…**赤く嘲笑う**…
〜おぜかおり〜
これはボク
これはワタシ
ワタシ?
姉さんは、いい匂い
姉さんは、優しい
姉さんは、ボクをボクで見てくれる
ボクがボクであるのは、姉さんがいたからで。
姉さんは谷にかけられた橋から落ちて死んじゃった。
他の人はボクはいらないって言ってた。
よく解らないけど、いらないんだなと思う。
男の子でなく、女の子が良かったんだって。
だからボクはボクじゃなくて、ワタシなんだって。
みんなのお人形さん。
そう姉さんというお人形さん。
だからボクの名前…ホントの名前忘れちゃった。
知らない人が『イクミ』でいいや、って言ってた。
ワタシ、イクミ…姉さんの代わり。
鞭で叩かれる。
いけない子だから。
ボクは、いつもと同じ悪い子のまま。
お屋敷の入り口の道。
そこの石階段の掃除してた。
枯葉を一つに纏めて、キレイにするの。
「もうちょっとだから、早くー。」
声が聞こえる。
「ほら手つないで行こう。」
知らない…お屋敷にいたっけ?
近づいて来たのは、栗色の髪した子と黒色の髪した子。
あ…お屋敷の偉い人。
「あれ?誰???」
偉い人には礼をする。
そして何だっけ?
お帰りなさいませって言うんだ。
言わないと鞭で叩かれる。
「ねぇ、誰?」
お顔を上げたら、目の前にその子がいた。
その子の影に隠れるように黒色の髪の子がいる。
ボク、おかえりなさいませって言ってないのに。
「あ…あのね、僕は昴治って言うんだよ。でね、こっちが弟の…ほらっ、」
「……ゆうき…。」
コウジ君とユウキ君。
偉い人だから、様つけるのかな…。
「君は?」
にっこり笑った。
ボクに笑った。
いらない人形さんに笑ったよ。
「……イクミ…イクミって呼ばれてる。」
「イクミちゃん。」
またニッコリ笑った。
バシッ、バシッ
「んぐっ、ぐぅぅぅーーー!?」
痛い。痛い。痛いの。
でも痛いって言うと、もっと痛くなるから言っちゃダメなの。
お人形さんで、女の子だから云う事聞かないとダメなの。
お口に大きなきのこ。
お尻にも大きなきのこ。
これね、姉さんもしてたんだって言ってた。
「ちゃんと口動かせ!」
バシンと頭とお尻、叩かれた。
手にも大きなきのこ持たされる。
ぬめぬめしてて、生温かいの…ホントはキモチワルイの。
でも、それ言っちゃダメ。
「んぐーーーっ、ぐ、んんんーーーーー!!!!」
いっしょうけんめい、頑張るとご褒美くれる。
おいしい、おいしいきのこのスープ。
お口とお尻の中と、体にかけれれる。
たんと…めしあがれって。
でもおしくしない…おいしくないけど、おいしいって言わないとダメ。
「んっ!?ぎゃうっ!!!」
お口からきのこが出てった。
ドロドロとスープかけられて、お腹の中まだある。
両手掴まれて、何度も中に入ってく。
「ぎゃああっ、やああっ、いぎゃあ!?」
他の人がボクを眺めるの。
「おいおい、下手だな…」
「うるさい、」
「ひっ、やあああああ!!!!」
「このガキッ!!恥、かかせんな!!!」
お尻に入れてる人、ボクを叩く。
肌が青く染まって、痣が残った。
「いっ、やああ、ぎゃっ、うう、ふああっ、あ、あ!?」
足、持ち上げられて他のきのこ…入ってきた。
「ひぎゃあああああ!?」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛いの。
大きいきのこ、ボクの中をね、ぐしゃぐしゃにするんだよ。
「いい、締め…付けだ、」
「もう達っちまうのか?」
クスクス笑ってる。
キモチワルイよ…みんな。
「ひっ、や、あああああっ!?」
まだオマエはマシなんだよ。
そう誰かが言ってた。
フリルのついた袖なしの服に、スパッツは小さい頃姉さんがはいてたんだよ。
でね、今はボクはワタシだから履いてるの。
「イクミちゃーーん!こっち!」
駆けてくるの、昴治クン。
ボクをワタシとして見てるけど。
「おはよ、待った?」
笑ってくれる人。
昴治クン…ボク、昴治クンだったら…本当にお人形さんになってもいい。
だってね、ボクの名前じゃないけど、名前呼んでくれてね。
お手て繋いでくれて、一緒に遊んでくれる。
痛いコトしないの。
「イクミちゃん…痛い、痛い?」
「ううん、」
足の青い痕見て、昴治クンが心配してくれる。
微笑むとね、昴治クン…笑ってくれるの。
あ、でも…あの子いない。
「祐希クンは?」
「うん…叔父さん…お話あるって言って、遊んでなさいって言われたんだよ。」
「そうなんだ…。」
しょんぼりとする昴治クンはけど、またニッコリ笑った。
「ありがと、心配してくれて。」
笑って、そのまま屈む。
ボクの足を見て、痣の所にそっと手を触れた。
「痛い…痛いでしょう?」
「……昴治クン?」
そのまま撫でて
「痛いの、痛いの、飛んでけー!」
足…痛い。
痛いけど、ふわりと何かが飛んでった。
それは心地よくて、ボクも自然に笑みが零れる。
板間の廊下…掃除してたの。
そしたらね、おばさんがね、大事なツボを割っちゃった。
ボクじゃないよ。
ボクじゃないのに、ボクが割ったって言うんだよ。
どうして?
