**あの時の金魚はもういないけれど…






ゆらゆらと…揺らめく赤を眺めていた

小さな青






観光地だった。
リヴァイアスが艦内メンテの為に寄港した木星は
想像していたよりもはるか数段上のリゾート観光地であった。

――尾瀬って結構、裕福だったのね…

あおいの言葉にイクミが苦笑いを浮かべていたのは数時間前。
でも、金欠なんだと泣き言を聞かされたのは数十分前。

「……アンタやっぱり馬鹿だな、」

と、弟に馬鹿にされて数分は経っている。
不機嫌極まりない相手に暴言を吐かれ、苛立ちながらも返さないのは
自分の方に非がありすぎるからだ。
話は遡るに数十分前。
今いるターミナルが、身動きが制限されるほど混雑していた。
観光名所である中央管理森林公園への線に乗る為だ。

「すっごい混みよう…そんなにいい所なんですか?」

「あ?俺に聞いてんすか??えーっと…どうでしょう?」

カレンに聞かれ、イクミは考え込む。

「ダメダメ。その土地の人に観光名所は聞いちゃ!
千葉の人にディズニーランドはどう?って聞いてるもんよ。」

あおいの一言に、

「「でぃずにーらんど???」」

こずえとイクミは首を傾げた。
肩を押されながら、昴治はあおいの肩を叩く。

「あおい、その例えは、あんま良くないぞ。」

「そう?って…祐希は?」

「あっち、あっち。」

怒りを隠さず、不機嫌そうな表情で少し離れた場所にいた。
いたというより、追いやられたという感も多少あるが。

「祐希ー!!」

カレンが向かえに行こうとするが、やはり女の子。
身動きが取れない。

「ちょっと、時間…ヤバイわよ!」

あおいの捲し立てに、昴治は溜息をつき隣りにいるイクミに
小さなリュックを渡す。

「悪い、持っててくれるか?」

「うえ?え、あっ昴治!」

答えを聞く前に、昴治はイクミに預け人ごみを割っていった。

「すっご…相葉君、結構やるね……。」

するすると人ごみの中を進んでいく昴治を見てこずえは感心する。
確かに上手に潜り抜けていた。

「そりゃ…まぁ、慣れてるから、昴治は。」

「あ、やっぱ迷子になったりしてたんですか?」

カレンが楽しそうにあおいに聞く。

「いつもね。大抵、出かけた時は。
祐希ね、結構ふっとどっかに行っちゃって」

「あー、昴治大丈夫っすか?」

心配しているイクミだが、すぐに祐希がこちらへ来る。
正確には傍まで行った昴治に背を押されて。

「危ねぇだろ!押すんじゃねぇ!!!」

「進まないだろ!」

「俺はアンタの盾じゃねぇんだ!クソ兄貴が!!」

「んだとぉぉ!!!」

と、口論しながらだったが。

「どうやら大丈夫みたいね、」

あおいは安堵の息を溢すと、ブザー音が響く。
線が来た知らせである。
はぐれないように、細心の注意を払って、

「皆いる?」

「いるよぉ…きゃっ、イクミぃぃ…」

「イクミ君も乗れましたぁ…えっと」

「何とか乗れました…祐希も、」

カレンの横にいた祐希はドアの方を見ている。

「うにゃ!昴治!!早く乗れってぇぇ…うわわわわ、」

乗っていない昴治を向かえに行こうとしたイクミだが人ごみに飲まれる。
それでも何とか横にいるこずえを守っていた。

「ほら、先に乗るんだよ…」

乗ろうとしていたが、昴治は目の前にいる小さな子供を先に乗させようとした。

「お兄さん、早く乗らないと!」

入り口近くのカレンが声をかける。

「この子、乗せてから、すぐ乗る!」

声を上げ返すが、発車の知らせがブザーが響いた。

「おいっ!!」

ついで昴治の耳に響いたのは弟の声、
咄嗟に手を伸ばしていた。
伸ばしていた手はそれを掴み、ほぼ無意識に引っ張っていた。

「っ…!!」

それは紛れもなく祐希の腕で、

『――番線、発車いたします。ドアが閉まりますのでお気をつけ下さいませ』

