…++Last monn++…
―Siedender Schmerz der Brust―
月ではない
満月ではない
下弦の月ではない
赤い月ではない
ブリッジにはツヴァイのメンバーと
ヴァイタルガ―ダーチームが集まっていた。
彼らの視線の先には、政府の使者と黒装束のスフィクス
が立っている。
「君が、艦長かい?」
使者がユイリィに聞いた。
ユイリィは困ったように微笑み、首を左右に振った。
「私は副艦長です。艦長は……」
「ルクスン・北条です。今、少し席を外しています。」
横にいたヘイガーが云うと、
使者はスフィクスの肩に手を置いた。
「もう連絡はしてあると思いますが、この子が
我が山吹のイプロマーターのスフィクスです。」
肩を押され、スフィクスは前に出た。
微笑み、
「こうじです。」
そう名のった。
彼らが来た理由は2つあった。
1つはリヴァイス艦がたまたま、接近した事。
もう1つはイプロマーターが設備検査を行う為だった。
普通は、
検査を行う場合中枢となるスフィクスがかかせない。
だが、このスフィクスの場合は違うようだ。
整備検査を行う間、
スフィクスをこのリヴァイスに預けたい。
それが向こうの要求であった。
問題はない。
すぐに承諾し、今に至る。
「では宜しくお願いしますね。」
「はい、」
副艦長のセリフに使者は胸を撫で下ろし、
こうじを見た。
「じゃあ、ゆっくり休むんだよ。また忙しくなるから。」
こくんと頷き、微笑む。
使者は頷き、ブリッジにいる者たちに礼をした。
「それでは、慌しくて申し訳ない。」
そう言って、2,3云うと使者は足早に去っていった。
こうじはそれを見送り、
ブリッジにいる者たちに目を向けた。
「こうじ君よね?」
頷くこうじに、ユイリィは軽く笑みを浮かべる。
「私はユイリィ・バハナ。よろしく。」
そう云うとこうじは同じように笑みを浮かべた。
ユイリィに続くように、
周りの者たちが自己紹介をしていく。
和やかな雰囲気の中、
孤立でもするように祐希は端にいた。
腕を組んで、気だるそうにその光景を見ている。
「祐希、どうしたの?」
問い掛けてきたのはカレンだ。
長くなった髪を一まとめにしている。
落ち着いた印象の中、強い意志を感じさせる瞳は
昔のままだった。
「…別に、」
「自己紹介しといた方がいいんじゃない?
今ぐらいよ話できるの。
ブリッジ出たら、もう話できないわよ。」
カレンに祐希は瞳を向けた。
「他の人たちが、集まって…とてもじゃないけどね。
それにスフィクスは神出鬼没なんだから。」
「……」
腕を組むのをやめ、和やかな雰囲気へ
祐希は入っていった。
自己紹介を繰り広げている中、祐希は前に出る。
こうじを見るには目線を下げるしかない。
見下ろせば、相手は顔を見上げてきた。
痛い
喉の渇きを覚える。
体内に何かが芽生えて、
ふつふつと感情が揺さぶられるのを祐希は感じた。
苛立ちに似た
苦しさに似た
悲しみに似た
そんな感情。
瞳にまた熱が溜まるのに気づく。
無感情な顔になることで、その熱は引いていった。
ここでまた先ほどのように泣くワケにはいかない。
痛イヨ
何より、こんなに感情を揺さぶられるのは
気持ちが悪かった。
「えへへ、こうじ君だよね?俺、イクミです。
さっきはどうもv」
祐希の肩に手を置き、イクミがそう言った。
「…大丈夫?」
こうじはそう言って、手を伸ばしてきた。
ヤメテ
ヤメテヨ
痛イカラ
ヤメテ
リヴァイアスに乗艦している者の大半は
5年前の漂流時に乗っていた生徒たちだ。
やがて来る未来の為――
進められているヴァイア艦の研究と
スフィクスの解明。
いまだ第一歩といった所だ。
この5年間。
否
この3年間。
自分はどれだけ苦しんだだろう。
自分はどれだけ悲しんだだろう。
しかも、その理由が解らず
頭に響く音は自分を責めて
オマエノ所為ダ
オマエノ所為ダ
何が?
誰に聞いているのだろう。
誰が云っているのだろう。
オマエノ所為ダ
オマエガ護レナカッタカラ――
そのあと、
どこか穏やかな夢を見る。
いつも同じ夢。
夢だけは繰り返し続ける。
草原。
どこか知らない場所。
周りは薄暗い。
風は吹き、
あたたかく
自分を包んで
ひとりココにいる。
「大丈夫?」
見上げる瞳は青く、肌は白い。
伸びた左手が祐希の頬に触れようとした。
ワタシハ何モ救エナカッタ
ワタシハ声サエモ聞クコトガデキナカッタ
――スフィクスが、何で俺を心配する?
浮かぶ思いは黒く激しい嵐。
ヤメテ
モウ…嫌ダ
パシンッ
乾いた音がブリッジ内に響いた。
変わらぬ表情を見せるこうじに、
祐希は睨みつけた。
鋭く暗い光。
こうじの手を祐希は叩き払ったのだ。
静かになったブリッジ内で祐希は言葉を吐き出す。
「偽善者がっっ!!」
それは何故か懐かしい響きだった。
苦く辛い記憶の中にある音。
月ではない
真と偽り
永遠の月
真は渇くモノを潤わせ
偽りは永遠を誘う
この想いさえなければ
月よ
ああ、月よ
何故アナタは欠けた
赤い月よ
「痛いヨ、こうじ…」
(続)
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