***神風メイド鬼憚***

第参録:光の罰、滴る












鬼とは狂い醜き姿にて本能に蠢く者なり。
神とは清き姿にて万全なる力を持つ者なり。
人とは愚かな救いを求める罪深き者なり。

神は鬼を見放し
鬼が人を喰らい
人は鬼を狩る――そんな時代














近づくは彼方の花
咲くは光










「……」

朝食を食べながら昂治は眉を顰めた。
至って普通の朝で、至って変わりのない日常である。
だが些か違うと思われるのは祐希とイクミの雰囲気だ。

(何か…疲れてる???)

表情に出ていないのだが、少し疲労が見えないワケではない。

「祐希?イクミ?」

昂治の言葉にイクミは笑みを向け、祐希は睨むような視線を向けた。

「あのさ、何かあったのか?」

ごくごく普通の質問である。
だが、面白いくらいにイクミと祐希は真っ赤になった。

(え?何だ???俺、変な事言った??)

「…くだらねぇ事言ってんじゃねぇよ、こうじサマ。」

祐希の呼び方に少し肩が震える。
それに気づかないフリをして昂治は祐希を睨んだ。
イクミはパタパタと手で顔を扇ぎながら何か言おうとしている。

「食事の時間よ、静かにね。」

だが会話を遮るようにファイナが言った。











花は咲き零れ、俺は散るばかり…












「は?」

それは唐突だった。
休み時間、廊下側の壁に寄りかかっていた昂治にあおいが話し掛けてくる。

「だから、今日の午後、こずえを見舞いに行くの!」

「……俺もか?」

「そう!」

「つーかさ、いつのまに俺も行く事になってんだ?
和泉、俺が行っても喜ばないだろうし。風邪の時はさ――」

「返事したでしょ!今さら行かないなんて言わせないわよ!」

今日、こずえは風邪で欠席だったのだ。
それであおいはお見舞いへ行こうと昂治も誘う。
押しは強い方であるあおいだ。
昂治は断る事もできずに、行く事になってしまう。
少し本屋でも立ち寄って帰ろうと思っていた昂治としては、
面倒な事この上なかった。

(本を買って…それで……)

浮かぶ思考は霞みと共に消えた。
後に胸が締め付けられる。

「どうしたの?」

「あ…いや、でも…俺も行っていいのか?
ついてくると思うぞ。」

「ついてくるって???」

昂治は廊下の方を指差した。
そこには洋布を敷いて座っている祐希とイクミの姿がある。
相変わらずのメイド服で目立っていた。

「いいよ。こずえ、喜ぶと思うし。」

「はあ?」

「何でもない、」

「おい、相葉ー、蓬仙ばっかと喋ってんなよ。」

クラスの男子が昂治を呼んだ。

「約束だからね!」

「ああ、」

昂治はあおいから離れ、呼んだ男子の方へ行った。
その姿を目で追ってあおいは溜息をつく。

「ちょっと切ない?」

「うん……え、ええ?あ?」

後ずさりながら見れば、廊下に面する教室の窓からカレンが顔を
覗かせて微笑んでいる。
あおいは引きつりながら笑った。

「あおいさんも頑張ってますね。」

「な、何の話?私は別に昂治の事なんか!」

「人を好きになるのって、悪い事じゃないですよ。」

カレンの言葉にあおいは笑みを向けて俯いた。











呼んだ男子と昂治は他愛のない話をする。
友人はいるが、皆浅いつきあいだ。
何処か冷めている自分に呆れながらも、会話をしていく。

「――で、見つかっちまったんだぜー。」

「取り上げられたのか?」

「当たり前だろ。」

数人の会話を聞きながら昂治は廊下の方を見た。
お茶を啜っている祐希とイクミが少し見える。

「相葉?」

「あ、悪い。でも大変だっただろ。」

「おーー、心配してくれんの?へへ、味方確保!」

「バーカか、おまえ。」

「調子に乗るからやめとけ、相葉。」

所謂、金持ちのボンボンとも言える昂治だ。
しかもメイド服を着た男をつれて歩いている。
揶揄いとイジメの対象にでもなるかと考えていたのは随分昔のように思えた。
浅いが広範囲な友人たちは昂治を受け入れる。

