**神の花嫁**

06:アンダンテ・ダルセーニョ















私の声が聞こえるか

聞こえているね

だから贈ろう

この焦がれている想いを



















あくびをしながらイクミは学園校舎へ登校していた。

「おはよーー、イクミv」

朝からテンションの高いこずえがイクミに抱きつく。
イクミはというとぼへーっとした感じで抱きついてきたこずえを見た。

「むーーー、何、その態度は!」

「はにゃーー、怒らないでくださいよー。ちょいと寝不足なんです。」

学園祭が終わって次の日。
片付けの為、いつもより少し早めの登校だった。
登校と言っても寮よりそんなに校舎は離れていない。
こずえの後ろからあおいが走ってきた。

「もーー!!ちょっと祐希は!!!」

「あーー祐希クン?どっか行っちゃいましたよ。」

「行っちゃいましたじゃないでしょ!!!」

ぷんぷんと怒るあおいに苦笑いをして、イクミはため息を吐いた。

――だから保護者じゃないんだってばさ…

チリン…

制服のポケットにいれておいた鈴が鳴った。

「その鈴、誰に貰ったんだっけ…えっと…」

「昂治クンですよv」

「そうそう、男の子でよかったv」

にっこり笑うこずえ。
女の子から貰ってたらどうなってだでしょうか…とイクミは聞けなかった。
気づく範囲で、こずえは自分を好いている事は解る。
それがどれだけの深さかは知らないけれど。

――でも俺は…


昂治ガ好キ。



想いは募るばかりだった。
会って日が浅いのに、けれど胸の中で昂治という存在は
大きくなっていくのがわかる。

「今日の日直当番、尾瀬と祐希だからね。」

「え!?祐希も一緒っすか!?」

「当たり前でしょ、席、隣りなんだし。」

玄関を通り、自分の下駄箱前に立つ。
既に来ている生徒たちに挨拶され、軽くイクミは返した。

「ほら、油売ってないでさっさとする!」

あおいに促され、イクミは下駄箱を開けた。


ボトッ



何か落ちた。

「ほえ??」

ぼやーっとしていたイクミはまず下駄箱を見た。

「ちょっと、どうし……、」

あおいは呆然と立っているイクミに近づき、

「きゃぁああーーーーーーーっ!!!!」

そして悲鳴を上げた。
イクミの下駄箱の中は真っ赤に染まっている。
鳥か何かの死体。
落ちたのはその肉片だった。




























そう言えば、こんな赫だった
そう言えば、こんなふうだった




























「失礼します、」

小さめの昂治の声が職員室のざわめきで消える。
持っている数十枚のプリントを見て、周りを見渡した。
目的の先生を見つけ、昂治はゆっくりと近づく。

「すみません、西校舎の者なんですが……」

「あ、西??珍しいね、東に来るなんて。」

「……あの、何かあったんですか?」

プリントを渡しながら昂治は聞く。
先生は少し顔を顰めて言葉を返した。

「いや…A組の理事に鳥の死体が送られてね。」

西校舎の生徒だ。
東の生徒の事は解らないとでも思ったのだろう。
先生は正直にこの騒ぎの理由を告げた。

「……そうですか…嫌な物を送るヤツがいるんですね、」

昂治は静かに言葉を返した。
































下履きがダメになったイクミはスリッパを履く事になった。

「ええーーーん!!イクミぃ!!いくみーーーー!!!」

「あのーこずえさん…、」

泣いているこずえを宥め、あおいがイクミを睨む。

「ちょっと泣かさないでよ!」

「あのね、俺の所為なんでしょうか…つーか、泣きたいのは俺?」

「ううーー、いくみが可愛そうだよぉーー!!!
誰なの!!誰があんな事をーーーー!!!!」

ただ泣いていたこずえだが、次第に怒りながら泣き始める。
カウンセリング室に移動させられたイクミはため息をついた。
別にあれくらいの事でまいったりしない。

――ただ……

あの赤い血は好きではなかった。
否、好きだからこそ見たくなかった。

――そう…姉さんの血はもっと……

「尾瀬イクミ君、」

扉を開けて入ってきたのは、シスター姿の先生だった。
彼女はカウンセリングの先生である。

「アナタ宛に手紙が届いているのだけれど、見ますか?」

「見ます、見ますーー。」

手紙を受け取り、イクミは封をあけた。
泣いていたこずえと、宥めていたあおいが覗き見る。
白い便箋に赤い字で記号のような文字が並べられている。

「…何…これ……いくみぃ、」

確かに文書の頭には“尾瀬イクミ様へ”と書かれていた。
イクミはじっとその字を見る。

――あ…

「私はオマエに会いたい。
すぐには会えないから…贈り物をしたいと思う。
気に入ってくれたかな……、」

「イクミ?」

不安そうに見るこずえにイクミは苦笑いをした。

「へへ…何かそういう風に書いてあると思いません?」

軽い口調で言えば、安堵したのかこずえはイクミの腕を持ち
泣き始めた。
イクミはその温もりを感じながら、手紙を見た。
この意味不明な字。
けれどイクミには何故かしっかりと読めた。