わるい子だから
いけない子だから
大きな手がねボクの体を掴む。
たくさんお手てがボクを引っ張る。
何度も叩いて、何度も蹴って。
痛い、痛い、痛い。
おゆるしください、おゆるしください、おゆるしください
姉さんの声が耳に触れた。
そして、たくさんの声が耳に注がれる。
いたい、いたい、いたいよ
いけない子
穢れた子め
また吐き出しやがった
泣かないで…傍にいるよ…ずっとそばにいるよ
「…こ……」
オマエが泣くときは、いつも僕…そばにいるよ
「ぎ、ひぎゃああああ!?」
でもね、ボク…泣けないの。
泣けなくなっちゃった。
それに、ボクね…昴治クンの弟じゃない。
昴治クンは偉い人で、ボクはお人形。
でもね、でもね、でもね…嬉しかったの。
嬉しかったんだ。
「もういい!!壊せ!!!」
体中が手で押さえられる。
もうイラナイって。
お人形じゃなくて、玩具にしちゃうんだ。
アソコに転がってる…知らない女の人みたいに。
きのこのスープ、ごくごく飲んで
大きなきのこ、たくさん飲み込んで
アハハハって笑ってるだけの玩具。
「ぎゃうっ!?い、ひあああ!?」
服破かれて、中に入ってきた。
壊れる。
壊れちゃうよ。
両手が引っ張られて、また知らない人が来た。
持ってるの…なに?
お注射
お注射…ヤダ、ヤダ、ヤダ。
「やああ!!やだぁぁぁーー!!ぎ、ぐええっ!?げほっ、んぐっ!?」
お口にきのこ入れられた。
もうダメ。
ボク、いけない子。
お注射…されちゃう。
されたら、玩具になっちゃうんだ。
それしてる所、見たコトあるもの。
「んぐぅぅ!?んん!んぐぐぐ!?」
「暴れるな!!」
「言うコト聞け!!!」
バシバシ叩かれた。
入れられたまま、お腹に蹴りいれられる。
キモチワルイ。
もう…ダメ……お注射されちゃうね。
もう昴治クンとお話できない。
「うせろっ」
バシィィィーーンッ
音がして、ボクの周りの人が投げ飛ばされる。
「う…げほ、げほ、ぐえっ…げほ……」
咳して、お部屋の入り口を見た。
障子を開けて、白い影が見える。
「…けほっ……」
ボクの周りの人、その人を睨む。
「何だ貴様!!!」
恐い。
大声は恐い。
痛いコト…その人もされちゃう。
痛いのボクだけでいい。
ボクはどうせ人形だし、イラナイ子だもの。
だから逃げてって。
「消えろ、」
その人の声。
とてもキレイ。
響いた声は、横にいる男の人を弾いた。
何をしたの?