無常にも扉は閉まり、

「うわわっ…」

「っく!?」

そのまま尻をつく。
手は腕を掴んだまま。

「……」

「あ……」

線は名残も惜しまず、発車していった。
閉まったドアの向こうに呆然としている幼馴染みや友人の顔が微かに見えた。

「……馬鹿兄貴、」

尻をついている昴治に見下しながら、そう祐希は呟いた。
そしてかれこれ5分以上は経過している。

「どうすんだよ、金あんのか?」

「さっきイクミに預けたのに入ってる」

「馬鹿、」

切り捨てるように云われ、青筋をたてながらも昴治は服のポケットを探る。

「つーか、お前持ってねぇのかよ。」

「俺は無理矢理つれてこられてんだよ。金もってく暇なんかあるわけねぇだろ!」

確かに。
艦内メンテと言っても留まっても全然平気だった。
自室で休養を取るつもりであった祐希は、あおいとカレン、そしてイクミに
無理につれてこられた。

(あの状況じゃ無理か…)

その様はドナドナだなと思ったのを昴治は思い出す。

「…あ、あった。」

ポケットの中に少量、小銭があった。
数えてみれば

「何とか…一人分の乗車代があるから……次の線で、」

「無意味、脳みそねぇのかよ」

「んだと!」

目を細め、見下ろす祐希に昴治は詰め寄った。
だが祐希はそのままの表情で言葉を続ける。

「あいつらが先について、どの線に乗れるか判断しにくい。」

「は?」

「次の線で行ったとして、あいつらはそこで待ってんのか。
それともこっちに返ってくるか知らねぇんだ。すれ違いの可能性の方が高い。」

「少しは待ってるだろ、」

「俺が金持ってねぇのも、アンタが金持ってねぇのも容易に判断できる。
だったら待たずに引き返してくんだろ」

「……そうだな…確かに」

「もし向こうで会えたとして、どうやって残ってる奴に連絡とんだよ」

「あ…」

呆然と、今更ながら気づく事に目を丸くする。

「馬鹿は休み休み言いやがれ!馬鹿が!」

「あのな!!」

確かに、祐希まで此処にいる状況にしたのは昴治だ。
だが、こんなにも貶される言われはない。

「ホント馬鹿だ!アンタは!!」

怒鳴りつかれ、睨まれる。
睨み返す前に祐希の言葉が続けられた。

「アンタが先に乗ってれば良かったんだ。
俺を先に押し込むから、こんな面倒な事を!
それに俺なんかの腕引っ張んなよ!!
もしアンタの手が挟まったらどうすんだ!この馬鹿、チビ、クソ野郎!!」

「……」

罵られてはいるが、

(つーか…)

「なに笑ってやがる!!」

怒っている理由が自分の身の事とは。

「悪かった、悪かったって。」

殊勝に謝れば、ふいっと顔を逸らされた。
昴治は苦笑して、上を仰ぐ。
人工の空気層が造られた空は映像のように綺麗な空が見えた。

「…どうしようか、」

「……速い場所で引き返したとして、あと3時間はあるぜ。馬鹿兄貴…」

不機嫌そうな顔をしながら、そう言われる。
昴治は考え、ターミナルの入り口を見た。

「30分前に此処に帰ればいいよな。せっかく来たんだし…そこら辺ぶらつこうか?」

祐希は返事をせず、昴治を睨んだ。













綺麗な舗装された街灯を歩く。
観光地となっている所為か、お土産もの屋や料理店などが多かった。

(地球とは違うな…)

地球にも、こういう場所はあるが
何処かこちらの方が品の高さを感じられた。

(でも、まさか祐希と二人きりとなるとは――)

静かに横を歩いている祐希を見る。
ひどくつまらなそうな顔をしてはいるが、自分の歩幅に合わせて相手は歩いていた。

(こういうの何て言うんだろ……)

ぴんっと浮かび、

(デートみたいだ、)

浮かんだ言葉を心内で言う。
すると、何だか気恥ずかしくなった。
昴治は何とか頬を赤くなるのを押さえるように手を仰ぐ。
そして少し浮かれているらしい自分に溜息をついた。

