
「どうしたの、そんなブスっとして。」
「別に、」
返ってくる言葉は予想していた通りで、カレンは言葉を続ける。
「お兄さんの事で何かあった?」
云えば、ますます表情が険しくなった。
「あったんだ。」
すると今まで背けていた顔を向けてくる。
「なんもねぇよっ!!」
「ふーーん。」
カレンの流すような反応に祐希は俯く。
「何か、あるわけねぇだろっ……、」
苦しそうな響きだった。
あーあ、とカレンは内心でため息をついた。
どうして恋敵になろう相手に、協力する形になるのか。
「ちょっとお腹、空かない?」
「もーー、聞いてる?」
あおいの怒声が、廊下に響いた。
「あ、うん…え?」
呆けた顔を向けた昂治にデコピンをする。
昂治はしかめっ面で睨み返した。
「何すんだよっ!!」
「話を聞かない昂治が、いけないの!!」
鼻先に指される指を見て、昂治はふぅっと息をつく。
「悪かった、悪かったよ。」
「誠意がこもってない!」
「ゴメンナサイ、スミマセンでした。ちゃんと聞きマス…どうだ、これで?」
頬を膨らまして、あおいはジト目で見た。
「生意気ぃ。」
「ごめんって、」
そんなやり取りを見て、笑いながら駆け寄ってくる奴がいる。
「あいかわらず、ですねぇ。」
イクミである。
横にはこずえもいて、明るい雰囲気に昂治は微笑む。
「なに笑ってるのっ!私まだ怒ってるんだから!!」
「怒ってたのか?」
昂治の言葉に、あおいが固まる。
そんな動作にイクミが吹き出した。
「アハハハ、昂治くん、それはひどいっしょ。」
「そーだよ。」
こずえがニコニコしながら言った。
――良かった
昂治は唇だけで笑い、そんな事を思った。
みんな平気で、良かった
――俺、みたいに……
「昂治?」
イクミが覗き込んでくる。
少し体が震えるのだが、イクミは気づかないようだ。
「昂治くーん!!聞こえてますかぁ?」
「あ、なんだよ、大声で。」
「ひどいっ!ひどいっすよ!!」
顔を両手で抑えて、イクミが泣きまねをする。
「尾瀬クンの愛を、こうビシバシッと苦しめるとはぁーー、あーーひどいですぅ。
ね、こずえさんに蓬仙さん!」
うんうんと二人が頷くので、昂治は困ったように顔を顰めた。
すぐにムっとしたような顔をイクミに向ける。
「なんもしてないだろっ」
「しくしく、昂治クンは自覚ナシですか。あーひどいっすぅ。」
「昂治、泣かしたー。」
加勢するようにあおいが言う。
「あーー、もうっ、泣くなよ。」
「うん、尾瀬クン、スマイル全開。」
パッと笑い顔を見せたので、昂治の口があんぐりと開く。
「泣いてなかったのか?」
「気づいてなかったの!うっそぉ!!」
覗き込むようにあおいが見てくる。
「イクミぃ、すごい!泣きまね上手!もう、愛してるぅ∨」
「こんなトコで誉められるとは、人生わかんないっすね。」
笑っているイクミに昂治は憮然としない表情をする。
だが、騙されたのが悪い、とあおいが云うと諦めのため息をついた。
「ま、お腹が空きましたね。食べに行きますか。」
「うん、あおいちゃんも。」
「行く行く、昂治も行くでしょ。」
ああと頷いた時だ。
昂治の動きが止まる。
通路の奥から二つの影が見えた。
祐希とカレンが歩いてくる。
「あ、久しぶりです。」
カレンが手を振り、祐希を引きながら近寄ってきた。
「みなさんも、食べに行くんですか?」
「そんなトコ。」
イクミが軽く言った。
「祐希、ちゃんと食べてる?」
不機嫌な表情の祐希にあおいが聞く。
ふいっとそっぽを向いて、無視をした。
あおいは、あまり気にしていないようだ。
「お兄さんも、久しぶりです。」
ニコっとした笑みに落ち着いた笑みを返した。
「元気そうですね…ん、祐希?」
一歩、後ろにいた祐希を見る。
いつもでは考えられないほどに、
「ちょ…具合い悪いの!?」
その表情は青ざめていた。
「なんでもねぇよ!!」
踵をかえし、もと来た道を引き返していく。
カレンは驚いたようで、それでも慣れているのか、
会釈をして祐希の後を追っていった。
「あいかわらずだね。」
こずえが去っていく二人の影を見た。
「あそこまでいくと、もう人間性でしょ。」
ちらりとイクミは昂治を見て、あおいの方を向いた。
「じゃ、行きましょか。」
「う…うん。昂治も、」
掛けられた声に、ゆっくりと昂治は微笑した。
そこそこ食べ終わる。
じゃんけんに負けた昂治は、みんなの食器を片付けている。
「じゃんけん弱かったんだ、昂治くんって。」
「知らなかったな〜。」
あおいが苦笑いをした。まだケーキを食べている、こずえから離れ
イクミはあおいに寄った。
「蓬仙、実は知ってたんじゃないのぉ?」
「あはは、ばれてる?」
「…なんか、あったんですか?ご兄弟は。」
小声で顔を向けずに言った。
「え…なんで?」
あおいも小声で返した。ふうっと息をついて、イスに背もたれた。
「なんとなくねぇ。」
「…わかんないわよ…わかんない事だらけなんだから。」
目を顰めるあおいに、イクミは瞳を向ける。
「と、言いますと?」
「仲直りしてないみたいだし…地球にいた時、少し話してたと思ったのに。」
思ったのに、先ほどは一言も交わさなかった。
暴言さえも。
「なるほどね〜…。」
「え、イクミどうしたの?」
こずえがケーキからイクミに意識を向けた。
「んにゃ、なんでもないっス。」
「終わったぞ。」
昂治が戻ってきた。
些かふてくされている雰囲気である。
「ありがとデス。この尾瀬クンのために食器の片付けを。」
「じゃんけんで負けたからな。」
「んーー、昂治、つめたい!絶対零度っ!」
呆れ顔だった昂治の表情が一瞬にして変わる。
――あ……
曇り、歪み、苦痛を訴えるものにだ。
「昂治!」
イクミが立ち上がり、昂治の肩を持とうする。
その手を払い、払った手でお腹を抑えた。
「ど、どうしたの!!」
「いや、ここ最近…お腹の調子が悪くてさ。」
苦笑いをして、息をはく。
「大丈夫なのか!」
「ちょっと、医務室に行ってくるよ。」
付き添おうとしたイクミを押しとどめる。
「腹痛だけなんだから、ひとりで大丈夫だって。」
「昂治、」
「遅れるって、作業のヤツに言っておいてくれないか。」
コクリとイクミが頷いたのを見て、昂治は食堂を出て行こうとする。
「ホントに大丈夫なの!」
「大丈夫だって、」
あおいの言葉に微笑んで、昂治は出て行った。
お腹を抑えて、通路を歩く。
ふと横道にそれて、膝をついた。
「う…うう、」
お腹を抑えていた手を右肩に持っていく。
そのまま掴むように抑えた。
汗が滲み、微笑んでいた顔が苦しみに歪む。
荒い息。
「…あ…ううぁ…っ、」
痛い
痛い
痛い
誰か、誰か、誰か、
――……ネーヤッッ!!
