***Planet***

―sky-down―















アンタを想う意味。
アンタを想う理由。

堕ちていく――…















「祐希っ!!」

誰かが呼ぶ。

「祐希っ!!」

耳に響く音は、頭痛さえ覚えた。

「……」

振り返ると、アイツが立っていた。

「祐希っ……」

顔が歪んで、何かを訴える。
そして俺の方へ手を伸ばしてきた。
昔と同じように、けれど違う表情で俺へ手を差し出す。

条件反射。

多分、そうだ。
俺は伸ばされた手を取ろうとする。
正確には、取ろうとした。

ゴポッ

肉の裂かれる音がして、ソイツは倒れた。
赤い液体がドロドロと広がっていく。
倒れた体の横に、ナイフを持ったヤツがいた。

「にいちゃんに何するんだっ!!」

耳に響く声。
俺じゃない。

「……兄貴を殺した。」

耳に触れる音。
俺のモノ。

「ムカツクから殺してやった。嬉しいだろ?いなくなって、」

もう何も言われない。
もう何も否定されない。
もう何もかも奪われない。

「でも、もっと壊しておかねぇとな。」

「……、」


ヤメテ



グキッ、ゴボッ……

壊していく。
原型を留めないほどに。

「……っ…」

血まみれの手がこっちに伸びてい来る。

「にいちゃ……っ」

伸ばした手は宙を掻き、近づこうとした体は押さえつけられた。

「離っ…」

「俺はオマエだ。相葉祐希…だって、そうだろ?」

「違う、俺は」

「望んでねぇ?嘘だろ、消えてほしいんだ。殺しちまえば手っ取り早い。」

「違う、違う、違う、違うっ」

目を塞がれた。

「殺そうとしただろ?」

「……」

視界が開かれ、そして前に映るのは真っ赤な兄貴の――



「ぅ……あああああーーーーーーーーーーーっ!!!!!」




ぶつりと何かが切れた。

「っ!?」

気づくと其処は見慣れた天井だった。
息が上がり、じわりと汗が滲む。
前髪を掻き分け、俺は起き上がった。

「はぁ…はぁ…はぁ、はぁ…」

手を見てみたが、何もついていない。
ついているワケがない。
あれは夢。

「っ…くっくっ…」

夢の中で、俺は俺の目の前で兄貴を殺した。
おもしろいじゃないか。
消えてしまえと思った人物が夢の中だけでも成就された。

「くっ…はは、あはははっ……」

おかしい。
おかしすぎて、目頭が熱い。

「……」

ああ、知ってる。
知ってるから、誰も何も云うな。
自分自身を掻き抱いて、俺は蹲った。
こうも胸が痛いのは、もう解っているから。
こうも叫びたくなるのは、もう知っているから。
頬を濡らしているのは――…

ピー、ピー、ピー…

IDが鳴った。
それは俺が出る事を求めておらず、5回ほどで切れる。
手を伸ばし、かかる髪を払いながら送信者の表示を見た。

「…バカが……」

『KOUJI AIBA』と表示される。
受信欄を全部消して、IDを投げた。
カツンッとドアにぶつかって、床に落ちる。
何かの間違えで、ただ俺のIDに連絡してしまっただけかもしんないのに。
ただそれだけで、何もかも消える。
小さく丸まって、俺は目を閉じた。
こんな俺は嫌いだ。

週のはじめ、こうやって一日がはじまる。










「あっれーー?めずらしいっすねぇ、」

食堂。
ココにいる奴らは、ココで飯を食うんだから別に会ってもおかしくない。
だが、逆に何百人もいるのだから会う率も少ないハズだ。

「こんな早めの朝食とはーー、」

「……Aセット、」

無視して、食堂の受付に言った。

「A?って、お粥セットじゃないっすか。ダメのダメダメっ!」

俺の前に横入りし、受付のヤツに朝からうぜぇ野郎は言う。

「ごめーーん、AじゃなくてCセットね!」

「っ!なに勝手に変えてやがるっ!!」

「あ?悪い、Bが良かったか?」

「んな事言ってねぇ!!」

胸倉を掴んだ時、横からはCセットが二つ出されていた。
目の前の顔を見れば、勝ち誇ってやがるような笑みを浮かべている。

「もう来ちゃったし、食べるしかないっしょ?」

「……ちっ…」

手を離した。
朝から喧嘩する気はさすがにない。
トレイを取って、俺は歩き出した。
ぐるりと見回して、端の方が人がいないのを確認して俺はソコへ行く。
二人用の席が空いていた。
ココに座れば、大抵一人でゆっくりと食べられる。

