***神風メイド鬼憚***

番外録:翳りの馨




鬼とは狂い醜き姿にて本能に蠢く者なり。
神とは清き姿にて万全なる力を持つ者なり。
人とは愚かな救いを求める罪深き者なり。

神は鬼を見放し
鬼が人を喰らい
人は鬼を狩る――そんな時代。










翳りのある廊下、軒下から垂れる雨雫










ゴンッ

そんな音が廊下に響いた。
音を出した本人である祐希は額を抑えていた。

「つ……、」

らしくもなく、ぼーっとしていたらしい。
雑巾片手に柱に思いっきり頭をぶつけていた。
痛みに顔を歪めながらその場に座りこむ。

(…邪魔だな、これ……)

ふわりと広がるのは赤黒のスカートと皓のエプロン。
自分の姿は普通ではない。
そうメイド姿だった。

「ちっ…」

舌打ちをして、庭を眺めた。
咲き続ける桜は相も変わらず散り続けてもいた。

――どうして、どうしてだよ!何なんだよ!!館主って、ご主人様だなんて!!

赤の椿を髪に飾り、メイド姿をしたのは何時からだろうか。
兄である昂治を『兄貴』と呼ばず、そして情交を交わすようになったのは何時からだろうか。
そして、胸の内に『兄弟』や『主従』以外の関係を求めるようにはったのは――

(バカバカしい…)

頭でもぶつけておかしくしてしまったのか。
そう祐希は悶々と深みに嵌りそうな思考を止めた。
考えても何もならない。
祐希はけだるげに息を吐き、雑巾の床を拭き始める。

(…そう云えば…この仕事は尾瀬のだったような…)

そして自分は何時の間にココにいたのか。
本格的にぼーっとしていたらしい。
近くに置いてあったバケツに雑巾を入れた。

ヒタヒタヒタ…

雑巾を固く絞っていると、廊下の奥の方から音が聞こえた。
板廊下なので、素足であるとよく足音が響く。
そちらに雑巾を持ちながら顔を向けた。

「祐希…、」

「……」

紛れもない兄であった。
ワイシャツにズボンをいつもと変わりない服装である。
いつもと同じ兄なのだが、いくらかそわそわしている感もあった。

「あの…さ、今…暇か?」

「別に、」

「忙しいか?」

「別に、」

「すぐしないといけない仕事じゃないよな?」

「別に、」

同じ返しに昂治は少しムッとしたような表情をした。
そのまま怒るだろうと目に見えて解る。
だが祐希の予想を裏切るように昂治は怒らないでいた。
と、言うより怒りを抑えたと謂った方が正しいだろう。

「ちょっと用事があるんだ…でも急用ってワケじゃないんだけどな。」

「尾瀬とかに頼めば良いだろ、」

「ダメだ!」

「はぁ?」

祐希の態度から大抵の頼み事はイクミにしている。
頼み事と言っても命令ではなく、ほんのちょっとした事での手伝いだ。
そんな昂治が祐希に頼み事をするなんて珍しい以前の問題だった。

「あ、いや…そのー…」

「解ったよ、何の用だ。」

「ちょっと俺の部屋に来てくれないか?」

「ここで用件話せ、」

「いいから!」

いつもとやはり違う。
祐希は目を顰めた。

(何かヤバイ事でもしたのか?)

終止、人目を気にしているようにも見える。
何はともあれ、部屋に行かなければ話してもらえそうもない。
祐希は昂治と共に部屋へ行った。

「で、なんなんだよ。」

「…おまえさ、」

部屋の障子を閉め、畳んである布団の上に昂治は座った。
祐希は昂治の前に立ち、見下ろす。

「おまえさ、知ってるよな。」

「何を?」

「あの事、」

「あの事って何だ?」

祐希と畳を交互に見て、怒っているような困っているような顔をする。
微かに頬を赤くしながら昂治は意を決したように言った。

「俺に女の子のがついてることだ!」

「……」

それは確かにこれでもか、と言うくらい知っている。
触れた時の心地よさから熱とその味まで――。
だがそういう事に関して疎い兄だ。

「…蜜月か?」

満月、そして新月の時。
特にその『姿』を見せる彼。
昂治であって『昂治』ではない彼を現れる月に因み、祐希は『蜜月』と呼んでいた。
昂治とは違う性格で昂治の体を通し、その身に余る欲を吐き出す。
蜜月は昂治の意志に沿ぐわず、急に現れる。
そして自分を揶揄うのも、稀によくある事だった。

