**神の花嫁**
01:転校生きたりなば、恋舞い降りし
風が頬を撫で
廊下を歩いていた
「キレイすぎる…」
見知らぬ男の声。
「ここに来てはダメだ、」
別の男の声。
振り向けば、微笑んでいる子がいた。
小さく手を振っている。
自分も振ろうとしたが、
「イクミぃーーー、いーくみーーーー!!」
――ああ…待って…君は…
「イクミったらーー!」
――誰…
「イクミ!!」
バシンッ
すぐに頬に激痛。
「うにゃーーー!!!痛ひっ!」
飛び起きれば、そこは教室で生徒たちが楽しげに
談話をしていた。
目を擦りながら、起こした本人を見る。
隣りのクラスである、和泉こずえだ。
可愛さもあり、ほとんどの子から甘やかされている。
一部の女子には嫌われているようだが。
「もう、せっかく遊びに着たんだよぉー、」
こずえの言葉に頭を掻いて、にゃははと笑った。
彼の名は尾瀬イクミ。
いちおう、その人当たりの良さと能力を買われ、
クラスの理事なんかやっている。
「しょうがないじゃない、尾瀬だし。」
はきはきとした声が、こずえの横からかかる。
活発なイメージのある、蓬仙あおい。
世話好きでお節介な面もあり"もてる対象"に部類する。
本人恋愛に疎く、そういう噂は立たないのだが。
イクミとは同じクラスで、副理事を担当していた。
「何、その言い方!ひどーくありません?」
「真実を言ったまでよ。」
「そうそう、イクミぃー!もう知ってるよね?」
イクミの机に手を置き、身を乗り出して云う。
ここで、自分は机で寝ていたのだなぁと把握した。
「うーん…転校生の事っすか?」
コクリと頷くこずえに、あおいが息をついた。
「ココの所、その話で持ちきりだよね。
あんまり良くない噂も立ってるから、転校生が
少し可愛そうかも。」
「でもさー、あおいちゃん。
季節ハズレの転校生だもん。仕方ないよ。」
「そうっすねぇ…ま、本人来ればわかるじゃぁない?」
イクミも息をつき、転校生を想像してみる。
今は6月の下旬。
親の転勤にしては、時期が少しずれている気がした。
前の学校で問題を起こし、こちらへ来たと考えられても
仕方がないかもしれない。
「イクミが面倒見るんでしょ?」
「ほえ?」
こずえの言葉にイクミは目を丸くさせた。
「何呆けてるのよ。当然でしょ。」
「俺がですか?」
「面倒って云っても、学園案内だけよ。」
あおいが云った事に、そうだったと思い起こす。
――確か、昨日…先生たちに頼まれたなぁ…
寝起きの所為だろう。
記憶の整理をしながら、
イクミははふっとため息をつく。
「キモチ良さそうに寝てたけどぉ、いい夢でも見てた?」
「いい夢っていうかー気になる夢って感じでしょうか、」
「そろそろチャイム鳴るよ。」
あおいは時計を指差した。
聖リヴィー学園。
それがこの学校の名前だ。
男女共学、
中学から大学までエスカレーター式の私立校。
敷地は東京ドーム4個分と、学園長は言っている。
ホントの所はわからないが、広いのは確かだ。
名から察しがつくだろう。
キリストの戒律に基づく校訓を掲げられている。
実際、そんなに規則厳しくはない。
ただ園内にある教会に毎日かかさず、
祈りを奉げなければならない。
校舎はレトロなレンガ造りで、2つの舎に分かれている。
西校舎、東校舎とありきたりな名で呼ばれているが、
実の所、西と東との交流はほとんどなかった。
ちなみにイクミ達は、東校舎だ。何はともあれ、
その所為かは解らないが、この学校には色々な
曰くありげな噂があったりする。
学園七不思議とでも云おうか、そんな感じである。
クラスの生徒たちがソワソワするのも仕方がない。
時期ハズレの転校生は好奇心の対象だ。
だが、どんなにざわついていても
ガラッ
担任が入ってくれば、静かになる。
いつもより静かになるのが早いかもしれない。
「今日は静かだな、君たちが知っている通り、
転校生が来た。仲良くしてやってくれ。」
そう言って、担任はドアの方に目をやった。
みんなの視線が集まる中、転校生は入ってきた。
――あらら?
