**神の花嫁**
05:のすたるじあ
それは強く
それはただ強く
蠢く闇をひれ伏す
この夜さえ
消さんばかりの光で
さぁ、迎えん。
我の花嫁よ。
アタタカイ。
その手はやわらかく。
髪を撫でる。
――…このままで…
声がでない。
そして離れていく手。
――行かないで、ココにいて
近くに手がある。
離れていく前に、それを掴んで縛り付ければ。
視界がはっきりしてくる。
手を掴んだ。
「兄貴っ!!」
「うげっ!?」
手を引き寄せ、抱きしめた体は呼んだ者とは違う。
もっと華奢で、細い。
彼も十分細いが、呼んだ者はもっと細い。
そして
あの優しい香がしない。
「…あのー…そういう趣味はない方なんですけども。
つーか、俺、押し倒され役?イヤンですよ。」
「っ!?」
バッと離れた。
離れたというより、突き飛ばした。
ガタンッ、
突き飛ばされた相手は尻をつき、薬棚にぶつかって
物が頭に直撃している。
「うぅーーー…何すんですかーーー!!!!
何もしてないっていうか、君がしてきたんすよー!!」
ちょっと怒りモードのイクミが恨めしげに祐希を見る。
額を抑えて、祐希はため息をついた。
「君の“兄貴”を見てみたいもんですよ、」
「うるせぇ、」
「はいはい…。」
軽くイクミは流してしまった。
落ちてきた物を薬棚に戻しながらイクミは続ける。
「君には悪いんだけどね、
喧嘩するんだったら怪我しないでくれますー?
蓬仙がうるさくてさー、解るっしょ?」
「……」
「……ん?手首ケガしてたんすか?」
右手首にサポーターのようなモノをしている。
イクミが伸ばした手を過剰な程に叩き払った。
「触るな!!」
「?」
睨み、けれどその表情は悲しみに歪んでいる。
――まぁ、俺が気にするまではないか…
イクミは払われた手を見た。
「っ!?」
チリっとこめかみが痛くなり、視界が揺らいだ。
ひどい頭痛が自分を襲う。
「っ…、」
ねぇ、ボクを愛して
俺だけを愛してよっ!!
「くぅーーー!?」
響いた声とともに頭痛が消える。
嘘のように余韻さえない。
「……」
目を顰めて見ている祐希にイクミは笑った。
「あはっ、心配してくれた?
それはそれはー光栄っすねぇ。」
「心配なんかするか、」
「ルームメイトじゃないv」
「知るか!!」
怒鳴る相手を見る。
感情を正直に吐き出している。
そう思えば生意気ながらも可愛くは見えた。
――おまえのお兄ちゃん。
そうとう甘やかしてたんだね…
浮かぶ思考と記憶をイクミは抑え込んだ。
ふつふつとわきだつ暗い感情は誰にも
知られてはいけない。
そう決めていた。
旧図書館にその声は響いた。
「あううーーーー!!!昂治ぃぃぃ!!!」
思わず抱きついてしまったが、相手は身じろぐ程度
だったので少しそのままでいる。
「ビックリしたな…どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも…1週間も会えなかったすよ?
寂しさに枕を涙で濡らす日々でしたー。」
そうなのだ。
会いに行きたかったのだが、何分、クラス理事だ。
仕事や話し合いが多く。
学園祭の準備、プラスもう問題児となっている祐希の
面倒とそのあとのいざこざ処理。
顔を見るだけでも、と思ったが痛切な願いは叶わず
学園祭前日の今に至った。
「大袈裟だな。1週間会えなくても、その分他の日に
会えばいいじゃないか?」
きっと他意はない言葉だ。
身体を離し、広げられた本でなく自分を見る瞳に
イクミは感激した。
「はにゃvそうですね♪」
「そうだろ?」
微笑み、そして広げられた本に瞳を戻した。
周りの威圧感があると思えるくらいの本棚たちを
見て、イクミは昂治の隣りに座った。
「学園祭の準備、終わったのか?」
「うん、何せ計画的だからさ、俺。」
「ウソばっかし。」
「えへ、ばれてました?」
準備はあと少し残っていた。
だがすぐに終わる程度だったので
イクミは抜け出してきたのだ。
「昂治はさ、準備とか終わった?」
「…クラスのヤツがやってる。邪魔しちゃ悪いし…
俺は会計みたいなもんだからさ…。」
準備はほとんどないと言外に含ます。
昂治はどうやら、
学園祭の事後処理を任されているようだ。
「ふーん、大変っすね。」
「そうでもないよ、」
苦笑いをして昂治が言った。
表情がくるくると変わる相手に
イクミは笑みが零れた。
「あのさー…昂治、」
「ん?」
「明日さ、一緒に…」
言葉が詰まった。
けれど何とか伝えようとワタワタと手を動かす。
「イクミ?」
「一緒に周りません?
