**神の花嫁**
12:血の雨が降った穏やかな夜
叩きつける雨は
何もかも包み
僕を許した
人が死んだ。
人が死んだのだ。
それなのに、何故か学園は閉鎖でもされているように
警察などが来なかった。
親にも連絡されない。
何かを覆い隠すように。
全ては、ただ生徒の中へと閉じ込められる。
「…大丈夫っすか?」
明るい口調で泣き叫ぶこずえの横にイクミはいた。
タオルで拭かれただけの自分にはまだ血の匂いが残っている。
抱きしめて慰めるには、穢れすぎていた。
何か恐怖を感じてもいいはずのイクミは、至って冷静だった。
包帯の取れた彼にはもう傷痕はない。
まるで治癒されたように…
そして
当然だった
自分が血を浴びるのは…
「では、明日カウンセリング室に来てください。」
先生の一言で二人は解放される。
廊下に出れば、あおいと野次馬同然の生徒たち。
少しの怯えと真相を知りたいという欲を瞳が向けられている。
何かが狂っている
イクミはあおいも見ず、誰にも声を掛けられないまま歩き出した。
面白いくらいにイクミは何も感じなかった。
コツコツコツ……
廊下に響く靴音。
憮然とした表情のまま、祐希は歩いていた。
立ち止まったのまテープで遮られている場所。身が破裂し、
先生が一人死んだ場所だ。
祐希は遮るテープをくぐって中へ入った。床には無残な赤い跡が
残されたままである。
「どうして…」
何事か呟き、赤いシミに祐希は手を添えた。
髪が揺れ、淡い青い光が宿る。
「……」
光は宿るだけで何もおきなかった。
サァァァァ…
静かな廊下に雨音が響きはじめた。
添えた手を離すと、宿った光は消える。
そして何事もなかったように祐希は身を翻した。
「……」
中庭から見る学園は、雨に濡れて汚れて見えた。
見上げる空は雨雲の所為で澱んでいる。
制服に染みこんでいく水は身を重くしていった。
イクミは目を瞑り、降る雨を浴びる。
オマエノ所為ダ
「……」
ふと人の気配がし、イクミはゆっくりと振り返った。
薄青の傘が雨を遮るようにさされる。
「何してんだ、ビショ濡れじゃないか!」
「…昂治…」
怒っているような表情はイクミの声を聞くと、
何故かくしゃりと歪んだ。
「風邪…引くぞ。」
「……大丈夫っすよ、丈夫だから。」
「そういう問題じゃないだろ。ここから俺の寮部屋近いからさ。」
暖かい手がイクミの手を掴む。
足が重い彼を引っ張るように昂治は歩き出した。
一言も交わさず、寮につくと昂治は先にイクミを玄関に入れて
傘を畳んだ。
鉄の螺旋階段を上り、一番隅まで歩く。
部屋のプレートには番号と昂治の名しか書かれていなかった。
「俺しか部屋使ってないんだ、気にしないで入れよ、」
「…はい、」
ドアが開けられ、中は涼しげな綺麗さだった。
靴を脱ぎ、玄関で立ち尽くしているイクミを昂治は招き入れる。
傘を横にたてかけ、イクミを奥の簡易なシャワー室まで連れて行く。
「まずはシャワーを浴びて…温めないとな。」
「……」
こくりと頷くイクミに昂治は微笑んだ。
シャワー室から昂治は出ていき、イクミはぼんやりとしたまま服を脱ぎ始めた。
じっとりとワイシャツに赤いシミができている。
それを丸めて隅に置き、イクミは浴室に入った。
するとあわせるように昂治が入ってくる。
カーテン越しに昂治の姿が映った。
「服は洗濯しちゃっていいか?」
「…はい、」
「俺の服だけど置いておくから、」
「はい…」
ガタガタと音がし、昂治は出て行った。
白い浴室を仰ぎ、イクミはシャワーのコックを捻る。
熱いお湯が全身に掛かる。
「……」
水を弾く肌、染みこんでいく髪。
排水口に流れていく水は密かに赤く染まっている。
――血だ…
そう思うと何故かイクミは笑いが込み上げてきた。
それから皮膚がふやけるまで、イクミはシャワーを浴び続ける。
用意された服をズボンだけ履き、頭にバスタオルを被った。
ドアを開けて出ると、昂治がちょうど歩いてくる。
「あ…やっぱオマエが着るとピッタリだな、俺じゃ袖あまるのに。」
「そう?」