ボクはゆっくり、外の光に当たる、その人を見た。
その人…
「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、」
祐希…クン。
バシィィィーンッ
弾かれて、周りの人が消える。
ボクが周りを見渡していると、トコトコと祐希クンが近づいてきた。
「なに…したの?」
「……にいちゃんね…イクミちゃん…お気に入りなの。」
見下ろしてボクを見る。
「お気に入り…なくなるとね…泣いちゃうの。泣いちゃうの……ヤダ、」
うずくまってボクを覗き見る。
「いたい、いたいなの…でね、ボクもいたい、いたいなの。
がまん、がまんだけど……おもちゃは…ヤ…」
「え?」
「ほかの…人、くさいの……でも、イクミちゃん…にいちゃんと同じ…いいにおい。」
「……助けて…くれたの?」
コクンって頷く。
お人形のボクを?
「ありがと……お人形でも…いいの。でも玩具はヤダだったから…」
そうすると、ニッコリ笑ってくれた。
初めて見る祐希クンの笑顔。
昴治クンに似てて…あったかい。
「イクミ…ちゃん……。にいちゃん…待ってる。」
手を差し出されて、ボクはその手をとった。
ひんやりと、吸い付くような肌。
ねぇ…さっき…何したの?
ボクの質問に祐希クンは応えなかった。
わるい子にはお仕置き。
いけない子には罰。
狂うのなら、狂え。
壊れるのなら、壊れろ。
オマエは只のお人形。
かおりの代わり。
ボクは、いつもと同じきのこを味わう。
おいしい、おいしい、おいしい。
最近、上手になったってクスクス笑ってる。
お日様が出てて、風が心地いい日は昴治クンと祐希クンと遊ぶ。
でも秘密。
お掃除の時にだから、秘密。
お月様が出てて、生温い風が吹いてくる。
ボクは大きな手に引かれて、きのこ食べる。
いつもと同じ。
でもこの頃は、知らないおじさんが増えたの。
お外から来たって言ってた。
お外って何処?
苦しい?
苦しいよ。
痛い?
痛いよ。
辛い?
辛いよ。
でも…笑ってくれるの。
ボクをね、お人形じゃなくてボクじゃないけど、ワタシだけど見てくれるの。
もう…それだけでいいや。
もう、それだけでいいの。
「イクミちゃん、遊ぼ。」
「あそぼ……」
笑ってくれる。
それだけで……。
ボク幸せ…なの。
雨が降ったんだ。
止んだから、今日は遊べるかなって思ったの。
で、外に出たらね。
ざわついてるの。
他の人がね、騒いでるの。
「祐希様がいなくなった!」
え?
祐希クンが?
そんなの嫌だ。
いなくなるのは、嫌だ。
ボクはね、怒られてもいいから…探しに行ったの。
知らない道をかけて、草が足を傷つけても走った。
祐希クン何処?
昴治クンが心配するよ。
ギャアアアアアッ
見つからなくて、お屋敷に戻ると声が聞こえた。
石の階段を駆け上って、玄関へ行った。
「っ!?」
ゴロゴロと、赤い肉の塊が散らばってた。
そこを恐る恐る行こうとすると、がしって足首掴まれる。
「…た…すけ……っ」
「!?」
昨日、ボクにきのこのスープをかけた人。
でも足とお腹が潰れて…ぐしゃぐしゃ…。
「たすけ…げぼっ」
「やっ!!!」
恐くて、気持ち悪くて、ボクは掴む手を振りはらった。
足首に手痕がついて、けれど手は取れた。
はぁはぁ息を吐いて、周りを見渡す。
真っ赤に染まる玄関…その先に人影が見える。
「祐希クン!」
白い寝巻きは祐希クンだ。
ボクは急いで駆け寄る。
振り返った祐希クンは、ボクを冷たい瞳で見た。
手には……使用人の男の人……の首…。
「……どうした…の?」
ゴトリと首を地面に落とす。
そしてボクを静かに睨んだ。
「消えろ、消えろ、消えろ、」
「…え、」
祐希クンの声は周りに響いた。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、」
「っ!?」
バシンッ
何かがボクにぶつかる。
痛いけど…我慢できるくらいの痛さ。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、」
「祐希クン…っ…」
バシ、バシンッ
強い空気みたいなのが当たって、内側がぞわぞわと震える。
