***神風メイド鬼憚***

第六録:蒼髪












鬼とは狂い醜き姿にて本能に蠢く者なり。
神とは清き姿にて万全なる力を持つ者なり。
人とは愚かな救いを求める罪深き者なり。

神は鬼を見放し
鬼が人を喰らい
人は鬼を狩る――そんな時代














恐いのかもしれない
そう、怖いのかもしれない

消える事への恐怖と
溺れる事への恐怖
そして――












昴治が目を覚ますと、変わりのない部屋だった。
あたりを見渡し、自分の体に触れる。

(……して…ない?)

昴治は息をつき立ち上がった。すると太股に冷たい液の感触を感じる。
それに慌ててしゃがみこみ、顔を真っ赤にさせた。
ふと前にちらつく物を見つけ、それに手を伸ばした。
千代紙であしらった綺麗な手鏡である。

(誰…のだ?)

「……俺のだよ、」

鏡に映る自分が話す。
目をパチパチさせて眺めると、余裕の笑みを零していた。

「み…蜜月?」

「本来なら違うが…まぁいい……どう調子は?
オマエは話をしたいと言ったからできるようにしたんだが――」

「……ありがとう、」

鏡に映る自分は昴治の言葉に軽く笑うだけだった。

「……その…したのか…?やっぱ……」

「ああ…俺の存在価値たる意味……」

「よく解らない、」

「解からなくていい。」

冷たいような返しは相変わらずだった。
鏡には何か術でも掛かっているのだろうか。
姿は揺らめき、自分とは違う表情、動きを見せていた。
太股に滴る液を蜜月に言われた通り、ティッシュで拭きゴミ箱に捨てる。
暫くして鏡を覗くと寝そべっている蜜月の姿があった。

「…話したい事…あるんだろう?」

「え……まぁ…けど、いきなり言われても困る、」

「だろうな。」

サラリと前髪が落ち、それを払い蜜月は瞳を向ける。

「俺は……多分…尾瀬イクミを好んでいる、」

「…え?」

「……オマエは誰か好む…愛する者はいるか?」

「イクミをって…イクミが好きなのか?」

「多分…オマエが理解する好きとは違う、」

目を伏せて言い、向こうは妖艶な笑みを浮かべた。
昴治は眉を潜めて、相手を見る。

「何でそんな事…聞くんだ?」

「生きる為に人は孤独を好まない。
愛や好意は生きる意志に大きく反映する…オマエがイクミが好きなら
俺と同じだから…変わろうかと思っただけだ。」

「変わるって?」

「オマエの意志と俺の意志を、」

返す言葉がなく、困惑している昴治に蜜月は声を出して笑った。
寝そべっていた体を起こし、こちらへ手を伸ばす。

「昴治…誰か愛する者はいるか?」

問いかけ、昴治の言葉を待つ。
昴治は喉奥が乾いていくような気がした。
答えはあるようでない。
そして容易に言ってはいけないような気がした。

愛する者など、特別に想う者など――いない。

この身を触れさせたいほど想う者はいない。
例え大事に思っていてもそれは“平等”であるセカイの話だ。

「……聞いている感情の意味は解っているみたいだな、」

「蜜月…」

パタパタパタ…

板間の廊下を走る音が聞こえてきた。
それに蜜月は笑みを浮かべて、目を伏せる。
鏡は煌き、映る姿が“自分”となった。
一瞬相手を呼ぼうとしたが、近づく足音に気づき枕元に置く。

「しっつれーーいしまーーーーす!
朝ですよぉぉーーー!昴治さまぁぁーーーって、やっぱ起きてましたか…」

ふぅっと溜息をつくのは何時も通りのイクミだった。
自分ではないが、自分の体と関係を持っていると思うと何とも言えない気分になる。
だがその感情に怒りは含まれてはいない事だけは確かだ。

――祐希とも…したのかな……

「昴治さま?お着替えなさってないですねぇ。
お手伝いいたしましょーーーー!」

「あ?え???」

がばっと抱きつくイクミの身を支える事はできず、体が後ろへ倒れる。
それをイクミは支えて、ふわりと微笑み昴治を見つめた。

――……う゛……ドキドキするぞ…

綺麗な顔は男女共に胸を高鳴らせるものだ。

――俺…俺も……イクミが好きなのかな……?

近づいてくる顔に瞼がゆっくりと落ちる。
閉じられる前に、周りをキョロキョロしだすイクミに目を向けた。

「イクミ?」

「いやーー…そろそろ来ると思うんですけども…」

来るとは何の事だろうか。
目を顰める昴治にイクミは悪戯をする子供のような笑みを浮かべた。

「万年短気、祐希クンですーー。」

確かに、大声で叫びながら何時もは来ている。
だが今日はその声を聞こえない。

「来ないっすねぇーー…それはそれでツマンナイかもかもー。
って思う俺は虐められたい願望まっしぐらでしょうかぁ?」

「いじめ…???」

「いえいえ、何でもないですぅ。それより、その鏡どうしたんですか?」

昴治を抱えながら指を差したのは、枕元の手鏡だった。
軽く苦笑いを昴治は浮かべて、その手鏡を取る。

「いや……その、何となく…」

「何となく?」

「そ、何となくだよ。」

「???」

よく解らない発言だと昴治は思いながらも訂正や付け足しはしなかった。
首を傾げるイクミの腕から離れ、用意しておいた服に着替える。
手伝うと云う相手の要望を断り、最終的にはシャツのボタンを止めて貰った。

「うふふーーー、」

「キモチワルイ笑顔だな…」

「あうーー、ひどいですぞ、昴治さまぁ。ボタンを止められて感動した感情を
的確に表現いたしましたー結果なのにぃ。」

「何だよ、それ……早く行こう。」

「はいなーー。」

襖を開けると朝の陽射しと共に、咲いては散る桜の香が漂っていた。
視線を横に向けると中庭を眺めている祐希の姿が見える。

「祐希クン、おそよーーですか?」

イクミも気づいたようで、祐希に話し掛ける。
祐希はゆっくりと顔を向け、急に駆け寄ってきた。
何事かと昴治が思うより先に

ガタンッ、ガキッ!!

