+++葛姫+++
01:月の温和な夜明け
機械に似た夢が
溢れ出した
廃棄工場だろうか、背丈170以上ある青年が物陰に潜んでいた。
灰色の髪に黒の皮ジャン、皮ズボン。
胸のカードのようなアクセサリーの所為か妖しいのだが、
軽い雰囲気がある。
「あと30秒…」
ポツリと呟き、装着している暗視ゴーグルの微調整をする。
ベルトに取り付けてあるポーチから45mm口径ほどの
自動小型銃を取り出す。形はCZ75によく似ている。
胸元で構え、周りを見渡した。
「20秒、」
物陰から飛び出し、コンクリートの床を音を鳴らして走り出した。
「15秒…14…13…」
胸元で構えていた銃を横へ伸ばしながら向ける。
ドラム缶やら鉄材などが辺りの視界を狭めていた。
「12、」
走りながら青年は右の方に銃を撃つ。
乾いた音と共に暗闇から男の呻き声が聞こえた。
「11、10、9、8…」
ダダダダダッ
サブマシンガンか。
足元に数弾撃ちこまれる。
――MP5A5…射程は55くらいか
だが足元を捕われることなく、続けて左、右後方に1発づつ
撃つ先を見ることなく発砲していった。
そのまま走っていくと大きなガレージに近づく。
パシュ、バンッ、バンッ
周りの鉄材などに銃弾が当たる音がする。
ガレージの横にある暗証番号入力装置に素早く青年は番号を打ち込んだ。
「7、6、…」
ガレージがゆっくり開いていく。
ガタンッと重苦しい音と合わさるように何かのエンジン音がした。
青年は発砲すると、ちょうどガレージが自分の背丈より高くあがった。
遠くにネオンが見える外に黒のバイクが待機している。
バイクに乗っている青年はベルトなどの装飾のついた黒のコートに
軽くシルバーの入ったフルフェイスのヘルメットを着用していた。
やはり胸にカードのようなペンダントをしている。
ブルンッ、ブロロロ……
エンジンを吹かして工場から出てきた青年にライトを当てる。
「5……」
銃をガレージ内へ発砲しながら背中の方から手榴弾を取り出す。
ピンを口で取り、ガレージ内に投げ入れた。
そのままバイクの後ろに乗る。
「4、3、2、」
バイクは青年を乗せると、発進した。
「2、0…」
ドォォーーーーンッ!!
瞬く間に廃棄工場は炎の海と化した。
『――ニュースです。
昨夜未明、居住区A−32地点の三堂会社廃棄工場が炎上しました。
ベルトコンベアーによる接触発火が原因のようで――……』
ネオンが煌びやかな繁華街をバイクが突き抜ける。
暗視ゴーグルをしていた青年はそれを外し、髪を走る風にたなびかせていた。
青年の碧の瞳はちらちらと周りを光を反射する。
「あのさー…やっぱ俺って突撃系とかー攻撃系じゃないと思うんよ、」
「……」
「しかも何か予定より数十人多かったんだけど、」
「……年老いたか、」
バイクを運転している青年が言った。
ぶぅーっとその一言に頬を膨らます。
先ほど数十人の人間を殺してきたとは思えない態度だ。
「で、君の方は悠々と出来たわけね……」
「……」
「いいねー君は…って…ひぇえええーーーーーーーー!!!」
普通に走っていたのだが急にスピードを上げた。
ゆうに時速120キロは越している。
「す、すぴーどいはーーーーーーーんぅぅーーーー!!!!」
街行く人はその叫びを聞いたとか、聞かなかったとか。
この巨大都市はいくつかの居住区に分かれている。
政府が支配しているというのが表向きの話だ。
様々な派閥、グループ、財閥などが支配しているのが現状である。
その中の『ユグドラシル』という組織に二人の青年は所属していた。
正当なる依頼を何でもこなす事が二人の仕事であった。
たとえ
それが殺しであっても。
時速120キロは出しているバイクは普通なら事故を
起こすはずなのに、何も起こらず狭い路地を入っていく。
所謂、色街へ入っていき
白い壁の看板のない建物の前に円をかくように止まった。
「…うぐぅ……」
かなり後ろに乗っていた青年はヘロヘロになっている。
そんな相手を気にせず、運転していた方はエンジンを切り
ヘルメットを取った。
長めの黒髪に青い瞳。
灰色の方も綺麗な顔だちをしているが、こちらも別の綺麗さがあった。
「交通違反ですぅぅ……」
「……うるせぇ、」
「ああーーおっかえりーーvいくみぃーー!祐希くーん!!」