「何かムカツクな。適当に座ってて、俺シャワー浴びてくるから、」
「はい、」
交代するように昂治がシャワー室に入った。
イクミは周りを見渡し、ちょうど目に入ったベッドの上に座る。
温まったはずなのに、何故か寒い。
ふやけた手を見てみれば、ガタガタと震えていた。
オマエノ所為ダ
オマエノ所為ダ
どうして…私たちは…
オマエノ所為デ死ンダンダ
姉さん…
オマエノ所為デ
カオリも死んだ
「っ…」
咽喉がひゅっと鳴る。
何処からか聞こえる音はイクミを震えさせた。
「いや…いやだ……姉さん……姉さん、」
さよなら…
「っ……ああああーーーーーーーーーー!!!」
「イクミっ!!」
シャワー室から飛び出てきたらしい昂治がベッドに座っている
イクミに駆け寄った。
「おい、どうしたんだ?」
「ああっ!!あああーーー!!!」
首を左右に振り、他人を拒絶する。
昂治は眉を寄せて、相手の肩を掴んだ。
「イクミ!しっかりしろ!!」
「ああ、ああーー!いや、いやだ!!!」
「イクミ!!!」
「俺の、俺の所為で、人が…」
「違う、違うだろ!とりあえず、落ち着け、」
「人が死んだ、死んだ…姉さんも俺の所為で、」
昂治の声が聞こえていないのか、壊れたようにブツブツと呟く。
軽装の昂治はイクミを包むように抱きしめた。
そのあたたかさにビクつき、ジタバタとイクミは動く。
「オマエの所為じゃない、オマエの所為じゃないんだ。
オマエは何も悪くない、」
「俺の…俺の所為…」
「偶然と偶然が重なって、こうなってしまった。
何もオマエは悪くないんだ。苦しむ事も泣く事も必要じゃないんだ。」
贖う体を宥めるように、昂治はイクミの背を撫でる。
「だから、恐がっていいんだ。助けを求めていいんだ。
聞いてあげるから…何もできないけど、こうやって温めてあげるから、」
「っ……っあ…ああ、うわああーーーーーん、」
糸が切れたようにイクミは泣き出した。
「恐いよな…恐かったんだよな…」
昂治は目を伏せ、目を顰めた。
――俺たちの勝手で……傷つけてしまったね…
どれくらいの時が過ぎたのだろうか。
時計の秒針の音が静かに響く。
イクミが少し身じろいだのに気づき、ゆっくりと昂治は身を離した。
目元が赤くなっているイクミは苦く笑っている。
「…あはは…情けないトコ、見せちゃいましたね……」
「……仕方ないさ…それに、俺は嬉しいよ。」
「どうして…?」
「だって、それはオマエ自身だろ?」
笑う昂治にイクミは惹かれた。
そして泣きそうに顔を歪める。
「イクミ?」
「……そろそろ帰るっす。」
「帰る?まだ服が洗濯終わってないし、今日はココに泊まってけよ。」
「ダメです!」
首を傾げて、昂治は軽く眉を寄せた。
「大丈夫だよ、俺は床で寝るし。それとも嫌か?」
「そうじゃない。そうじゃない…そんな…優しくするから
俺は舞い上がっちゃうんですよ。」
「……?」
「姉さんもそうだった…俺はただのガキで、見境なく抱いた。
優しさに縋って、求めるだけだった。」
苦しげに顔を歪めるイクミに昂治は穏かな笑みを向ける。
俯く相手の頭を手で撫でた。
「昂治…、」
「こんな醜い体でも良いなら…貪ればいい、」
撫でた手はイクミの頬を包む。
揺れる瞳は微笑み、そして少しずつ近づいてきた。
「縋りたい時に縋っていい。俺は許す。」
啄ばむようにキスされる。
「乱暴に抱いても、大丈夫だからさ。」
イクミが被っていたタオルが落ち、昂治に口づけされながら
後ろへ倒された。
布団に沈み、上に覆い被さる昂治は両腕をたてて
イクミを見下ろす。
「……幻滅したか?こんな奴で、」
笑い、軽くキスをする。
大胆な行動を取りながらも、瞳は不安げに揺れていた。
「するわけ…ない、けど……俺、本気にしちゃうよ?」
イクミの言葉に昂治は微笑んだ。
胸が切なくなりながらも、体を反転させて昂治に覆い被さる。
見上げる瞳は幼い。
口づけを交わしながら服をゆっくり脱がしていった。
「ん…ん、」
慣れている。
答える舌は控えめだが、行為に慣れているのがよく解った。
――誰と?