「みつげつ?何だそれ???」

見当は外れたらしい。
蜜月は昂治を知っているが、昂治は蜜月の存在すら知らない。

それでいい。

「…で、それがどうかしたのか?」

「あ…あのな、その……痛いんだ…」

「???」

見下ろしたながら目を顰める祐希に昂治は顔を真っ赤にさせた。

「だから、痛い…」

「何処が?」

さすが兄弟と言った所か、変に鈍い所がある祐希だ。
察してはくれない弟―今は従者である彼を睨む。

「だから、あそこが!!」

「………」

服の裾を掴み、昂治はもぞもぞと股をすりつけていた。
祐希は思考が止まりそうになりながらも記憶を整理していた。

(…まさか……)

思い出されたのは、一昨日。






「はぁ…いいよ……でも、ゆっくり…ね、」

蜜月が現れ、狂いにも似た情交を繰り返していた。
だが祐希の行動が気に入らなかったらしく、祐希を縛りつけ
見せ付けるようにイクミと交わっていた。

彼は『兄』ではない。

けれど募るのは嫉妬。

「……ん、あん……っ痛……」

「…こ、昂治さま?」

「ちょっと…切ったかな……まぁ、いいや。」








(あの時の……)

考えこんでいる祐希を昂治は伺うように見ている。
すっと目を細めながら祐希は相手を見返した。

「病院いけよ、」

「病院って何のだ?」

腰に手をあて祐希は息を漏らす。

「…産婦人科。」

「……ば、バカか!!!行けるわけないだろ!!!!」

確かにそうだろう。

「ならファイナにでも見せろ、」

「そう出来たらそうしてる!でもな、一応俺は男なんだぞ!」

女の性器だけでなく、男の性器も昂治はちゃんとついている。
きっとファイナに言えば、見せる事は当然の事になるだろう。

「じゃあ尾瀬に言え、アイツ医学もかじってただろ、」

「イクミにか?そんなの出来るワケないだろ!」

唇を噛んで昂治は祐希を見ている。
本当に珍しい。

「…何で俺なんだよ、」

関係は変わった。
態度は乱暴であるが、一応主従を示している。
兄を『兄』と呼ばず、『こうじサマ』と呼んでいる。
けれど相手は自分を『弟』として見ていた。

――弟のクセにっ!!

そう言って腹立たせたのも少なくはない。
そんな彼が自分に頼んでいるのだ。

「…他に頼む人がいないから、だろ。」

「……」

確かに昔は一緒に風呂に入った記憶がある。
昔の延長線上に考えれば、全然恥ずかしい事ではないのかもしれない。

「…わかった、脱げよ。」

「ぬ、脱ぐ?脱ぐって、そんな事できるか!!!」

「見ないと解らねぇだろ、」

「見せるって、で、で…できるか!!」

「……」

祐希は目を半目にさせた。

「病院にも、ファイナにも、尾瀬にも見せられないんだろ?」

「ああ、」

「で、俺にしたワケだ。」

「ああ、そうだよ。」

素直に頷く昂治に祐希は強かな憤怒を表情に出す。

「俺に見せるのも恥ずかしいんだな、」

「……そ、そうだよ。」

「だから見ないで、アソコの痛みを何とかしろと?」

「ああ、」

「……」

きっと額には青筋がたっているかもしれない。

「そんな事できるワケねぇだろ!!!このクソあ……っ」

出かかった言葉に昂治の瞳が揺れる。
祐希は目を伏せ、その言葉を咽喉奥に沈めた。

「祐希、今…」

「何はともあれ、少しは医学を齧ってるけどな素人同然だ。
見ないで治療なんかできるワケねぇんだよ。
大人しくファイナか病院に行け、」

身を翻し祐希は立ち去ろうとした。
だがぐいっとエプロンの裾を掴まれる。
前へ進もうとしたのを後ろへ引かれたのだ、体勢をくずし祐希は前へ転んだ。

「っ…何しやがる!!」

「……」

じぃっと転んだ祐希を睨み、そして俯く。

「し、仕方なくだからな、」

「それ以外あるのか?」

「そりゃ、ないけど……」

ふわりとスカートを畳に広げて祐希は座った。
祐希と自分を見比べて、ズボンをのそのそと脱ぎ始める。
律儀に畳み、ワイシャツの裾で隠しながら畳んである布団の上に座り直した。