いやーその、一日中は無理なんだけどー。
あーえーっと、用事があるんでしたら、
もう断っちゃっていいっすよ!」
「いいのか?俺となんかで…
他の友だちとか、女の子とかさ、いるだろう?」
ガシッと昂治の手を掴んだ。
「昂治クンがいいんです!」
「……ありがとう、午前中なら空いてる。」
手を握り返し、昂治が微笑んだ。
ビクっと身体を震わし、パッとイクミは掴んでいた
手を離した。
「イクミ?」
「あはははは…」
笑うイクミにつられるように昂治が笑った。
学園祭当日。
女生徒によるゴスペルが響き、その開催を祝う。
鐘の音が響く。
「うーにゃーーーーー!!!!」
ちょっとヒスをイクミは起こしかける。
クラス出店のチラシ配り。
理事とあって、準備にかなりの労力を要した。
その所為もあって当日はあまり役は割り当てられていない。
だがしかし、それは二人でやれば早く終わるし
楽に配分されているのだ。
「尾瀬の所為でしょ、」
「そんな事いわないでー手伝ってくださいよー!」
ウェイトレスに配分されているあおいにイクミは
泣き言を云った。
「朝はいたんですよ!朝は!!でもでもでもーーー!!」
チラシ配りは祐希の役でもあった。
が、その祐希はどこかに行ってしまった。
行ってしまったというより、サボったという感じだろう。
「はにゃーー…ダメダメかもーー、」
見れば昂治と約束した時間が迫っている。
もうため息が出ずにはいられなかった。
「……はぁー…、」
「何ため息ついてるんだ?」
「それがですねー…昂治君に嫌われちゃうかなぁなんてー、」
「嫌う?嫌いじゃないけど、俺は。」
「でもでもー約束の時間に間に合いそうもないんですよ。」
「それなら手伝おうか?」
「え!?ホント!!…え、あうぁーーーーーーーーー!!!」
変な叫び声を上げてイクミは驚く。
そこには昂治が微笑んで立っていた。
目をパチパチさせているイクミに昂治は苦笑いをする。
「…あ、迷惑だったかな、」
「いえいえいえいえいえーーーーーーー!!」
手をバタバタ振って、イクミは弁解した。
「誰?」
あおいが昂治を見てイクミを見た。
「……西校舎の生徒の…昂治です、」
「西校舎?えーー珍しい。西校舎の生徒が東校舎に。」
少し昂治が目を伏せる。
そしてゆっくりとイクミを見た。
「やっぱ迷惑みたいだから…、」
「ああーーーーいえ!そんな事ないっす!。」
「そうよ、それにしてもカワイイ顔してるわね。」
そのあおいの声に、行き交う生徒や客人が昂治に注目する。
確かに少しぱっとしない印象も感じるが、
よく見ると整ったキレイな顔立ちをしていた。
――んーーなんかーーー…
イクミは昂治の手を取った。
そして赴ろに走り出した。
「ちょっと、尾瀬!!」
「あとでやりまーーす!!」
ただでさえ成就は難しい想いなのだ。
ライバルを増やすなんて余裕はない。
イクミは昂治の注目を払うように手を引き走る。
この感情はヒドク、懐かしい。
そして寒気さえも感じる感情だった。
「……」
祐希は一人、旧懺悔室にいた。
イクミが云っていたとおり、悪い噂がある為誰も
入ろうとはしない部屋だった。
何でもココで祈れば、願い事が叶うって言われてるけど。
ココに入った生徒は、必ず殺されるとか、
行方不明になるとか、悪い噂があるんだよねー。
で、大騒ぎになって封鎖中ってワケ。
イクミの言葉が頭を過ぎり、祐希は笑った。
正面には封鎖中のハズなのにホコリさえ被らず
十字架とマリア像はステンドグラスの光を浴びていた。
「なぁ…アンタは神なんだろ?」
ボソリと祐希は呟く。
「何人でも救うんだろ?
