**神の花嫁**
14:苦悩するはマリア
我が欲しいのは
アナタの肉塊
そして魂
さぁ、おくれ…
望む愛を捧げようぞ
「大丈夫か?」
「え?あはは、大丈夫ですよー。」
化学室にある水道で昴治は顔を洗い、
そして振り返りながら聞いてきた。
イクミは苦笑を浮かべながら、そう返す。
「何というか…前もこんな事あったりしましたし、」
「前?」
昴治を抱き寄せ、逆に昴治にイクミは抱きしめられた。
「そう云えば…その時はいつの間に普通に戻ってたんでしょね、」
「……平気か?」
「何が…ですか?」
「もし嫌なら…俺はオマエを助けてやるよ?」
イクミは昴治に抱きしめられながらその言葉の意味を探す。
けれど自分の中には答えがなかった。
「十分、助けてもらってますです…」
「そうか?…俺はオマエを裏切ってるかもしれないんだぞ?」
「……そうだとしても…いい…」
イクミの身を少し離し、今度は昴治がイクミの胸へ頬を寄せた。
「もし…もし、オマエに先に出会ってたら……」
「え?」
頬を寄せながら昴治は笑みを浮かべる。
それは少し自らを責め立てているようにも見えた。
「いや…同じだな。」
「昴治?」
「……俺はイクミが好きだ。これだけは本当だ、」
昴治は身を離して、そしてまた微笑んだ。
応えようとしたのだが、昴治はイクミを見据えてそれを阻止する。
応えてはいけないと。
「そろそろ…戻った方が宜しいでしょうかねぇ。」
「……そう、だな。」
化学室を二人で出て、軽く会話を交わす。
「大丈夫か?本当に、」
「はいー、大丈夫っす。」
昴治は目を伏せてそしてイクミを見つめた。
チリンと音がした。
何だろうと思えば、ポケットの中に前昴治から貰った鈴が入っている。
いつも入れているのに、忘れてしまいそうな位同化している気がした。
それはあまり音が鳴らない所為なのかもしれない。
「…そうだ、前洗濯したときにさ。」
「はい?」
「石みたいの入ってたんだけど、ごめんな…排水溝に流しちゃって。」
「え?ああ…平気っすよ…つーか、元々俺のじゃないというか。」
「そっか、じゃあ……またな。」
昴治はそっとイクミの頬にキスをして微笑む。
その笑みは気恥ずかしさが混じっていた。
「また…です、」
遅れて呆けたようなイクミの声を聞き、そして昴治は歩き去っていく。
後ろ姿が見えなくなるまで見送り、イクミは息を吐いた。
――なんか…めろめろ……ですね、自分……
ポケットの中から鈴を出す。
ちりんと鳴るそれは胸を締め付けた。
「……何か用か?」
昴治は振り返らずに言った。
後ろにはいつの間にかヘイガーが姿を見せている。
同じ羽根のタックピンをつけているが、やはり形容は違かかった。
「ええ、尾瀬イクミから魂珠を取りましたから。」
「……それならココにある、」
「まだ時間はあるように思えましたが、」
「十分結果は出た、」
振り返り、昴治は物を投げ渡した。
それはイクミは数日持っていた宝石だった。
だが色はダイヤのように透ったモノになっている。
「素晴らしい…、」
「……、」
目を伏せ、歩き出そうとした時だ。
昴治はバッとふりかえり辺りを見渡す。
「来る!」
「……尾瀬イクミに所へ行くのですか?」
「…気づかないのか!!これは…大きいっ」
昴治が声を張り上げた時と、辺りが大きな音を立て揺れ出したのは
ほぼ同時だった。
教室へ歩いていたイクミは振り返った。
誰かに見られているような気がしたからである。
後頭部にむず痒い感覚はあまり良いものではない。
「誰ですか?」
そう声を出すと、
パシンッ
意識が別の所へ飛ぶ。
「死んだ、死んだよ」
「死にたくない」
「俺が殺したんだ、」
「死にたくない、」
――また…また流れ込んでくる……勝手にっ
イクミは思考を止めようとするが、流れ込んできたその記憶は
ほんの先の未来を示す。
人が急に現れて、
「神の花嫁、」
