**神の花嫁**
04:彼の瞳に映るモノ
これは夢
そう気づくのはめずらしい事じゃない
けれど
それに気づいた後
目覚めるのがツライ
ひどい頭痛
まるで起きるなとでも言わんばかりに
「目覚メナイデ」
目醒める事と
気づくコトは
同じ事なのだろうか
祐希と同室になろうとはイクミにとっては
考えつかないものだった。
確かに、寮室は2人用である。
あまり寮を使う者がいないので、同室がいなくて
良かったのだ。
それなのに同室になると云う事は――
――先生方々の考慮ですかね、
良く言えば祐希の為。
悪く言えば厄介払い。
――ま、この性格が買われちゃった事っすかね。
「何、見てんだよ、」
「別にー…」
空いていた隣りのベットに人が眠る。
息をついてイクミは自分のベットに座った。
――これがもし昂治クンだったらな…
「あ、あの…ココいいかな?」
「いいですよーv」
「……」
「どしたの?昂治クン。」
「なんでもない。」
「昂治?」
「…そ、そんなに見るなよ!恥ずかしい…」
――はにゃーーーんv
自分の想像にイクミはニヘラと笑った。
「…気持ち悪ぃ…アンタ変態か?」
「あ?何それ!」
「変態かって言ってんだよ。」
机の上に教科書らしい物を置いて祐希が言った。
イクミはぷうっと頬を膨らます。
「根拠ないじゃん。」
「ヘラヘラ笑ってるバカが、何より証拠だ。」
「男の子はみーんなスケベですよーだ。
祐希クンも想像したりするっしょ?」
ふいっと祐希は目をそらした。
「ま、俺は健全な想像でしたが。」
ふふっと笑って、イクミはベットに横たわった。
「どうだか、」
バカにしたような見下すような物言いに
腹がたたないワケではない。
けれど、その態度に何かしら理由があると思えば
殴りたい衝動にかられたりしない。
「そうそう、何でこんな時期に
転校してきたんですかー?」
答えない。
イクミは枕の上に自分の頭を乗せる。
「云いたくないんなら良いけどね。
深入りするつもりないしー。」
「人、殺した…」
「え?」
ガバッとイクミは起き上がった。
馬鹿にする笑みを浮かべた祐希が見ている。
「――とでも、云っておこうか?」
「…悪趣味ぃ。」
イクミはじと目で見るが、
相手は気にするふうもなかった。
星が煌き、月明かりが校庭を照らす。
ほぼ中央に昂治が立っていた。
「……」
少し離れた所にブルーが座っている。
風が穏やかに吹き、そっと閉じていた瞳を
昂治は開いた。
タンッ
足音を鳴らし、昂治は跳ねるように踊りだした。
白い肌がぼんやり光る。
軽快なステップは幼児が踊っているような
錯覚を感じさせた。
「…っ……」
ふとブルーが立ち上がった。
そして辺りを見回す。
「何か、見えたのか!」
踊り続ける昂治はブルーに話し掛けた。
けれどブルーは目を伏せるだけだった。
遠い記憶。
近い昔。
それは雑音の中
二人だけの世界があるのなら
ソコへ行きたかった
否
ないのなら無理にでも創って
アナタを閉じ込めたかった
それを許しはしないアナタだから
こうやって歩くのだけでも嬉しかった
バカか?
そう思う
けれど本当に共に歩けるだけで
良かったのかもしれない
激しい情が
求める欲が
存在するけれど
それでも
アナタがいるだけで良かった
でも
それさえも
許さないのか?
許されない?
それとも
ねぇ、教えてほしい
僕を好きでいてくれた?