「よいしょっと、やっぱ二人用はイスが狭いっすねぇ。」

「〜〜〜っ!!」

向かいの席に、さも当然のように尾瀬は座った。

「ではでは、いただきます…ほら、祐希クンも!」

「てめぇなっ!!」

「他の席空いてなくてさー、」

一瞬、信じそうになったが横の方に十分な空きがある。

「どっか行け!」

「あら、ヒドイっ!」

そう云うだけで、ニコニコしている。
朝から何がそんなに嬉しいのか俺には理解できない。

「一人で食べるってー、美味しくないっしょ?」

「なら他のヤツと食ってろ、」

アイツと一緒に。

「あーー、昴治はもう既にブリッジでお仕事中。」

「聞いてねぇよ、そんな事っ、」

ニッコリともっと笑う。
睨むが、尾瀬は肩をひょいっと上げるだけで箸を取り魚を突き始めた。

「……」

無意味だ。
無視と決め込んで、俺は箸を取る。
目の前には、白い飯に味噌汁、焼き魚に温泉卵……朝食の定番と言えば定番だ。
けれどはっきり言って、食べる気がしない。
第一、食べなくてもいいぐらいだ。

「…やっぱ地球出身は味噌汁とか好む人、多いっすねぇ。」

「……」

「祐希クン?あ……具合悪いのか?」

密かに眉が寄せられた。
コイツに、そう思われるのはあまりいい気はしない。
俺は味噌汁を飲み始める。

「…気のせいっすかねぇ……。そうそう、昴治も朝はCセットが多いんだよね。」

「聞いてねぇよ、」

「え?そう???」

見透かそうとする瞳を向け、そして魚をまた尾瀬は突く。
雰囲気はまた以前と同じになったが、周りの反応を気にしているのが解った。
同情するつもりはない。
尾瀬はそれを望んでいないし、俺は与える気もない。
だが、

「もっと綺麗に食え…」

魚の食べ方は目に余った。
食べるというより、解剖。
食欲がないのに拍車をかけるようなモノだった。
いくらなんでも、魚に同情するくらいの分解ようだ。

「うえ?ええーー、食べているつもりなんですけど…」

「解剖してるダケじゃねぇか!」

「あうっ!いたいトコつく…俺もそう思うんだよねぇ…」

のほほんと言って、また魚を突く。

「突くなっ!余計に汚くなる!」

「あーー、俺って、ほらー…洋食派だからー。」

なら頼むなよ。

「む?今、呆れたっしょ。せっかく祐希に合わせてやった涙ぐましい俺の努力も呆れる気っすか!」

「……ほっとけよ、」

眉を寄せて、魚を突く…もはや格闘している尾瀬は俺に目を向けた。
微かに揺らぐ瞳の中で、軽く煌きを見せる。

「結構、お気にだから。」

「Cセットがか?」

笑みを浮かべて、また魚と格闘しだす。

「見苦しいぜ…てめぇは焼き魚食うな、」

「何を云うですかーー…つーか、君は綺麗に食べれるんですかぁ?」

挑発するような言葉は、出来ないと決め付けている物言い。
些か腹が立つ。

「……」

箸を動かし、香ばしい匂いのする魚を骨と身に分ける。
頭つきの骨と身を別個に置いて、尾瀬を見た。

「そうっすね……君が上手に食えないワケないっすね。」

「何に納得してんだ、てめぇは。」

「少食だけど、昴治ってば綺麗に魚食べるからさー。」

だから、そんな事は聞いていない。
小さな共通点を見出し、少なからず喜んでいる自分がいた。
腹が立つ、何故そう思わなければならないのか。

「誰もそんな事、聞いてねぇ。」

「あはー、聞きそうだなーと思って。」

聞いたりなんかしない。
どうせ理解できないのだから。
理解できない事を知っても、無意味だ。
事実に只呆然と立ち尽す。
だから聞いたりしない。

「そうそう、君が製作したソリッド。政府がメンテに取り入れる方針だそうっすよ。」

「?」

「先週あたりに完成したっぽげなヤツ…他のデーター分の読み込みを少なくして、他のプログラムに依存しないようにして
独自性に近いソリッドにしたのだって。」

誰にも教えてないハズ…いや、兄貴は知ってる。

――おめでと、

軽く微笑んで、兄貴は褒めていた。

「祐希くーん、何ぼーっとしてるんすかぁ?」

「っ……別に、」

首を振って、俺は顔を顰める。

「てめぇが何で知ってんだよ。」

まず兄貴が言うワケはない。
他人にあまり俺の事を話すヤツじゃないからだ。
俺という繋がりを消したいと思っている兄貴なら尚更だ。
きっと認めない。
きっと一生見下される。

