**硝子細工毒林檎 ―中編―







ただ聴こえるのは

壊音
















何かがあったとしても、日々は変わる事なく
過ぎていくのが時間だ。
やはり変わる事などないと再認識させられ
苛立ちと諦めが心内で渦巻く。
云った言葉は事実となったのだろう。
祐希は拳を握り締める。
紛れのないこの現実は自分の心を痛めない。

相葉祐希は相葉昂治が大嫌い。

この現実は前々からあったもの。
祐希にとっては今さらの事にさえ思える。














朝目覚めて、夜眠りにつくまで
自分は幸せな時を過ごしていると思う。
幼なじみの女の子。
その友だち。
無二の親友。
そして他の友だち。
そんな人に囲まれ、これ以上の望みを掴もう
などと考えるのは傲慢だ。
だから何かを望んでいるワケではない。
昂治は拳を握り締める。
見つめる先には至福な時。

弟は自分が大嫌い。

この現実はもう随分前から知っていたハズだ。
昂治にとって、こんなに気に病むとは思わなかった。















ヴァイタルガーダーのメンテ。
打ち出していく数字、記号。
祐希は失敗などせず、すらすらとこなしていく。

「今日は速いね、祐希。」

横にいるカレンが話し掛けてきた。
軽く祐希は目を向ける。

「いつも速いけど…今日は特別って感じ。」

「なんだ、それ。」

祐希は目を伏せた。

「何かあった?」

「関係ねぇだろ。」

「うーん、判断難しい返し。」

ふっとカレンは笑った。
祐希はその笑みを見、そして息をつく。

「カレンの云う通り、速いっすね。」

その声に苛立ちが浮く。
けれど祐希は顔に出さず、その声主に顔を向けた。

「元気りゅんりゅんですかー?弟クン。」

イクミだ。
昂治のお陰もあり、罪悪感に苛まれる事なく
過ごしている彼。
心情は、底知れぬ罪悪感が渦巻いている
事だろうと簡単に察せられる。
祐希にとっては、そんな事どうでもいい類だ。
なので指摘する事などない。

「あら、シカトですかー。ひっどーい。」

「うるせぇ。」

かと云って、イクミに対する憎悪が消えるワケ
ではなかった。
その憎悪の理由など決して知られたくないのだが。

――消えろ…

沸き出す感情を祐希は押さえつける。
それでも溢れ出す感情。
けれど別の感情で押さえつければ
その溢れ出した感情はそれに変換される。

自分はヘラヘラしている奴が嫌い

「祐希?」

「なんだ、」

カレンが吃驚したように呼びかけてきたので
それをいつものように返す。
けれど相手の驚いているという雰囲気は消えていない。

「ううん、ちょっと青ざめたような感じがしたから、」

軽く目を伏せ、祐希は画面に目を戻す。

「なーに、怒ってるんですかぁ?」

「……」

「またシカトっすか。昂治、心配するぞ。」

「うるせぇ、」

溢れ出しそうな感覚。
抑えている感情。



兄貴ニ近ヅクナ

触ルンジャネェ

自分ハ兄貴ニ近ヅク奴ガ大嫌イ




怒鳴りそうになるが、それを押し留める。
奥歯を噛み、そして無視をした。














右肩に触れ、そして昂治は前を見る。
続く廊下。
つづく明日。
つながれていく未来。

「……」

暗い感情が浮かび、悩ませる。
その悩みは胸を痛め、しめつけていく。

――これは何だ?

自分に問いかける。
答えはすぐに解るのに、けれど敢えてソレから
背くように考えを巡らした。
ソレは認めてはイケナイものだ。
認めたとしても今さら遅い。

遅い?

