**神の花嫁**
09:静かなる音
君を思う
君を想っている
裏切りながら
君を想ってる
躯を交わせながらも
愚かに求めている
ファイナという少女だけで会話するのは初めてだった。
包帯や傷当てなど、痛々しい姿のイクミは目の前の少女を見る。
――なんでしょう……
心の何かが点滅している。
近づくな
近づくな
近づくな
そう危険を示唆しているのに、何故かイクミにとっては
害があるようには思えなかった。
ただ昂治の事に関しては別物だが。
「何か…聞きたそうな顔ね、」
微笑みながらファイナは言った。
イクミも軽く笑う。
少し顔の傷が痛み歪んだけれども。
「そんな事ないですよー、あるかもしれませんが。」
「……私と昂治との関係かしら?」
返答にイクミは詰まった。
聞きたいのが本心である。
けれどその真実が自分を傷つける可能性もあった。
心構えをするのに数秒。
「聞きたいかもしれないっすね、宜しければ。」
「ふふ…」
微笑む相手に笑みをイクミは返した。
「私は昂治の事を何でも知っているつもりよ。
彼も私の事を何でも知っているように……、」
「……」
「私は昂治を愛しているわ。
昂治も私を愛してくれる。」
にっこりとファイナが笑う。
彼女の言葉に喉の奥が焼ける感じがした。
だがイクミも表情を崩さず相手を見たままである。
「……うふふ、もっと反応を示してくれると思ったのに。
安心して…彼の愛は博愛だから、」
「そうです…か、」
安堵したというのが本心だった。けれど敢えて表情には出さない。
「アナタは…手に入れられるかもしれない。」
ファイナは笑みのまま立ち上がった。
窓から吹く風に彼女の髪が揺れる。
「それだけの魅力があれば…の話だけど、」
笑みを零して、ファイナはドアの方を見た。
「私の方から先生に言っておくから、ゆっくり休むといいわ。」
そう言って静かにファイナは去っていった。
扉が閉まった時、イクミはファイナにお礼を言っていない事に気づく。
――俺ってダメダメ…今度会ったらお礼を言わなきゃねぇ…
ふぅっとため息をつく。
すると身体中がピリピリと痛み出した。
ぱふっと布団に倒れる。
そのままゆっくりとイクミは目を閉じた。
――……あれ?
学園の校庭が広がっている
――また…夢?
「……死んでるノ?」
「……」
「死にたいノ?」
「……」
誰かが会話をしていた。
少女の無機質な声は聞いたことはない。
「……っ…」
「死ニタイ?」
「……」
「やっぱり生きたいんだネ…ネーヤもそうだヨ。」
――ネーヤ?
知らない少女の声はネーヤという名らしい。
誰なのか。
見ようとすると視界にたくさんの光と共に羽根が舞った。
――天使…
あたたかく
優しく
そして残酷に
私を包んでく
「あら、起こしてしまった?」
保健室の先生がイクミをのぞき見ていた。
イクミは身じろぎして起き上がる。
「あーー、大丈夫っす、」
「そう、ビックリしたわ先生。」
「えー俺もビックリでした、」
少しの間、軽い会話をしてイクミはベットから起き上がった。
保健の先生は心配そうに見ている。
「大丈夫なの?」
「はい、怪我しただけですから…ん?」
カツーンッ
立ち上がると同時に何か固い物が床に落ちた。
首を傾げながらもイクミはそれを拾う。
――何でしょ…これは…?
赤い揺らめきのある小さめの石だった。
「どうしたの?」
「え…あーいや、何でもないっす。」
えへへと笑い、イクミはその石をポケットに入れた。
ポケットの中の鈴とぶつかり、小さな音が鳴る。
コツコツコツ…
今は授業中である。
誰もいない廊下をブルーは青い髪を揺らして歩いていた。
無機質に響く足音に重なるように、別の足音がしてくる。
ブルーは立ち止まり、足音の主を待つ。
「あら、お迎えかしら?」
かかる横髪を払ってファイナは言った。
「……そう言えばそうなる、」
「うふふ…まぁいいわ。」
「渡したのか?」
「渡したというより、置いてきたというのが正解かしら。」
ファイナは横を向き窓を見た。
カタカタと窓が音を出しながら揺れている。
「…不思議ね、狂うかもしれないのに……何ともないの。
私を信じてくれているからかしら……アナタもそうでしょ?」
ゆっくりと横を向いていた顔をブルーへ向ける。
「平等に愛す彼の心を、手に入れられないと解っているのにね。」
微笑む彼女にブルーは目を伏せるだけだった。
午後の授業は結局1時間しか出れなかった。
クラスメートやあおい達の心配する雰囲気は嬉しいけれども
イクミにとってあまりキモチのいいものではなかった。
――あっはーー…性格ねじ曲がっちゃったかねぇ。
傷を負っている自分。
痛みもあるというのに、とても他人事のように思える。
もっと痛いコトを知っているから…
――あー…思いだしちゃうかもかもー
浮かび上がる思考をイクミは止める。
その思考が心を満たした時、自分は酷く醜くなってしまう
そしてその大事な思い出さえ穢してしまうような気がしていた。
「大丈夫なの?本当に、」
「えー大丈夫っすよ、」
帰りの仕度をしているイクミに鞄を持ったあおいが話す。
隣りのこずえは腕に離さんとばかりくっついていた。
「あのーこずえさん、動けないんですけどぉー。」
「ううーーー!!もう許せない!何でイクミばっかり……」
今にも泣き出しそうなこずえにイクミは微笑む。
その時、クラスメートに呼ばれた。
「おい、尾瀬ー!知り合いらしいヤツが来てるぜ。」
「はいなーー、えっとちょいとごめんねぇ。」
イクミは何とかこずえを離し、クラスメートが見守る中
教室の前扉の方へ行く。
――誰でしょ?