イクミはその容姿を見るなり、想像は当てにならないと
つくづく思った。
黒髪に長髪。
イクミとは違い、つり目である。
顔は整っていて、言うなれば"もてる"類だ。
「相葉祐希君。君たちとは一つ年下だ、
わからない事もたくさんあるだろう。
親切に教えてやってくれ。」
一つ下という事は、スキップした事になる。
今の時代、スキップはめずらしい事ではないが、
そうたくさんいるわけでもない。
担任が褒めているように説明しているのだ、
本人は至って他人事のように気のない素振りだ。
「じゃ、挨拶をしなさい。」
「……」
じっと担任を転校生――祐希は睨みつけた。
すぐ目は逸らされ、何も云わずペコリと軽く頭を下げた。
「…君の席は…尾瀬君の隣りだ。あの灰色の髪の子だ。」
返事をする事もなく、机と机の間を祐希は歩いた。
生徒の視線を釘付けにさせながら、イクミの傍まで来る。
「よろしくねv」
営業用スマイルでイクミは云ったが、
「……」
逆に睨んでふいっと目を逸らされた。
用意された席にずかっと座り、前を見る。
「では、授業を始める。」
普通でない空気が流れる中、授業は始まった。
休み時間だ。
転校生となると、人盛りが出来て色々問われるのが
主流であろう。
「…うぜぇ、」
集まってきた人たちに、一言そう言った。
その目つきは射抜くように鋭く、怖気つかせるものだ。
――前のガッコで、
素行悪くてここに来たんでしょうかねぇ、
イクミは席を立ち、祐希の傍に寄る。
「俺は尾瀬イクミ。いちおー理事なんかやってます。
よろしくですー、祐希クン。」
「……」
じろっと睨まれる。
「そんな顔してますとー友だちできませんよぉ?」
「うるせぇ、どっか行け。」
「あーー、恐い。恐い。クラスのヤツはみんな年上で
恥ずかしいですかー?」
「うるせぇって行ってるだろ!!」
拳が上がる。
だがその拳はイクミに当たる事はなかった。
「はいはい。ケンカしちゃーダメよ。」
あおいが祐希の腕を掴んでいた。
さすがに女の子は殴れないらしい。
ばっとあおいの手を振り払い、イスに座った。
「私は蓬仙あおい。副理事よ。よろしくね。
それにしても凄いね、スキップだなんて。」
「……」
ふいっとあおいからも目を逸らした。
イクミは息をつきながらも、祐希を見る。
「自己紹介も終えたところで、尾瀬クンが学園内を
ご案内しまーす。」
「断る。」
「困るでしょー色々。」
怒りを押えながら、イクミは言った。
「てめぇに関係ねぇだろ、クソ野郎。」
イクミの笑顔がピシッと固まる。
――か、かわいくねぇーー、
男が可愛いというのも、寒気がするがこの態度の
悪さにイクミはマジ切れになりそうだった。
「トイレわかんなかったら、困るよ。
こんなのでも、案内してもらった方がいいわよ。」
「あのー蓬仙さん。こんなのってどういう意味でしょ?」
「そのまんまの意味よ。」
平然と云うあおいに肩を竦め、頭を掻いた。
そしてぶすっとした表情の祐希を伺った。
「……」
祐希は席を立ち上がり、イクミを睨んだ。
「えーっと、ココは化学室ね、で隣りが準備室。」
イクミは指を差し、案内していく。
今は事実上、授業する時間だが校舎案内の為に
出席していない。ラッキーと思うところだが、
「あのー聞いてますー?祐希クン。」
「いちいち言わなくても、書いてあるだろうが。」
態度の悪さにふつふつと怒りが蓄えられている。
転校早々のヤツとケンカする気もなし、
無駄な体力も使いたくないので、イクミは何とか
憤怒を押えていた。
「案内してやってるんですよーヒドクありません?」
「ならしなきゃいいだろ、」
「だから、最低限の3分の2しか案内してないっすよ。」
ちょうど後ろを歩いている祐希を振り返って見た。
