++消えてしまいたい
青の光が乱反射する
「……」
在る青は濁りはじめ
映し出された光景に時は無慈悲に止まらない
「何度試しても無理だって」
溜息を溢しながら呟くのは、昴治だ。
「絶対に変わらないぞ」
目の前には祐希。
不機嫌そうに見える面持ちで、祐希は昴治の言葉を遮る事なく
静かに聞いていた。
薄暗い部屋の中、ベッドの前で二人は立っている
「…て、何度言っても無駄だったよな。オマエは」
溜息をつかれる。
「俺は…アンタが…だから、」
「何だって?」
覗き込むように昴治は祐希を見上げる。
それに目を顰め、ゆっくりと睨みつけた。
「アンタが…す…好き…だから、」
酷く言い難そうに告げ、
「続ける、」
射抜くような眼差しに昴治は目を伏せた。
「…そっか…」
一言云い、そして微笑む。
「まぁ、オマエに好きだって云われるのは好きだな。兄として」
「一言余計だ、アンタ」
「余計じゃないさ。本当の事、だからな。
オマエはずっと弟だし。
俺はオマエを弟としか見ない。」
少し背伸びをし、祐希の両肩に昴治は手を置いた。
見つめる青が少しだけ細められる。
祐希くらいに鋭いものではないが、その表情は祐希に似ていた。
「それでも続けるのか?」
「……ああ」
頷くと、ニッコリと昴治は笑った。
それに祐希は息をつく。
コレには愛は伴わない
リヴァイアスに再び搭乗して、早1年は過ぎた。
その間、祐希と昴治の関係は変わる。
憎しみだった感情は、実は愛情だと認識したのは搭乗した際。
だからと言って、すぐに態度が変わるワケではなく。
紆余曲折の後の告白は、深夜のリフト艦内の休憩室。
――…オマエに好まれるのは嬉しいよ。でも、俺は弟としかオマエを見れない
そう言って見事玉砕した。
既に憎悪になった事のある感情は、鋭利な刃物のように昴治へと向けられる。
押し倒して、そのまま犯した昴治は慣れているようで
逆に教えられたかのようにも感じられる。
――こんな俺でも…まだ好きか?
震えながらも頷けば、溜息の後、微笑まれた。
――じゃあ、試してみればいいさ…。
それは何度も抱いていいという了承だった。
抱き、熱に溶け込ませて。
そうすれば、いずれ、弟ではなく一人のヒトとして好きになるかもしれないと。
――無駄だと思うけどな
穏やかな口調で語るのは、痛みを突きつけるモノ。
それでも祐希は頷き、相手を抱きしめた。
いつか…いつか、絶対になると信じて
そして何度も、休みの前日には、相当疲れてい無い場合は大抵
昴治を抱いた。
兄以外とは全くした事のない祐希にとって、
相手の慣れた動作は『他の誰か』を彷彿させる。
それを消し去って全て――
…バカじゃねぇか?
内心で祐希は嘲た。
馬鹿で間抜け過ぎると認識している。
恋愛に関し、経験はないにしろ才長けた頭脳がある。
鋭敏な感覚がある。
元々好かれようとするタイプではない祐希は、
好かれようとしている自身を冷たく見る部分も持ち合わせていた。
「……んっ…」
自分の股の間に兄はいて、
ねとりと舌で一物を弄る。
挑発でもするかのように、見上げる昴治の瞳は
やはり祐希に似ていた。
「……ん……っ…もう…いきそうだろ…」
ぴちゃりと先端を突付き、そう昴治は聞いてきた。
「……いか…ない」
荒い息の中、そう告げた。
だが昴治はそれをあまり心に留めず、口を開いてモノを含もうとする。
その頭を撫で、両腕を掴んだ。
「…っ…ゆう…」
抱きしめるように引き寄せ、昴治をうつ伏せに押し倒す。
振り向こうとした昴治より先に腰に手を回して、上げさせた。
「ちょ…ま、待てっ……慣らしてか、らっ――ひっ!?」
