**神の花嫁**
13:ルナティック
それさえあればいい
ソレさえ存在していれば…
鈴の音が耳の内に響き、そしてイクミは目を覚ました。
見慣れぬ天井に瞬きをし、そっと周りを見渡す。
すると昂治が心配そうな顔で覗きこんできた。
「……こおじ……」
「おはよ……」
控え目に昂治は微笑み、顔を近づけた。
「聞いてほしい事があるんだ……でも、約束してくれないか?」
「……?」
「俺が何を言っても答えないでくれ。
返事を返さないって事……約束してくれないか?」
真剣な瞳で言われて、イクミはこくりと頷いていた。
昂治の姿はワイシャツ一枚で、覆い被さるように覗き込んでいる所為か
襟元から散らばる赤い痕と仄かに色づく乳首が見え、
熱が高まるのをイクミは感じる。
「……俺は醜い…浅ましくまだ望んでいる、」
昂治はそう言って横になっているイクミの上に跨った。
「惰性じゃない…これは俺の意思……、」
目を伏せながら謂う昂治はキレイだった。
何かに苦しんでいるような、何かに耐えてけれど嬉しそうな顔。
「俺はイクミが好きです、」
「っ!?」
「尾瀬イクミが好きだ…」
「っ…こお……」
イクミが口を開こうとすると、すっと昂治は人差し指を伸ばした。
相手の唇に指が触れ、それ以上話してはいけないと知らしめる。
「…俺ってズルイだろ?」
微笑み、そして指をゆっくりと離した。
「朝食、作ったからさ…食うだろ?」
「え、あ…はい。」
「早く食べないとな、遅刻する。」
変わらず昂治は笑みを浮かべていた。
それをイクミはぼんやりと眺める。
「何、バカ面してやがんだよ。」
機嫌の悪い声をかけられたのは、玄関あたりである。
上履きを履きながら見えれば、間違う事などなく祐希だった。
「バカって酷いですー。こんなカッコイイお顔を!」
「…昨日、何処行ってやがった?」
「トモダチにお世話になってました。」
「最悪だな、こっちは迷惑だった。」
「あーー、蓬仙?たまには…ね、」
不機嫌なのは帰らなかった所為であおいが部屋まで
押しかけてきたのだろう。
「今度、君がピンチの時に助け舟出すから許してv」
「いらねぇ、」
「にゃー、酷いですぅ。」
イクミは軽く笑い、歩き出そうとした。
すると急に祐希の瞳が見開き、強く手首をつかまれる。
「あ…の…何でしょ?」
「……いや…そんな筈は…、」
「はい?」
「なんでもねぇ、」
自分の行動に困惑している様子で祐希は手を離した。
そしてそのまま立ち去っていく。
首をかしげているとコソコソと声が聞こえてきた。
そちらに目を向ければ2,3人の女子がいる。
イクミと目が合うなり、逃げるように立ち去っていった。
「……」
周りから静かで畏れるような視線を感じられる。
――当たり前…か…
自分は血の雨を浴びたのだから。
教室は暗幕が垂らされ、真っ暗であった。
机の上に座る者、
横に立つ者、
壁に寄りかかる者…
様々な容姿の生徒たちはしかし、胸元に皆羽根のタックピンをつけている。
暗い教室内はそれぞれの生徒の横に浮く焔で明るくなった。
「尾瀬イクミが孤立した…」
「それってイジメじゃん、」
「ばーか、そんなんじゃないよ。」
それぞれ話し教室内は賑やかだ。
だが教卓の前に立った頭の良さそうな青年の一言で静かになる。
「尾瀬イクミが孤立した事により、他からの接触が少なくなりました。
浄化の時がはじまります。
今が一番大事な時期です…皆さん、わかっていますね。」
「まーた、はじまったよ。ヘイガーのお小言。」
「こら、本当の事言わないの!ミシェル、ふふふ。」
クスクスと笑う生徒たちを一瞥し、教室の奥を見た。
壁に寄りかかるように立っている人物は軽く目を伏せている。
「行動を控えてください。いいですね、相葉昂治。」
「……」
「雑魚を相手などしないでください。」
「……ああ、解っている。雑魚や下衆の相手をするつもりはない。」
昂治はそう答えた。
隣りにいるファイナは昂治に寄り添い、ブルーは静かに立っていた。
「解っているなら結構です。」
「じゃあ、抜けさせてもらう。」
焔が消え、3人の姿が消えた。
「あーー、サボりかよー。」
「ニックス、静かにしてないとダメだよ。」
太った体型の青年が威勢のいい少年を宥める。
それをガタイのいい青年が横目で見た。
「さすがロード・ナイトってとこか?」
「一層だもんねぇ、いっそこの学園ごとぶっ壊しちゃえば?」
「あははは、それおもしろそー。」
「ちょっと!皆静かにして!」
凛とした響きの声はユイリィのものだった。
「遊びじゃないの。痛みを理解して――。」
誰もいない廊下にふわりと昂治、ブルー、ファイナは降り立った。
「苛立ついているの?昂治、」
「…さあ、どうかな。」
昂治は歩き出す。
ブルーとファイナはその後ろ姿を見送った。
姿が見えなくなるとクスリとファイナは笑みを浮かべる。
「バカな事はするな…昂治は喜ばない、」
「ええ、解っているわ。私は馬鹿ではないから……。」
「解らなくはないが、」
ブルーの言葉にファイナは軽く笑った。
クラスの生徒――学園の生徒たちが何処かよそよそしい。
自分に怯えるような瞳。
それが向けられている。
あおいもいつもどおり話し掛けてくるが、無理をしているのが十分に解った。
「……」
教室にいるのも億劫な気がして、イクミは視線を浴びつつ教室を出た。
途端、背後から声が聞こえてくるのが感情を冷たくする。
――陰口はもっと静かにたたこうねぇ…
歩き出そうとした時、
「うわっ!?」
人にぶつかった。
「あわわわ、ご、ごめんなさいっす!
