**神の花嫁**

02:静かに嵐は吹き荒れる















そう言えば

昔からよく夢を見た

微笑むアナタ

キレイ




「来ちゃダメだよ」

「来ちゃダメ…」




どうして?



「だって、アナタは…」















ぼやーっとしているイクミに昂治は目を顰めた。

「何か、俺、ついてるか?」

「い、いえいえ!!あの!!そのですねーーー!!」

バタバタと手を動かしたイクミは壁に手をぶつけた。

「あったーーー…いたた…」

「大丈夫か?」

微笑み、ぶつけた手を昂治は取る。
少し赤くなっている程度だ。

――あ…手…やわらかい…

熱が高まっていくのが解る。
抱きつきたい衝動を抑えて、じっとイクミは見つめた。

「そう言えば、どうしてこんな時間にいるんだ?」

見つめているイクミを見つめ返しながら昂治が云う。

「あ、えっと…今日ね転校生が来てさ。まぁ案内?」

「へぇ、転校生が来たんだ。」

「校舎違うから、やっぱ知らなかった?」

「うん。教えてくれてありがとう。」

微笑んだ。
微笑まれて嬉しくなるなんて、
もう随分昔に味わったきりだ。

「でも、その転校生は?」

笑うしかない。

「えへへ、いやーねぇ…反抗期中の子みたいでしてぇ。」

「反抗期?なんだそれ、」

「ホント、大変っすよ。祐希クンって云うんだけどね。」

「祐希?女の子?」

「女の子だったら、もっとエスコートしてますよー。」

「なんだそれ、」

口元に手を当て、昂治は微笑む。

「あはは…あのさー、」

「あっ、」

昂治は急に思い出したように左手の腕時計を見た。
そしてイクミを見る。

「ごめん、俺行かないと。」

「へ?あ、はい。」

そのまま歩き去ろうとする昂治の腕を瞬時に掴んだ。
驚いたように振り返る昂治にイクミはすぐに手を離す。

「なに?」

「あのさー、またお会いしたいなぁーと思いまして。」

目をパチパチさせて、昂治はイクミを見る。

「俺に?」

「そう!昂治クンに!!」

「変わった奴だな…おまえ、」

昂治は上を仰いで、イクミを見て軽く微笑む。

「俺なんかでいいなら。」

「ホントですか?らっきぃー☆」

「大袈裟だな…俺は午後は旧図書館にいるから。」

旧図書館というのは、本校舎の離れにある
ゴシック様式の別棟である。
今はほとんどの生徒は利用していないが、
そこの蔵書の数は半端じゃないほどの量だ。

「うにゃ、会いに行って邪魔じゃないよな?」

「邪魔じゃないよ。一人だからさ。」

昂治はそう言って時計を見た。

「あ、やばい…ごめんな、俺急いでるから」

「いえいえ、こっちこそ。ごめんなさいです。」

青い瞳が揺らめいた。

――あれ…?