「いやー、君のソリッドモジュール見たイクミ君はあまりの感動に報告したって感じ。」

「……」

試しに自分だけで取り込んでみただけだったのだが、
横から見られていたらしい。
確かに、あの画面見たら誰でも解るか。
まだ不完成な――

「あんなに綺麗な球体になるってスゴイっすよ。マジで感動っす。」

「……まだ修正部分があんだぞ。」

「だから取り込んで、修正部分の改善とそして向上…ね、頭いいっしょ?」

効率がいい。
本当に確かに……

「うむむ?やっぱ怒ってますぅー?」

「さあな、」

尾瀬は笑みを向けた。
俺の返しをそうとったらしい。
何故コイツは笑えるのか、解らない。
いや…笑う事を許されたから、きっと笑えられるんだ。
ヘラヘラと笑う、アイツの許しが尾瀬を形成する一部になっている。
むかつく…何だか理解できない苛立ちが湧き起こる。
尾瀬に対して苛立ちを感じる事が最近多くなった。
それは、言動や行動でなく――アイツの面影を見る時。

「……むむーーー…」

「……だから、突くんじゃねぇ!!!」

まずは前の焼魚の惨劇に、頭が痛くなった。













ずっと一緒にいた。
逃げるんだったら、追いかけた。
だから、解る。
全部とまでは言わないが、ソレは理解できた。
兄貴が俺との関係を計り兼ねている事を。
多分、俺でなくても週末に見る切羽詰まったような情けねぇ顔を見れば誰だって解る。
現実を受け止め、それを律儀に返す。
アイツは俺を認めない。
弟は弟で、それ以外になるべきモノはない。
だから言わない。
出ている答えを言ったりしない。

「祐希?」

通路を歩いている途中、カレンが後ろから話し掛けて来た。

「…ぼーっとしてるから、何かあった?」

覗き込んでくる瞳は軽く揺らいでいる。

「別に、何も。」

「そ?なら、いいけど。」

ニッコリと笑う。
その笑みは尾瀬とは別物のもので。
少なからず、嫌悪を持つものじゃなかった。
外面だけで言い寄ってくる女たちより、断然カレンの方がマシだ。
香ってくる匂いも作られたような笑みも嫌悪だけのモノで――。

