**神の花嫁**

10:途切れぬ雫















アナタがそっと囁いた

死ニタクナイ

天使はそっと見つめた

死ニタクナイノ?

ワタシはそっと耳にした

愛シテイルヨ

















見える。
見えるのなら、見えなくする方法もわかる。
だから抑える。
力は
他人と違うモノは決してイイモノではないから。
イクミは“見る”ことを拒否した。

「…さてさて……」

気分を変え、イクミは教室に戻ろうとする。

「尾瀬ぇぇぇーーーー!!!」

大きなあおいの声が廊下に響いた。
走ってきた彼女はイクミの前で止まり、肩で呼吸する。

「どしたですか?委員会はなかったと思うんですけどー…」

「あのね、今日プリント提出日なの!」

「プリントなら出し…」

「祐希が出してないの!!早く探して!!!」

「……あのーーー……前々から言ってるんですけど、
イクミ君は保護者じゃー、」

「こずえにある事ない事言うわよ!!」

――それはちょいと恐いかもかも…

はふっとイクミは溜息をつき、頭を掻いた。

「はい、わかりましたっす。探しますよー。
で、何処にいるか目星は?」

「ないから言ってるんでしょ!ほら探す!!」

横暴なと云いながら、イクミは祐希を探す事になった。













ああ…愛おしい……

我が花嫁……
















昂治の髪が風に揺れる。
隣りにいるファイナの髪が揺れて昂治の頬を触れた。

「……平気なのか?」

「ええ…平気よ、」

笑みを浮かべるファイナの唇の間からは赤い舌が覗く。

「昂治、本当に教えないつもりなの?」

「ああ…最低だな、俺って。」

頬にかかる髪をファイナは払った。
窓から流れ込む風は冷たくもあたたかい。

「アナタは穢れないわ…絶対に。」

「……買い被りすぎだよ。
こんな称号なんて、ただ“使えた”からついているようなものだし。」

目を伏せ、昂治もかかる髪を払う。

「…随分、昔から穢れてたよ……。
現実から逃げて、傷つけてさ。今じゃ何とも思っていない。」

瞳を閉じ、ファイナは柔らかく笑みを浮かべた。

「そう?…どっちにしろ、私は昂治を愛しているから関係ないわ。」

「……ファイナ、」

「穢したくないの、あの行為をね。私の身勝手だから
気にする必要もないわ。」

笑みを浮かべたままのファイナを昂治は静かに見る。
二人の髪は風に揺れて、そして瞳は煌き揺れた。























――何処にいるんでしょうねぇ…

廊下を歩き、イクミはぼんやりと思った。
祐希が転校してから、色々な事が一気に起こった。
それは悪い事から良い事まで。


…愛してる……でも…どうしてかしら…



耳奥に残るか細き声は胸に沈む。

――今度こそ……護るんだ……

それが奢りだとしても。
イクミは視線の先にある場所の扉を映す。
旧懺悔室。
何とはなしに、ココに祐希がいるような気がした。
閉鎖された場所、呪われた場所…。
重苦しくも感じる扉をゆっくりと開いた。
中はステンドグラスの七光で照らされる程度で、薄暗かった。
埃が多く息苦しい。
けれど洗練されたような感覚を感じるのは、
マリア像があるからだろうか。
イクミは視線を巡らす。
布が被せてある祭壇に腕を置くようにして祐希がいた。

――祐希くん、発見なり。

トコトコと近づくのだが、相手は寝入っているらしい。
起きる気配がない。

「もしもーし、」

声を掛けるが反応が返ってこなかった。
祭壇の上に投げ出されている手に目がいく。
左に巻かれている包帯が取れかかっていた。

「包帯とれて……」





パシンッ








「っ!?」






勝手に電気質の何かがイクミの体内に入ってきた。
それは精神を凌駕し、浸蝕していく。






















「死んだんだって」

「アンタが殺したのよ!」

「死んじまえ、」









「好きだ」



愛してる



「ずっと傍にいてくれるんだろ?」



愛してるよ



「いやぁああーーーーーーーーーーー!!!」


走って行く

俺を置いて


「やめろ!いやだ!!いやっ!!」


叫んで
否定して

そして手に入れたのに


「なぁ…俺さ……死んでいいだろ?」














パシンッ








「……」

吐き気さえ感じる暗い何か。
そしてイクミの瞳に包帯で隠されていた祐希の左手が映った。
白い肌にそぐわない、桃色に盛り上った痕。
そして爛れた皮膚。
剃刀か何かで数回も切っているだろう傷だった。
眠る記憶を呼び覚ますそれは、イクミの動きを止める。

「……っ!?」

そのイクミの腕を祐希が掴んだ。
閉じていた瞳がゆっくりと開く。






パシンッ












「愛してる…だから……他に何もいらない、」

「……それじゃあ、ダメだよ。」

ウソツキ











パシンッ









響く声と意味の解らない映像。
眩暈さえ感じながら、掴まれた腕を見る。

「…蓬仙が探してましたー、」

口から出る軽い言葉に、相手の目元がピクリと動いた。

「あのーー、手離してくれません?昂治クンなら嬉しいけど、」

「こうじ?」

無表情にも思える祐希の顔が一瞬訝しげに歪んだ。
ふるふるとイクミは首を振る。

「いえいえ、何でもないっす、」

「……」

目を伏せ、祐希は髪を掻き分ける。

「まぁ何はともあれ、蓬仙の所に行きましょうねー。」

「…何も言わねぇんだな……」

「ほえ?何もって???」

祐希は立ち上がり、解けかけた左手の包帯を巻きなおす。
イクミを睨むように見て、そしてマリア像の方を見た。

「別に、」

青い瞳が揺らめいて、そして煌く。

「あ……」

「あァ?」

声が出た。
けれどイクミは苦笑いをして、それを誤魔化す。
相手も深くは突っ込む事はなく、そのまま扉の方へ歩いていった。

誰かに…

誰かに似てる

そうイクミは思ったのだが、
勝手に入り込んできた映像と音に思考が凌駕されていて
誰なのか解らなかった。






























「……どうした?」

口数の少ないブルーが昂治に言った。
寮室だろうか。
夕焼けが密かに入り込む窓のカーテンを昂治は閉める。
整理された部屋は薄暗くなった。

「どうしたって何が?」

聞き返すのだが、ブルーは見つめるだけで何も言わなかった。
カタリと物音がし、奥の方からファイナが歩いてくる。
シャワーでも浴びていたのか、髪が少し濡れていた。

「ファイナ、大丈夫か?」

「……まだ平気よ、」

そう言っているのだが、顔は少し青ざめていた。
昂治はゆっくりとベッドの上に座り、腕を広げる。

「ブルー……ファイナ…」

小さな呟きはベットのスプリングが軋む音に消えた。




















閉じ込めた想いは消える事なく

閉じ込めたアナタは消える事なく

己の醜さをただ罵る



















(続)
ブルーとファイナと昴治のエロがあったが
データーがないので、前と同じようにアップ。

>>back