*+おしゃべりな瞳+*
―You can play..?
広がっていく
何かが
広がってく
眉をひそめたイクミがオレを覗き込んできた。
「あのー寝てないんですかー?」
「なんだよ、いきなり。」
ブリッジに用事を頼まれて来たオレは、来るなりそう言われる。
「クマできてますよー、目の下に。」
「そうか?」
確かに寝てない。
つーか、眠れなかった。
寝ようとしたら、
……
忘れようとしているのに、浮かんでくる。
鮮明に感覚まで甦ってくる。
熱い
熱い
こんなコトの繰り返しで、眠いのに眠れなかった。
「あのさ、何かあったんすか?」
「ないよ、」
「ホントに?」
「ああ、」
「ホントのホントに?」
「ないっていってるだろ!もうっっ!!」
イクミがふーんと頷きながら、入り口の方を見た。
「あ、祐希、」
え?祐希だって?
目を向けてみれば、ぶすっとっした顔の祐希がブリッジに入ってきた。
どうしよう、どうしよう。
頭が混乱する。
「祐希君、どうしたの?」
ユイリィさんがそう聞いた。
睨んで、そして俯く。
「3時まで…寝る、」
「え?」
了承を得ぬまま、こちらに歩いてくる。
脈拍が速くなってきた。
どうしよう。
どうやって目を合わせれば…
「弟クン、お寝むですかー?まだ直しの作業終わってないっすよ。」
「てめえみてぇにノロノロやってねぇよ、」
イクミをバカにするように見て、
「あらーヒドイ。」
そのまま無視するようにブリッジを出て行った。
あれ?
いま…一回も…
「まったく可愛くないねぇ…ん、昂治ぃ?」
瞳が合わなかった。
違う。
一回もオレを見なかった。
なんだよ。
なんなんだよ!!
毎日、瞳を合わせてきた癖に
いきなり無視か?
さんざん引っ掻き回して…
思考を止めるように、頬を両手で包まれる。
ぐいっと横を向けさせられ、イクミのアップが映った。
「急になに?首、痛いんだけど、」
「呼んでも返事しないからさー。こうすれば見てくれるじゃん。」
にゃはっと笑ったイクミは言葉を続ける。
「考え込んでるみたいだけど、どーしたんです?」
そして心配そうに見てきた。
そう言えば、イクミは過保護な接し方をする事がある。
オレが何かしようとした時、傍にいればイクミは必ず関係者に聞く。
危なくないのか?
負担にならないか?
それを確かめて、OKを出すのだ。
まるでオレのコトを自分のコトのように心配する。
いや、自分以上だ。
イクミはイクミ自身を心配したりしない。
辛いけど、きっとオレが言っても変わらない。
大そうなコトで務まらないけど、オレはイクミをその分心配してやる。
時々、それが解ってコイツは笑うけど。
「気になってたんだけどさ、」
「なんでしょ?」
このままの体勢は首が痛い。
身体を向けて、オレは続けた。
「何でそんなに俺を心配するんだ?」
笑っていた顔が急に真摯なモノになる。
こういう瞳は何処かで見た。
祐希
浮かんでくるのは見下す顔。
イクミを祐希なんかと重ねるなんて馬鹿だ。
祐希なんかと――。
「知りたい?」
「え、まぁ、教えてくれるんなら、」
「うーん、それはね…」
顔が心なしか、近づいてきているような気がする。
「相葉君、」
声はユイリィさんの物だ。
頬を包んでいた手が離れ、イクミはため息をついた。
「イクミ?」
「いえいえ、何でもありませんよー。ユイリィさん、どうぞです。」
手を差し出し、イクミは言葉を促した。
ユイリィさんは頷き、オレに目を合わす。
「頼まれていると思うんだけど、」
「頼まれ…ああ、ごめん。これだよね?」
ブリッジに来た理由だ。
オレは脇に抱えていた書類を渡す。
これを頼まれ、オレはココに来た。
「ごめんなさい、無理に頼んで。」
「ううん、平気だって。オレ、そんなに忙しくないし。役に立たないしね。」
「そんな事ないわ。ありがとう、助かったわ。」
笑うユイリィさんに、オレも笑みを返した。
その時、イクミは間の抜けた声をだす。
続けて、顔を向けたオレを指差した。
「ブレザーどうしたんだ?いつも着てるじゃん、」
「そう言えば、着てないわね。」
ブレザー?
