**神の花嫁**

15:アナタだけを想う















ここに誓う

ワタシはアナタを愛し続ける事を

ココに誓おう



















轟音と共に、窓硝子が割れ、垂直に飛ぶ。
昴治は手を横に軽く翳すと、破片は何かの結界で弾かれるように
一つも昴治には当たらなかった。

「…成長した“使者”が来ているようだが、」

「ええ、でもまだアナタが出る幕ではありません。
解っているでしょう?アナタ自身も。」

「……なら守れ!身も心も全部!!!」

昴治の声は廊下に響いた。
だが目の前のヘイガーは感情を起伏させたりはしなかった。

「アナタの私情を挟まないで頂きたい、」

「っ!?」

ギリッと昴治は奥歯を鳴らした。


















痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い
恐い、痛い、痛いよ、死、死、痛い

痛い

死ね





死ぬの?







死にません、まだ…まだ死ぬわけにはいかない






「っあ、ぐぅぅーーー…あ、ああーーー!!!」

イクミの瞳が宙を彷徨う。
祐希は静かに笑みを零しながら傷口に手を押し付けた。
その手には淡い青の光。
じわじわと赤黒い血が広がっていく。

「…アンタは……」

「くぅぅ…、あ、あ…、」

傷口に当てられている手をイクミは掴み、
引き離そうとした時だ。

フォォォォーー……

全身に何か温かいモノが駆け巡った。
すると途端に激痛が消えていく。

「…う…う……え……」

引き離そうとするイクミの手を払い、祐希は手を強く押し付けた。

――傷が……

痛みは消え、その傷口辺りからドクドクと脈打ちを感じられた。

「……アンタは死なない運命なんだな、」

「……ほえ…、」

手が離れ、青い光が消える。
貫かれた所はただ制服に穴が開き、赤いシミができているだけ。
そこから覗く肌は何一つ傷は残っていなかった。

「…あ…れ?あれれ??」

離れた祐希を見て、傷があった左胸辺りをペチペチと触る。
傷がなくなっている。
血も滲み出ていない。
治癒されたというより、再生されたようだった。

「あ…え?えええ????」

「…良かったな、死ななくて。」

棒読みで云う祐希にイクミは混乱している頭を整理する。
傷があた場所を撫で、そして相手を見た。

「あの…えっと、ありがとございますです。」

「……」

相手は目を細める。

「凄いっすね、その…力って言っていいんでしょうかー。」

「凄くなんかねぇよ。」

ぎっと睨みそして祐希は俯いた。
そのままポツポツと言葉を零す。

「誰でも治せるワケじゃねぇ……死ぬ場合もある。」

「でも俺は助かった。ありがと。」

イクミの言葉に祐希は顔を上げ、瞳を揺らした。

「祐希?」

首を傾げるイクミに祐希は目を顰め俯いた。

「兄貴と同じ事云うじゃねぇよ……、」

「ほえ?」

「……なんでもねぇ、」

プイッと横を向き祐希は目を伏せた。
イクミは何か言おうとした時だった。
急に視界がゆらりと揺れ、変わる。




パシンッ


危ない!!!

少女の声が響き



伸びるは黒き鬼の手




引き裂く




己と
青き光、相葉祐希を






「っ、」

「おい、」

「……来る…来る、」

イクミは祐希の腕を掴み走り出した。

「おい!」

「来る…気持ち悪い感覚……後ろから、」

「後ろ?」

祐希はイクミに引かれながら後ろを見た。
変わりない廊下だったのだが、
ズルっと音がし、異様な姿をした者が急に現れた。
立ち止まったその者はグンッとこちらに近づいてくる。