イクミが倒され、その上を祐希が乗り刀を突き刺している情景が目に入った。
廊下に突き刺すように指した刀はイクミの頬を掠めるように横にある。
瞬きもしなかったイクミを祐希はじっと見た。

「……契約は……覚えているだろうな……」

押し殺すような掠れた囁き。
陽の光が日本刀の刃を鈍く光らせていた。

「……ゆ…祐希?」

昴治の声に瞳が揺らぎ、ぴたりと動きを止める。
そして祐希は廊下に刺した刀を抜き、屈めていた体勢を元に戻した。
チャキッと音をたてて刀をしまい、視線を落とす。
何事もなかったようにイクミは起き上がり、祐希をじーーっと覗き込んだ。

「びっくりしましたよーー?どうかしました???」

「……」

「祐希…いきなり危ないだろ、それに…」

昴治の言葉に祐希が顔を向ける。
感情のないような表情に少しの感情が伺えた。
その感情は何なのかは昴治には把握できないでいる。

「それに、『契約』って何だ…?」

「っ、」

瞳が揺らぎ、そして強く煌く。
それが昴治にとっては酷く恐怖を覚えさせた。
困惑する相手を無視するかのように祐希は背を向ける。

「早くしろよ、また遅刻するぜ。」

「あのーー、俺への謝罪はないんですかぁ?」

「無・意・味、」

いつもの調子に戻った祐希に何故か昴治は安堵した。


















学校の授業は相変わらずだ。

「えっと…ここが…ここで……」

実は図書委員である昴治は本の整理をしていた。
ここの学校の図書室は他校でも有名なほどの本数である。
同じく数名の図書委員が昴治と同じ整理をしていた。
同じ種類、大きさなどをあわせ名前順に本を入れる。
例のごとく祐希とイクミは外で待機中だ。

「あとは……」

本を抱え、手を伸ばし高い所へ入れようとする。
だが届かず、台を持ってこようかとした時だった。
甘やかな匂いが鼻腔をくすぐり、冷たい風がふわりと横切る。
何かと思うより先に白い手が自分の持つ本をとり、代わりに高い所に入れた。
横に顔を向ければ、青年が立っている。

「…あ…ありがとう……」

ぼんやりと相手を見れば、自分より背の高い青年だった。
青く長めの髪に端正な横顔。
青い髪は絹ように綺麗で外からの光りで淡やかに光っている。
傷痕だろうか、切りそろえられていない横髪の合間からその頬傷が見えた。

「……あの…誰?」

少し体が震える。
だがそれを昴治は無視した。
疑問の方が頭の中を占めていたからだろう。

「…別に…聞く必要はない…相葉昴治。」

「どうして俺の名を?」

「さあ……、」

表情がない。
どちらかと云うと不機嫌そうにも見える顔は綺麗な造りだった。

「…まあ、何より助かったよ。まだあるけど…俺って身長低い方だからさ。」

「……」

軽く相手は目を伏せた。
















図書室の前、廊下の壁に寄りかかるように祐希とイクミは立っていた。
いつもの通りメイド服を着ている。
エプロンの裾を払いながらイクミは横にいる祐希を覗き見た。

「朝はビックリしたっすー、」

「……悪い、」

「…ほえ?珍しいっすねぇ。すぐ謝罪するなんてー。」

「覚えてない、」

「にゃーるほど、覚えてない…ってマジっすか?」

「……」

覗き込むイクミから目を逸らし、祐希は宙を仰いだ。

「マジですか…大丈夫…ですか?まさか……」

「寝起きだったからな…」

「それはそれで、イクミ君身の安全、考えた方がよろしになっちゃいますです。」

「……」

イクミは祐希から視線を外し、同じく宙を見た。
横目で相手を捕らえ、軽く微笑む。

「まぁ…お互い頑張りまっしょい。」

「…なんだそれ、」

「ノリ悪いですね…相変わらずー。」

ニコニコと笑うイクミを見て祐希は溜息をついた。
手に持つ布に包まれた日本刀は重くも肌に吸い付くように感じられる。
窓から差す光は淡く滲んだ。












結局、背が高い青年に本の整理を手伝わせてしまった。
昴治は苦く笑い、謝罪と共にお礼を云う。

「悪いな、本当にありがと。」

「……」

相手は目を伏せる。
それが彼なりの応答なのだろうか。
昴治は笑みを浮かべ、相手を見上げた。

(イクミより…いや、祐希より背が高いなぁ…)

背の高さに羨ましいと思いながら、昴治を問いかける。

「あのさ…良かったら名前教えてくれないかな?
あ、もしかしたら初対面じゃないか?」

「いや…初対面だ、」

「そっか…じゃあ、」

「あまり学校に来ていない…学年も違う、知らなくて当然だ。」

「でも…俺の名前知ってたよな。」

「ああ、偶々だ。」

「そっか、」

素直に納得する相手に青年は目を細める。
感情の起伏が見られないのでなく、弱いだけなのだろう。

「変わった奴だな…オマエは、」

「そうか?」

目を閉じ、そしてゆっくりと昴治に瞳を向ける。
少しの煌きはやはり昴治を震わした。






「エアーズ・ブルー…それが名だ、」











ココロとは何か。
ココロとは何か――…














(続)
ブルーはカッコイイですよね。
そういう認識がある所為か、ブルー×昴治って
なかなか書けないんですよね。

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