「そー言えば、朝、尾瀬と一緒に食べたんだって?」

「っ…何で知って、」

「尾瀬が言いふらしてたわよ。」

アイツ…後で殺す。

「私も一緒に食べたかったなぁー、」

「…時間あわねぇだろ…特に朝は。」

目をパチパチさせて俺を見てくる。
何か間違った事でも言っただろうか。

「?」

「じゃあ、時間あえばいいの?」

「別に、どっちでも。」

また別の笑みを浮かべた。
目を顰めれば、その笑みは消えいつもの表情に戻る。

「でも、それだと尾瀬も一緒になりそう。」

「それならお断りだ。」

「お兄さんとも一緒かも。」

その言葉に何て返せばいいのか、一瞬浮かばなかった。
黙っている俺にカレンは肩をひょいっと上げる。

「それにしても、そんなに嫌だったの?」

「……俺じゃなくてもな、あんな食べ方してるんだったら断られるぜ。」

「あんな?」

「あの魚の惨劇――、」

思い出せば食欲がそがれる。
想像が出来たのだろうか、カレンは軽く苦笑いを浮かべた。











暗い自室の扉を開けた。
渡されたVGの資料とカリキュラムのレポートなどをデスクに置く。
時間は夜の8時過ぎ。
息をつき、ベッドの上に腰を下ろした。

「……」

「痛イ…痛イヨ?」

ふっと壁から湧き出るようにヤツが出てきた。
一人で考え込むと、それにあわしたかのように現れる。
メタルピンクの服を着た――ネーヤとか云うスフィクスが。

「……オマエ、人の心を勝手に見るんだったな。」

「見ル?ちがう…伝わっていくるダケ…強ければ強いほど。」

「……」

苛つくが、存在は空気みたいなもんで嫌悪はない。
見てくる表情は無感情で、ゆっくりと俺に近づいて来た。

「ドッカニ行ケヨ。」

「よく解ってんじゃねぇか。」

ネーヤは軽く目を伏せて、左右に首を振った。
否定だろうか。
赤い目でじっと見られた。

「こうじ…こうじ…」

「……」

舌打ちをして、俺は腕を広げた。
すると上下に首を振って、ゆっくりと抱きついてくる。
何故だか知らない。
随分と前から、コイツはこの時間帯くらいに現れ抱擁を要求した。
抱きしめたり、抱きしめられたり…基本的にこういう接触は嫌いだ。

「ネーヤ、ココが好き。」

「……」

コイツの云う『ココ』は此処じゃない。
無機質な感じの感触は、嫌悪にならず逆に俺を落ち着かせた。

「もう…いいだろ、」

「あとちょっと、」

頭の片隅で記憶が過ぎり、それを打ち消すようにネーヤの背を撫でてやった。
だがかえって、記憶は甦り溢れてくる。
いつもなら感じる憎悪や苛立ちは、けれど今は感じなかった。












体調を少し崩す事はあっても、そんなに悪くはならない。
けれど一度崩しすぎると、とことん悪くなるのは昔と変わらなくて嫌気が指した。
あの時は本当に最悪だった。

「ちょ…祐希?どうしたの??」

艦内で風邪を引くなんて珍しい方で。
熱は面白いくらいに上がり39度近く――。
何処で倒れたかまで覚えていない。
只、たまたま近くにあおいがいたのは確かだった。
倒れた俺を抱き上げ、覗き込んでくるあおいに今はあの感情はない。
あたたかい感覚は絶えずあるけれど、何かに対する苛立ちに似た感情で掻き消えた。
この人は手に入れられ事が出来るヒトの一人。

「……」

次に目を覚ました時には、もうソコは自室だった。
いや、虚ろながらもカレンの声や、あおい、尾瀬、他のヤツの叱るような声も聞いていた。
だから実際はもっと前から目を覚ましていたのかもしれない。

「げほっ、こほっ…」

咳き込み、横をふっと見た。

「……」

眉間に皺を寄せ、何かに耐えているような表情。
それが和らぎ、俺に笑みを向けたのは誰か。
あまり働かない思考の中で、該当するヤツは一人しかいなかった。
けれど、何故?

「大丈夫…か?」

「アンタ…何でココにいやが…る、」

咽喉が痛み、声はガラガラだった。

「カレンさんに頼まれてさ、」

…やっぱりな。
そう思った、いつものアレだ。

「また…流されやがって……来たくもないくせに。」

「来たく…なかったかもしれない。けど今は違うぞ。」

「嘘つきやがれ……このぎぜっ…げほっげほっ」

起き上がり、声を上げようとした途端、乾いた咳が出た。
蹲る俺の背を撫でようとする手を振り払う。

「でてけ!」

「……、」

目を伏せられた。
頭にのっかっていた濡れタオルを兄貴に投げつけた。
顔に当たって、膝に落ちたそれを掴み、兄貴は俺を睨む。
何かを正すような叱るような……体温が沸騰するように高くなっていくのが解る。
これは怒りだ。
これは苛だち…兄貴に対する憎悪と嫌悪。

「オマエの云う通り…偽善かもしれない。でも…それでも、俺は心配したんだ。」

俺はその言葉に何事かを叫ぶと、ソコからプツリと記憶が途切れる。
だから、もしあの朝に兄貴がソコにいなければ知らなかった。
青ざめて、ボロボロになったままの兄貴がいなければ思い出さなかった。
今のような関係にもならなかった。
いくつかの可能性の中で、俺はそれを拾った。
ただそれだけ。