前、見てなく……あう、昂治……」
ぶつかったのは昂治だった。
尻餅をついている相手に手を差し出す。
躊躇もなくその手を取り、昂治は立ち上がった。
「何ぼーっとしてんだよ。吃驚したぜ。」
そう言って微笑む昂治はいつもと変わらない。
「……」
嬉しさを感じるが、周りの突き刺すような視線を感じた。
それは昂治にも注がれている。
「こお……」
「ちょっとこっちに来てくれないか?」
「え…あ、はい。」
手をそっと掴まれ、視線を振り切るように連れて行かれた。
無言のまま手を引かれ、視線を感じなくなった頃に昂治は立ち止まる。
そしてイクミを見て、ちょうど横にあった化学室に連れ込んだ。
「……」
「大丈夫…か?」
化学室の扉を閉めながら昂治が言う。
イクミはへらっと笑った。
「何が…です?」
「西校舎でもオマエの話で持ちきりだよ。」
「じゃあ…俺と一緒にいない方がいいんじゃーない?」
振り返った昂治がイクミを静かに見る。
「そうだな…イクミは俺と一緒にいない方がいい…」
眉を寄せながら言う昂治はイクミに近づき、首に腕を回した。
くしゃりと微笑み、そして唇を寄せる。
啄ばむようにキスをして、唇を舐めてきた。
「もう…イクミとは……」
「…やだ、」
昂治の言葉を聞く前にイクミは相手を縛り付けるように抱きしめる。
体が反るくらい強く抱きしめられ、昂治は目を顰めた。
「イクミ、」
「やだ…やだ…離れていかないで…」
「……はは…離れるワケないだろ?
ここで離れたら、俺ってやり逃げじゃないか、」
「………ほえ?」
間の抜けた声に昂治は笑った。
そのままゆっくりと床に腰をおろし、イクミを抱き寄せる。
もたれるように胸へ顔を寄せる相手の頭を昂治は撫でた。
「…こうじ……」
「オマエってさ、本当は凄く甘えん坊さんだろ?」
「そんな事は……」
覗き込んでくる瞳にイクミは息を詰めた。
「あるかも…です…、」
「だろ?」
撫でる手は優しく、包む躯はあたたかい。
まどろみに連れて行くような心地よさに涙が出そうだった。
「俺でよければ…たくさん甘えていいぞ。
ただし、これだけは覚えておいてほしい。」
首を傾げるイクミに昂治は苦しげに笑った。
「俺は最低なヤツだって事。」
「…そんな事ないですよ、」
「いや…本当に最低なんだ……」
「こおじ…?」
もたれるイクミの体を座らせ、昂治はうずくまる。
呆然としている相手に構わず、口でズボンのチャックをおろした。
「嫌な事…恐い事……辛い事、それを全部ぶつけていいし
忘れてもいい。ただ…逃げてはダメだ。」
「……」
中からモノを出し、昂治は小さな口に含んだ。
慰みの行為はすぐにイクミを高めていく。
慣れている舌の動きはけれど、苦しげな表情は些か無理をしているのが
十二分に解った。
「俺は…コレが……大好き…」
目の前で筋を舐めながら昂治は言った。
「こうじ…」
「ん?」
「……何に対して…嘘ついてるんだ?」
「……」
先端を舌で舐め、モノを両手で包む。
昂治の表情が泣きそうに歪んだ。
「バカやろ……優しい言葉かけるなよ、図にのるから。」
「図に乗ってもいいよ…って、今いうセリフじゃないっすね。」
「…あははは、そうだな、」
笑い、昂治はイクミのモノを口に含む。
喉奥まで含もうとしているのをイクミは止めた。
「無理しなくていいっすよ、」
昂治は瞳は揺るがせるが、左右に首を振り行為を続けた。
「……」
授業中なのだが、祐希は校庭でふらついていた。
歩いている祐希の視線の先に花壇がある。
季節の花が咲く、その花壇に一つだけ茎が折れている花があった。
祐希は無表情のまま座りこみ、その花に手をかざす。
フォォォォ…
淡い青の光が祐希の手から花へ降り注がれた。
花は元に戻る事なく、生気を吸われるように茶色く枯れていく。
祐希は目を伏せ、立ち上がった。
さらりと枯れた花は土へ還る。
「もう…いいだろ?」
誰かに問い掛けるように祐希は言った。
淡い青の光は全身に纏まり、そして消える。
問いに応える者はここにはいなかった。
さあ…はじめようか
君を向かえに行こう
(続) |