罪には罰を与えんだろう?」
クスクス笑い、祐希は自分を自分で抱きしめながら蹲る。
「…どうしてソコで観てるだけなんだ、
ココにいてやってるのに――、」
変わらずステンドグラスの光は十字架とマリア像に浴びせ、
そして祐希にも七色の光を注ぐ。
それが全ての応えを物語っていた。
「ふぃーー…ごめんちゃいねぇ、」
「大丈夫、久しぶりに全力疾走したよ。」
笑って昂治は応えた。
イクミも笑おうとするが、自分が昂治の手を握っているのに
気づくとボッと真っ赤になった。
――ああーー俺ってかなりメロメロっす…
「…?」
「あははーー、ごめんねーホントに。手まで握っちゃって…、」
「気にしてないよ。それにイクミってキレイだし。」
「ほえ?」
昂治が目を伏せ、握っているイクミの手をそっと撫でた。
あたたかく優しいぬくもりが伝わる。
「あの…昂治…、」
「大丈夫なのか?仕事の途中じゃ、」
「…いえ、平気です。配りだから……。」
「サボりか?」
ゆっくりと手を離し、イクミを覗き込むように見る。
それはいたずらをしようとしている子のようだ。
落ち着いた雰囲気さえ感じる昂治としては少し印象を
変える仕草だった。
「にゃぁーー…まぁそうなりますかねぇ…、」
「ダメだろ?バレたらどうすんだ?」
「え…バれるも何も解んないというかー。」
「俺が知ってるだろ、」
にっこりと昂治が笑った。
「あのー昂治クン?」
「口止め料としてさ、何か買ってくれないか?
お腹すいててさ。」
「……」
と、イクミは奢る事となった。
「ありがと、イクミ。」
もぐもぐとクレープを食べながら昂治が言った。
奢る事となったのだが、それでも買う時は
イクミを伺って買ってくれるかと聞くあたり
昂治らしかった。
――まぁもともと奢るつもりでしたしー…
二人は小休憩には最適の中庭にいた。
周りは恋仲やら友仲やらたくさん生徒がいる。
そんな中で空いていたベンチに二人を腰を下ろす。
「…それおいしい?」
「え?うーん、おいしいと思うですよ。」
イクミはフランクフルトを食べていた。
相手の顔とフランクフルトを見て、イクミは微笑む。
「一口食べる?」
「え、いいのか?」
「はいなー、」
すっと差し出すと昂治がぱくっとフランクフルトを
口に含んだ。
――う゛!?
それはもう、例のやましい事を思い浮かべてしまうが
悲しい性であって。
血が煮え滾るような感じがした。
――あうーー…ちょっとマズイかもかもー…
「あの…お、おいしいっすか?」
「んぐ?」
一口食べ、上目で昂治がイクミを見た。
「…ん、おいしいよ、なかなか。」
「…はうっ!」
「???」
フランクフルトを落さなかった自分を
ズボンが天張らなかった自分を
今、かなり褒めたかった。
「そうそう、渡す物があったんだ。」
「え、なになに?」
昂治が食べた後を見て、かなりドキドキしている
己のやましさにイクミは内心でため息をついた。
――でも食べちゃうv
これぞ間接キスだねぇと思いながらイクミは食べた。
「…えっと、ちょっと待って…、」
制服のポケットをがさごそと探って、その渡したい物を
イクミの目の前に出した。
チリン…
やけに響きのよい小さな鈴だった。
赤と白であしらった紐に薄く青のかかった銀の鈴。
「確か窓とか落ちてきたんだよな。これお守り。」
イクミは手を広げ、その上にそっと昂治は置いた。
「鈴の音は、嫌な事とか悪いモノを寄せ付けない力があるんだ…」
ぼんやりとしているイクミに軽く昂治は微笑む。
「って売ってる所で言ってたんだけどな。」
「あの…くれるんですか?」
「あげるよ、イクミに。」
目を伏せながら昂治は云った。
そして開いた瞳は一瞬煌いたように見える。
「あのさ、やっぱいらないかな?」
「そんな事ないです…その感動というかー嬉しさに震えるっていうかー、」
「…よかった、俺ってセンスないってよく言われてたからさ。」
その微妙な言葉のニュアンスにイクミは気になった。
けれどその思考を止めるように誰かが近づいてくる。
「昂治、探したわ。」
「…ファ、ファイナ!」
昂治がぱっと立ち上がった。
何となく睨みたい気分でイクミはファイナを見る。
やはり神秘的なキレイな少女だ。
近づき、昂治の横に立てばかなり絵になる。