「……」

「左からも来る…、」

「…アンタ、死にたくねぇのか?」

「そうですよ、でも君も殺させはしない。」

「…俺は…」

ポツリと呟き祐希は横を向く。
窓がガタガタと揺れていた。

ガシャアァァァーーーンッ

大きな音を立て廊下の窓が一斉に割れる。
破片はイクミと祐希を引き裂くかのように降り注いだ。
















昴治が口を開く。
するとまた轟音が響いた。

「……また成長したみたいだな。
他のヤツらは闘っているのか?」

「はい、そう命を下しております。」

「なら、どうしてこの轟音は止まない?
この感覚を蝕す悲鳴たちは途絶えないんだ?」

「アナタと他のナイトを一緒にしないでください。」

「そう云うなら、俺は行く!
傍観するつもりも、君主になるつもりもない!!!」

声は力となり、ヘイガーを一歩退かす。

「昴治!!」

「邪魔をするな!!!」

そのまま昴治は駆け出した。
止めようとするヘイガーを瞳を向けるだけで吹き飛ばす。
バタンッと壁に打ち付けられ、顔を顰め駆けていく昴治の後ろ姿を見た。

「…愚行…ですね、」

そうヘイガーは呟き、ふらりと立ち上がった。














風が通り抜け、駆け出した昴治は横に瞳を向ける。
タンッと音がし、共に走り出したのはブルーとファイナだった。

「ブルー…東校舎の結界辺りに行ってくれ。」

「…わかった、」

現れた時と同じようにすっとブルーは消える。
茶色の髪を揺らし走るファイナに昴治は寄った。

「身体は大丈夫か?」

「ええ、補給したばかりだから。」

「……、」

走りながら昴治はファイナの腰に腕を回す。
そのままふわりと抱え上げた。

「こう……ん、」

そして昴治はファイナに口づける。
角度を変え口づけは深くなった。
こくんっとファイナの咽喉が鳴ると昴治は唇を離し、頬に触れて
ファイナを見る。
茶色の髪は揺れ、全身に淡い光が燈った。

「…悪い、」

「いいえ、私にとっては嬉しい事よ。」

「それでも…」

ファイナは笑みを零しながら左右に首を振った。
そっと地に下ろし、そして走るスピードを上げる。

「結界の辺りからの抜け出した者が共鳴しているわ。」

「ああ……早速来たみたいだな。俺が先手を行く、援護を頼む。」

「期待以上に援護させて貰うわ。」

轟音が響き、廊下に緑の液体が川の如く襲いかかってきた。
昴治はファイナを後ろにやり、両手を横に振った。
水系の音がし、緑の液体は弾き飛ばされる。

「邪魔だ、下郎ども!!」

そのまま手を前へ突き出すと、残りの緑の液体も弾けとんだ。
だがその後を続くように紫の光沢のある虫のような生物が群れをなし
襲いかかってくる。昴治は怯む事なく前へ進んだ。












降り注ぐ硝子の破片はイクミや祐希を切り裂く。
じわりと血が滲む前に祐希がイクミの全身へと青い光を燈した。
すると切り傷はたちまちに消える。

「にゃ…どうもです。」

「手、離せよ。自分で走れる。」

「あはは、」

イクミは手を離すと、祐希は共に走り出した。

「屋上にでも行くのか?」

「…行かないといけないような気がしまして、」

祐希は目を伏せ後ろを見やる。
身体が半分とけかかったような黒い人物がゾロゾロと追いかけていた。

「……、」

階段を駆け上り屋上へ辿りつく。
バタリとドアを閉めると嘘のように追いかけてきた者たちが入ってこなかった。
突き破られるかと思われたのだが、カリカリとドアを掻くだけである。

「…暫くはホラー関係パスですね……、」

イクミは息を整え周りを見渡した。

「逃げ道を無くしただけじゃねぇか?」

「でも…上じゃないとダメだって声が頭に響く。」

「予知かよ。」

屋上の入り口を見、そしてイクミを見た。
イクミは襟首を引きながら周りを見渡す。

「解らない、わからないけど…そういう映像が……、」

「……何だそれ。」

「へへ…君のそういう誰にでも変わらない態度好きよ。」

祐希は目を細めただけで何も言わなかった。

「助けを呼ぶにも……どうしましょうかね……」

ふとイクミは上を見上げた。
澱むような雲空に一瞬何かが煌く。







切り裂かれる










「っ!?」

イクミは慌てて祐希の方へ手を伸ばした。

バアァァァーーーーンッ

閃光が広がる。
大きな轟音と爆風が起こり、そのまま吹き飛ばされた。
屋上の手すりが吹き飛び、重力に沿いイクミと祐希の身は下へ落ちる。
だが、瞬時にイクミは端を掴み、祐希の手を掴んだ。

「…くっ……、」

端を掴む手は白く染まり、祐希の手を掴んでいる手は震えている。
持ち上げようとするが、支えている手が滑り落ちそうになった。
ここは屋上。
下に見えるのは無機質なコンクリートだ。
落ちたら即死だろう。