ウワサ話。
俺はあまり好きじゃない…けれど耳に入ってくる。

「相葉…昴治だっけ、結構カワイイ顔してんな。」

何を言ってんだ。
あんなヤツ可愛くなんかない。

「めずらしく純粋そーだもんな…。男だけどOKってヤツか?」

純粋?
オマエたちより、色々知ってるぜ…アイツは。
ああ見えても結構エロくてプライドが高い。
自分のスタンスを崩すようならば、それから刃向かう。
たとえ、それが成就されなくとも内面で延々と否定しつづける。
だが規律からそがれるのは嫌いらしい。
正しいコトを必要でない時にでも、しようとする偽善の持ち主。
みんな知らない。
そんな些細なコトで、心の内はあたたかくなる。
穏かな感覚はけれど、すぐに消えて苛立ちへと変わった。










何も変わりのない、日常が繰り返されこの日となる。
ソリッドプログラムの改良も予定の所までやった。
カリキュラムのリポートも終わっている。
ベッドに寝そべって、目を瞑った。
通常ならこのまま眠っている。
けれど起きているのは――

「……」

待ってなんかいない。
嬉しくなんかない。
ただ歪むその顔が無様で可笑しいだけで…。

来るワケ…ない。

結果が解ってて来るヤツなんていないハズだ。
常に正しいコトを云う奴が道徳的にも間違っているコトをしようなど考えるハズがない。
それでも来るなんて、只のバカだ。
だったら、鍵を開けておく必要なんてない。
俺は起き上がった。
その時だ。

ピンポーン、

呼び鈴が一回鳴った。
誰だ?
兄貴じゃないハズだ。
俺はIDを取り、時間を見た。
デジタル表示された時刻は午後8時過ぎ……いつもの時間。
少しの間、ドアを見ていると音を立ててドアは開いた。
俯いて白シャツに黒ズボンを履いた兄貴がいる。

「……いるんだったら……って、寝てたのか?」

「……別に、」

ドアが閉まり、そこで兄貴は立ち止る。
来る筈がない奴がココに来た。

「祐希?」

「……、」

何か言おうとした。
けれど浮かばなくて何も言わなかった。
離れると、兄貴は周りを見渡して中に入ってくる。
顔を伏せて何事かを考えているようだ。
見れば、誰だって解る。
来なければいいのに、バカじゃないか?

「…あ?どうした?」

「別に、」

兄貴の質問に応えず、俺は備え付けられた簡易シャワー室の方へ行った。
服を脱ぎ捨て、狭いけれど一人なら十分なほどの中へ入る。

サァァァァ…

シャワーを頭から浴びる。

「……」

何も言っていない。
何も求めてはいない。
強制もしていないし、願ってもいない。

シュンッ…カチャ…

シャワー音に紛れて物音が聞こえてきた。
兄貴が出ていったか?
追いかけたりしない追わないって決めた。
それに、苛立ちが少し和らぐ。
他人との接触は嫌いだ。
自分を自分で抱きしめて、ゆっくりと蹲った。

「っ……」

けれど胸の奥が何かに握り潰されるみたいに痛い。











体を洗って、シャワー室から出た。
あらかじめ用意しておいたタオルで体を拭き、服を着る。
濡れた髪を強く拭きながら、脱ぎ捨てた服をカゴへ投げ入れた。
服は共用で洗うスペースがある。
そこへ持っていくのに便利だと、カレンが渡したものだ。

「……」

髪を拭きながら、部屋へ戻った。
薄暗くなった部屋はベッドのヘッドライトだけついてる。
あ?
俺、つけたか?

「っ、」

見れば、ベッドに仰向けになっている兄貴がいた。
呆然とした俺に気づいたのか兄貴はこっちを見る。

「あ…出たのか?」

「……さっき、」

出て行った音じゃなかったのか?

「振り返ったらドア開いたからさ…閉めといたけど、」

鍵を閉めた音だった?
さっきのは。


嬉シイ…嬉シイ、嬉シイ、嬉シイ



「……」

キモチワルイ

「祐希?」

思考を戻し、俺は頭に被っていたタオルを取った。

「あんだよ、」

「……オマエのベッドって結構やわらかいな。」

急にそんな事を言われて、俺は止まってしまった。
いきなり何言ってんだ。

「アンタのは柔らかくねぇのかよ、」

「わりかし固い…やっぱスプリングが壊れてんのかな。」

俺の方へ顔を向けた。
それから視線を外し、仰向けの兄貴の横に座る。
キシッと軋んで静かになった。

「何で…」

「え?」

ココにいるんだ?