不平の言葉は引きつった悲鳴に消える。
何も施しのない昴治の穴に、無理に祐希が突き入れたからだ。
肉が引き攣れ、引き裂き。
けれど蠢く内部は淫らで。
他の誰か、
他の誰かが、この躯を知って
他の誰かが、この体に教えて
此処にいるのは…知らない兄
「うっぐ……いたぁ、あっ……下手…っくそ…っ」
「……」
ずずっと内部をかき回すように深く入れる。
切れたのかもしれない。
ねとりとした液体が脈動を打つモノに感じ、祐希は眉を寄せた。
震える体を見ながら、腰を動かしはじめる。
「ひぐっ、ぐっ、あっ、」
「…好きなんだろ…」
冷たく。
表情と相反するような冷たく突き放す声。
それに昴治の肩が震えた。
見える傷は目に焼きつく。
「痛い…のが、好きなんだろ……」
「くぅ…ん、」
シーツを引き寄せるように握り締め、小動物のような
か細い鳴き声を出す。
そして、ゆっくりと祐希が動きやすいように腰が上げられた。
「…そ……そう…だよ……。
こういうの……好き……っふああ!?」
目を顰めて、祐希は奥歯を噛み締める。
突きつけられる事実は胸を握り潰さんばかりだ。
「…や、あ、あうっ、んぅ、ふああ、ひっ、ぐうぅ!?」
乱暴に。
それこそ壊さんばかりに。
昴治を攻めた。
アノ時ト、同ジ…傷ツケテ
シャワーを浴びて、一息つくと昴治は何事もなかったように
支度を整えはじめる。
ベッドに座っている祐希はそれを静かに見ていた。
「……さて、俺、部屋に帰る」
上着に袖を通しながら昴治は振り返る。
髪をほどいたままの祐希は掻き揚げながら見返した。
「あのさ、やっぱり…弟のままなんだけど」
その言葉に目を細める。
昴治は普通の表情のままだ。
「……あんなに鳴いてたクセに?」
「あれは生理的なもんだろ。心とは別。
それに、弟としてなら俺はオマエが好きだし」
「一言余計なんだよ、アンタ」
忌々しく祐希は舌打ちをする。
それに昴治は腰に手を置きながら、軽く笑った。
「ぬか喜びさせるよりは、マシだろ」
背を向け
「じゃ、帰るな。早く、寝るんだぞ」
そう言い残し昴治は去ろうと歩き出した。
「っ」
咽喉が鳴る。
音にならない何か。
祐希は立ち上がり、腕を伸ばして――
「っ…な、なに」
昴治の腕を掴んでいた。
訝しげに昴治は祐希を見て、溜息をつきながら俯く。
「離せよ。帰れないだろ」
動揺のない声。
自分にもし、恋でもしていてくれたなら。
表情なり声なり、少しは動揺をしてくれるだろう。
だが、昴治は仕方がないと呆れの含んだ顔を見せた。
弟は弟のまま
変わりはしない
「……」
それでも抱きしめて、此処に留まらせる。
それだけの意志はなかった。
胸があまりにも痛すぎる。
「祐希、」
「……バカ兄貴」
するりと手を離し、祐希は後ろに下がった。
「悪口言う為に引き止めんなよ。じゃあな、」
名残惜しむ事なく、昴治は背を向けて部屋を出て行った。
祐希は胸元を押さえて俯く。
「………」
表情は歪み、奥歯を噛み鳴らした。
昴治は、しっかりとした足取りで通路を歩く。
弟の部屋から離れ、角を曲がり壁に手をついた。
「っ……」
足が震えだし、ふらつきそのまま背を壁に寄りかかせる。
「……」
目を伏せ、周りを見渡し誰もいない事に大きく息をついた。
かかる前髪を払い、その手で唇を覆う。
「バカ…」
溜息交じりの呟き。
歪む表情の中、搾り出された。
――…慣れて…んのかよ
「……鈍すぎ、」
手管など、本や映像でいくらでも練習できる。
痛みなど、他の痛みを知っている自分はいくらでも耐えられる。
(…いつ、ヤるんだよ……そんな暇、今まであったか?)