「にしても、その本凄かったんだろ?」

「まぁな、」

「へぇ、俺も見たかったぜ。」

「おまえには、明子がいるだろ。」

「明子は、そんなさせてくれねぇしな。」

健全な男子校生が話す性関係の話だ。
昂治はそういう話は苦手な方で、遠巻きに話していた。

「相葉も困らないよな。」

「そうそう、蓬仙いるもんな。」

「ばっ、馬鹿なに言ってやがる!」

急な話の矛先に昂治は真っ赤になる。
恋愛体質ではないし、この手の話はあまり耐性はない。

「お、あやしいなー。」

「ははは、でも実際は本みたいにしてくれないよな。」

すぅっと何か身が冷えるような感覚を昂治は覚える。

「でも、案外さ…手だけでもくるよな。」

「相葉?」

すっと手を前へ出し指を妖しく蠢かせた。
浮かぶ笑みは妖艶な表情。
何とはなしに、周りの男子は息を呑み熱が高まるのを感じた。

(…あれ……何してんだろ…)

行動と意識が一致しない。
内心でほくそ笑む誰かに身が凍えるような感じがした。
けれど嫌な感覚ではない。

「…おい、相葉?」

「……ああ、悪い…ぼーっとしてた。」








時々だ。
本当に時々、自分の思考が止まる。
それは突然であったり、予兆―眠気が襲い、霞んでいったりと様々だ。
けれどはっきり言えるのは、記憶が途切れる事。

(この頃は特に多い気がする…)

学校の玄関で靴を履き替えながら昂治は思った。

「ぼーっとしてんじゃねぇ、邪魔になってるぜ。」

「靴、履けないんでしたらー履かせましょうかぁ?」

溜息が出る素の一つ。
祐希とイクミを見て、昂治は肩を落とした。
こずえの所へ行く事になったが、些かあおいが遅くなるらしく校門の所で待ち合わせ
という事に決められた。
靴を履き終え、昂治は外へ出る。

(ったく…だいたい……ん?)

青い空には朧に映る白い月がある。
白昼の月は昨日の夜と同じように綺麗に見えた。

(そう云えば……こういう憂鬱になるのは満月か新月の時が多いような…)

「それにしても、大丈夫ですかねぇ…こずえさん。」

「ただの風邪だって聞いたけど、」

「風邪は万病の元とも言いますし、気をつけないといけませんっす。」

ウィンクしながら言うイクミに昂治は笑みを浮かべた。
そして祐希を見てみる。
いつもなら憎まれ口をたたくのだが、表情は顰めっ面であるが黙っていた。
カタチはどうであれ、何とはなし昂治は嬉しくなる。

(はは…俺って単純……あれ…何か…また……)

「昂治さまぁ?」

「…え、ああ、その、何でもないよ。」

「只でさえバカなんだ、バカ面してると救いようのねぇ莫迦になるぜ。」

「な、なんだとぉ!」

「あはーー、まぁまぁ落ち着いてねー、昂治さま。」

「だいたいアンタは…っ!?」

急に祐希の表情が険しくなったのに、昂治は訝しむ。
何事かと聞こうとする前に祐希が駆け寄ってきた。

(え?)

肩に腕を回され、引き寄せられる。
弟だと云うのに包まれてしまう自分に嫌気と、何故だか胸が痛いくらい高鳴った。

(なんだ…この感覚――)

投げ出される感じでそのまま突き飛ばされる。
その身をイクミが受け止めた。
相手は笑みを浮かべて、昂治を地に座らせる。
そして祐希のいる位置へイクミは駆け寄った。
視線の先にあるのは、二人の姿と黒い影。



それはね……まだ見ない方がいいかもな……



(なんだ?)










バシィィーーーーンッ!!!











爆発音が鳴り、風が起こる。
布に包んである刀を出し、後ろを見た。
昂治は眠るようにその場に倒れている。

「……黒霞鬼、」

横にいるイクミはブラック化したのか、静かな口調で言った。
鉄爪を構えたイクミは『黒霞鬼』と呼ばれた物を睨む。
黒の煙のような物に包まれ、毒々しい手が数本ついている。
醜いその姿の『黒霞鬼』は、祐希とイクミに目掛けて近づいて来た。
刀を抜き、横へなぎ払う前に黒霞鬼が消える。

「!?」

祐希は急いで周りを見渡すが、その姿を目に映す事ができない。

「何処に行きやがった!」

「……しまった!」

イクミが倒れている昂治に駆け寄ろうとした。
すると黒い波動のような物があたりに広がり、先ほどの黒霞鬼が現れる。
そして昂治の体を覆った。

「昂治さま!!」

イクミは飛躍し、昂治の身を鬼から引き離そうとしたのだが逆に
跳ね返されてしまった。

「ちっ!!」

舌打ちをし、祐希は刀を振り落ろす。
斬り付ける風はしかし、黒霞鬼に効き目がなかった。

(攻撃が効かない…、)

「…こうじさま!!!!!」

イクミが混乱の為か、通常とブラック化時とが混同している。
べとりと肉体が融けているのか、黒い液体が昂治の体に掛かっていく。
くぐもった声が上がり、ビクビクと昴治の身が震え出した。
祐希は駆け、刀を振り落とすが逆効果で黒い物体がどんどんと増えていく。

