***神風メイド鬼憚***
第四録:快楽と嘆きの狭間
鬼とは狂い醜き姿にて本能に蠢く者なり。
神とは清き姿にて万全なる力を持つ者なり。
人とは愚かな救いを求める罪深き者なり。
神は鬼を見放し
鬼が人を喰らい
人は鬼を狩る――そんな時代
濁流に埋もれる情熱
気づきはしない
「お見舞いありがとー…嬉しいよぉ……」
けほけほと咳き込みながらこずえは言った。
あおいはこずえの背を撫で、そして昴治は大丈夫かと聞く。
ここはこずえの部屋。
風邪で休んだ彼女のお見舞いに来ていた。
言わずもがな、部屋の隅に祐希とイクミもいる。
「…相葉君もありがとー…」
「いや、別に…それより熱は下がったのか?」
こくんと頷くこずえに昴治は手を伸ばした。
そっと前髪を掬い、そして額に手を当てる。
「……ほえぇ…?」
そして見つめる。
「平気か?」
「あ…うん、」
ぽーっと赤くなるこずえからあおいは昴治を引き離す。
「ちょっと!女の子にそんな近づかないの!」
引き離したあおいの表情は怒りを秘めていた。
それに昴治は肩を竦める。
「あおい?」
「ほら、離れる!」
「あおいちゃん、そんなに気にしてないよ?」
こずえの声にばっと振り返りあおいはこずえを見る。
そして昴治を見てドアの外を指差した。
「居間に先に行ってて、」
「あ?ああ…解った。祐希、イクミ、行こう。」
目を訝しげながら昴治は祐希とイクミを連れて出て行った。
それにぷぅっとこずえが頬を膨らます。
そしてあおいの制服裾をツイツイと引っ張った。
「いくみ、行っちゃったじゃないぃーー。別に相葉君とらないよぉ!」
「な、何言ってんの!私は別にそういう理由じゃなくてっ!」
「そーーおーーー?」
ジト目で見るこずえにあおいは溜息をつく。
そして少し頬を赤くしてそっぽを向いた。
「でもでも、獲る獲らないは別として、さっきはちょっとドキってしちゃったよ。
なんかさ、カッコよかったというかー。」
「こずえ、」
「えへへ…安心してよぉー。私は女の子の中ではあおいちゃんが一番だから!」
顔を赤くさせたままあおいはこずえを睨む。
「もう…何言ってんのよ。」
その声にこずえはにっこりと笑った。
ドアを閉め数歩進み、昴治は襟を緩めた。
「行けって云われてもねぇ、他人の家をうろつくのて無礼だと思うんだが。」
そして溜息をつき腰に手を当てた。
着いてくる祐希とイクミを眺めそして笑う。
「中々上手いだろ?相葉昂治の真似。」
祐希の唇が微かに動くがそれを無視してイクミに瞳を向けた。
「昴治さま、少し顔色が優れないように見えるですが。」
向けた途端にイクミは言った。
クツクツと笑い前髪を掻き揚げる。
「ああ、そうだな。優れてないよ。
だってさ、俺…久しぶりに戦ったし。」
「……こうじサマ、」
「罰だって言ってるだろ?今日中は相葉昴治は還さない。
それに中味は違くとも、昴治は昴治なワケだし。別に問題じゃーない。
しかも、俺の方がいいじゃないか?特に、なぁ…祐希。」
流すように瞳を向ける昴治に祐希は目を伏せる。
怒りを宿すにも宿せない表情を楽しげに昴治は見た。
彼は昴治ではない。
もう一つの人格とでも言おうか――蜜月だった。
「あの…昴治さま。虐めたいなら俺を虐めてくださいデス。」
「まるで祐希を虐めてるような言い方だな、イクミ。」
イクミは苦く笑った。
それにふんと鼻を鳴らし、ドアの方を見る。
するとあおいとこずえが出てきた。
「行ってなかったの?」
「いや…その……居間の場所が解らなくてさ、」
身が焼けてしまうようだった。
何度も味わう感覚だけれど、それに痛みが賄っている。
苦しい
苦しい
昴治は叫ぶけれど、それは声にならない。
熱に感覚を支配されながら、けれど身体は少しも動かす事ができないでいる。
自由ではないのに、護られているという保身感があった。
「……そろそろ見せようかと思ってさ。」
視界に映った者に昴治は目を顰めた。
「あ?驚いてるか?驚くよな、確かに。」
茶色の髪、青の瞳。
それは鏡があれば嫌でも見る自分の姿だった。
一糸纏わぬ姿はぼんやりと光っていた。
「俺は昴治、よろしく。」
何を言っているのだろうか。