清々しい朝。
イクミはすっと瞳を開いた。
――なんだ…今のはぁー…
頭に響く声は自分のモノではなかった。
夢のようで、いつもの夢とは違う。
語りかけてくるような感じだった。
背伸びをして、イクミは身支度し始めた。
――何があろうともー…日々は過ぎ去りしぃー
制服に袖を通しながら、隣りのベットに寝ている
祐希を見た。
布団を深くかぶり、見えるのは長めの髪と
ちょこんと足が見える程度。
――猫みたいっすねぇー。
珍しく、寝起きの良い自分に驚きながら
同室となった祐希を観察する。
相手はまだ起きる気配はない。
――さてさて、今日は…
制服に着替え終え、布団を畳む。
机の上の教科書類をカバンに入れながら
今日の予定を思い出した。
――あー、そろそろ学園祭だねぇ
学園祭というより、復活祭という感じだ。
一応、校風はキリスト教を取り入れている。
普通の学園祭のようにクラス出店と
開祭式、閉祭式はゴスベルが女生徒により
唄われ、祈りを捧げられる。
ふいに映る
アナタの歌う姿
「…姉さん……」
口から勝手に言葉が出た。
そしてすぐに、
言葉に出してしまった自分に後悔し
歓喜と嫌悪が交錯する。
イクミ――…
そして、ほんの一瞬。
掠めるように
微笑みかけながら自分を呼ぶ彼の姿が浮かんだ。
昂治。
ふっと笑みを浮かべ、イクミはカバンを持った。
――そう言えば、苗字聞いてなかったっすね。
名前を聞いた時、
彼は昂治としか名乗らなかった。
朝食は学園の食堂で食べるので少し早い。
暇つぶしを兼ねて、
イクミは苗字を考えてみる事にした。
ベットに座り、考え込む。
――うーん、何だろ…篠田?川崎?いまいちぃー
田中、三村、斎藤、御堂、鈴野…
と云った感じに苗字を考えてみた。
どれも合うようで、合わない。
浮かぶ顔は控えめに微笑み。
そして青い瞳。
「…相葉…昂治…、」
呟くように言葉が出た。
――うにゃあーーー!!!
それじゃあ、祐希クンと兄弟みたいじゃん!!
内心でイクミはツッコミ、ふぅっとため息をついた。
「相葉か…うーうー…」
「うるせぇ…なに唸ってやがるっ、クソ野郎が、」
「クソ野郎ってね、俺はただ苗字をね…って
起きてたんですかー?」
見れば、髪を掬いながら祐希は起きていた。
不機嫌そうな表情にますます磨きが掛かっている。
「てめぇがブツブツ言ってやがる所為だ。」
「じゃ、良かったじゃーないの?
遅刻せずにすむじゃん、これで。」
ジロっと睨まれ、そして無視された。
イクミはひょいっと肩を上げる。
「…そうそう、今日から学園祭の準備が
はじまるからさー。
役決めの時、協力してくださいねー。
色々めんどーだからさ。」
「……」
無視される。
少し怒りは覚えるものの、こういう年に
よく見られる“反抗期”だとくくり
イクミは気にしない事にした。
その感覚は
自分が自分でなくなる感覚。
ふわりと何かが降りてきて
自分の中に何かが入り込んでくる
人は他人との融合を拒絶する
けれど
それは全然嫌気はない
むしろ
望んでいる
「もーーー!!!
ちゃんと面倒みなきゃダメでしょ!!」
怒鳴りをいれられたのは、二時限目が終わってからだ。
一時限目から始まった学園祭のクラスの話合い。
何を出店するか、費用はどれくらいに抑えるか、
買出し、準備、ゴスベルを歌う女生徒、
出店の際のローテーション組み方などなど
所謂、役決めなど決定していた。
あおいは黒板に書かれている字を消しているイクミに
ずずずいっと睨みつけた。
「面倒って、誰のっすか?」
「祐希に決まってるでしょ!!
ちゃんとしなさいよ!!理事でしょ!」
「小学生じゃあるまいにー、」
「いないじゃないの!!」
「縄でくくりつけるワケにはいかないっしょ?」
確か一時限目の最初にはいたが、
いつのまにか祐希の姿は消えていた。
話し合いで騒がしくなった時くらいに、
教室から出ていったのだろう。
「ま、役は適当に決めておいたし。
これでいいっしょ?」
生徒会に出す紙をあおいに見えせた。
「…チラシ配りか…お客さん、たくさん集まるわね。」
「えぇ?なんでですか?」
「知らないの?女子の間じゃ、祐希の評判いいのよ。」
――見かけはいいけどねぇ…
イクミは黒板消しを置いて、パンパンと手を叩く。
顔は綺麗な方で、無愛想な所は謎めいていて
クールだと思われているのか。
何せ、変な時期の転校生である。
注目を浴びているなか、不良グループを倒して
しまったというのが良い方の噂に
女子は転化したようだ。
「じゃ、そういう事で。祐希を探してきなさい!」
「俺ですか?イクミ君は祐希クンの保護者じゃ
ないんですけどー。」
「いいから行くの!!」
あおいの物言いに言い返す言葉もなく、
イクミは不本意ながらも探すはめとなった。
首をコキコキと鳴らし、廊下を適当に歩き回る。
――何処にいますかねー。
窓の外を見れば、少し離れた場所に西校舎が見えた。
――ああー…昂治クンに会いたひ…
カリカリと窓を掻く。
今の物言いは、会えないような感じだけれど、
今日の昼休み、ちゃんと会いにいくつもりだ。
「ん?」
いつのまにか、周りに人が少なくなっている。
そろそろ休み時間が終わるのだろう。
イクミは背伸びをして、教室に戻ろうとした。
「あ…イクミ…だよね?」
その声に、リンゴン、リンゴンと歓喜の鐘が
鳴ったような気がした。
自分の名を呼ばれた事。
自分を引き止めてくれた事。
「昂治v」
目をキラキラさせて振り返ると、
「良かった、間違ってなくて。」
「イクミ?」
昂治と同じ茶色髪の女の子がいた。
神秘的な雰囲気の女の子で綺麗な顔立ち。
胸には昂治と同じ、羽のタックピンをしていた。
若干、昂治の羽タックピンと形状が違うようだが。
――あうー…昂治クン彼女もちぃ?