「死ね、死ね、死ね…死ね……っ……し…ね…」
止まる。
ふらりと倒れそうになる祐希クンに駆け寄った。
体を抱きしめると、そのままボクも地面にお尻をつく。
「…祐希クン…どうしたの?」
「……っ…」
「昴治クンは?」
「いないよ……」
祐希クンがボクに抱き着いてきた。
冷たい。
「…っ…うえ…えっ……」
「祐希クン?」
「え、ひっく…う…うわああああんっ」
泣き出す。
ボクの胸で泣く。
「…祐希クン…祐希…」
「うえっ、えっ、ああああっ、あああーーー!!」
泣いてる。
泣いてる。
泣いてるよ…。
「祐希……昴治クン…戻ってくるよ…」
泣いてる。
「ね…だから…泣かないで。」
見下ろすと、まだ泣いたまま。
ボクは祐希を抱きしめた。
泣かないで。
「泣かないでよ……泣かないでよぉ…」
泣いてるよ。
泣いてる…泣いてるよぉ、昴治クン…
「うわああああん、ああああっ、あああ!!」
周りには血まみれの死体。
「泣かないでよ……泣かな…いで……ひっく…ひっく、」
昴治クン、昴治クン……昴治ぃ…こうじ…
泣いてるよ。
泣いてるよ、祐希が…泣いてる……
「泣か……うっ、うええ……え、えっ……」
ボク泣いてる。
ボクも泣いてる。
「こ…こうじぃ……こうじぃ……え、ええっ」
恐い、すごく恐いよ。
胸が潰れる。
「こうじ……どこ行っちゃったのぉーーーーーー!!!!」
人形のクセに叫んだ。
陽射しがゆらゆらと揺らめく。
庭を眺めて、俺は廊下を歩いた。
「……」
内部は騒がしい。
叔母が亡くなられたからだ。
バタバタと走る使用人達を抜け、俺は渡り廊下に差し掛かった時。
向こうから足音を立てずに白反物を着た祐希が歩いてくる。
「おはよ…です。」
祐希は静かに俺に近づき、俺の腕を掴みとる。
「はにゃ、なんでしょ…う、」
あ…ヤバイ。
そう思った時にはもう遅くて、七分丈の袖を捲られた。
そこには昨日盛大に付けられた痣がある。
「……またか…」
「あ…いえ、大丈夫っすよ…うん。」
掴む手は相変わらず肌に吸い付くようで。
「俺の事より…朝、早いじゃないですか。どうかしたんすか?」
「持ってるか?」
「ほえ?」
首を傾げると、痣を撫でながら俺を見てきた。
「便箋、」
「え?ああ…持ってますけど、何?」
「1枚。」
「あ…わかったです……手紙、書くんですか?」
祐希は目を伏せた。
手をゆっくりと離され、あったハズの痣が消えている。
消えてる…って…
「あ…あうあう、紅薬使っちゃダメじゃないですか!!!」
「……手についてただけだ。」
よく言うよ…。
俺は肩を落として、見ると鋭い眼差しで奥の方を見ている。
ゆっくりと瞳を向けると、ソコに知らない男と使用人たちがいた。
瞳が煌いてる……。
「あ…ぁ……えと……」
体が震える。
人形のクセに、人形のクセに、人形のクセに…。
「尾瀬イクミ、」
え…
「尾瀬イクミ……」
その言葉一つで、俺は尾瀬イクミになる。
それは呪詛……と祐希は言ってた。
「行くぜ、」
「あ…えと…その、」
手を引かれた。
すると使用人の一人が、こちらへ来いと目で合図する。
行かなければ…体がそう瞬時に反応した。
「かおり!!」
使用人の一人が姉さんの名を呼ぶ。
いや、違う、俺の名前…俺の名前…。
かおりは俺の名前。
「うせろ、」
バシンッ
一言で一人が壁に叩きつけられる。
「…あ…ダメですよ!祐希クン!!!」
「尾瀬イクミ…だろ、アンタは。」
祐希は煌く瞳を細めた。
その煌きは内なる憎悪を高めるように促している。
「……いらない…あれ、いらない。あいつら腹…かっさいだら、きっと臭いな。」
「祐希っ!?」
俺の声は届かない。
俺じゃあダメだよ。
ねぇ…昴治…
血に塗れる廊下は…すぐに転がる死体は風化して消える。
残るのは血の跡だけ。
「……祐希……」
「便箋、」
「……はい、わかったです…。」
昴治……何処行っちゃったの…?
戻ってきて……戻ってきてよ
俺は…どうなってもいいから…
祐希がね……壊れそうなんだ……
赤く嘲笑う〜おぜかおり〜(以前・イクミ編)
(終)
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