昂治はため息をついた。
たった一言に自分は揺らいでいる。
それがひどくバカバカしく思えてきた。
けれど本質だろうか、考え込むと答えが出るまで
延々と考え込んでしまう。


ピーピーピー


IDが鳴った。
ポケットから出して、連絡を受け取る。

「ごめんなさい、急に。」

「あ、いえ…何でしょう?」

画面に映し出されたのはユイリィだった。

「今、忙しい?」

「ちょうど用事は終わってるけど」

「良かったら手伝ってくれないかしら、」

話によると倉庫に運び込まれている物に
重要書類が紛れてしまったらしい。

「それを探してるんだけど…人手が足りなくて。」

「俺で良かったら…役に立たないかもしれないけど
いいですよ。」

「ごめんなさい、」

「そんな頭下げないでいいよ。すぐ行くから、」

連絡を切って、昂治は走り出した。

















「えーーー何それ?」

リフト艦から出るなり、イクミが声を上げた。

「荒使いってヤツ?」

「カレンさんの言う通りですよー。」

話をしていて遅くなったイクミ、祐希、カレンは
出るなりIDに連絡が入ったのだ。
昂治と同じ、倉庫での探し物の要請。

「その倉庫になくした奴にやらせればいいだろ。」

冷たく言う祐希に、通信の向こうの相手は困ったような
顔を浮かべた。2、3、イクミと会話して通信が切れた。
ふぅっとカレンは息をつく。

「どうする、行くの?」

「行かねぇに決まってるだろ、」

「俺は行こうかなー…チャンスあるかもーだし。」

「「?」」

祐希は眉を顰め、カレンは首をかしげる。
にまっと笑ったイクミはIDカードにキスをした。

「薄暗いしね、倉庫ってv」

「何言ってやがる、頭おかしくしたか?」

「俺は本気ですよー、誰かさんと違って素直だし。」

IDカードをポケットにしまい、イクミは歩き出した。
少し進んで、振り返る。

「昂治が来るって言ってたしね。
チャンスじゃーない?」

そう言ってトコトコ歩いていく。
呆然とした感じで見ている祐希にカレンが呼びかけた。

「いいの?」

「関係ねぇ、」

そして歩きだす祐希にカレンはひょいっと肩を上げた。

「…ホント素直じゃないんだから、」

サポートする自分もどうかと思うが、カレンは祐希に
ついていった。足並みは倉庫へ向かっている。
















「大嫌イダ」

あどけない声は暗闇に消える。

「消エチマエ」


















倉庫はイクミの言うとおり薄暗かった。
既に数名、この広い倉庫内を探し回っている。
日用雑貨から、機械の部品などあらゆるものが
ココに詰まっていた。
なくした物はどうやらデータ―チップらしく、
探すのが困難だと見た目で推測された。

「ごめんね、相葉君」

「そんな平気ですよ、暇だったし。」

申し訳なさそうな表情をするユイリィに昂治は
苦笑いをした。

「はいはーい、手伝いに来ましたーv」

「あ、お兄さん。お久しぶりです。」

元気な声を上げてイクミが入ってきた。
その後ろには祐希とカレンもいる。

「……」

――気まずいなぁ…

黙ったままの祐希を掠め見た。
面と向かってしかも、冷たい表情で嫌悪を聞かされた。
普通だったら顔を合わしたくないのが心情だろう。

――でも、いつもの事かもな。

そして自分が気にするまでもないと
昂治は心に言い聞かせる。

「イクミと祐希とカレンさんも手伝いに来たんだ。」

「そ、ちょっと疲れてるけどね。」

「まぁ、何となくかな。祐希についてきただけだし。」

とそれぞれ昂治の言葉を返す。
けれど祐希はすっと無視するように奥の方へいった。

「!?」

急激に昂治は内面から炎が湧き出たような感じがした。
それを俗に怒りとも言う。
轟き、自分の理性というモノを巻き込んで渦巻く
暗い感情。
持続こそしないが、昂治にだってある感情。