花柄のワンピースを着用し、茶色の髪を二つに縛った少女が
白い壁の建物から出てきた。
黒髪の方が祐希、灰色の髪の方がイクミという名らしい。
「あれ?イクミへろへろ…???」
「……暴走運転につき合わされちゃいましてね…」
「振り落とされなかったんだな、残念だ、」
「き、君ねーー!!」
「それより早くぅ!待ってるよ、みんな!」
「こずえさん、ちょいと待ってくださーーい、」
こずえと呼ばれた少女を追うように中へイクミは入った。
それを静かに見送りながら、祐希は飄々と中へ入っていく。
入るなり、蒼髪のショートカットの少女が腕を組んで立っていた。
「またスピード違反したの?」
「…あおい、」
祐希は目をパチパチさせながら彼女の名を呼んだ。
オレンジのキャミソールにハーフパンツ姿はよく似合っている。
「もうダメじゃないの!!」
「……」
祐希は俯き、そのまま何も言わず奥へと歩いて行く。
隙をつかれたあおいは体勢を直し、祐希の後を追った。
「ちょ、ちょっと最後まで聞きなさい!!」
『ユグドラシル』という組織に所属しているが、
それはいくつかに中組織に分解されていた。
云わば、ココは祐希とイクミたちの出動地、アジトである。
そしてココの総指揮をしているのが
「……もう深夜ニュースで取り上げられているわよ、」
微笑みが綺麗な少女だった。
年齢的に他の者と同じくらいなのだが、茶色の長い髪に
その秀麗な顔つきは落ち着きがあった。
軽いスーツ姿の彼女は広めの部屋のデスクに片腕を置いていた。
大きめのイスはいかにもボスという感じである。
「いやーでも上手くやったっしょ?ファイナさん、」
イクミはその総指揮官の名を言った。
ふふっと微笑し、遅れて入ってきた祐希とあおいを見る。
「あら?ケンカしているの、仲がいいのね。」
「え、ええ?そんなんじゃないです!」
あおいは両手を振って否定し、祐希はそっぽを向く。
そんな動作にクミとこずえは見あって、二人を見合った。
「あおいちゃん、顔真っ赤ーv」
「らびゅらびゅですかー?」
「ちょ、ちょっと揶揄わないでよ!!」
「「あおい先生らびゅらびゅー♪祐希センセらびゅらびゅー♪」」
イクミとこずえが揃って口ずさんだ。
真っ赤になるあおいがそれを止めようとする。
それでも止めない二人に黙っていた祐希も不機嫌そうな顔を向けた。
無論、頬はほんのり赤い。
少々そんな時間が過ぎるが、
「お話はそれくらいにして、席に座ってくれないかしら?」
そのファイナの一言に4人はデスクの前に並べられた
ソファーと2つの木のイスにそれぞれ座った。
どうやら固定位置があるようである。
ソファーにあおいとこずえ、木のイスに祐希とイクミ。
イクミは背もたれを逆にし、それに両腕を置いて跨るように座った。
「ご苦労様、ちょっと弾丸を使い過ぎたようだけど合格よ、」
「あーそれはね、攻撃系じゃない俺を前線に置いたからっすよ。」
「ふふ…それで祐希君、例のデスクは取ってこれた?」
祐希はポケットからMOデスクを取り出し、ファイナに投げ渡した。
それをファイナは受け取り、デスク上のコンピューターに差し込む。
「成功のようね、それぞれの口座にお金が入るわ。
それで早速だけど、次の依頼よ。」
「えーー、もう?早くない??」
不満を言ったのはこずえだった。
あおいはこずえを宥めながらファイナを見る。
「私も少し早いと思う、」
「そうね、でも今回の依頼と連鎖しているの。
続けてした方が確実だし、機会が一回しかないわ。」
「うみゅー、やっぱ破壊せよですか??」
「違うわ、」
イクミの質問にファイナは微笑みながら云った。
そして何やら書類を取り出し、4人に渡す。
4人はそれに目を通した。
「見てのとおり、あるトランクケースを奪還して欲しい。
これが今回の依頼。
組織『アルフヘルム』から協定を結んでいる『スワンタルフ』が
長年かけて開発したメインコンピュータープログラムを
紛失したと見せかけ盗んだ事が発覚。
察しがつくと思うけれど、それがトランクケースに入ってるわ。」
「プログラムが??トランクケースに???」
イクミが首を傾げる。
目を少し顰めて祐希はファイナを見た。
「大きすぎねぇか?」
「ええ、カモフラージュしてあるのよ。
ちょうど明日の会議に『スワンタルフ』は