――どうして…でしょ、

イクミはゆっくりと窓の外を見る。
向かいの廊下に人影が見え、イクミはじっと見た。
冷たい瞳で射抜くように、そこに祐希がいた。
そしてイクミに気づいたのか、その場から祐希は去っていく。

――まさか…アイツが……?

「どうしたの、いくみぃ……」

「何でもないっすよ、」

窓からイクミは目を逸らした。

































スタスタと昂治は廊下を歩いていた。その静かな廊下に、足音が響く。
昂治はピタリと歩みを止めた。

「昂治、尾瀬イクミにっ……」

ファイナとブルーだった。
事を話そうとしたファイナだが、

バンッ

昂治が壁を叩き、その音で言葉が止まった。
ギリッと昂治は奥歯を鳴らし、壁にぶつけた手を握る。

「ちくしょー……」

「昂治、」

ファイナがゆっくりと昂治に近づいた。
壁から昂治は手を離し、ゆっくりと振り返る。青い瞳に二人を見とめた。

「俺が行く…、」

怒りを押し殺したような声。

「いいえ、私が行くわ。」

だがそれに怖じける事もなくファイナは返す。

「アナタが行くまでではないわ。」

「そうだ…昂治。」

静かにブルーが云う。
昂治は二人を睨み、俯いた。

「俺は…俺はっ!!」

「低級の輩にアナタの姿を見せる必要なんてないわ。
私たちで十分よ。」

「ファイナっ!」

「行くまでもない、」

「ブルー!!」

「アナタにはする事があるわ、」

びくっと昂治は震える。
そして俯いていた顔をゆっくりと上げた。
微笑むファイナと目を伏せているブルーが目の前にいる。

「尾瀬イクミ、そして彼を護る……それがアナタの役目。」

「……」

「そうだ、これが囮という可能性が高い。」

「……」

何も云わない昂治からファイナとブルーは離れていく。

「何かあったら…すぐ言えよ、」

「ええ、私は昂治の物だもの…誰の手にも触れさせやしない。
ねぇ…ブルー…、」

「……低級だ心配などいらない、」

ファイナとブルーは空気に静かに去っていった。
息を吐き、そして右肩を昂治は掴む。

「……」

昂治の瞳にはいつもの穏やかな雰囲気などなく、
ただ暗い感情に揺れていた。

























学園中大騒ぎだった。
当の一番騒ぎ、情けない顔で怖気ずむハズのイクミはというと
何処か他人事のようにいつもと変わらないでいる。

「大丈夫か?」

「何かあったら俺に言えよ、」

「尾瀬君、大丈夫??」

「私、とても心配――、」

会う友人、生徒、先生は皆イクミを心配気に声をかけてきた。
それをイクミは平気だと微笑んで返す。
授業中も何処かイクミを心配する空気が漂っていた。
一人を除いては。

「……」

シャーペンをくるくると回しながら隣りで寝ている祐希を見た。
ほとんど授業を聞いていない彼が、よくスキップできたものだと思う。

――偶然…ですよねぇー

祐希が転校してきてから、周りが変化しはじめている。
それはあまりいい事ではないのは明確で。

――何か、知ってたりして

それはただの勘。
ぼうっと考えていたイクミと起きたらしい祐希の瞳がバチっと合う。

「……」

ギロっと睨んでくる相手に苦笑いをして、教科書を見た。

チリンッ

ポケット内の鈴が鳴ったような気がする。

――昂治……

ズキンっと急に頭が痛み出す。
イクミは顔を少し顰め額を押さえた。
視界が揺らぎ、瞳を閉じる











いやぁああーーーーーーーーーー!!!

こわい、たすけて

すきだよ

なぁ、知ってるんだろ














おくりもの

ごめん、ごめんなさい……

だいじょうぶなのかよ

きゃあああああーーーーーーー!!!いやっ!!





