***神風メイド鬼憚***

第七録:赤く散れ












鬼とは狂い醜き姿にて本能に蠢く者なり。
神とは清き姿にて万全なる力を持つ者なり。
人とは愚かな救いを求める罪深き者なり。

神は鬼を見放し
鬼が人を喰らい
人は鬼を狩る――そんな時代














どうして何だろう
どうして

どうして今まで…見えてなかった?












凍える感覚と熱い内部。
それは歓喜でも快楽でもなく、ただの恐怖。
揺らぐ視界の中、いつもそれだけは消えずにいた。

決して許しはしない。
決して許されはしない。

そう謂い聞かせているかのようだった。
自分としても理解はしていた。
この身は存在意義を変えてしまったのだから。
理解して当然だった。

けれど知ってしまった。
解ってしまった。

揺らぐ視界とそして翳り。
濃密を増す空気に零れるのは吐息。
苦しみを越えて、既にそれは悦楽の域へと無理矢理ひきこまれる。
贖いは許されない。

さぁ…我を呼べ

ああ、呼ぼう。

さぁ、自分の名を呼べ

ああ…俺の名は――



怖い…誰か助けて…




「俺にはもう…何もないんです……」

泣くアナタ。
憎く妬ましいけれど、羨ましい。
















「ブルー…って云うんだ。いい名前だな。」

微笑みながら云う昴治にブルーと名乗った青年は静かに目を瞑る。

「偶にはと思った……着いてきたがな…」

「着いてきた?」

ブルーは瞳を開き、昴治を見る。
相手は目を少し顰めているだけだった。

「気づいてはいるだろう…それが答えだ。」

「答えって…何の?何言ってるか解らないんだけど。」

「絶えず在ったモノ…正しいとは思わない。
それを行使する気もないが……そう謂う訳には行かないらしい。」

(何を言ってんだ……?)

――バカッ!そいつから離れろ!!!

頭の中で直接響いたのは自分の――蜜月の声。
その言葉の意味を認識するよりも早く、図書室の後扉が開く。

「昴治さま!!!!」

耳に突き刺さるような呼び声はイクミのもので、すぐ横に人が過ぎり飛躍する。
その過ぎった影が祐希であると気づいたのはブルーへ刀を下ろした時だった。

「っゆう…!?」

瞬時の光景が昴治に声を張り上げさせた。
だが、予測した相手への悲鳴と肉が裂ける音はしない。

ガキッ!

代わりに金属同士がぶつかる音がした。
ブルーの手には祐希と同じく刀が握られている。
切り込もうとする刃を片手で持つ刀が安易に防いでいた。
ギリッと奥歯を鳴らし、祐希は飛び退く。
横の本棚を蹴り、また相手へと切り込もうとした。

ガシャーーンッ

窓硝子が一斉に割れる。
飛び散る破片と共に何か黒い物体が入り込んできた。
騒然となる図書室に、ここには他の者もいる事を把握させる。
驚いている昴治の足元にも黒い物体が集まり、そしてぐにゃりとそれは人の形となる。

「っ!?」

イクミが近づくよりも早く、影のような黒い物体は昴治を捕まえる。
捕まえ、そして担ぎこむと人の形をした物体は変形し背中に羽のようなものが生えた。
それを見計うようにブルーは窓へ飛び乗り、切り込んできた祐希を見る。
見下すような視線に祐希の目は見開き、昴治を担ぐ影と共に窓から下へ下りた。
謂っておくが、ここは3階である。

「くっ!!」

祐希は舌打ちをし、駆け込むイクミとほぼ同時に窓から下へ飛び降りた。
軽やかに着地をし、そのまま相手への攻撃に移る。

「昴治さまに触れるな、」

他の黒い物体が鋭利な刃物の形となる。
しかけてくるそれらをイクミは交わし、すっと付けられた鉄爪で宙を掻く。

「風花激陣、」

疾風が起こり、地に紋様が浮かぶ。
昴治を担いでいた影が悲鳴のような雄叫びを上げ、消えていく。
地へ沈む体をイクミは抱きかかえ、そして飛躍した。

「…い…くみ…」

「祐希!!」

声を張り上げた先に祐希はいた。
刀を持ち替え、抜刀するようにブルーへと打ち込む。

「くっ…、」

鍔迫り合いが生じるが、それは互角ではない。
ブルーは片手で祐希の攻撃を抑えていた。

「……」

何も謂わず、ブルーは祐希を弾くように刃を横に振った。
容易に祐希の体は吹き飛び、地に膝をつく事になる。

「…………弱いな、」

一言相手はそう云った。
くわっと祐希の目は見開き、宙へ飛躍する。
イクミは昴治を地へ下ろしブルーの方へ駆けた。

「飛龍!」

振り落とす刃に何か青い光が纏い、それは龍のカタチとなり雷撃の如くブルーの頭上に打ち込む。

バシッ、バシンッ!!!