その揺らめきには何かを思い出させる。
だが、イクミはその何かはわからなかった。

「じゃあな、」

昂治は手を振って、走り去っていく。
あわててイクミは手を振り、その後姿が
見えなくなるまで見送った。

――マジ惚れちゃいそうっす…

ため息をつくが、それは苦しいものではなかった。












「……」

昂治はゆっくりと止まった。
胸元にある羽根のタックピンが揺れる。

「尾瀬…イクミ…」

口元に手を添え、俯いた。


















教室に戻れば、大騒ぎだった。
どうやら転校生――祐希が何かをやらかしたらしい。

「もう!尾瀬!!何処行ってたの!!!」

あおいが食いつくようにイクミに駆け寄った。
愛想笑いを浮かべ、イクミは何事かと聞く。

「あははーどったの?」

「あははじゃないわよ!!3年生とケンカしたのよ!」

「ケンカ?」

コクコクと頷き、ビシっと指を差す。

「しかも、A組の不良グループ!」

「あらー、そりゃボコボコにやられ…」

「ボコボコにしちゃったのよ!職員室は大騒ぎ!
尾瀬の所為だからね!!」

あおいの物言いにイクミは声を大きくする。

「ちょっと、何それ!俺の所為っすか?」

「一緒にいないからでしょ!」

「幼児じゃあるまいしぃ…」

確かに傍にいれば、ケンカにならなかっただろう。
だが、だからと云って自分の所為にされるのも
腑に落ちなかった。しかし、それよりも、

「あの、マジでボコボコにしちゃったんっすか?」

A組の不良グループと云えば、ガラが悪く
腕っ節のいい野郎たちだ。
一人でボコボコにするとは並大抵の強さでは無理だ。
だが頷くあおいは真実味があった。

「マジっすか?」

「そんな事より、向かえに行って。」

「はい?」

イクミは目を丸くして聞き返した、

「保健室にいるから、向かえに行って!」

「俺ですか?」

「尾瀬しかいないでしょ!
身内とか友だちまだいないんだから、
ほら、行く!委員長!!」

「はぁーーい。」

仕方なく保健室に行く事にする。
罵倒されるのが目に見えているが、

――まぁ、初日だしねぇ。

大サービスと称して保健室に向かった。
廊下をゆっくりとした足取りで行き、
保健室に着いたのは5分くらい後だった。

「失礼しまーす、」

ガララッ

中に入ると薬品の匂いが鼻についた。
奥へ行くと

ガタッ、ガタ

祐希がいたが、慌てて何かを隠したようだった。

「…初日からケンカですか?」

ボコボコにしたというのは本当のようだ。
祐希はかすり傷程度でほとんど怪我が見られなかった。

「……説教かよ、」

「いえいえ、そんな無粋な事はしません。」

祐希に近づき、棚上の包帯を取った。
睨んでくる相手にイクミは軽く肩を上げる。

「保健のせんせーはどうしたんデス?」

ふいっと目を逸らす祐希にイクミは息をついた。

「ま、いいけどねぇ…ケンカはほどほどにね。
俺が何でか責任問われるしぃ。」

「てめぇに関係ねぇだろ!!」

「だから言ってるっしょ。ほい、包帯しといた方が
いいですよ。」

包帯を渡した手を振り払われる。
少しはむっとしたが、
怒りが込み上げてくるほどでもなかった。
何となくだが、ひどくこの前のいる青年は
子供だと見れる。

「ここ数週間は俺の所為にされますから、
ケンカは控えてね。」

「命令かよ!」

「責任問題っしょ。もし君が他人の責任押し付け
られちゃったら、たまったもんじゃないっしょ?」

「殴り殺すだけだ…」

ふぅっとイクミは息をついた。

「まぁ、殺さない程度に殴ってくださいねぇ。」

「ケンカ売ってんのかよっ、」

「売りもしないし、買いもしませんデス。
俺って、平和主義だからv」

パチンとウィンクすると、祐希がげんなりとした表情を
浮かべた。そして続けて軽く舌打ちをしたようだった。

「クソ野郎が…」

「まったくね、君に兄弟とかいたら見てみたいねぇ。」

「っ!?」

動揺をしたのが分かる。
長い前髪の合間に見える青い瞳は揺らぎ、
その揺らめきは暗い感情がこめられているようだった。

――家出でもしたんかねぇ…

イクミは深く追求することもなく、
振り払われた包帯を渡した。

「うーん、授業出る気があったら、1時間後くらいが
いいっすよ。英語の時間は眠たくなるし。」

そう言って、イクミは祐希から離れる。
向こうは何も言わず、渡された包帯を見ていた。
保健室から出ようとしたとき、もう一度祐希を見る。

「?」

左手をじっと見ているようだ。
それも神妙な顔で。

――深く関われるの好きそうじゃないし、

気にはなったが、それは好奇心だ。
イクミはそのまま保健室を出る。

――さーて、教室に戻りますか。

コキコキと首を鳴らし、教室へと向かう。
階段をのぼり、窓からの光に
目を顰めながら廊下に足をつく。
ふわっと風が吹き込んだようだった。

凍てつくような雰囲気

イクミは振り返った。
長身の青年が立っている。
青く長い髪。
頬に傷。
制服の胸元には羽根のタックピン

――昂治と…同じタックピン…

青年は無表情のまま歩いてくる。
青い髪を揺らし

「ステンドグラスに気をつけろ…」

すれ違いさま、聞き違いかと思うくらいの口調で
言われた。イクミは慌てて振り返る。
だが、その青年は階段をすでに下りていた。

――気をつけろって…アンタ誰っすか?

追ってまで聞く気もなく、イクミは教室へと歩き出した。















午後になれば、生徒のほとんどが
『転校生が不良グループをのした』事を知っていた。
噂と云うのは恐いもので、色々と脚色される。
それに軽く耳を傾けながらも、イクミは時計を見た。
昼休みだ。
机に肘を立て、上を仰いだ。

――昼休みは1時間。で、昼食に30分くらい…

頭の中で計算式を浮かべる。




午後は旧図書館にいるから。





昂治の声が思い出され、ふふっと笑った。
会えるのが待ち遠しい。

――会える♪

その嬉しい気持ちは顔に出ていたようだ。

「いくみぃー、何でれーってしてんの?」

「してますか?こずえさん、」

「してるわよ…やらしいー。」

頬に手を当て、

「ひっどーい。こんなカワイイ顔をー。」

オーバーなリアクションをした。
あおいは腰に手を置いて、ため息をつく。

「いくみぃ、早くご飯食べに行こ!」

「そうっすね。」

こずえの言葉に、イクミは席を立った。
この学園の昼食は、西、東の校舎に一つずつ食堂が
あった。もし、片方にしかなかったら、もっと両校舎の
交流があったかもしれない。
生徒によって、持参弁当か学食かと別れる。
だが、ココの学食はそこらのレストランよりも味がよく
特に日替わり定食は好評だった。
イクミはちなみにそれを毎日食べている。