確かに着てない……
「あーーーーーーーーーー!!!!!!」
大声を張り上げてしまった。
「ど、ど、どしたの?」
ブレザーを祐希にかけたんだ。
寒いだろうって、そして、そして。
「相葉君?顔が真っ赤だけど……」
「な、なんでもない!なんでもないよ!!!ごめん、俺!」
オレは急いでブリッジから出ていった。
「こう…じ?」
イクミの声はオレに聞こえなかった。
ブレザーの一枚くらいと思うけれど、案外制服は高い。
たくさん買える物じゃないし、買う物でもない。
オレは展望室に行く。
たぶん、落ちていると思った。
「……」
展望室にオレのブレザーはなかった。
他の誰かが持っていったのかもしれない。
ふと思ったけれど、すぐにその考えは消された。
たぶん、祐希が持ってる。
変な確信。
オレを見ず去っていった祐希。
チクッ
痛い。
胸が痛くなってイライラしてきた。
手を胸にあてる。
オレは歩き出した。
祐希の部屋へ
無心だった。
だから、いつのまに着いたと思ったんだろう。
5分はかかっているハズだ。
でも時間の感覚がなかった。
思えば祐希の部屋になんて行くのは初めてだ。
呼び出しボタンを押してみるが、
反応はない。
何度も押すのもなんだから、冗談と言わんばかりにドアの前に立った。
シュンッ
「あれ?」
開いた。
鍵を閉めらていなかったようだ。
無用心だな。
オレは中に入った。
明かりも点けっぱなしだ。
散らかった部屋は祐希の部屋だなぁと変に納得させる。
足の踏み場も困る床を歩こうとした時、ふとベットに目がいった。
鍵が閉められていない。
呼び出しにも応じなかった。
だから部屋の住人は不在だと思いこんでいた。
けれど、ベットに祐希がいる。
いるというより、寝ていた。
いたというコトに緊張して、寝ているとわかって安堵する。
今日はもう、祐希を見たくない。
もうずっと祐希を見たくない。
そう思った。
部屋を見渡し、隅にオレのブレザーがあった。
オレは急いでソレを取って、部屋を出て行こうとする。
「そのまま行けば、アンタ、泥棒だぜ。」
響きのいい声がかけられる。
びくっと肩が震えた。
振り返れば、寝ていたハズの祐希はベットに腰掛けている。
「お、起きてたのか?」
「起こされた…。」
面倒くさそうな口調で祐希が返した。
「そうか、悪かったな…服返してもらうか…ら…」
祐希は立ち上がって、オレを追い越す。
動作にあわせ、顔を向ければ祐希はドアの前に立った。
「…で、返事は?」
「はい?」
突拍子のないコトを云う。
返事って何の返事だ?
「前、言っただろ…好きだって。」
トクンッ
胸が小さく跳ねる。
思うより先にオレは声が出ていた。
「なに言ってんだよ!人を揶揄うのはやめてくれないか。」
「揶揄う?」
目を顰め、不機嫌そうな顔をする。
別に祐希が不機嫌になってもいい。
「そうだろ!!あんなコトして!!!!」
「アンタもしただろ、俺に。」
した?
したって、まさか…
顔が熱い。
混乱しそうになるのを抑えて、オレは怒鳴った。
「そんなの昔の名残だよ!!
おまえはオレを揶揄ってんだっ!!」
「揶揄ってねぇよ、」
「さっき目あわさなかったくせに!!!」
あまり怒鳴るコトなんてしない。
幾分か落ち着いて、肩で息をしながら祐希を見た。
祐希は面白そうに笑っていた。
「賭けてみただけだ、兄貴がココに来るか来ないか。」
「賭けるって、」
ドアの所にいた祐希が近づいてきた。
「…でも兄貴、俺が見なかったコトに怒ってんだな。」
「怒ってなんかっ…」
瞳が合う。
――兄貴、
声が響いて
それは何かを占領しようとしている。
いやだ。
そう思うけど、その響きは優しい。
「で、返事。」
「……あるワケないだろ。」
オレは目を逸らした。
逸らせば声なんて届かない。
「おまえは男だし、弟だぞ?何を応えるって云うんだ?」
「じゃあ、何でアンタはキスしたんだ?