昴治という自分はココに存在している筈だ。
思考を巡らせ、些か混乱している昴治に相手は笑う。
「なんて…な、安心しろよ。オマエが本当の昴治だ。
俺は館主と継承された日に生まれた陰の存在だからさ。」
陰とは何か。
「まぁ…そうだな……蜜月でいいよ。『俺の弟』もそう呼ぶし
――兄弟仲良く、そう呼んでくれて構わない。」
昴治は何か言おうとするが声が出なかった。
否、言う必要などないようだ。
彼の思考は流れてはこないのに、己の思考は相手へ流れている。
「けれど間違えるな。俺は俺だが、昴治でもある。
俺の方がオマエの中身の大半を占めているから……って解りにくいか?」
すっと近づいてくる。
頬を両手で包みそして覗き込んで来た。
「そうそう見せるんだった。
いやさ、もっと遅くても良かったんだけど……何分、向こうが動いてきたからさ。
そうもオマエの都合に構っていられなくなるかもしれないしな。」
内部の熱が高まり、太股あたりに雫が垂れるのを感じた。
戦慄く昴治に『昴治』は笑う。
「だからと言って、何も知らないのはカワイソウだと思った次第だ。
隠すのも結構、疲れるしな。オマエにも理解しなくちゃーいけないし。」
頬を撫で、そして頭を抱き込む。
声は自分を蔑み、冷たく引き離すようなのに包む温もりはあたたかい。
ゆっくりと『昴治』は昴治の頭に頬を寄せた。
「崩壊するのもいいよ?その方が……楽かもしれないし。」
声は少し掠れていた。
どうして
そんなに悲しそうな瞳をしている?
顔も見えないというのに昴治は問いかける。
けれどその答えの代わりに心を破壊でもするように大量の記憶が注がれた。
「あああーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
初めてココで昴治の声が出る。
それに『昴治』は頭を抱きしめながら薄く笑った。
「っ……」
ティーカップを持つ手が震える。
それに気づいた祐希とイクミは相手を見た。
「どうかしましたか?」
聞いてきたのはイクミだった。
「いや…別に、」
笑みを浮かべ、優雅な仕草で紅茶を飲む。
それを少し頬を赤くさせて見ているあおいにこずえはツンツンと肘で突いた。
「なんか…今日の相葉君、カッコイイね。いつもはカワイイって感じだけど。」
小声で言うこずえにあおいは目を向けるだけだった。
それは叫びだった。
それは憎しみだった。
怨讐と共に溢れ出していた。
「えっ!?」
「…おい、何やって!?」
驚愕にも似た二人の声。
「欲しかったんだろ?俺が…違うとは言わせない。」
前にはメイド服を着ていない祐希とイクミがいた。
自分は自分なのだが、身は勝手に動いてく。
最初にワイシャツに手をかけていた。ボタンを乱暴に外し、そして脱ぎ投げる。
目をパチパチさせている二人の前で自分は服を脱いでいるのだ。
(何やってっ…!!)
止めようとしても、それは止めさせようとしている事になる。
けれど感覚はあるのに、行動は起こせなかった。
ゆらりと身は動く。
すると祐希とイクミは畳の上に座り込んだ。
ゆっくりと自分は二人を抱きしめ、そしてズボンを下着ごと脱ぐ。
「…俺はしたい……凄くさ…熱い、」
一番驚愕している弟の片手を掴む。
片方の腕はイクミの首に回し自分に近づけていた。
「ココがさ…熱くてさ……解るだろ?」
(な、なに…やめろっやめろっ!!!)
昴治は悲鳴を上げた。
けれど身は弟の手を下肢へと導く。
自分ですら洗う時にしか触れない女性器に弟の指が触れた。
「な、熱いだろ?…」
顔を真っ赤にさせて苦い顔をしている祐希に笑みを向け、
そして離れようとしだすイクミに顔を寄せた。
「んぐっ!?」
イクミの唇を自らの唇で塞ぐ。
優しいものでなく、すぐに舌を口腔に入れる激しいものにしていた。
相手の身がビクビクと震えていた。
それは恐怖。
それは熱い調べ。
目を背けるなよ、これも体力を消費するんだからさ。
自分の声が自分の内に響く。
(これって……、)
「んぅ…はあっあ……あ、、むぅ…」
ツプリと祐希の指が膣に入ってきた。
そしてぬめりとした感触と共にイクミの舌は絡んでくる。
(いやだ!やめろっ…祐希!!イクミっ!!)