昔に奪われた昂治の純潔。
その奪った人物にイクミは嫉妬する。
「…っ…ん、ん……やっ、ダメだ……く、口はっ!?」
女の体と明らかに違うと知らしめるモノをイクミは口に含ませた。
ほろ苦さを味わうと思ったのだが、ビックリするほど甘い。
逃れようとする脚を押さえ、太股を撫でた。
「ふあ、あっ…あ……んんー、」
布団を噛み、声を殺そうとする様は小動物のように可愛い。
「こうじ…」
「大丈夫だから……大丈夫だから、」
手を伸ばし、イクミの頭を撫でる。
目の前の人は、“姉さん”でもないのにその人を思い出させた。
そしてその人より愛おしくイクミは感じていた。
「んっ、ふああ、飲んじゃ…やぁあ!?」
髪を掴み、引き離そうとするが返ってイクミを押さえつける事になる。
喉奥に熱い迸りを受け、咽返りそうになりながらも全部飲み干した。
脱力している昂治を眺め、唇を拭う。
「……はぁ…あ……、」
涙を零し、イクミを見た昂治は覆い被さる相手の肩を掴んだ。
「飲むなよ…汚い……から、」
「そう?そう思わなかったです……、」
「……イクミは……、」
「?」
ふるふると首を振って、昂治は体勢を反転させる。
イクミの上に乗り、頬に唇をおとす。
「こおじ…」
声が思ったより掠れた。
昂治の唇は体の中心を辿って、ズボンのチャックを下ろす。
飛び出さんばかりのモノを口に含んだ。
「っ、」
口いっぱいに含む姿は幼い顔にあっているのだが、
行為がそれを裏切っていた。
アンバランスな雰囲気が逆に欲を煽る。
モノを滑らす程度で昂治は口からモノを出した。
後ろ向きになり、腰を上げてイクミのモノの穴に宛てがる。
「んんっ!?……ふああ…あ、」
そのままずぶずぶと埋没させていく。
背を震わせ、昂治が振り返った。
「…あ…ん……気持ち…イイ、か?」
「はい、」
「……よかった…、」
涙を浮かべながら昂治は微笑んだ。
それで何かが切れたようにイクミは感じる。
自分で動こうとする昂治を止めるが如く、イクミは身体を起こした。
「んくっ!?」
奥に入ったのだろう。
鼻声が耳を擽った。
昂治を布団に倒し、イクミは動き出す。
「ふあ!…い、いきなり…そんな……っあ、」
激しい動きに昂治は乱れた。
高く上がった腰を支え、怒涛に腰を打ち付ける。
内部の濡れた音と打ちつける肌の音が聴覚を刺激した。
「あっあ、ああ、やっ…あ、はやい…よぉ、」
「…キモチ良さそうだよ、こうじ…」
「っあ…あんまり……言わないで…くれ、」
布団に顔をすりつけて昂治は呟く。
「柄にもあわ…ず、はずかし……から、」
「……こんなに…なってるのに?」
「ひゃああ!?」
無理に体をこちらに向かせた。
羞恥に真っ赤になる顔は、慣れているだろう体にそぐわない。
顔を隠すように頬に手をあてる仕草は何とも加虐心をそそった。
「や、やぁ…あ…いくみ…」
「こうじ……」
相手を抱きしめ、貪欲に貪りはじめる。
昂治はそれを全て受け止めた。
真夜中になり、眠りにつくまで。
――ああ…あたたかい……
気づくとイクミは何処かに漂っている感覚を味わった。
そのまま瞳を開くと目の前に昂治がいる。
――ここは…?
「やだっ…いたい、いたいっっ!!」
声を上げる昂治は昂治だ。
だが、今とは違う昂治だった。
――こうじ…?
他の誰かに抱かれている。
――また…夢、
過去の映像
「あ…くぅぅ……いたいよ……」
痛みに呻く声はけれど嫌悪は出ていない。
自分の知らない誰かに抱かれ、幸福を見出している表情。
――誰?
目の前の昂治は少しずつ変わっていく。
痛みに歪んだ顔は快楽に艶を帯びていく。
苦しみに掠れた声は喘ぎへと。
見るな…
別の声が響く。
少年と思しき声は鋭く意識を遮断しようとした。
入って…こないで
――誰…?
ココの中に入ってこないで!!!
悲鳴にも似た声は意識を闇へと落した。
様々な映像が頭を過ぎり、そして真っ暗になる。
闇の中、一人佇む。
チリン…
鈴の音が響き、静寂が舞い落ちる。
そんな夢を見た。
見える視界は
意味をなし
何かを知らせる
ワタシはキミが好き
それだけ謂えればいいのにネ
(続) |