問い掛けるのは、自分が部屋を去る時ほんの一瞬だけ見せた
寂しそうな瞳をした弟。
それに揺らぐ感情は、まだ押さえられた。
明かすワケにはいかない。
「……反則だぞ、アレは」
あの表情は。
兄は弱いという事を弟は知っているのだろうか。
昴治は唇から手を離し、寄り掛かっていた背を戻した。
明かすワケにはいかない…
まだ信じられない俺に受け入れる資格はない
否
なくなるのがコワイ
君ノ僕ダケニ向ケラレタ好意ガ
「祐希君」
いつもと変わらない日常。
リフト艦からの帰り、祐希を呼び止めたのは気の強そうな少女だった。
名も知らない少女は清楚な綺麗さを持っている。
「……」
睨む祐希に怯む事なく、少女は祐希に詰め寄った。
前の彼なら、此処で怒鳴っていたかもしれない。
だが、祐希は怒鳴らず相手を静かに見下ろした。
「あの、私…貴方が好きです」
「……」
告白。
それは、もう何度も聞かされたモノで。
聞きたい人からは、絶対に聞けないモノだった。
「貴方も私を好きになるわ、」
綺麗な容姿。
確かに嫌われはしないだろう、他の誰かたちには。
「だから、付き合ってください」
「断る」
一言で返すと、少女の表情が固まる。
「どうしてっ…キライですか?」
「何とも思ってない」
少女の顔は歪み、唇を震わした。
話は終わったと祐希は少女を過ぎ、そのまま先へと歩く。
他の誰か
それ以外には、こんなにも冷たくなれる。
嫌いだと言えば、まだ良かっただろうに。
祐希は敢えて、何も思っていないと返した。
それは相手の存在を認めはしない言葉。
祐希は目を細めて、息をつく。
だから、自分は耐えられる
兄は自分の存在を認めている
頬にかかる髪を払い、伏せていた瞳を上げた。
先にゆっくりとした足取りで来る彼を見つける。
祐希は足並を少し速め、彼へと近付いた。
バカじゃないか
そう思いながら、喜ぶ自分がいる。
「兄貴」
そう呼ぶだけで、相手は少し微笑んだ。
駆け寄ってきた弟に昴治は笑みを浮かべる。
何だか嬉しい。
そう内面の喜びを押さえ、自分の目の前で止まった祐希を見た。
「何か用か?」
普通に。
そう云えば、微かに落胆の色が瞳に揺れる。
「通行の邪魔だろ」
「アンタの方が邪魔だ、」
「ムカツクな、相変わらず」
怒った顔をすれば、祐希が目を逸らす。
顰められる表情に笑みを浮かべた。
(いじめるの…好きなんだな…きっと、俺は)
「……今日、」
「そういや、2週間ぶりだな会うの」
平然と言えば、祐希の瞳は益々揺らいだ。
昴治は腰に手を置き、祐希を見上げる。
「で、なんだ?」
解っていながらも、昴治はそう相手に聞いた。
「今日…あ…空いてるだろ」
言いにくそうに云い、そっと見下ろしてくる。
「…先約がある」
その昴治の一言で、祐希の瞳は大きく揺らいで
左手で左肩を掴まれた。
「誰、」
レポートがある。
それも明日までの提出。
「さあ……誰だろな」
けれど敢えて昴治はそう答えた。
左肩が強く握られ、強く祐希に睨まれる。
それを静かに見返せば、目は伏せられギリッと奥歯を噛む音が聞こえた。
「……」
ゆっくりと手が肩を引き寄せ、昴治を抱きしめた。
だがそれは、縋っているようで昴治は密かに笑みを溢す。
「祐希、」
呼べば強く抱きしめられ、体が少し軋んだ。
頬が赤くなるのを何とか押さえて、祐希の背を軽く叩く。
すれば、ゆっくりと昴治から離れた。
「……」
告げれば。
思いを告げれば良いものを。
祐希の口から言葉は出なかった。
ただ表情が歪む。
「明日は空いてるけど、どうする?」
揺らぐ瞳を見ながら、また昴治の唇から笑みが零れた。
狂ってるのかも、しれないネ
胸は痛いというのに。
笑みだけは絶えず溢れる。
触れれば、触れるだけ飢えていく。
貪欲に。
全て欲しいと。
時間が空いてしまった。
夜。
一人の夜で、何もする事がない。
ベッドに仰向けになり、ただ天井を眺めた。
らしくない。
祐希へ目を顰めようとしたが、目を閉じるだけとなる。
咽喉が渇く。
叫びたい気分だった。
痛切に
彼の名を
「……」
ベッドから起き上がり、大きく息を吐き部屋から出た。
証明の落とされた通路は、時間が遅い事を知らせている。
意味もなく当てもなく
ただ暇つぶしの為に祐希は歩き出した。
ドウシテ、アナタハ コノ手ヲ取ッテハクレナイノダロウ
ナラバ、触レサセナイ所マデ行ケバイイノニ
「……」
らしくない。
祐希は立ち止まり、行き着いてしまった場所に顔を歪ませる。
真っ直ぐ進み、角を曲がればすぐに彼の部屋につく。
そう兄の部屋になる。
行こうとする足と相反する心。
拳を握り締め、身を翻そうとした時だった。
「祐希君」
少女の声。
見れば、いつのまにいたのだろう祐希に告白した子が立っていた。
睨みつけ、無視をしようとする相手の腕を少女は掴む。
「待って」
「離せ」
振り払おうとする手を少女は爪を食い込ませるほど強く握った。
映る顔は何か歪んでいるように見える。
「私はアナタが好きなの」
「俺はテメェなんか」
「知らないからなんとも思ってないんでしょ」
ワタシを好きになって
苛立ちと共に過ぎる、この近親感は何なのだろうか。
爪が食い込んでいるというのに痛みを感じない腕を祐希は見た。
自分モ、コンナ風ニ兄ヲ見テイル?