不機嫌そうな顔が向けられるが、その視線が
自分を追い越し、先に向けられた。
「?」
イクミはその視線の先を見る。
廊下の突き当たりにある、重々しい扉だ。
他のドアより、重厚な造りである。
そのまま歩き、その扉の前で祐希は立ち止まった。
「気になるですかー?」
「……」
「ココは旧懺悔室。中が簡易教会になってるのねー。
でも今は封鎖中っすよ。」
「なんで?」
興味がわいたのか、祐希は聞いてきた。
ふふんとイクミは笑い、
「知りたーい?」
もったいぶるように言った。
すぐに射抜くような目を向けられ、イクミはひょいっと肩を
上げた。
「何でもココで祈れば、願い事が叶うって言われてるけど。
ココに入った生徒は、必ず殺されるとか、
行方不明になるとか、悪い噂があるんだよねー。
で、大騒ぎになって封鎖中ってワケ。」
「……」
「ま、事実、死んだ生徒もいるしね。
ここ入るヤツなんてそうそういないですけどー。」
祐希は目を伏せ、くるりと踵を返した。
「え?ちょっと、案内終わってないっすよ。」
ズカズカと歩き去っていく。
引き止めてまで案内意欲があるワケでもない。
イクミは息をついて、その後姿を見送った。
――はぁーー、反抗期中でしょうかねぇ。
ふと目に入る、扉。
――そう言えば、一度も入った事ないなー。
祈りを奉げれば、願いが叶う。
そんなのあるわけないとイクミは思う。
――懺悔はたくさん…あるけどね、
自嘲げに笑い、立ち去ろうとした時だ。
扉の奥から物音がする。
イクミは耳を疑って、扉のドアのぶを掴んだ。
キィィィ
重々しい音がして、
ドアが勝手に開いたのだ。
「「うわぁぁあああ!!!」」
吃驚の声がはもる。
「ほえ?」
イクミは目線を少し下げ、
「え?」
ぽかーんとしている少年を目にした。
小柄な感じのその少年は胸を撫で下ろす。
「びっくりしたー…ごめん、声上げちゃって。」
――カワイイ…
不意に思った事にイクミは嫌悪感を感じなかった。
「いえいえ、こちらこそー…いやー封鎖中のトコから
出てくるんもんだから、」
「封鎖中?そうなんだ…」
口元に手を添え、相手は言った。
イクミは首を傾げ、制服の胸元を見る。
白い羽のタックピンがしてあった。
「あのーもしかしないでも、西校舎の生徒?」
「あ、うん。そうだよ。」
俯き加減の顔を上げ、少年は応えた。
仕草もどことなくカワイイものがある。
「どうしたんだ?具合でも悪い?」
「え、いえいえ。」
変に脈拍があがり、頬が熱くなった。
――まさか……、
言わば、恋する者が味わうもの。
――まったく、俺ってしょーもない。
内心で苦笑して、目の前の少年を見た。
どうやらイクミは一目惚れをしたらしい。
相手は男なのに、自然に思えるのが不思議だった。
一目惚れしたからと言って、どうかするワケではない。
けれどこのまま別れるのも
惜しいと思うのが、普通だろう。
「俺、尾瀬イクミ。2−Aの理事やってます。」
自己紹介をしたイクミに、相手は戸惑うものの、
「あ、えっと…俺は昂治。」
ちゃんと返答した。
はにかむような微笑みを相手は浮かべる。
教室に戻る気がなにのか、逆の方向を祐希は
進んでいた。
「……」
気配を感じ、祐希は振り返った。
廊下の突き当たりに、長身の青年が立っている。
青年は気にするもなく、近づいてきた。
青い長髪を揺らし、突っ立ったまま祐希とすれ違う。
胸の羽タックピンが目に映る。
祐希もあまり気にせず、歩き出した。
「アイツもか…」
青年は瞳を伏せ、呟いた。
静かにソレは、ほずれはじめる。
(続)
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