「くっ、」

祐希は顔を歪め、刀を構えた時である。
青ざめた昴治の顔はしかし、ゆっくりと瞳が開いていった。

「……触るな…下衆め、」

その昂治の声はドスの利いたものだった。
ぶわっと風が吹き、黒い液体もろとも吹き飛ばす。
昴治は地に降り立ち、そしてボトボトと落ちる黒い物体を拾い上げた。

「再生する気か?なら…これを使わせてもらうか、」

赤い光が昴治の手に灯り、そして左右へと腕を広げた。
すると黒い物体は黒皮の鞭のようになる。

「はは…なかなか使えそうだ!」

集まりだした黒い物体をその鞭で叩く。
徐々に物体は黒霞鬼へと形どってゆくのだが、それを昴治は切り裂くように叩いた。

バシンッ

風を切るように鞭が撓り、黒霞鬼へと鞭が伸びた。
大きな音をたて粉々に身が吹き飛ぶ。
物体はボトリと地につき、そしてジワジワと昇華するように消えていった。

「黒霞鬼の鞭……結構、撓りがいいな……、」

クツクツと笑い、立ち尽くしている祐希とイクミを昴治は見た。

「なぁ、イクミに祐希…オマエ達は何の為にいる?」

昴治は祐希とイクミに近づき、そして笑った。
普段の彼の物ではない笑みである。
鞭を振り、そしてそれは祐希の腕に絡まった。

「俺を鬼から守る為だろ?」

ぐいっと引き、祐希は地にねじ伏せられた。
表情を歪め顔を上げる祐希に笑みを浮かべながら、ズルズルと引き寄せる。

「解ってないのか?別に相葉昴治がどうなったっていいなら話は別だけどな、」

「今回は俺の所為で……」

「うるさい、イクミはすぐ気づいたからな…だが祐希は気づかなかっただろう?
しかも黒霞鬼の対処法を前、教えたばっかりだろ?」

足元まで引き寄せ、昴治は祐希を見下ろす。

「弟のクセに、使えないな!」

「!?」

ぐっと綺麗な祐希の顔を昴治は踏みつけた。
昴治ではない、蜜月がだ。

「いいさ、別に…俺は本当はどうなったっていい。」

「…昴治さま、やめてくださいです!!!」

「うるさい!!」

ぐぐっと昴治は祐希の顔を踏み、じりじりと地面に押し付けた。

「いいさ、今すぐにでも引き裂いてやろうか?相葉昂治を」

「こうっ……」

「やめろ!!」

声を上げたのは祐希だった。

「申し訳ございません、力に固執した俺の判断ミスでした。
怒りが収まるのでしたら、どうぞ思う存分お踏みください。」

普段の彼からは予想も出来ないほどに敬語を饒舌に話す。
それに昴治――蜜月は目を細め足をどけた。

「それでいい…その方が腹が括れるだろ?」

手から鞭を離すと、形どっていたそれはボトリと黒い物体に戻り、
地に融け消えた。祐希はゆっくりと見を起こす。

「な、祐希?」

「昴治…さま、」

イクミがおずおずと話す。
それに昴治は軽い笑みを零した。
昴治ではない昴治の笑顔はある意味鳥肌を立たせる。

「……オマエも虐めてほしいなら、今夜たくさん虐めてやるよ。」

クツクツと笑い、昴治は目を細めた。

「そう云えば、和泉こずえの所へ行くんだろ?」

「………こ…こうじサマは…どうした?」

「…相葉昂治か?…今日は返さないよ。罰だ。」

祐希に近づき、下肢に昴治は手を伸ばした。
スカート越しに触れ、昴治は揶揄うように相手を見る。

「相葉昂治に踏まれるのも…また趣向があって良かったか?」

「っ……」

気質の所為で睨みつける眼光になるが、すぐに弱まり苦虫を噛んだ表情となる。
それを昴治――蜜月は見下すように見た。

















(ここは…?)

暗い場所だった。
凍てつくと思われる場所は何故か心地が良いほど温かい。

(夢か?)

昴治は周りを見渡した。




好き…愛している…

だから

だから

私は消えよう
私という存在は消そう


(誰だ…?)

響く声は懐かしくも胸を締め付ける痛みを秘める。



私を救ってくれた人

私を見てくれる人

傍にいられるのなら
この身などいらない

想う魂だけあればいい



言葉たちは自分を包み、そして冷たく消える。





「そろそろ…見せようかな……」





身体は熱く疼きだす。
閉ざす花弁の中の甘美と陶酔の蜜。
それが太股を滴るのに昴治は慄いた。












(続)
疲れていた時、書いた感じですね。

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