「…祐希?」

自分が自分でない感じは、苛立ちキモチが悪い。
他人に内部をかき回されるのもキモチワルイし嫌いだ。
だから、兄貴も嫌いなんだ。

「ゆう…んっ……」

何となく声が聞きたくなくて、唇を塞ぐ。
内面は落ち着いてるし、前みたいに普通じゃないワケじゃない。
キスする時、滲みはするが絶対に瞑らない瞳を見ながら口の角度を変えた。
口腔に舌を入れれば、一瞬逃げた舌が絡んでくる。

「ん……ぅ…」

「…んん……」

ぬめりとした感覚はキモチワルイ。
けれどシーツに皺を作り始める手と揺らぐ瞳は胸を叩く。

「はぁ…はぁ、んぅ……」

息継ぎさせて、また唇を塞いだ。
やはり瞑らない瞳を見ながら、服の前ボタンを外す。
舌の動きを返しながら思うのは、やっぱ兄貴はキスが上手いという事。
他の経験がないから、自己の判断によるが少しの痺れを感じさせる動きは上手と言えるんだろう。

「はぁ……っ、」

ムカツク。
俺が知らない所で、誰かと触れ合った。
例えば…

「っ…いたっ、」

ファイナ・S・篠崎

「つ…いたいっ、いたいって!」

じたばた暴れる兄貴に構わず、乳首を噛んだ。

「いっ…たぁ…」

あおい……。

「ゆっ…ゆうきっ!」

尾瀬……イクミ。

「っ、」

噛むのを止め、顔を上げると兄貴と瞳があう。
合った瞬間、ビクリと少し兄貴が震えた。
けれど、それは一瞬の事で恨めしそうに睨んでくる。

「噛む…なよ、」

そう言って噛まれた乳首を隠すように兄貴は手を添えた。

「……」

身を屈めて隠す手を舐める。
震える隙間から舌を入れて、今度は乳首を舐めた。

「ぁ…ん…んん、」

声が震えて体が震え出してくる。
俺を見ている兄貴の視線を感じながら、右肩をはだけさせた。
見えるソレはヒドイ有様で、伺うような視線を感じる。
キモチワルイと思わないが、苛立ちは感じた。
いつも、いつも、いつも、この兄貴は――

「な…舐めんなっ……」

この痕はいらない。
けれどなければ、きっとアイツはココにいない。

「はぁ…んぅ、んっ……ぁ、」

肩を舐め、鎖骨をたどり下へと移動する。
舌に触れる肌は細かく少しやわらかい。
ズボンと下着を脱がしながら、ピクリと動く下腹部に体が跳ねた。

「い、やめろっ……まだ…まだ早っ…ん、」

なら、いつならいいんだ?
と聞こうと思ったが、震えて瞳を瞑り頬を赤くした表情を見てやめておく。
咥えた兄貴のは、固くなりはじめてた。

「いやだ…いっ…あっ…んぅ、ふあぁあ…あ、」

俺の頭を掴み、太股で顔を挟まれた。
震えて涙さえ浮かぶ表情には、苛立ちも少し和らぐ。

「ふあっ!?」

歯で噛んでも平気なくらい固くなってくる。
何してんだろ。
野郎のもん咥えて、舌を絡めてる自分が滑稽だ。

「ん、ふ…いや…だ…ぁああっ、ん、はぁあ、」

口に含んだまま、舌を包み込みながら筋をたどる。
俺を挟む太股が弱まり、そして強まった。
きっと整理がついてないんだと思う。
弟に咥えられて、声を上げている自身を常識から外れる事を好まない兄貴が受け入れられるワケない。
そこに何の理由があって、耐えているのか俺は知らない。

同情?

そんなのいらねぇ。
そんなのごめんだっ

「んくっ、いっ、やめっ……で、で……はうっう!?」

震える兄貴のを大きく吸ってやると、熱い液体が咽喉を叩くように当たった。

「んぐっ!」

苦しいが、飲めないほどじゃない。
咽喉を鳴らして飲み込むと、視線の先にある兄貴の顔が歪んだ。
いくらか硬度を保ったままのモノを口から出す。
息を吸おうとすると、咽喉に液体が絡まり苦しくなった。