「知らないのなら、知ってもらおうと思って」
「っ…」
不意をつかれた。
少女は、少し意識を沈めていた祐希の隙をつき唇を寄せる。
柔らかく冷たい感触。
熱が揺らぐと同時に嘔吐を感じる気持ち悪さを感じた。
カタンッ
耳に入る靴音。
少女の体を引き剥がしながら映ったのは、
「……」
平然とした表情の兄だった。
アレは誰?
アレは誰?
アレは誰、誰、誰、誰、誰、誰、誰ナンダヨ
「……」
「何、其処にいるんだよ。彼女行っちゃったじゃないか」
祐希に瞳を向け、そして平然と去った昴治の後を
彼は追いかけてきた。
ポケットからIDを出し、何か言いたげに俯く祐希に目を向ける。
「追いかけないのか」
「…俺は」
アレは誰?
「俺は何だ?良かったじゃないか」
「良かったって…アンタは何も思わねぇのかよっ」
アレは誰だ?
どうして、どうして
アレは
俺ノニ触レヤガッタッ
「別に」
表情もなく、祐希の瞳が揺れる。
「解ってんのか」
「解ってるさ」
祐希が他の人とキスをした
「解ってねぇよっ!」
「決めつけんな、別に俺はオマエのじゃないし。
オマエは俺のじゃない」
(オマエは俺のモノだ)
「忘れたか?」
(ムカつく、ムカつく……)
「俺はオマエを弟しか見れないって」
(あの子はなんなんだよっ!)
相反する心に背くように昴治はIDを端末に通し、
部屋に入ろうとする。
「っ!!」
怒り歪んだような表情をし、祐希の手が伸びた。
それに少しだけ昴治の唇を笑ませる。
ダンッ
大きな音が立った後、扉が閉まった。
「俺はアンタが兄貴が好きなんだっ!」
歪んだ表情のまま、祐希は叫ぶ。
二人は祐希が押し倒したカタチで床に倒れこんでいた。
「それで兄貴を抱いた、アンタは受け入れた!!」
「ああ」
「アンタはそんな俺が別の誰かと何かしても、何とも思わないのかよっ!」
「…思えと?」
昴治は手を伸ばし、祐希の横髪を掴む。
握り締め、強く引いた。
「つっ」
「そうだな、弟が取られるのは嫌かもな兄として」
(オマエが他の奴に取られるなんて嫌だっ…)
引き寄せ、髪を引いた事により痛みに歪む顔を近づけさせた。
「そういう事を言ってんじゃねぇっ!」
「俺にとってはそうだ。俺はオマエを弟しかみれないって
何度言えばいいんだ?」
肩を掴んで、つく祐希の腕を叩く。
体勢を崩し横に倒れる祐希の上に昴治は乗った。
「云うコト聞かない奴は嫌いだ」
「っ」
ビクリと祐希の体が震える。
それに昴治は平然と見下ろした。
「っ…っ、っ!!!」
シャツで祐希の腕をベッドに括りつけるように縛り、ネクタイで目を隠す。
馬乗りになりながら強く体を叩いた。
音にならない悲鳴を上げる祐希を昴治は見る。
叱り付ける
「悪い子は嫌いだ」
叩いた手はジンジンと痛む。
瞳からはボロボロと涙が零れた。
祐希が見えない、このときに。
「だから嫌いになるぞ」
(好きだ、好き…)
「いっ…」
「云うコト聞くか?祐希」
ゆっくりと頷く弟を見て、引きつる笑みを昴治は浮かべた。
目隠しされた祐希の顔を抱き、そっと唇を寄せる。
(祐希、祐希、祐希、祐希……)
「……傷ツケタクナイノニ……タダ、コノ気持チ、自信ナイダケナノニ」
祐希は立ち上がり、ベッドに座る昴治を見た。
「どうした?早く帰れよ」
「……」
見る表情は少し虚ろに見える。
昴治は目を伏せた。
「…兄貴」
「なんだ」
「今日、夜…先約あったんじゃなかったのか?」
「ああ、あった」
レポートは終えて、少し疲れた体で部屋へ帰ってきた。
映ったのは怒りを揺るがすモノ。
「もう終わったけど」
「…誰」
「オマエに教える必要ないだろ?」
「………」
祐希は目を逸らす。
そして、それはポツリと吐かれた。
「尾瀬か」
尾瀬イクミ。
彼は昴治にとって親友としかない。
肉体関係など、祐希にしかなかった。
「そうだと、云ったら?」
演じる。
祐希が思っているであろう姿を。