アンタは許したんだよ?怒らないで、驚いたんだ?」
「そんなの解るわけないだろ!!!!」
声が裏返る。
「…ふーん、わかれば応えるのか?」
「ああ、そうだよ!」
祐希が近づいてくる。
殴るのか?
後ずさるオレは、ベットまで追いやられた。
両肩を掴まれ、衝撃を耐えるように目をつぶる。
布団の感触と人の重み。
痛みが来ない。ただぬくもりが身体に染みる。
そっと目を開けてみた。
「!!!」
祐希がじっと見ている。
見るなよ。
「もうっ!なんなんだよーー!!!」
「パニくってねぇで、俺の質問に答えろよ。」
「なんでだよ!弟のくせにっ!!!」
ジタバタと動くが、身体の上に馬乗りされている。
全然ビクともしなかった。
「俺の名前はなんだ?」
「え?」
身体が倒れてきて、両手を祐希はついた。
閉じ込められた。
そんな気がする。
「名前って…祐希だろっ!」
「アンタは?」
「なに言って…、」
「名前、」
「昂治…相葉昂治、」
顔が近づいてくる。
「俺とアンタの関係は?」
「兄弟に決まってるだろ!」
瞳が揺れてる。
「じゃあ、兄のアンタが弟の俺に何した?」
「なっなにって、」
「俺は何しようとしてる?」
祐希の顔がぼやけた。
それほど近くまで顔がある。
唇にあたたかい空気があたる。
瞳に俺が映って
ドクンッ
脈拍が早くなった。
何だ、熱い。
「兄貴…好きだ、」
「っ!?」
何言っているんだ?
おまえはオレのコト嫌いじゃなかったのか?
いなくなれって叫んでただろ?
「俺はおまえのコトなんか……」
兄弟だし、男だし、当然の答えがある。
でも喉に絡み付いて、言葉は出てこなかった。
言おうとした瞬間。
瞳が怯えるように揺れたから。
久しぶりに見る。
傷つけたくない。
胸が痛い。
どうして?
「……」
胸に手を置かれた。
熱が伝わって、身体が震える。
ドキドキする。
頭がぼーってして、くらくらする。
「…好き……」
言葉が自然に出てきた。
これが当たり前なんだと頭の片隅でオレが思ってる。
瞼を閉じて、オレは待つ。
ソレガ好キッテキモチ?
ネーヤ?
わからない、わからないよ。
でも、触れてほしいと思うのは本当で。
唇に熱を感じる。
その熱は唇だけじゃなくて、頬や瞼、額…
顔中に振りそそぐみたいにキスされた。
心地いい。
あたたかいネ
うん、あったかい。
これが祐希なのかって、信じられないくらい。
「……」
「……」
目を開けると、嬉しそうに笑っている祐希がいる。
「…どうして、急に…おまえ…」
「気づいた、」
右頬にキスされる。
「ムカツクから追いかけた、ヘラヘラしてるアンタに腹が立った。
殴った、そしたらゾクゾクした…」
左頬に唇が寄せられる。
「兄貴が撃たれた…どうでもいい。
でも、尾瀬を殺したくなった……」
「祐希っ、」
抱きしめられる。
腕が軋むくらい強くだ。
「放っておかなければ良かった。
閉じ込めて、傍に置いておけば良かった。
肩に…俺以外の傷がつくのが許せなかった。」
声は低く、身を震わせる。
震えは不気味にオレを喜ばせてる。
「どうせアンタは応えない。だからずっと見た。
そしたら兄貴は返してきた。」
体が少し離れて、オレを祐希が見下ろす。
「で、返事、」
「…っ……」
「兄貴、」
気づいた。
ずるいよ、そんな瞳で見るなよ。
オレは息を吐いた。
「す…好きだよ!!俺も好き!!
でも、これはお前の所為だからな!!!」
首を傾げ、目をぱちぱちさせている。
オレは続けた。
「毎日、毎日、見られてたら!誰だっておかしくなるよ!
そんな瞳で見られたら…っ…ん、」
唇が寄せられる。
割って、舌が…
「んんっ…」
気持ち悪いハズなのに、全然そんなのはなくて、
くらくらする。
もっと
もっと
欲しい…
祐希がおかしいと思うなら
オレはもっとおかしいのかもしれない。
頭を撫でられながら、オレはそんな事を思った。
(続) |