大きな何か相殺する音がし、祐希は弾き飛ばされる。
宙へ舞う祐希の体へ無数の影が刃となり向かってきた。

「っ!?」

「う…くあああーーーーーーーーーーーー!!!!!」

上がったのは祐希の悲鳴ではなく、イクミのものだった。
庇うように前へ飛躍したイクミは影を抑えるも、抑えきれず身に攻撃を浴びたのだ。
黒い電流のようなものがイクミの身に纏わりつき、尚も攻撃し続ける。
痛みに歪む表情のまま、横へ影を薙ぐようにイクミは鉄爪を振った。
影が消えるのと地に足がつくのは、ほぼ同時だった。

「バカが!」

「悪い…癖…君が前へ飛び出し過ぎ……うっ…く…、」

「イクミ!!!」

混乱しているだろう昴治はけれど、傷ついたイクミへと駆け寄る。
制すよりも先にイクミの元へ膝をつき倒れる体を抱きこんだ。

「昴治…さま……っ…ここは…」

「そいつの面倒見てろ!」

祐希は背を向け駆け出す。

「祐希!!!」

声を張り上げる昴治を無視し、ブルーと対峙する。
抱え込んだイクミを覗き、そして刀をぶつけある祐希とブルーを見た。

(なんなんだ……なに……何が起こって…)

「…昴治さま……逃げてください……」

そう云って昴治から離れる。
ブルーの元へ行こうとするイクミの腕を昴治は瞬時に掴んだ。
振り向く顔は先ほどの攻撃の所為でかなりのダメージをくらったのだろう、怖いくらい蒼白している。

「俺は…祐希を止めます……、」

その言葉を吐くイクミは痛々しく、苦るしげなものだ。
するりとイクミは離れ、そして駆けていく。

「翔刃陣!!」

上へ巻き上げられるような風と共に切りつける風が起こる。
陣形をなし、ブルーへと攻撃を祐希はしかけた。
だが相手は無表情のまま刀を前へ突き出す。
ぶわっと一瞬風が止み、真空の圧力が祐希を吹き飛ばした。
飛ばされる祐希の身をイクミは支えるが、吹き飛ばす圧力はそのまま二人を昴治の元まで追いやる。

「くっ、邪魔すんじゃ…ねぇ!」

祐希を支えたイクミに怒鳴りつける。
イクミは臆する事もなく、相手を見た。

「解るだろ…刃がたたない事を…逃げるぞ、」

「……怪我…祐希、怪我してるぞ!」

傍に駆け寄る昴治を祐希は睨む。
昴治の云う通り、左目辺りに血が滲み出ていた。
泣き出しそうな昴治の表情に眉を顰め、ブルーの方を見る。

「祐希!!」

「最優先事項は昴治さまを守る事だ!!」

(え…?)

イクミの言葉に目を見開いた時と、ブルーが刀を振り落とした時はほぼ同時だった。
肌を痺れさす威圧と疾風。
目を閉じたのだが、一向に衝撃がこない。
昴治が瞳を開くと前には祐希とイクミが立ち防いでいた。

「…っくぅ……」

「っ……」

「やめ、やめろ!!!祐希!!イクミーーーーーー!!!!」

バシィィーーンッ

音が響き、昴治、祐希、イクミ共々後ろへ飛ばされる。
疾風は止み、威圧が消え前には掘り起こされたような溝がブルーの位置から走っていた。
昴治は無傷だが、

「う…うぅ……」

「イクミ!?」

ふらりと倒れるイクミを昴治は支えようと手を伸ばす。
だが支えきれず、そのまま地に尻をついた。

「……昴治…さま……」

「イクミ…平気…か?」

イクミは軽く昴治に微笑むのを見て、ふらつきながら祐希はブルーを見た。

「……相葉昴治を渡せば……殺しはしない…」

感情のない表情のままブルーは言った。
それに昴治は瞳を向ける。

「俺がオマエと行けば…祐希とイクミをっ、」

「バカ言って…んじゃねぇ!!!俺は……まだ…戦えるっ!」

祐希は怒鳴り、そしてブルーと向かいあう。
抱えている蒼白なイクミの顔をみ、そして刀を構える祐希を見た。

「…ゆ…ゆう……」

カタカタと昴治が震え出す。
抱えていたイクミが起き上がり、駆け出す祐希の元へ行こうとした。
ブルーが刀を振り上げる。

――畏れるな!!!俺と代われ!!!!