もたれこむように自分の身と祐希そしてイクミが畳に倒れた。
触れる祐希の指はぎこちなく、けれど己の手は教えるように動かしている。
じゅぷ、じゅ…
「くふぅ…んぅ…はあ…ふう…」
水系の音が耳を刺激し、熱い指と熱い舌。
意識が飛びそうなくらいの疼きが昴治という意志を追い詰める。
(夢、夢だ、夢だ、夢だ、夢…夢…覚めろ!!)
ねぇ…どうすれば一緒にいれる?
教えてください、どうすればいいんですか?
相反の声が昴治の思考を留める。
(え…?)
声たちは優しく自分を包んでくる。
それは酷く泣きそうになるくらい切ない。
胸がしめつけられ、いてもいられなくなる。
「いつも…そうだ……オマエは護られるんだ。」
声は自分のモノ。
それも胸を引き裂いていく。
叫び。
そう叫びだ。
嘆きと叫びは心から救いと赦しを求めている
(…蜜月……?)
昴治の呼びかけに視界が揺らいだ。
ダンッ
横の塀を昴治は思いっきり叩いた。
それに後ろを歩いている祐希とイクミがビクつく。
こずえの家を出て、あおいと別れた直後だった。
「昴治さま?」
「……呼びかけてきやがった……」
昴治――蜜月が言っている意味を計り兼ねている。
壁を叩いた手で口元を昴治は覆った。
「……」
眉を顰め、機嫌の悪い表情になる。
イクミがそっと覗き込んでくるを睨み返した。
口元から手を離し、昴治は奥歯を噛む。
「昴治…さま?」
「……何でもない、おい祐希、こっち寄れよ。」
相手の手を引き、そして腕を回す。
瞳の揺らぎを掠め見て、昴治は小気味よく笑った。
「どうした?どうして、そんな顔するんだ?」
「……いえ、いつもと変わりません、」
饒舌な敬語を祐希は返す。
表情は確かに変わらないものの、瞳の揺らぎは動揺を映し出してた。
昴治は身を寄せ、そして目の前のイクミを見る。
イクミは密かに苦く笑っていた。
「……」
「どうかしましたデスか?」
イクミ特有の敬語に昴治は目を伏せた。
ひらひらと花びらが散っていた。
「…蜜月…蜜月?」
「優しく声を掛けるな……ムカツクからな、」
『昴治』――蜜月に抱きしめられている昴治は上を見上げる。
前髪が瞳にかかり、翳りがかかっていた。
「あれは…本当なのか……?」
「ああ、本当だ。オマエの心なんか壊れると思ったのにな。」
「それは……」
壊れる事はないだろうと昴治は思った。
抱きしめている腕は優しく自分を包んでいる。
何かからまるで護り続けているかのようにだ。
「何か理由が…あるんだろ?」
「…ないさ、なにも。」
「……蜜月…?」
「…何もない、何もないんだ。
オマエは困るな……甘すぎて。俺に優しくするな…喰われるぞ。」
彼の言う通り、声を掛けるたびに共有しようと記憶が雪崩れ込んできた。
淫らで狂いに似た絡みが熱い疼きと共に。
それは身を引き裂くほどの衝撃を与えていく。
けれど抱きしめられる腕と絶えず脳裏で響く声たち。
それが衝撃を穏和させ、昴治に受け止めさせた。
胸が痛みより、切なさがこみあげてきている。
叫びが沸々と募っていくような――
「俺の事なんて考えるなよ…陽は簡単に陰に呑まれるもんだ。」
そうだ。
陰も簡単に陽に呑まれるモノ。
家に着く頃には静かな雨が降り出していた。
迎えるファイナに昴治は笑みを返す。
「遅かったですね、夕食の準備は整ってますが…どうしますか?」
「今日は気分が優れない…湯浴みをして、寝る事にするよ。」
「そうですか…では、後で軽食をお持ちいたしますね。」
笑みを浮かべ、そして茶髪を揺らし奥へとファイナは消えていった。
それを見送り、昴治は後ろにいる祐希とイクミを見た。
「さて…解ってるよな?」
格子窓から映る街並みを見、青い髪の青年――ブルーは目を伏せた。
「…失敗いたしましたね?何度目ですか、」
厳しく凛とした声はブルーの耳に届く。
部屋の入り口で気難しそうな青年が報告しているだろう青年達に言っていた。
「成果が見られなければ意味がないと同然です、」
「でもな、」