「ごめん、もうそんな時間だった?」
「ええ、時間過ぎても来ないから心配して探しちゃった。」
ふふっと笑い、ファイナはイクミを見る。
「ごめんなさい、邪魔してしまって。」
「いえいえー、全然平気ですー。」
「ごめんな、もう行かないと…。」
ファイナと何か話し、そして昂治はイクミから離れていく。
去ろうとする昂治は振り返りイクミを見つめた。
「それ…いつでも持ってて……じゃあ、またな。」
昂治はファイナと共に去っていった。
イクミはその後姿に手を振り、手に残った鈴を見た。
冷たい感触の鈴はやけに心地よい。
――あんま一緒にいれなかったのは残念でしたが……
にこっとイクミは笑った。
そしてまた賛美歌が響く。
「もーーー!祐希は探さなかったの!!」
「あのねーー…俺は保護者じゃないんですよー、」
閉祭式となる今は、天気が良い所為か
外で催されていた。
夕暮れ時に響く歌声は神秘的だった。
「あーー、何それ!!」
他クラスのこずえがイクミの腕を掴み、
その腕についていた鈴を見た。
「うにゅ、貰ったとですよ。」
「…誰に?誰に!誰に!!!」
「あのーー、こずえさん恐ひ……、助けてぇ、蓬仙!」
「どうしよっかなーー、」
一応、今は閉祭式の最中だ。
騒いでいる3人に近くに通りかかった先生がゴホンと
咳払いをした。
「…ちょっと、睨まれちゃったじゃない。」
あおいが小声でイクミを見た。
「あの俺の所為ですか、」
「イクミ!教えなさいよ!!」
「ああーーにゃーーー…、」
チリンチリンと鈴が鳴る。
その鈴の音は本当に綺麗だった。
「……時が満ち始めている、」
ブルーの青い髪が揺れ、
「そうね、でも…まだ足りないわ」
ファイナの茶色の髪はたなびき、
「いずれは満ちる。」
昂治の瞳が蒼に煌いた。
三人には屋上から閉祭式を眺めていた。
西校舎のココは西陽がよく当たっている。
「…鈴を渡したの?尾瀬クンに。」
「……ああ、」
ブルーが昂治を眺め、手すりに寄りかかった。
ファイナは髪を掻き分け、片手だけ手すりに置く。
「標的だと言っているようなモノだ……」
「もう標的になってるだろっ!」
昂治は手すりを叩いた。
そしてぎゅっと握り締める。
「……どうしたの?あなたの気、乱れてるわ…」
「……」
「疲れているのか、」
「……疲れてない、」
風が吹き、三人の髪を揺らし頬を撫でる。
「ただ………」
手すりを握り締め、昂治は俯いた。
「私は何も聞こえてないわ、」
「俺は何も見えていない、」
昂治から目を逸らしながらブルーとファイナは云った。
その言葉に瞳が見開き揺らめく。
ガシャンッ
手すりを叩き、ずるずると昂治は蹲った。
ツゥっと頬に涙が伝う。
ブルーとファイナは何も言わない。
「俺は愚かで…我が侭なのに……」
神よ、なにゆえ……?
祐希はそっと瞳を開けた。
寝てしまったらしい。
「……」
首をコキコキ鳴らし、旧懺悔室から出た。
廊下は少し薄暗くなっている。
チリン、チリン…
鈴の音が聞こえ、祐希の肩がビクっと震える。
「!!」
ばっと振り返る。
「もーー、こんな所にいたんですかーー?」
イクミがいた。
目を顰め、そしてイクミを睨む。
その凄みのある目つきを軽くイクミはかわした。
「蓬仙とこずえさんが玄関で待ってます。
問答無用に早く行きましょー。」
「……」
ずんずんと歩き出す祐希だが、ちゃんと玄関の方へ向かっている。
イクミは息をはき、トコトコと歩き出した。
チリン、チリン……
「……」
「んにゃ?何ですか???」
イクミの腕にある鈴に祐希は気づく。
祐希はイクミと鈴を見比べた。
その視線に気づいたのか、イクミはにっと微笑んだ。
「えへへ、貰ったんだー。誰から貰ったか気になるぅ?」
「別に…、」
無視するように歩みを早めた祐希に、慌ててイクミは駆け寄った。
「もっと可愛げのある反応しないかねぇ、君は。」
「うるせぇよ、」
「はいはい、あー、蓬仙には保健室にいたって言っておいた方が
いいと思うよ。かなりしつこく叱るから、」
イクミはパチンとウィンクした。
祐希は答えもせず、前を仰ぐ。
チリン…
耳にはしっかりと鈴の音が響いていた。
こうやって罪には罰を与えるのだろう
こうも現実は残酷に責め続けるのだ
(続) |