蜜月の声が響く。
イクミの手は祐希に届かず宙を掻き、
閃光が視界を焼き尽くした。

「祐希ーーーーーーーーーーー!!!」

音はなかった。
ただ威圧と精神的圧力が少し降りかかっただけだ。
昴治は瞑らざる終えなかった瞳を無理に開き、前を見る。
祐希とブルーは互いに立っており、周りの地盤に亀裂が走り所々隆起していた。
だが祐希より背後、昴治とイクミの周りは元のままだ。

「……」

ビシャッと音をたて、ブルーの右腕から血が服に滲む。
それを何とも思わないか、平然と見た。

「…ブルー……」

自分の名を呼ぶ昴治を目を細めて見て、そしてイクミを見て祐希を見た。

「紅白椿……次は…覚悟を決めておくんだな…」

そう云ってブルーは背を向ける。
すると溶け込むように姿を消した。
暫しの沈黙は地に倒れる音でなくなった。

「祐希っ!!!」

イクミは駆け寄ろうとするが、回復した訳ではない体に痛みが走り動きが鈍る。
駆け寄った昴治はうつ伏せに倒れた祐希の肩を掴んだ。

「祐希、祐希!ゆう…っ!?」

祐希の体を仰向けにさせた昴治が見たものは、赤黒い血に塗れた体だった。
目を見開いた昴治はそのまま相手の体を揺さぶる。

「…っ…ゆ、祐希!祐希!!ゆうき!!」

反応はなく、ガクガクと顔が揺れる。

「昴治…さま!」

イクミが声を上げるとビクリと昴治の体が震えた。
そしてそのまま揺さぶる手が口元に持っていかれる。

「…呼吸はある……手伝え、イクミ…」

それは混乱する声ではなく、落ち着いた声。
昴治ではなく蜜月になったようだ。

「こうじ…さま…、」

それを把握したのか、軽くイクミは目を伏せ痛みを訴える体を叱咤した。
ビリビリとエプロンを破り、イクミは止血する。
止血された祐希の身を蜜月はお姫様でも抱えるように抱き上げた。

「イクミ、歩き苦しいなら俺の肩を借りていい…」

「どうも…です…。すみません……守れなくて…」

「己の力量と相手の力量を測れなかった祐希と、俺自身の所為だ……」

「こうじ…さま……」

「オマエは守ろうとした…祐希もだ……
吐き気がするくらいの賛辞が浮かぶ――。」

蜜月は目を顰め、そして瞑る。
ゆっくりと開き、横にいるイクミを見た。
蜜月はイクミの腕を自分の肩に組ませ、祐希を抱えたまま歩き出す。












「祐希!」

声が響く。
そこは校庭ではなく、ましてや家でも道路でもない。
暗闇が広がる、花びらが散り続ける場所。

「っ……ど…うして……どうして、俺を……蜜月!!!」

散り続ける花びら。

「祐希が…祐希が!蜜月、俺をここから出して!!!」

声は響くだけで応える者はいない。

「蜜月!!蜜月!!!!」

カタカタと震えて昴治は膝をつき俯く。
視界は揺らぎ、咽喉が焼けてそしてひゅっと鳴った。

「祐希が…祐希が、祐希が………」

声をなくし昴治は自らで自らの体を抱きしめた。
胸が張り裂けそうに軋み、そして痛む。
失ってしまうかもしれないという現実が昴治を震えさせた。



どうして…気づかなかったのだろう……



いつのまにか、こんなにも――


















白の椿は皓に染まり堕ちゆくもの
紅の椿は赤に染まり散ってゆくもの




カタチをそのままに、地にぽとりと落ちるだけの花
















(続)
椿の色合い、好きです。
椿という波長も、昔書いていたオリジナル小説の
キャラ名にもしていたなと、ふと思ったり。

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