「イイワケですか?」
口論しているらしい様子をブルーは気だるげに見ていた。
そして視線を格子窓の外に向ける。
雨はまだ止みそうにない。
雨が降っていても尚、桜は咲き誇っていた。
それは夜闇にも淡やかな光を宿し、その光は障子の間から差し込んでいる。
暗い部屋の燈籠代わりに十分の光だった。
青くそして皓く色づく素足が伸ばされる。
昴治――蜜月は普段は勉強に使う机の上に座っていた。
その前に祐希は膝まづき、伸ばされた足に唇を寄せていた。
「…もっと上手に舐められないのか?」
足の指で蜜月は祐希の唇をつつく。
射抜きはしないけれど強い眼光を宿した瞳が向けられる。
蜜月はそれを軽く受け流した。
ぴちゃ、くちゅ…
舐める舌が音をたてる。
爪をなぞり、指の間まで祐希は舐めた。
横にいるイクミはそれをじっと眺めている。
「下手、全然キモチよくない。」
足の指を祐希の口腔に入れた。
祐希は少し目を顰めながらも包み込むように舐める。
舌の動きは下手ではなかった。
けれど相手を満足させる事はできないようである。
そして一外の要因がもう一つあるようだった。
ちゅぽ…
祐希の口腔から足の指が出ていった。
そのまま顔を扇ぐように動き、祐希の頭に蜜月の足が乗せられる。
「下手くそ、」
そのまま祐希は畳に押し付けられるように踏まれた。
祐希は痛みに少し声を漏らしただけで、他は何も云わないでいる。
横にいるイクミが微かに動くのだが、それを制するように蜜月が睨んだ。
そして踏みつけている祐希を静かに見下ろす。
「全然ダメじゃないか、このグズ。」
「……」
静かに踏まれ続けている祐希の顔を横に向かせ、尚も踏み続けた。
「それとも、虐めて欲しいからワザとしてんのか?」
「…申し訳ございません、」
祐希が一言告げた。
それにぐっとより一層相手を踏みつける。
「Mの素質でもあるんじゃねぇか?
なんなら、オマエに俺をぶちこんでやろうか?」
「くっ…」
踏みつける強さに祐希は声を漏らす。
絶えず向けられる瞳に蜜月は眉を顰めた。
「言いたい事があんなら、はっきり言え!」
「昴治さま…今日は祐希クン、お疲れモードなんです…だから、」
「うるさい、イクミは黙ってろ!俺は祐希に聞いてる、」
祐希を踏みつけたまま蜜月は聞く。
「言えよ、オマエの口は飾りじゃないんだろ?」
「……還せ……」
呟くような小さな声。
けれど蜜月の耳にちゃんと届いていた。
卑屈に蜜月は笑う。
「ボクの大好きなお兄ちゃんを?」
「っ!?」
目を見開く祐希に頭を叩くように蜜月は踏みつけた。
そして机から降り立ち、祐希から足をどける。
「残念だな、今日中は相葉昴治は戻らない。いや、還さない、」
祐希から離れ、そして障子の前まで移動する。
「昴治さま!」
バタンッ
障子を開け、そして力強く閉め、出ていった。
障子に目を向け、イクミは祐希に目を向ける。
「……祐希は悪くないですよ?」
のそりと起き上がる祐希の表情は掛かる前髪の所為で伺えない。
「俺が彼を追うから…そうっすね……お茶の準備でもして待っててくださいです。」
「……」
「少し頭冷やしましょ、」
そう言ってイクミはスタスタと部屋を出て行った。
部屋に残された祐希は俯いたまま、立ち上がる。
ギリッと奥歯を噛むが、やはり掛かる前髪の所為で表情は伺えなかった。
「昴治さまーーー!こーーーうーーじーーーさまぁーーーー!!」
廊下を走りながらイクミは名を呼ぶ。
(お外…いっちゃいましたかねぇ、)
雨が入らぬよう閉めた引き戸を開け、イクミは庭に出た。
静かに降る雨の中、やはり静かに桜は咲き散り続けている。
白椿の髪飾りをイクミは撫で、そして周りを見渡した。
彼の気配に気づき、イクミは降りしきる雨の中走り出す。
しとしとと雨は降り続けていた。
「…蜜月?」
「……気安く呼ぶな……呑まれる…喰われるぞ、」
意識の深い所。
昴治は『昴治』に問い掛けた。
何故、そんなに泣きそうな顔をしているのかと――。
(続) |