白、白、白










これは自殺じゃない

なに云って






皓、皓、皓










「まだ…来たらダメだよ……」






蒼、蒼、蒼













「…まだ君は目醒めてない」







さぁ、おいで








「だから…またね……」











パシンッ











「っ!!」

くるくると回していたシャーペンが鼻の頭にぶつかった。
周りからクスクスと笑い声が聞こえる。
えへへと誤魔化すようにイクミは笑って、鼻を擦った。

――何だった……でしょ……

もう一度見ようとすれば見えるような気がしたが
見てはいけないような気がした。
















こんな日には、アナタに会いたいと思う

アナタハイナイケレド

こんな日には、君に会いたいと思う

アノ人ノ変ワリジャナイヨ



















旧図書館につながる廊下に昂治はいた。
窓のサッシに手を置き、何処か遠くを眺めているようだった。
イクミがトコトコと近づけば、ゆっくり顔を向けられる。

「……大丈夫か?」

「え…ああ…やっぱ知ってる?」

コクンと頷き、眉を少し寄せて見てきた。
その瞳は本当に身を案じてくれているもので、
逆にこちらが心配してしまうほど悲痛な顔に見える。

「あのー、昂治クンの方こそ大丈夫っすか?」

「え?」

「いや、昂治の方が辛そうな顔してるからさ、」

イクミの言葉に昂治は呆然とした顔を向けた。
外からの風で昂治の髪がなびく。

「昂治?」

「俺の心配なんかしなくていいよ。」

軽く苦笑いをして昂治が言った。

「何言ってるですか!!心配していいに決まってる!!」

そんな昂治の肩を掴み、顔を近づけた。
昂治の瞳は揺れ、そして切なげな表情になる。

「イクミ…、」

引き寄せられる。
イクミは無意識のまま、顔をそのまま近づけた。

「……イクミ?……んっ、」

しっとりと昂治の唇にイクミの唇が重なる。
何処か飛んでしまいそうな感覚をイクミは感じていた。
だが現実を認識させるかのようにポケットの中の鈴がチリンと鳴る。

「あ、あはは…すみませーーん。」

誤魔化すように笑い、昂治と距離を離した。

「いや…そのーー、」

「……」

そっと昂治が自分の唇に触れている。
それが自分は昂治にキスをしてしまったんだとはっきりと思わされた。
事によっては、もう昂治が会ってくれないかもしれない。
吐き出てしまった浅ましい感情に後悔しながら、イクミは何とか
弁解しようとした。

「イクミ……」

だが昂治は頬を染め、何故か泣きそうな顔をした。
それは何となく抱きしめなければならないような気がして、
イクミは昂治を抱きしめた。

「……」

「……」

少しの沈黙の後、昂治がゆっくりと離れた。

「悪いな…」

「いえいえ、そのーー尾瀬君の方が謝る方で、」

微笑み、イクミから目を逸らす。

「先生に呼ばれてて…そろそろ行かないと、」

「あ、そうっすか、えーーっと、」

「あのさ、イクミに会いたいと思ってもいいか?」

その言葉にイクミは歓喜を覚えながら首を縦に振った。

「思っていいに決まってます!
つーか、その俺の方がお頼みする方です!」

「……ありがと、」

目を伏せながら昂治は言い、そして物憂げな顔を向ける。

「じゃあ…またね、」

「またな、」

そう言葉を交わし、昂治はゆっくりと去っていった。
去っていった後、イクミはつい先程の事を思い起こす。

――にゃあーーーー!!!昂治とキスしちゃた!!!

後悔しながら、けれど嫌そうな態度をとらなかった昂治に
少し心躍らせた。



























誰もいない廊下で昂治は立ち止まった。
そして唇を手で覆う。

「俺って…最低……」

目を閉じ、顔は真っ赤に染まる。

「俺は……」





























心を落ち着けて、イクミは教室へと歩いていた。
何とはなしにイクミは後ろを振り返った。
案の定、そこにはブルーが立っている。

「…忠告とも言える、」

ブルーは静かに言う。
その声は廊下によく響いた。

「夜、学園に入るな、」

「え?」

イクミが首を傾げるも、ブルーは気にするまでもなく去っていった。
いきなり忠告されても意味がわかるはずもない。
だが、今日下駄箱に入っていた鳥の死体と関係あるのではないか
そう思った。

――つーか、夜…学園に行かないんですけど……

けれどイクミは夜、学園に行きそうな気がした。
それは変な確信だった。



















想いはあたたかく
自分に芽生えさせる
もう芽生えているものがあるというのに

















(続)
イクミ×昴治のように見え、
やはり祐希×昴治を捨てられず……みたいな?

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