呼んだ男子生徒を見て、扉の外を見た。
「……」
「っあ…、」
「ごめん……邪魔だったか?」
眉を顰める昂治がいた。
思いもしていなかった来訪者にイクミはワタワタと手を揺らす。
「あ、う、えっと……」
気づくと、周りの者が昂治を見ている。
それが何とはなしに苛ついた。
「…えっとえっと、場所変えましょ。」
昂治の手を掴み、スタスタと歩く。
人の視線がなくなったのはちょうど階段のあたりだった。
「……」
ぱっと手を離して、イクミはえへへと笑った。
「あのー何でしょう?」
「……本当はダメなんだ…でも、」
すっと白い手がイクミの頬を包んだ。
それはあたたかく、身体的にも精神的にも飛んでしまいそうな感覚を
イクミは感じる。
「こ…おじ?」
「……ごめん、ごめんなさい……こんなに……」
頬に触れている指が震えているのにイクミは気づいた。
謝罪をしているのはこの怪我の事だろう。
そっとイクミは昂治を抱きしめた。
そうしなければ、いけないような気がしていた。
「大丈夫ですよー…守りたかっただけですから、」
ねぇ…私達はどうして姉弟なのかしら……
溢れ出しそうな記憶をイクミは遮断する。
破壊的な感情はきっと、昂治を傷つけるだろう。
「ね、だから謝らないでくださいです。」
「……イクミ…俺なんか守らなくていい。」
「いいえ!守ります!だって俺は……」
言おうとした言葉を止めるように昂治の指がイクミの唇に触れた。
目を伏せながら、昂治は苦く笑う。
「ありがと……ごめんなさい、」
昂治が背伸びをしてイクミの唇にキスをする。
いきなりの事で、ぼんっとイクミは真っ赤になった。
傷当てのしていない右頬を、そのまま昂治は舌で舐める。
しっとりとした感触にイクミは硬直した。
血が沸騰しているのがよく把握できる。
舌で舐めて、そしてまたイクミの唇に触れた。
唇を割ることなく、ただ触れるだけのものだ。
「……そろそろ…行くな、時間とってごめん。」
ゆっくりと昂治はイクミから離れた。
呆然としながらも、イクミは去っていく相手に手を振る。
「また…です、」
「……またな、」
階段を上って、後姿が見えなくなった。
途端にイクミは唇を覆う。
――にゃーーにゃーーーにゃーーーーー!!!!
もはや混乱状態である。
傍から見れば面白いくらいだった。
――昂治から、昂治から、昂治からーーーー!!!!
舞い上がってしまう自分に叱咤して、イクミは心を落ち着けようとした。
ふぅっと深呼吸をして胸を撫で下ろす。
するとポケットの中の鈴が鳴った。
「!!」
「…好き」
「愛してる」
「ダメ…やめて…」
「欲しい」
「死んじゃったね。」
「死んだよ」
「生きてる」
「俺を……愛さないで…」
パシンッ
「……あう…、」
過ぎった音たちにイクミは頭を抱える。
最近よく耳にする音、そして断片的な映像は何を意味するか解らない。
「…どうしちゃったんでしょ……、」
イクミは目を瞑って、一点に集中する。
そう見ようとしてみた。
パシンッ
「たすけて…たすけて……」
「いや、こわいよ。」
「いやだ、いやだーーーーーー!!!」
青
皓
赫
「迎えに行こう…プレゼントを持って……」
パシ、パシンッ
音と映像が消えた。
イクミはゆっくりと息を吐き出す。
「……」
どうすれば"見える"のか、感覚をイクミは掴めた。
それが意味するものをイクミはまだ知らない。
求めるのは
アナタの躯と魂
(続) |