パシンッ
「っ!?」
意識が現視界に戻ると、
前が揺らぎそして何もない所から人が現れた。
小柄な緑髪の少女と赤髪の女、そして体格の良い男。
「へぇ、これが神の花嫁、」
緑髪の少女は笑い、
「確かに綺麗ねぇ、」
赤髪の女は唇を笑みに歪め、
「そうだなぁー確かに、」
そして男も笑みを浮かべた。
イクミはその三人を眺め目を顰める。
胸に羽のタックピンをしている所から、西校舎の生徒だろう。
「……」
男がへへっと笑い、イクミに近づく。
安心していい物かと思索している時だ。
チリンッ
鈴が鳴った。
ポケットの中に入っている昴治から貰った鈴がだ。
それが何とはなしにイクミに警戒心を浮かばせる。
危険、
危険だ
「ちょっと来てくれねぇ……っ」
パシンッ
伸ばされた手をイクミは払っていた。
男が怪訝に顔を歪める。
「あはは、フー、拒否されてるー!」
「うるせぇ、ミシェル!おいクリフ、そいつを黙らせろ。」
「ちょっと難しいかも、」
男の名はフー、緑髪はミシェル、赤髪はクリフという名らしい。
イクミは後ずさり、周りを見渡した。
この前の者もそうだが、他に本能を触発するような
嫌な感覚が付きまとっていた。
チリンッ
鈴が鳴る。
――横からか!!
そう気づいた時、
ガシャァァァーーンッ!!!
一斉に窓硝子が割れた。
それは肌を切りつけ、行動を鈍らせる。
「我が…花嫁……迎エ…迎エニ、」
「っ!?」
そして黒い無数の触手が割れた窓硝子の所から沸くように出てくる。
それは一気にイクミの左胸の方を貫く。
逃げて
逃げて…
誰かの声が響き、イクミは貫く得体の知れない物体を引き抜く。
そしてそのまま駆け出した。
「あ、ちょっと!!!」
「やだ、こんなのと勝負すんのーーー、」
「まったくだ、」
廊下が静かになる。
イクミは左胸辺りを押さえ、地に膝をついた。
「痛い……っすねぇ……」
呼気も少し乱れている。
べとりとした手の感触は大量に血が流れているのを思わせた。
「保健室…行かなきゃ……ですね……」
だが激痛が身体に広がり、膝をついたままの体勢から再び身体を
立たせる事ができない。
ひゅっ、ひゅっと鳴る咽喉を震わせながら前を見れば、誰かが歩いてくる。
それは見慣れたばかりの人物だった。
「……」
イクミに気づいた相手は近寄り、そして見下ろした。
「……何でそんな事になってんだ、」
「…あはは……相葉の祐希クン……第一声はそれっすか?」
ぼとり、ぼとりと床に血が滴る。
痛みに顔を歪めつつもイクミは言った。
「死ぬのか?」
「……死ぬ?俺がですか??」
「ああ、アンタ死ぬぜ……血が黒い、心臓あたりの血管やられてる、」
目を細めて祐希は静かに云う。
イクミは唇に笑みを浮かべた。
「死にません……死にませんよ、約束しました…です、」
「手遅れだな、もう……アンタは死ぬ。」
「……死にません…です……だって……こんな死に方…
望んでません……姉さん…姉さん……の分も…生き…
生き……っ、げほ、ごほっがは、かはっ!!」
咳き込み、そして口から血がごぽっと出てきた。
そんなイクミを見ながら祐希は膝をつき、じっと見る。
感情のないように見えた表情はしかし、瞳が揺れていた。
「それでも、間に合わない。待ってるのは死だぜ。」
「……げほっ……死にません、死なないんです…、」
「……」
祐希が目を伏せた。
そしてゆっくりと手を上げる。
――え?
その手に淡い青い光が燈った。
手はイクミの左胸の方を翳し、そして傷の場所をイクミの手の上から押さえる。
より一層に手に燈る光が増す。
「っく……あ、あああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
イクミは目を見開き、そして悲鳴をあげた。
それに祐希は密かに笑みを浮かべる。
それは熱く
それはただ穢れのない
使ってはいけない力
(続) |