「早くしろよ、」

「……」

目を伏せながら祐希は昂治の足を立たせ、脇に少し開かせた。
男性のモノと女性――どちらかと言うと少女の割れ目に近い性器。
普通なら気味悪く思う筈なのだが、心臓を叩かれるように高鳴る。

「…なんかの病気か?」

「…いや、切っただけだろ。少し赤くなってるしな。」

痛みの原因を知っている祐希はそう言った。

「切った?切ったって…、」

「下着とかに尖ったもんでもあったんだろ、それくらい見当つかねぇのか?」

「悪かったな、」

むっとしたような顔を向ける昂治に祐希は目を細めた。

「薬でも塗っとけばいい、」

祐希は立ち上がって部屋の隅にある薬箱を持ってくる。
その中から傷薬と化膿止めの薬を取った。

「塗ってやるから、足、もう少し開けよ。」

「塗るってオマエがか!?」

「自分で塗るのか?」

「いや…それは……」

股を開かせ、その間に体を割り込ませるように座った。

「少し染みるから、」

「え……うっ……」

脱脂綿に消毒液をつけ割れ目にそうように塗った。
ビクビクと太股が揺れ、閉じようとするが間に祐希がいる為実行できない。

「…っつ……」

「中の方、少し切ってるな。」

「中って…おい、ちょ……」

指で割れ目を開き、消毒液を祐希が塗る。
液体の冷たさと染みる痛み、それに昂治がガタガタと震え出した。

「う…うぅ…、」

消毒を終え、化膿止めを塗りはじめた。
開かせながら中に塗ると昂治の腰が浮く。

「やあ!?」

悲鳴のような声を上げ、割れ目から透明な液が少し零れてきた。
治療なのだからと言い聞かせるように祐希はその液体ごと薬を塗りたぐる。

「…ふぅ…う、あ……」

「別に声、我慢しなくていいぜ。当たり前だからな、」

「ばっ…ばかやろ……んんぅ、」

震えるか細い声は、未知な恐怖と戸惑いが混ざっている。
よく考えればこうなる事が予想できなかったのかと自分を責めた。
忘れる事もない、あの『契約』。

(兄貴……)

「いたっ……おまえ、いやらしいぞ……その動き、」

「気のせいだろ、」

「……触りたいか?やっぱ…その……こういうの、」

「男だしな、」

アナタだから。
兄だから。
相葉昂治だから――。
胸に響く声を祐希は違う言葉と摩り替えて言った。

「……いいぞ、触っても……もう触ってるけど、」

「あァ?」

真っ赤になりつつ昂治は祐希を見る。
さらりと祐希の髪が揺れた。












「あっ……ぁ…や、ぁ……」

ぬちゅ、くちゅ…

粘着質な音が部屋に響く。
指に絡む液体は透明でなく、少し白みを帯びてきた。

「…んぅぅ…ん……あぁああ…やあ!?」

指で割れ目を擦りながら祐希はモノを咥えた。

「ふぅぅ!?…ゆ…うき、ゆうきぃ!」

メイド服のまま奉仕する祐希の姿は、互いに妙な興奮を高める。
祐希の頭を離そうと掴む指は髪に絡むだけだ。

「ひぃ…あ…で、で……、」

口の中で舌を絡めていたモノを歯で軽く噛む。

「ひああっ!?」

白濁の液が咽喉に当たり、噎せ返りながら口を離すと顔にべとべとりと付いた。
眉を寄せ、白濁の液で汚れた祐希の顔を見る。

「ごめ……、」

「別に…」

割れ目に指を沿え、ぬちゃっと音をたて中へ指を入れた。

「っ!?」

目が見開き、体を少し起こした祐希の腕を掴む。
首を傾げながら祐希は昂治を見た。

「どうしたんだ、アンタ?」

「……指が……痛い…ぃ…」

「そんなの…」

「そんなトコ、い、いれた事ないんだから仕方ないだろ。」

何度も数え切れないほど触れられているとは昂治は知らない。
身体は既に純潔ではない。
けれど彼という精神は穢れのないままなのだ。
昂治を抱きしめながら下へ伸ばしたままの手を動かす。

「くぅぅんっ!?」

鳴く声は可愛げがあり、男であっても気にならないほど愛しく思えた。

渡すものか
渡すものか

誰にも

そう…蜜月にさえ

「はぁ、はぁ…く、苦し…んぅぅ!」

「グショグショだぜ、」

そう耳元で囁けば、真っ赤になるのが解る。
意図も簡単に入るハズのソコは指が3本ギリギリ入るくらいしか広がらない。
精神の持ちようでこれほどにまで変わるのかと知らしめられた。