少しのショックを受けているイクミに
女の子の方が微笑みながら話し掛ける。
「こんにちわ、私はファイナ・S・篠崎。
アナタが尾瀬君?」
「は、はいー。尾瀬イクミです。
あのー、つかぬ事をお聞きするんですがー…
昂治の彼女さん?」
「違うって、」
困ったように昂治が言った。
ほんのり頬が赤いのがあやしい。
「ふふ、そう見てくださるなんて嬉しいわ。
尾瀬君、思ったとおりの人ね。
よく昂治からアナタの話を聞いてるわ。」
「ファ、ファイナ!!」
もっと恥ずかしがるように昂治がファイナの
言葉を遮った。
それは顔が真っ赤で、イクミは嬉しさがこみ上げた。
「あ、えっと…ごめん。」
「いえいえーvv」
「昂治、そろそろ時間だわ。」
「そうだったね…ごめんな、声かけちゃって。」
ニコニコとイクミは笑った。
その笑みに昂治は申し訳なさそうな笑みを返す。
「あのー、今日さ。会いに行ってもいいよね?」
「……ああ、いいよ。待ってる。」
微笑み、ファイナと共に昂治は去っていった。
それを見送り、イクミはふぅっと息は吐く。
――俺って昂治にメロメロ…
頭を掻いて、イクミは教室に戻ろうとした。
すると角を曲がる祐希が目に入った。
「ああ!!みっけーーーー!!!!」
サラっと長い髪を風が撫でる。
「…尾瀬イクミ…素晴らしいわ…」
「……」
かかる髪をファイナは耳にかける。
「もし私だったら、喰べているかも。」
「ファイナ、」
「冗談v」
ふふっと微笑み、胸元に手を置いた。
そして制すように見る昂治に瞳を向ける。
「昂治に逆らったりしないわ。」
「てめぇは保護者かよっ!!」
「出来るなら、この立場は違う奴に進呈
したいもんですな!
つーかさ、君ちょっとガキっぽいよ?」
その言葉に不機嫌な表情に拍車がかかる。
祐希は睨みながらイクミの胸倉を掴んだ。
「んだとぉ?」
「俺はケンカを売らないし、買わない主義。
ケンカとかしたいなら、他にあたってくれます?
言葉も解らない、お子ちゃまじゃないっしょ?」
ギリッと奥歯を噛み、
イクミを押しやって胸倉から手を離す。
「責任転嫁するつもりはないけどさー、
君が来てから、不幸続きなんですよー。」
――まぁ、昂治クンに会えたという幸せもあるけど。
「勝手に不幸になってろ、」
「あら、ヒドイ。これでもルームメイトっすよ。」
「知るかよ、」
息をつき、周りを見る。
人の気配がない静まった廊下。
もう休み時間は終わったのだろう。
「君の役割、チラシ配りになったから。
嫌なら出なかった自分を恨んでちょーだいね。
蓬仙がウルサイから教室に一回戻ってくれ。」
「指図すんじゃねぇ!」
「指図?今はもう授業が始まってる時間なんすよ。
云うなれば、一般論の常識っしょ?」
「うるせぇ!アイツみてぇな事云うんじゃねぇよ!!」
「アイツ?」
祐希の瞳が見開き、そしてすぐに口を押さえた。
目を顰め、イクミは相手を見る。
明らかに動揺していた。
――アイツ???