昴治は演じるままに言葉にした。
「っ……」
瞳を向け、それは数年ぶりにみる。
今にも泣きそうな傷ついた顔。
「っ」
昴治は息を呑み、胸元を掴む。
ズキズキズキズキズキズキ
「……」
瞳を伏せ、表情のない顔に祐希は戻る。
そのまま背を向け扉を開けた。
「…ゆうっ」
昴治の言葉を聞く前に、祐希は部屋から出て行った。
ふらりと歩く足はおぼつかない。
通路の壁に手をあて、見える自分の部屋の扉を見た。
(兄貴は…尾瀬が好きなんだ……)
苛立ちが浮かぶハズなのに。
心には虚無にも似た絶望感が襲った。
きっと兄は彼に全てを渡し
きっと兄は彼に愛の言葉を告げ
きっと兄は彼に心を委ねる
――悪い子は嫌いだ
「……」
「イヤァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!!!」
何かが壊れていく
「祐希君」
声を掛けられて祐希は虚ろな瞳を後ろへと向けた。
そこには先ほどの少女がいる。
「……」
「私を好きになってください。解ってくれたでしょ?」
「……」
「つきあってください」
微笑み、少女は小さな手を前へ出す。
そこには鋭利な刃物があった。
「キスさせてあげたんです。恥をかかせないでください」
「……」
刃物を祐希に向ける。
「ずっと見ていたんですよ?あの金髪の女…カレンさんでしたっけ?
彼女よりも早く」
祐希は刃物を見る。
鈍く光るそれは、本物なのだと知らせていた。
「あのお兄さん、嫌いなんですよね?
さっき私を突き放して、追いかけて私の事を紹介してくれたんですか?」
「……」
「彼女だって」
「……俺はアンタを何とも思ってない」
嫌いとも感じない。
心は、もう此処にない。
「どうして、ですかっ!!つきあってください」
祐希は無視をするように背を向けようとする。
少女は手を伸ばし、祐希の肩を掴んだ。
「殺しますよ、つきあって!!!」
祐希はゆっくりと唇を開く。
光る刃物を見つめながら
「ヤダ、ヤダ、ヤメテッ……ネーヤ…イヤ、コレ嫌ダ」
アナタの唯一になりたい
アナタに好きだと言ってほしい
アナタの全てが欲しい
俺は弟としか見れない
でも思いは叶わない
無意味な努力を重ねる事を良しとしない自分が
何度も続けて突きつけられるのは空虚
アナタに愛してほしい
「……」
ぼんやりと宙を眺めた。
周りには誰もいなくて、腹に滲む赤は押さえた手を染める。
こんな感じだったのだろうかと、祐希は思った。
痛みはあるはずなのに、何も感じず
光はどんどんと失われていく。
どうして?だって、オマエは…俺の弟だ
そうだ。
だから叶わない
叶わないのなら、イラナイ
「……っ…」
声は出ず、ゴプリと音を立てて粘着質な血が零れる。
このまま……きえ…て…し……
(すごく傷ついた顔してた…)
通路を壁伝いに歩きながら昴治は目を伏せる。
(誤解…させちまった。きっとすごく……)
そんな顔をさせたかったんじゃなかった。
消えてしまうのが怖くして仕方がない。
(……ちがう、ちがう、ちがうんだよ、)
胸に手を当て、握りこんだ。
(まず……謝って、これまでの事を話して…)
服が皺になるほど握り締め、昴治は目を顰める。
これまでの自分の行動で
信じてくれはしないかもしれない。
(それで…)
前を見上げ、はやる気持ちに自然と足取りは早まっていく。
次第には駆け足になっていた。
(ホントは…好きだって、兄としてだけじゃなく――愛してると…)
角を曲がれば、祐希の部屋のある通路に出る。
すぐに見付かるだろう祐希の表情を浮かべて、昴治は自嘲した。
あの虚無になりかけた表情を思い出して。
祐希の黒髪は揺れ
赤の液体は無機質な床に広がる
数秒後、兄の瞳に映るだろう世界
ああ、消えてしまいたい
(終)
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