「けほっ…ごほっ、」

軽く咳き込みながら、目を伏せる兄貴の左腕を引く。

「ゆ…うき?」

「こほっ…けほっ……はぁ…」

口を拭い、ズボンのチャックを下ろす。
出した自分のは、大きくなっていた。
ああ、感じてたんだと平然と思っている部分があって――

「兄貴…っけほ……口…、」

「俺は……」

視線を彷徨わせ、俺のから目を逸らそうとする。
兄貴の頬を両手で包み、引き寄せた。

「や…やだ、やめろ…」

目の前に見せて、顔にすりつけた。
嫌そうに歪む顔に、何だか笑みが零れそうになる。
離れようとする顔を押さえて、尚も俺のを兄貴の顔に擦り付けた。

「このままでもいいけど…な、」

「っ……」

末路は予想がつく。
顔を顰めながら、兄貴は俺のを舐めた。
後頭部が痺れるような感じがする。
でも、まだ足りない。

「んんっ!?」

無理に口腔に入れさせれば、拒否するような声が上がった。
知っている。
兄貴はコレが好きじゃない。

「ん…んんっ、ん…んぅ…」

拒否はすぐになくなり、覚悟でも決めたように舌を絡める。
そんな兄貴の顔を上下に動かせば、苦しそうに顔が歪んだ。
兄貴の口は大きいワケじゃない。
だから咥えると云うより頬ばるといった感じだった。

じゅぶっ…

唾液が俺のを濡らし、先走りでも出ているのか。
苦味に嫌そうな表情をする。
感覚が痺れるような気持ちよさと、他人との接触に対する嫌悪が取り巻く。

「んぅ、うう…んっ…」

ビクビクと脈打ちが舌に伝わったのだろう。
兄貴が離れようとする。
けれど敢えて、それを押さえ込んだ。

「んっ!んんーーー!!!んーー!!」

嫌だと贖いを気にせず押さえ込んだままにした。
兄貴は口の中に出されるのを嫌がる。
それを態々やろうとする自分は、きっと兄貴が好きじゃないからだ。

「はぁ…っ…」

兄貴の口腔で吐き出す。
痙攣する体を見て、兄貴の顔を見た。
まだ飲み込んでいないはよく解る。
飲み込むまで、そのまま押さえ込んだままでいると、諦めたように顔を歪めながら飲んだ。
咽喉が鳴ったのを確かめて、解放してやった。

「げほ、ごほ、こほっ……何て事す……げほっ」

「俺は飲んだ、」

そう云えば、ぐっと唇を噛み締め真っ赤になった顔を兄貴は俯かせた。

「これ…俺は……」

好きじゃないんだろう?
そんな事、よく知ってる。
だからしたんだ。
俺は兄貴が嫌いだから。



ネーヤ、ココ好き




「……」

「ゆう……っ…ひっ!?い…あっ、」

指で内部を抉る。
こうするようになったのは、いつ頃だったろうか。
これをすると兄貴があんま痛がらないと気づいたのはいつだったか。
他人の痛みなんて関係ない。
関係ないハズだ。
けれど胸の奥が何かに掴まれるような感覚が広がった。

「あ…い、いたっ…ぁぁ…」

逃げるように移動しようとする体を押さえ込んで、内部をかき回した。

「う…ううっ、あっ、いやだっ…ぁ…ぁ…んくっ!」

前まで、こんな表情するなんて知らなかった。

「や、や、や…いっ…ひゃああっ!?」

押さえ込んで、泣きそうな表情を見ながら中へ俺のを突き入れた。
キツく締め付けるソコは、けれど内部は熱く蠢いてる。

「うあ、あっ、は…はや…っい!」

音が聞こえて、それが何だかおかしい。
逃げる腰を引き寄せて、動かせば横にある兄貴の足が宙を掻いた。
シーツを引き寄せ、衝撃に耐えている様にきっと屈辱を感じてるだろう。