神なんていないんだ
ガシャン
壊れる音
死ニタクナカッタ
「う…、」
急激な頭痛が襲い、イクミはふらつく。
何とか倒れないように壁に手をついた。
――なんだ…今の…
「アイツって、誰かは知らないけど。
君よりは常識人なんだな。」
「っ!」
動揺が大きくなった。
何か、彼の心を大きく揺さぶっている。
その何かは解らないが、
深入りするつもりはない。
「ま、それは置いといて。
教室に戻りましょうねぇー。」
睨まれるが、イクミは軽くかわした。
壁から手を離し、不意に後ろを見る。
「っ!?」
いつのまにいたのだろうか。
青い髪の青年が立っていた。
威圧のようなモノが身体中に伝わるのが解る。
「……あ、前の…」
イクミは少し警戒して相手を見た。
例のステンドグラスが落ちてきた事件の前に
忠告した奴だ。
「何見てんだよ、」
彼の威圧を感じてはいないのか。
それとも逆に闘争心が駆られるのか。
祐希は青い髪の青年を睨みつけた。
「……」
相手は何も云わない。
ただ見据えるだけだ。
「このっ!!」
「おい、ちょっと!!」
祐希は青年に殴りかかった。
反応の遅れたイクミは目を瞑る。
――あー、ボコボコだよー。
内心でため息をついて、
イクミは精いっぱい愛想笑いをした。
「大丈夫ですかー?」
見た光景にイクミは目を疑った。
「ぐっ…」
祐希は意図も簡単に拳をとられていた。
青年は掴んでいる祐希の手を引き寄せ、
壁に身体ごと叩きつける。
そして背負い投げのように身体を浮かして
祐希を床に叩きつけた。
「あ…え??」
ボコボコにしたというより、ボコにした感じだ。
倒れている祐希と青年を見比べる。
「…弱すぎる…オマエも、弱すぎる…」
「あの、何言ってるか、サッパリなんですけど。」
口調は軽いが、イクミは警戒を解いたワケではない。
「……」
目を伏せ、青年は去っていく。
「おい!!このままにしておく気か!青の長髪クン!!」
「…ブルーだ。」
そう言って、青年は角を曲がっていった。
追うにも倒れている祐希をほっとく訳にはいかない。
「ブルーって…名前教えてもらっても…ねぇ…」
倒れている祐希は、打ち所が悪かったのか。
気絶していた。
盛大にイクミはため息をついた。
「ホント世話の焼ける奴ですねー…。」
ため息をつくと幸せが逃げると聞く。
イクミは吐いた息を盛大に吸った。
――コイツの家族見てみたいもんですよー。
気絶している人の体重は重い。
苦戦しながらも、イクミは祐希を背負って
保健室へ行った。
「しつれいしますー、」
祐希を引きずって、保健室の扉を開いた。
中に入ると、薬品の匂いが鼻をつく。
人気はなく、誰もいないようだ。
保健室の先生がいるハズの席は空席だった。
「…俺に面倒みろと?はぅあーー、ほんっと
しょーがない。」
「先生ですか?」
「!?」
引きずっていた祐希を一瞬、床に落しそうになった。
声がした方に目を向けると
「昂治!!!」
「…イクミ…っ!ソレどうしたんだ!!」
「あーえっと…」
祐希をベットに寝かせ、その横にイスを2個置いた。
片方にイクミが座り、遅れて昂治が座る。
「ケンカ?」
「というか…
まぁ、否があるのはコイツなんですけども。」
「……イクミと?」
「えぇ!?違うですよー。
何だっけ…ブルーって言ってたけど…
あー髪が青くて長い長身の奴。
昂治と同じ羽根のタックピンしてたな。
知らない?」
「……知らない。他のクラスの奴かな…、」
「そっか…」
イクミを見て、寝かされている祐希を見た。
「ああ、コイツが転校生の祐希クンですよ。」
「へぇ…祐希って云うんだ。」
目を伏せ、そしてイクミを見た。
その瞳は微かに揺れている。
「オマエは何ともないのか?」
「何ともないっすよ。
つーか、ホント祐希が悪いんだよね…
あの場合は…」
「そっか…色々、大変だな。」
ふっと微笑み、寝ている祐希に手を伸ばす。
長めの前髪を目に入らぬようにしてやり、
昂治は立ち上がった。
「俺、そろそろ行かないと…」
「…うん、ありがとねv手伝ってくれて。」
「別に大した事してないよ。」
昂治は困ったように笑い、
そして入り口へと向かう。
「じゃあ、またね。」
「…うんv」
手を振って昂治を見送った。
"またね"
その言葉はイクミを十分に満たす。
また会えるという約束に思えて。
静かに廊下を歩いていた昂治は
目を伏せながら立ち止まった。
「どうして…ブルー!!」
「……」
昂治の後ろにブルーが立つ。
「おまえには分かっているだろう…」
「……傷つけてはダメだ。
ダメだよ…ブルー…」
「それは…」
ブルーは言いかけた言葉を濁した。
振り返る昂治は少し微笑んでいる。
青い瞳は揺らめいただけで、
何かを映しているようで映していない。
透けているようだった。
「ごめん、ありがと。」
そう言って昂治は歩き出す。
その足取りは強くも儚く見えた。
(続) |