総指揮者の持ち物としてそのトランクケースを持ち出す。
そこを狙い、奪還するの。分かったかしら?」
「…あの、この写真は?」
あおいが渡された資料に挿んであった写真を何かと聞く。
髪をかきわけ、ファイナは同じ写真を手に持った。
紺の襟付きワンピースに白い帽子を深めに被った少女の姿が映っている。
「はにゃー…なかなか可愛いですv」
「いくみぃーーーー、」
「にゃぁー、こずえさん恐いですー、」
「その写真に写っているのは『アルフタルフ』の総指揮官の
愛娘、マリア…通称『葛姫』。」
こずえに苦笑いを向けていたイクミがファイナの方を見る。
「あのー『葛姫』って???」
「肌が皓く透り、まるで葛のようだ……そう指揮官が云ったの。
それで『葛姫』と呼ばれるようになったらしいわ。
この『葛姫』が盗んだらしいの、もし会ったら気をつけて。」
視界は真っ暗だった
「ここはどこ」
耳に響く声は何故か心地よい
「どうしてココにいるんだろう」
ふわりと何かが包んだ
「はやく……目覚めさせて」
「「!?」」
ガバッと祐希とイクミは起き上がった。
さらりと素肌に布団が滑り、互いにゆっくりと相手を見る。
「…あややーーん…また同じ夢見たですか?」
「…らしいな……」
祐希は髪をかきわけ、目を細めた。
少し散らかった部屋はけれど殺風景にも見える。
格子の濁った窓硝子からは外からのネオンが注ぎ込んでいた。
「最近多いですねぇー…」
胸のカードに似たペンダントをイクミはちらつかせながら持つ。
そして隣りの祐希に顔を向けた。
「うーん、"やりすぎ"…ですかね、やっぱ。」
「アホか、アンタ。」
「アホ?アホはないっしょ、よくしてあげてんのにぃ。」
ばふっ
手元にあった枕を祐希がイクミにぶつける。
そのまま横腹を蹴り、ベッドから落そうとした。
「のぉーーー!床はよしてーー、」
「キモチワリィ声出すんじゃねぇよ、」
「よしてくれたまえ、祐希クン、」
「……死ね、」
ベッドからが落しはしなかったが、祐希はイクミの頭を思いっきし叩いた。
きゅーっとイクミは布団に沈む。
「暴力反対、暴力反対ー」
うらめしそうにイクミは云った。
『ミッションは至極簡単。
車は午前7時に居住区D−201を通過するわ。
道が蜘蛛の巣状に広がっている……上手く逃走経路に使って、
その車を襲う――バックナンバーは40−92。』
「と、まぁ簡単に言いますわなー、ファイナはー。」
翌日。
黒の皮ジャンを来たイクミがバイクゴーグルをしながら云った。
バイクのエンジンをかけている祐希は黒コートを着用していて、
ヘルメットを被っていた。
「時間は30秒、過ぎたら見捨てていく。」
「うぇーー30秒ですかー???いやん!短すぎ!」
「それくらいが限度だろ、」
涼しい声で言う祐希にイクミはため息をつく。
「人事だと思ってさー最悪って感じ?」
「通信入ったぜ、」
「みょ?」
祐希が投げ渡した携帯を受け取る。
『いくみぃ??』
すぐに耳を寄せればこずえの声が聞こえてきた。
イクミは返事をし、皮手袋をはめはじめる。
『えっとね、今からするから…よろしくねv』
「了解っす。」
ピッと携帯を切り、祐希に投げ返した。
そしてバイクの後ろに乗り、祐希の肩に手を置く。
ドオォォー−ンッ
大きな爆発の音のような物がし、後方の方で白い煙がビル沿いにあがる。
それを合図に祐希はバイクを走らせた。
過ぎ去る警察の車を見ながら、イクミは周りを見渡した。
朝で通勤の時間なのだが、大通りの割りにココは車の通りが少ない。
バイクの横を車が通り過ぎる。
「にゃ!40−92っすよー!!」
「30秒だぜ、」
「ふあーーい、」
祐希はバイクのスピードを上げ、走る車に寄る。
サイドミラー、バックミラーに映らない“死角”の位置までくると
スピードを車とあわせた。
「ではー、いきまっせー!!」
イクミはバイクの上に立ち、そしてそのまま跳躍する。
地面に落ちる事なく、車の屋根に飛び乗った形となった。
走るスピードに髪がたなびく。
しなやかに身体のバネをきかせて、後部左側の窓を足で
蹴り割りながら中に入った。後ろに乗っていたらしい体格のいい男も
一緒に蹴る。簡単にイクミは行動を起こしているが、車のスピードを考えると
尋常ではない。
「な、何者だ!!」
「……」
