…++Last monn++…

―Un son pour les connaitre―





夢か現か

青の光り

凍てつき月よ







その渇いた音と、凛とした声の響きは場を静かにさせる
のに十分な程だった。

「……」

手を払われたスフィクスである、こうじはただ見据える。
そんな態度にますます苛つくのを祐希は感じた。
その苛つきは拳を上げさす。

「相葉君!」

息を呑む音。
だがその上げられた拳はイクミに掴まれた。

「なーに、やってんですぅ?」

人の良い笑顔の下に、揺れる瞳は憂いに似た色だ。
拳を掴んだ手を払って、イクミを一睨みする。
相手にはまるっきり効果はない。
祐希は舌打ちをし、ブリッジを出ていった。

「……」

こうじはその後ろ姿を、
変わらず無垢な表情で見ていた。











艦内に広まる。
スフィクスが来た。
その者の名はこうじ。
青年。
ネーヤより人に近い言葉を話す。

そして

相葉祐希は
そのスフィクスを嫌っている。













「もー聞いたよ!」

髪が伸びた幼なじみの少女――あおいが話かけてきた。
通路に歩いていた祐希を引きとめ、彼女は云う。

「ダメでしょ!今日、初めて来たのよ?
優しく接してあげなきゃ、」

「別に、いいだろ…」

「もう、大人げない!」

じぃっと覗き込んでくるのは、あおいの癖だ。
祐希は身を少し引いて、目を伏せる。

――懐かしい?

あおいに説教されるのは、もう何度もある。
自分の短気な面などの所為で
前は色々な輩とケンカをよくしていた。
時は経って、
考えは子供から大人のモノになって
喧騒になる事は少なくなった。
そう成長したハズの精神が
もしかしたら成長などしていないのかもしれない。
ある時から、

ずっと何かが止まっている

絡まって

絡まって






…なに、してんだよ、祐希。








――え?

声が音が頭に響く。
けれど、それはどんな音だったかはすぐに消えた。
ひどく安心して
身に馴染む声。


痛いノ
見エテルノニ



黙ったままの祐希にあおいは息を吐いた。
腰に手を置いて、祐希を見上げる。

「ねぇ、話変わるけどさ。」

伏せた瞳を上げ、じっと相手を見た。
あおいは言葉を続ける。

「偶には、他の色の服着てみたら?」

服の色。
祐希の服は黒色だ。

「その色もあってるけど、たまには違う色もねっ、」

「関係ねぇだろ、」

「あるわよ!幼なじみなんだから!」

祐希は目を逸らした。
確かにあおいの云う通り、黒色の服ばかり着ている。
黒が好きなワケでもない。
だが普段着は黒系のモノばかり来ていた。
他の色の服もある。
けれど、

手にしているのは黒で

「お葬式でもないんだから、」

「……」

あおいの言葉が少し心を揺さぶる。
そして頭痛。
踵を返して、祐希はあおいから離れようとした。

「ちょっと、もう!まだ話終わってないわよ!」

その言葉を無視して祐希は去っていった。










例えばソレは嵐。
ふと浮かぶその心は何もかも壊したいと思わせる。
けれど、その嵐は起こらないモノだと想っていた。
内なる闘争心は、自分の位置を示す物。
それだけでは、位置を特定できないと知ったのは
いつだろうか?
祐希は通路の端に寄った。

「うっ……」

頭痛がする。
額に手を置き、目を瞑った。


「へぇ、中年くらいの大人ばっかなんだ?」

声が聞こえてきた。
それは時に自分を揶揄い、本心を当てる声。

「それじゃー、話相手とかいなかったしょ、」

「…話…あまりしないよ。」

祐希は辺りを見渡した。
声は通路の角を曲がった所の方から聞こえる。
イクミとこうじだ。

「こうじ君から話かけたりしないんですかー?」

「しないよ、」

身を潜めて、通路の角まで歩く。
伸びた影は、仲良く並んでいた。


ツキッ



胸が痛んだ。
そして怒りと苛つきが沸き起こった。

「ネーヤさんは話かけてくるんすよ。」

「ネーヤは話かけるの?」

「うん、話し掛けてくるよ。」

軽い調子のイクミの声と、落ち着いた調子の
どこか感情のないこうじの声が耳に入る。
今日来たばかりの話題のスフィクス。
どうやって、二人きりになれたのかが不思議だ。

ムカツク
ムカツク

触ルナ
喋ルナ

このまま駆け出し、二人の間に入って、
この見える影に自分の影も――。

祐希は目を顰めた。
どうしてそんな事を想うか解らない。

「さっきは吃驚したっしょ、
でも普段はあんな感じじゃないし…うーん、
どっちかって云うとクールな感じなんですよ。」

誰の話をしているのだろうか、
祐希は耳を疑わす。

「祐希クン、カルシウム不足かもねぇ。
嫌ったりしないであげてくださいっす。」

「しないよ…シナイ。」


トクトク


胸が高鳴った。
そしてよく解らない喜びに似た感情は
すぐに掻き消える。



「お話してみたい…よく知らないから、」




耳奥で、何か割れたような音がする。
体が後ずさり、苛立ちが沸き起こった。
そしてひどくなる頭痛。

ムカツク
痛イ

キライ
キライ
キライ

オマエナンカッ

額を押さえ、前を見て愕然とした。
見えている。
確かに見えている前は
真っ暗のような気がしたのだ。
何も見えなくなるほど
真っ暗になった気がした。













「痛イノ…残る想いはドウスルノ?」

















一日が過ぎる。
艦内はスフィクスの事で持ちきり。
いつにも増して賑やかな日だった。
やる事はあったのだが、
やり終えない内に祐希は自室に戻った。
そして着替えぬまま、ベットに寝転ぶ。

頭が痛かった。

そして

感情が溢れ差しそうだった。

祐希は目を瞑る。
そしてゆっくり息を吐いて、体の力を抜いた。


何も考えたくない


ヴァイタルガーダーのメンテで体は疲れている。
何も考えなければ眠れるだろう。
堅く閉じていた瞼はやがて力が弱まる。
祐希は眠った。
深い眠りについた。






「……」






散らかった祐希の部屋に人が入る。
深い眠りの祐希は起きない。
黒装束のスフィクスと
メタルパープル装束のスフィクス。
こうじはふわっと浮き上がり、祐希のベット脇に立った。

「ドウシテ?」

少女――ネーヤが問う。

「ドウシテ?ドウシテ…こうじ、」

こうじは応えない。
眠りについた祐希をじっと見つめている。









「俺は俺じゃないから、」












その瞳は強く儚い光り



その瞳は、
知る者がいない。
存在したという事実すら消えた




相葉昂治のモノだった。
























草原

暗い空は自分を覆う

浮かぶは

白い月

欠けて


また満ちた






「ドウシテ、消すノ?」






(続)
すぶたはこういう雰囲気が好きなんです。
多分、はい。
がふがふ……書きやすいって感じですか?

Un son pour les connaitre
訳:それを知る為の音


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