――今日は確かー、豚の生姜焼きv

献立を浮かべて、軽く笑った。
ふとイクミの脳裏に言葉が浮かぶ。





ステンドグラスに気をつけろ…






――ステンドグラスねぇ…

見ず知らずの者に言われた事を信じるワケではないが、
気になるのは確かだ。

「祐希も誘おう!」

あおいの提案にイクミは肩をひょいっと上げた。
確かにあんな噂が立てられれば、
誰も友になろうとは思わない。
必然的に孤立するのは目に見えている。
寂しい思いをするだろうが、それは人による。
たぶん彼は、そういう気遣いは嫌いだろう。

――でも、さすがにアイツも。

あおいに押し切られてしまうだろう。
そうイクミは予想した。
すぐ拳を上げる短気な性格に見えるが、女の子には
手を上げないと雰囲気で分かる。
食堂に隣接する、コモンスペースに差し掛かった。
空間が高く利用されていて、外の光を多く取り入れる感じの
開放的な造りだ。カフェテラスの雰囲気が漂い、
生徒たちの憩いの場として利用される。

「いくみぃ?」

「あはは、ちょいと思い出し…、」

「何?」

あおいの返しに軽くイクミは笑った。

「ステンドグラス、この校舎にあったっけ?」

その質問に二人は目を顰めた。
イクミは首を傾げる。

「そこ…、」

「はい?」

「だから、そこにあるわよ。」

見上げれば、ほぼ中央にステンドグラスがあった。
マリア像を象ったソレは、
赤、青、黄の光を優しく照らしている。
そう言えば、ココはキリスト教えを戒律としていた。
イクミは苦い思いが立ち込めるのを感じる。

神なんていなければいい
アナタさえいれば
何もいらない

そう思った幼き自分。

「いくみ?どうしたの?」

「え?いや、何でもないっすよ。」

先を行く、二人に追いつこうとした時だ。

ピシッ

何かヒビの割れる音がする。
イクミはその音の方へ向いた。

優しく光を照らすステンドグラス






逃げて!!







頭にかけめぐる、知らない声。
イクミはそれに呼応するように飛び退いた。




ガシャァァァーーンッッ!!





ステンドグラスが割れた。
生徒の悲鳴。
飛び散る、ガラスの破片は煌いて
それが降り注いでくる。




宝石のようにキレイに煌く。





イクミは頭を守りながら、ふと横に視線を移す。

「……」

祐希が人の群れに紛れる事もなく立っている。
冷たい目つきで、だが静かに笑っているのが分かった。

「いくみ!!!!」

ガラスの破片が飛び散るが終わり、
場はすぐに騒然となった。
あおいとこずえがイクミに駆け寄る。

「大丈夫!!」

「ああ、」

あの声で飛び退いていなければ…
イクミは前を見る。
自分がいた場所に大きなガラスの破片が
突き刺さっていた。

――たぶん、死んでました…ね

生徒の誰かが先生をつれてくる。
野次馬が集まってくる。
泣きついてくるこずえを宥めながら、
イクミは視線を横に移す。



人の群れに紛れる事なく立っていた祐希はいなかった。









――相葉…祐希…





イクミの頭にその名が刻まれる。















青い髪の青年が廊下の窓から外を見ていた。
外の風景は何も変哲はない。
胸のタックピンに手で触れて、少し目を伏せる。

「ブルー…コモンスペースのステンドグラスがっ!」

声がかけられ、振り返る。

「割れたのだろう、」

振り返りながら云う。
声をかけた者は強い眼差しを向けた。

「知ってたのか?」

「……」

「何で教えてくれなかったんだ!!」

「……」

「ブルー!」

ブルーと云うらしい青年は髪を掻き分けた。

「…ケガ人しか出ていない、」

「でもっ、でも!」

窓辺から離れ、ブルーは声主の前に立った。
相手はじっと見る。
意思の強い瞳の揺らめきは、ひどくキレイだ。
その者の顎に手を添える。

「……それに、分かっているだろう…」

ゆっくりと手を離し、相手に合わすように視線を下げた。
さらっと音をたてて青髪が頬にかかる。






そしてゆっくり唇が言葉を紡ぐ。








「違うか?昂治……」







その言葉に相手は目を伏せた。














(続)
私は昴治が好きです。
え? 祐希じゃないの?と
知人によく言われるのですが……。

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