何でこんなコトをしなければならないのか、と。

「やぁ、やだっ、やっ、いやだっ!!」

早い動きは苦手な事を知ってる。
それでもキモチ良さそうな顔を見ていたくて、見たくなくて。
兄貴の体をひっくり返した。

「やあっ、あっ…う、はぁあっ、あっ、いやだっ、あっ!!」

腰を浮かせて、脇に足を抱えた。
細い腰を掴み、動かせば背が反って尻が擦り付けるように動く。
それに気づいてるのか、耳まで真っ赤になっていた。

「あ…ぁ、あっ、やうっ、うっ…これ…いやだっ!はあぁ!?」

擦り付けられる尻にあわせるように、腰を動かしながら覆い被さる。
人の温もりが鳥肌を立たすハズなのに、安堵していくのがキモチワルイ。

「あっ、う…ふああ、あっ、あっ、んぅ、あぁあ!?あ!」

シーツを掴んで、兄貴は目を瞑った。

「いっあ!?こ、こわれっ…こわれっ…ひっああ!?」

壊れる。
動きについてこれなくて、体がひきつってる。
でも止めない。
誰がやめてやるか…。

「いっ、あっ、やだ!?ああ!!あっ、お腹、こわれぇっ…っ!?」

アンタの云う事なんか聞かない。
嫌いだから。
嫌いなんだ、本当に。

「…はぁ、」

「あ……ぁ…」

何かを喪失したような声をあげ、兄貴の目から涙が零れる。

「……」

嫌い、兄貴なんか嫌い。
だから、こんなに胸の奥が掻き乱される。


違ウ…ヨ



見ているのか、それとも只感じてるのか。
何処かにいる、あの女が俺に言う。
ああ、解ってるからもう中に入ってくるな。

本当にキモチワルイんだ。
もう何もかも。













「俺は兄貴が嫌いだ。」

「僕は兄ちゃんが好きだよ。」

声が響いた。
自分はただ苦しい。
揺らぐ青は、水の波紋で光っている。
体が浮き、俺は外に顔を出した。
水の中に俺はいたらしい。
一面の海と空。

「消えちまえ。」

波を掻き分る音と、その声に俺は振り向いた。
制服のシャツを着た兄貴が立っている。
それを見て、俺の体は勝手に走り近づいた。

「消えちまえ、」

俺ではない、俺の声が口から出る。
ぐっと前へ何かを突き出すと抉るような感じがした。
手が痺れ、見れば俺の手にはナイフが持たれていて、それを刺している。
誰に?
兄貴に。

「っ…」

何かを言い、後ろへ兄貴は倒れた。
水面に浮かぶ体から血が滲み出て…
それでも兄貴の手が俺に差し出される。

何で?

「俺が弟だから、」

声が聞こえて消える。

「…祐希……」

そんなのいらない。
そんなのいらないんだ。

「っ…っ…」

俺は只、アンタの事が――

後ろから抱きしめられる。
その腕は右肩から血が滲み出ていた。

「弟のクセに…」

「っ……ああああーーーーーーーーーーーーっ!!!」

温もりが全て痛みに変わる。
俺の体は後ろへ引かれ、そのまま海へと沈む。
ソコは海ではなく空で、下へ下へと落ちていく。
痛みがじわじわと広がって、俺は目を瞑った。
咽喉は潰れ、悲鳴は出なかった。














「……」

目を開けば、ソコは俺の部屋だった。
先ほどまでいたのか、隣りに温もりが残っている。
俺は起き上がり、髪を掻き上げた。
掴んでいなかった答えが、今わかった気がする。
何で兄貴が嫌がりながらも、受け入れようとするのか。

俺が弟だからだ。

兄貴も周りと同じ。
そう判断し認識している。
残っている温もりから手を離して、立ち上がってベッドのシーツを取った。
ぬくもりも、体に残る感覚も熱も、何もかも。

「キモチワルイ。」

体が震えた。













だからきっと、これは決まってた。
いや、随分前から決まっていたけれどしなかっただけだ。

ピンポーン、

音がする。
俺は立ち上がってロックを解除してドアを開けた。
目の前に立つのは兄貴。
手には資料か何かを持っていた。

「…担当の先生から頼まれたんだ…オマエ、サボったのか?」

「……」

手を伸ばし、兄貴の胸元を押した。
体は簡単にヨタついて、持っていた資料がばらまかれる。
睨むような目つきは、すぐに何か呆然としたような表情になった。

「祐希…、」

「……」

無視をして俺は部屋に戻り、ドアを閉めた。
鍵をかけて、ドアに背をあずけた。
ズルズルと崩れて、俺は床に尻をつく。

もうココに来ない。
もうこれで終わり。

これは予想でなく、確信だ。

鈍い兄貴だが、態度で示せば理解する。
前もそうだ。
あの雨に日も。










それは兄貴に対する二度目の拒絶だった。















(続)
こう、反発しあう…の、好きなんですけどね。

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