にっと笑い、助手席の男を左手で首根を掴み、右側に座っていた男を足で蹴る。
蹴られた男は顔に血を出しながら気を失う。
同時に助手席の男の首のある部分をぐいっと曲げる。
するとカクっという感じで気を失った。
「死ね!!」
運転席の男が銃を向け発砲した。
だが簡単にイクミは避け、その銃を持つ手を握った。
「危ないっしょ…ちょいとごめんねー、」
「ぎゃああーーーー!!!」
ゴキゴキとその手を片手でへし折る。
車内は運転手の負傷により、大きく揺れる。
手を伸ばし、運転手の額に手をあて思いっきり頭部を座席にぶつけた。
簡単に運転手も気を失う。
揺れが激しくなり、イクミの身体も安定をなくしていく。
周りを見まわし、トランクケースを見つける。
その取っ手を持ち、前のハンドルを取った。
「あと10秒でしょうかねぇー、」
くいっとハンドルを切り、道路の端を走らせる。
サイドミラーの祐希の乗ったバイクが映った。
左側の席を開け、乗っている全員にシートベルトを着用してやる。
トランクケースを持ち、そのまま路上にイクミは飛び出した。
祐希のバイクの後部座席にイクミは着地する。
身体をよたつかせて、ポスンと座った。
「30秒、ぴったりだったしょ?」
「31秒…1秒遅れ、」
「いやんv」
車はそのまま電柱に衝突する。
炎上はしていないものの、車体からは煙が上がっていた。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
イクミは持っているトランクケースを祐希と自分の間に置く。
「ゲロ吐くじゃねぇぞ、」
「お手柔らかにぃーーー、」
バイクは加速し、スピードを上げた。
そして横に小さな路地に入る。
響くサイレンは四方八方から聞こえてきた。
「うぅーーーげろげろー……」
白い建物にバイクが着いたとたん、イクミは気持ち悪そうな顔をした。
二人の服装は黒い服からTシャツとジーパンと軽い服装になっていた。
追跡をまく為である。
「あのぉーー早すぎ…200キロ近く出してたんじゃー……」
「こんな狭い所でそんなに出さねぇよ、」
ヘルメットを取り、バイクのエンジンを切る。
祐希は降り、まだ後ろに座ったままのイクミを見た。
「何してやがんだ、早くしろ、」
「はうあーー…君さー…まぁいいけど、」
バイクから降り、イクミはトランクケースを持った。
歩き出そうとするのだが、足が少しふらつく。
祐希は目を顰めた。
「何やってんだよ、」
「いや…これ中々重いっすよ、コンピュタープログラムっしょ?
こんなに重いもんかねぇ……、」
腕に力をこめ、イクミは歩き出した。
先に祐希が中に入り、続けてイクミが入った。
「おかえりーー!」
「もう、遅かったじゃない。追跡不能にする為にノイズ出してたんだから、」
花柄のワンピースを着たこずえと花柄の刺繍がされているキャミソールに
膝丈のスカートを着用しているあおいが出迎えた。
重そうにトランクケースを持ったイクミにこずえが心配そうに近寄る。
「大丈夫?」
「うーん、重いだけっす。」
「重いのぉ??」
こずえはイクミの持つトランクケースを見た。
「あ、何か字が書いてある……ヘカテ…??」
「何ですか、それ?」
「だって書いてあるんだもん、ローマ字で…あとは…ユール…
んーっと……ヘカテ・ユール・葛姫だって、」
「葛姫???」
イクミがこずえが呼んだらしい所を見ようとする。
ちょうど側面で誤ってイクミはトランクケースを床に落した。
ダンッ
「はにゃ!?」
「おい、何やってやがんだ!!」
「ちょっと!!!」
祐希とあおいが批判する。
イクミは苦笑いをしながらトランクケースを持とうとした。
「あ…」
ぽつりとこずえが呟く。
閉まっていたトランクケースの蓋が開き、青みのかかった煙が湧き出る。
「や!なに!!」
「おい!!」
祐希が寄り、こずえはあおいがいる場所まで下がった。
祐希とイクミは警戒しながら中身を見る。
煙が消え、中身が鮮明に映った。
「「っ!?」」
「な、何入ってたの!!」
あおいが中身を聞く。
絶句とでも云おうか、祐希とイクミは疑うように中身を見ていた。
トランクケースの中には
小さく身体を縮みこませた人が入っていた。
茶色の髪に裸体は皓く――…
螺子が途切れ
カチカチと廻すは
命の輪
(続)
|