「ふぅ、あっあ……あぁ…くぅぅ…ん、」

「……」

「あ……」

指の動きを止めた祐希を恐る恐ると昂治は見上げた。

「これ以上は……な、」

あまり高ぶれば、最後までいってしまう。
それが解る祐希は行為をやめようとする。
だがそれを抱きつく事で昂治が阻止した。

「あに……こうじサマ?」

「こういう体だから…な、その…おまえが嫌じゃなければ――」

「…アンタ、何言ってるか解ってんのか?」

こくりと昂治は頷く。

「何で俺なんだよ、」

突き放すなような言葉ではなかった。
昂治は軽く笑い、祐希の胸に顔を埋める。

「弟だから……、」

「……」

「でもそれだけじゃない……熱くて、痛くて…どうかなりそうで…
祐希しか思い浮かばなかった。」

見上げて伺うように昂治が見てきた。

「祐希だから、許してる…それだけ、だ。」

「…こうじ…」

後ろにもつれるように倒れた。
感情が高まり、互いに触れ合う唇は相手を貪るかのようだ。

もういい、どうだっていい。

兄であっても、主君であっても
あの『契約』も――

痛みも賄うのは己だけだから

「はぁ……やっぱ…痛いもんか、な?」

「…苦しいだけだろ、」

「…ははは…やさしくしろよ…」

スカートをたくし上げて祐希はモノを引き出す。
それを割れ目に添えれば、互いの熱に互いが触れた。

「ん…あ…ば、ばか……擦りつけんな…ぁあ、」

「…とろとろ……もう入りそうだ、」

「ふああ、あ…待て、待って…っ、ゆうき!!!」

恐怖と歓喜が混ざった表情が艶を帯びて祐希に向けられる。



「あにき…、」


言葉が零れる。
昂治の唇が微かに動き、何かを告げようとした。
それが何なのか聞こうと、前へ体を倒す。




ゴツンッ

「つっ!?」

思いっきり鈍い音がした。
視界の先には昂治でなく、茶色の柱だった。

「……あ、ほえ???」

柄にもあわず間の抜けた声が出た。
場所は部屋でなく、廊下で畳だった筈の床は板間だった。
すぅっと風が吹き、エプロンのフリルを揺らす。

(ま…まさか……)

ぺたぺたと頬を触れ周りを見渡す。
バケツと雑巾が目に入り、庭の桜は変わらず散っていた。

「夢……か、」

そう認識すると、何か気が抜けるような感覚が伴った。

「あーー、いたいたですー。祐希君。」

お気楽な声が聞こえ、そちらへ顔を向ける。
満面に笑顔を浮かべたイクミが歩いてきた。

「探したですよー、午後のお茶でさー蓬仙さん達が来たもんで。
ね、すっごく探したすよねぇ、昂治さま。」

「探したぞ、本当に。」

イクミの後ろからひょっこりと昂治が顔を出した。

「…祐希?」

くわぁぁぁーーっと面白いくらい祐希の顔が真っ赤になった。
普段の彼には到底使われない、“可愛い”と言う言葉もあいそうなくらいに。

「あ…う……」

「あの、祐希くん???」

「どうかした…のか????」

「う、うるせぇーーー!!!」

逃げ出すように祐希は走り去った。
状況が掴めない昂治とイクミは互いに顔を見合わせる。

「…なんなんだよ…、」

「何なんでしょう……、」









(くそっ!俺の…俺のっ……)

顔を真っ赤にさせながら走る祐希だが、何かにつまづきその場に転んだ。
気が動転している所為もあり、顔面から直に転ぶ。

「っつつ……」

板間なので通常より痛い。
何に転んだのかと、物を睨むように見た。
そこには紺布に包まれた日本刀があった。

「っ…!?」





――どうしたら…どうしたらいいの?

――オマエが変わればいい、『契約』を交わせばいい

――けい…やく?



――オマエが弟でなければ…







真っ赤だった表情も冷めるように無表情になった。
日本刀を拾い、誰かを抱きしめるように懐におさめる。

「バカか…アイツが望むワケねぇ……」

陽射しが軒下から差し込む。

「…俺は紅の椿、相葉じゃない……」

言葉はポツリと吐かれ、自分の身で出来た翳りに消える。
咲いては散る桜は、ただ馨る。

ただそれだけだった。







(続)
まぁ、趣味です。趣味(爆)。
こう祐希が可哀想なの、すっごく萌える人なので、私(死)

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