ふわっと少女は降り立った。
「こうじ…こうじ!」
すぐにうずくまるように膝をついている昂治に、ネーヤは近寄る。
そのまま昂治を包み込むように抱きしめた。
「はぁ…うう、」
「こうじ、痛い、痛い、痛いのイヤだ。」
苦悶の表情がネーヤが抱きしめ、肩を撫でていくだけで和らいでいく。
「……ごめ…ん、」
顔を上げて、昂治はネーヤから体を離した。
表情には苦痛はなく、申し訳なさそうな微笑みがあった。
「痛い、痛い、こうじ、痛い。」
「もう、大丈夫だよ。ありがと……。」
首を横に振って、ネーヤは泣きそうな顔をする。
「痛いって、ココロ泣いてる。」
「…平気だよ、ネーヤのおかげで。」
「辛い、ツライヨ…、」
ホントに泣き出しそうで頭をあやすように昂治は撫でた。
「赫く…月が、満チテイク…。」
「いきなり行っちゃうんだから!」
カレンが祐希の後をついていきながら言った。
「それは良いとして、大丈夫?」
「なにがだ、」
振り返った祐希をカレンは息をついて、見た。
カレンの表情は半ば呆れ顔に近い。
「気づいてる?顔、真っ青だよ。」
「どこも悪くねぇよ。」
また前を向いた。だが、歩きは止めている。
「もう、何しに行ったんだか。お兄さん、呆れてたと思うよ。」
その言葉に、また祐希は振り返って睨みつけた。
「呆れるわけ、呆れるわけねぇだろ!!」
「祐希……?」
そのまま眉を寄せて、怒ったように険しくなる。
けれど怒鳴る事はない。
「そんなわけ、ねぇだろ……、」
冷たい響きの声だった。
うつむく祐希にカレンはため息をつく。
「祐希はココに何しに来たわけ?」
「何言ってんだ。」
肩をすくめて、おどけたようにカレンは祐希を見る。
「そのままの意味。」
「そんなの決まってるだろう、ブルーを倒すためだ。」
ふーん、と納得したように頷いた。
祐希は舌打ちをして、逆方向を歩き始めた。
「え、どこ行くの?」
「腹減ってんだろ、」
いまだ不機嫌そうな表情の祐希の隣りをカレンは歩いた。
「はぁ、私ってホントに損だわぁ。」
訝しげに見る祐希にカレンは気のいい顔を向けた。
「それだけで来たの?」
「……、」
祐希は答えなかった。
代わりに、自分の足元を見て、また顔を青ざめさせた。
「祐希!?」
ふらつく体を壁に手をつく事でおさえた。
祐希、
云うな
祐希、俺はオマエを弟としか…
云うな
どんなに奪っても、変わらない
云うな
俺は、愛しいなんて思わない
アナタはいつもそう
ボクをおいていく
想ってはくれない
穢れもしないアナタがボクを想いはしない
纏うのはあの夜
「祐希!!」
汗をかいていた。
カレンが手を差し伸べるが、軽く払った。
「大丈夫だ、」
目の前には廊下が続く。
静かな見慣れた無機質な廊下。
けれど、祐希は愕然とした。
――何も……
それが今更、気づく現実だった。
「こうじ、ダメだよ…痛いの、消エナイ。」
「もう、平気だって。」
困ったように笑う昂治に、ネーヤは体を寄せる。
胸に顔を埋めるネーヤの肩に触れた。
「痛い、怖い、辛い、暗い。」
服を握る。
「ネーヤ……?」
「暗い、真っ暗だ…恐い、暗いよ…。」
昂治は気づく。
言葉にされているココロは自分のモノではない事を。
かと云って、誰なのかも解からない。
服を握り締めている手が、白く染まる。
あやすようにネーヤの肩中を撫でた。
「暗くて、何も……何モ、見エナイ。」
月は見える
昨日は満月だった
照らす灯り
冷たい道
あたたかい光り
今は、もう何も見えない
千切れながら呼んでいる
彼は進む
ボクは乾涸びて
ああ、そうか
今日は新月だ
(続) |