――何とか持ち上げて―

イクミは思考を巡らし、そして感覚を研ぎ澄ます。
だが映像は映らず、ただ閃光が明滅するだけだった。

――この役立たずな力めっ……

自分自身を罵り、腕に力を入れようとした。

「俺の手を離せよ、そうすればアンタは助かるぜ。」

「…何言ってるですか、イクミ君をバカにしないでくれません?」

敢えて揶揄うような口調でイクミは返した。
見捨てる気は毛頭ない。

「アンタは死にたくないんだろ?俺は死にたいんだ、」

「現実逃避ですか?甘ちゃんが考える事…ですよ、」

パキッと端を掴んでいる手から音がした。
イクミは祐希から目を逸らし顔を歪めた。

――爪が折れたか、

「俺は…探した。一年間ずっと探してみた…けど変わるモノは
一つも見つからなかった…、」

「喋ってないで、俺の手をちゃんと握ってくれませんか?」

「……見つからなくて当然だ……俺の世界はソイツでほとんど形成されてた。」

イクミは痛みに歪む顔を余裕のある表情に変え、祐希に顔を向けた。
相手の表情にイクミは鳥肌が立つ。
それは一度だけ見た事のある表情。

死を望んだ…あの姉と同じ……

「もういいだろ?もう…許されるだろ?
アイツがいない世界なんて俺はいらない…欲しくない……、」

どうして私達は……

「うるさい!!」

イクミは怒鳴った。
過去の記憶が身を闇へと犯すように思える。
冷めた表情の祐希は揺らぐ身のまま下に目を向けた。

「これは…自殺じゃない……やっと…俺は会える…、」

「死んで死んだヤツに会えるとでも思ってるんすか?
そんな事できるワケないっしょ!!!
そうだったら、俺だってとうの昔に死んでますよ!!!」

「でも兄貴はココにいない。」

青の双眸が煌いた。

「アンタだろ…俺の中に入ってくるのは……
誰にもこれは渡さない…渡すもんか。」

「何言って……う、わっ!!」

ズルっと下へ少し落ちた。
指先は爪が折れた所為で痛みがじわじわと滲んでくる。
その唯一、自身と祐希を支えている手に別の感覚が広がった。

「くぅっ!?」

言葉も通じないだろう異形の者。
人の身体が腐蝕したような躯を持つその者は爪が折れ、
血が滲む手を踏んだ。

「離せ!!!アンタは死にたくないんだろ!!!」

「離しません!!!」

「俺は兄貴に会いたいんだ!!」

「死んでも会えないって言ってるだろ!!!
第一、君の“兄さん”って……、」

そう呟くと祐希の瞳が揺れた。

「交通事故で死んだ……俺の所為で……。」

祐希は開いている手を挙げ、イクミに掴まれている手に添える。

「名前は相葉…相葉昂治……、」

「…え……、」



パシ、パシンッ

目の前が明滅する。













光に満ちた視界はすぐに元に戻る。

――え?



「…好きだよ……」

目の前には祐希ではなく、昴治が立っていた。
頬をほんのり赤く染め、誰かを見つめている。

――昴治?

「……好きだよ…愛してる……」

昴治はゆっくりと微笑んだ。

「愛してるよ……祐希…、」











パシ、パシンッ










「こう…じ…って……。」

視界は元に戻る。
咽喉が枯れたように言葉が出てこない。

「……」

祐希を掴み支えている手に、祐希の片手が包むように触れた。
すると淡い青の光が燈る。
そしてゆっくりと祐希は微笑んだ。
初めてみるであろう相手の微笑み。

「っ!!」

イクミの手を齧り、痛みに手が緩む。
当然のように祐希の手は離れ、重力に従い祐希は落ちていく。

「…ゆ…ゆう…っ!!」

イクミの咽喉がひゅっと鳴る。
相手を支えていた手は宙を掻いた。

バシィィーーーンッ

何か弾く音がし、白い光が閃光となって広がる。
手の痛みがなくなり目の前に白い羽が舞う。

――天……使…?

「祐希ーーーーーーーーーーっ!!!!!」

聞き覚えのある声が響き、そして目の前を白い翼が通り過ぎた。
その白い翼を持つ者は落ちる祐希を抱え、そしてイクミの元へ戻ってくる。
混乱しているイクミも抱え上へと上昇した。

――誰…?

抱える腕は温かく、覚えるのあるもの。

「……」

ゆっくりと顔を上げれば青い瞳が映った。
目をパチパチさせているイクミに相手は微笑む。
ばさりとはばたき、イクミと祐希をゆっくりと屋上に下ろした。

「…こお…じ?」

掠れているイクミの声は相手に届いたようだ。
頷き、驚愕で震えている祐希をイクミへ押し渡す。

「祐希を…頼む……、」

茶色の髪、青の双眸。
愛くるしい顔はまさしく昴治だった。
紺の制服に背から生える純白の翼は姿にあっている。

「…あ…兄貴!!!」

イクミに身を預けさせられた祐希は声を上げた。
その声にも頷き、そして微笑む。

「すぐ…終わるから、ココでじっとしててくれ。」

表情は凛々しいモノとなり、そしてイクミと祐希を地に残し
上へと飛び立った。

「ファイナ、行くぞ。」

「ええ、」

昴治と共に茶髪を揺らすファイナも翼はないが上へと上昇した。





空は澱み、宙には昴治とファイナ、そして先ほどイクミの手を
踏んでいた異形の者がいた。








イクミと祐希の元には純白の羽根が舞い落ちる。
























そして愚かにも愛してしまうのだ

綺麗な魂に














(続)
羽、好きです。
純白も漆黒も骨も、蝙蝠翼も。
こう皮膚を突き破って、めきめきっと生えるのが好き(←危険人物っぽい)。
落ち着いたら、続きを書きたいと思っております。

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