――無視かよっ

祐希は一度も目を合わさなかった。
それが腹立たしさを感じさせる。
その感情の真意を昂治は掴もうとはしなかったが。

「昂治?」

「……早く見つけよう。」

何はともあれ、探すことに意識を集中させる事にした。
奥の方へ行った祐希にカレンはついていく。
彼の突飛な行動を慌てず対処できるのは、
そうそういないだろう。

「もう、いきなり無視なんてヒドイんじゃないの?」

「うるせぇ、」

凄んで見る鋭い目もカレンはふぅっと息を漏らすだけだ。

「何かあったの?」

「うるせぇよ、」

冷たく祐希は返すだけだった。














ふとした瞬間

舞い降りて

















抑えつけている感情は想いとなって
溢れ出そうとしているのが解る。
その想いは自分でも思う、今さらであって。
胸に痛みを起こすのなら、逆の感情で誤魔化し
それが真だと思うようにすればいい。
いつかその嘘が真になって、この想いは消えると
祐希は思っている。
けれど痛みは消えない。

――消えちまえ、ムカツクんだよ

本当は、傍へと近づきたい。
内心で舌打ちをし、ボックスの中を探った。


チリッ


痛みが走った。
それはいつもの胸の痛みとは別の痛み。

「祐希?どうしたの?」

「別に、」

カレンの問いにそう返した。
けれど内面は簡単にはくくれなかった。
いても立ってもいられない。
そんな感情が轟く。
嫌な感覚。
もしココが戦闘の最中なら、自分は真っ先に
攻撃をしかけるソリッドを組む。

――え?

敵。

ココは戦闘の最中ではない。
ではこの嫌な感覚は何なのか。
自然に当たり前のように祐希は視線を向ける。


チリ、チリ


瞳に昂治を映す。
すると途端に嫌な感覚が溢れ出してきた。
そして視線を昂治から上へずらす。

「っ…兄貴!!!」

声を祐希は上げていた。
周りの者は何事かと視線を向ける。
当然、昂治にもその声は聞こえた。

――なんだよ、いきなり…無視してたヤツが

面倒だと云う感じで昂治は顔を向ける。
けれど向けただけでは意味がなかった。

――くそっ!間に合わねぇ!!!

思うより先に祐希は走り出していた。







ガター―ンッッ!!









大きな音と背中への打撃。
昂治は押し倒されたと把握する。
そして小さなざわめきと、真っ暗な視界。

――暗い?

自分が目を閉じている事に気づく。
そっと開けば、やはり暗かった。

「…っ…」

小さな息を吐く音がし、
自分の体に熱が伝わってきているを昂治は感じた。
混乱しているらしい思考が徐々にクリアになっていく。

「え…?」

視界を暗くしているのは何やら重そうな
太い鉄製の大量のパイプ。
そして伝わる熱は弟の体。

「っく…う…」

目を顰めながら、祐希が昂治に顔を合わす。
互いの瞳に相手が留まる。



伝えても叶わない

ただ苦しいだけ

言葉は真実にならず

想いは伝わらず

なら、いっそのこと



「……」

静かに見ていた。
近づいてくる弟の顔を。

……

啄ばむように
愛でるように
そして深く
しっとりとした感触が唇にそそがれる。
時が止まったかのように
底知れぬ心地よさを感じていた。

「はぁ……うっ…うう、」

唇に熱い息がかかり、そして祐希の声が漏れた。
それは呻き声。
そのまま祐希は昂治を護るように抱きしめた。

今も尚、護っている。

「……」

体が動かない。
事実は、動かせなかった。
伏せられた顔は青白くなっていく。


ぬめっ


嫌な感触が祐希の顔に触れている
頬から感じた。




それは赤い液体





「っ…!?」

昂治の目は見開き、そして喉がひゅっと鳴った。

















「暗イ…暗イ、」

ネーヤはそっと目を瞑る。

「痛イヨ」













ただ聴こえるのは

壊音

吐き出した毒を呑み

ボクは消える



消えようとしていた







(続)
硝子細工って綺麗ですよね。

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