「……はぁ…あのさ、」

誤魔化すように話し掛けた。
だが、隣りにはいつのまにか誰もいない。
目を瞬かせ、周りを見渡した。
右肩に触れて、少しだけ咽喉を震わす。

「ゆ……っ…」

声を上げる前に、少し離れた店先にその姿を見つける。
呆れの溜息をワザと出して、昴治は駆け寄った。
すぐに不平を言おうとしたが、めずらしく見入っている祐希に言葉を止める。
硝子細工の店だった。
見ているのは、所狭しと並べられた小さな硝子細工。
動物や小物をモチーフにした硝子小物が置かれていた。

「…欲しいのか?」

「あァ?」

馬鹿にするように見られ、昴治はむっとした表情をする。

「立ち止まって見てたからさ、」

物事に興味を示さない事が多い弟が、歩みを止めるくらいには気に止めた筈だ。

「別に、」

「あ、おいっ…」

今度はさっさと歩き出す弟を追いかけようとするが、ふと視界の隅に
それが掠めるように映った。

「……」










記憶は時に鮮烈に蘇る。
星空煌く夜。
灯篭が彩り、香ばしい匂いや人々の楽しげな声。
かける子供を目に留め、自分の服裾を掴んでいる者を昴治は見つめた。
自分より背が低く、眉根を下げ怯えているような表情だった。

「どうしたんだ?ゆうくん、」

「……」

ふるふると首を振るだけだ。
思えば、人ごみが多くなると口数が少なくなり、ほとんど喋らなくなる。

「こーちゃん!ゆうくん!早く!!」

元気に手を振る幼馴染みに昴治は軽く手を振った。

「ほら、待ってるからさ…行こうな。」

「……」

そう言って、相手の歩幅に合わせるように歩き出す。
心細げに服裾が引かれ、引くように歩んだ。
その小さな引きが、昴治に何とはなしに笑みを浮かべさす。
だが、ふと引かれる力が強くなる。
立ち止まったのだ。

「どうしたんだよ、行こう、」

「……」

服裾を引いただけだった。
ああ、と昴治は息を溢した。

「見ていきたいのか?」

「……」

ふるふると左右に首を振る。
俯いて、黙ったまま。
問いだす事をせず、昴治はまた歩き出した。













(あの後、どうしたんだっけ……)

鮮明に映し出された記憶を、また辿ろうと考えこむ。
だが、遮るように声をかけられた。

「おい、迷子になる気か?馬鹿、」

今日はあと何度、馬鹿と言われなければならないのだろう。
言われる義務はあるのだろうか。
など考えつつ、昴治は店先の硝子細工を見た。

「…悪い、ぼーっとしてた」

数分の後、漸く先を歩いていた祐希に昴治は追いつく。
服のポケットを軽く叩いて、少し昴治は見上げるように祐希を見た。

「馬鹿、」

「…あんま言うなって、これでも悪いと思ってんだからさ」

「見えねぇな、」

冷たい返しの祐希に昴治が溜息をついた時だ。

「あのー、すみません!」

可愛い方だろう、少女が二人、声をかけてくる。
当然、ぼんやりしている昴治は状況が飲み込めずにいた。

「あの、お一人ですか?」

明らかに声を掛けられているのは祐希だ。
フード付きの袖なしパーカーにジーパンというラフな格好であるが、その顔立ちと体型が気を惹かせる。
一気に不機嫌な顔をするが、少女たちはお構いなしのようである。
ぼんやりしている昴治にフォローは望めない。

「良かったら、一緒に…」

「誰だよ、アンタ」

元から好かれようとするタイプではない。
祐希は切り捨てるように言った。

「…ああ、あ、おいっ…女の子に対して、その言い方ないだろ」

ようやく理解できた昴治が、まず取った行為は注意だった。
眉間に皺が寄って益々、機嫌の悪そうな表情になる。
が、しかしだ。
顔の綺麗な者が、その表情をしても、この場合無意味だったらしい。

「そっちの子も、一緒でもいいから」

(でも…いいから?)

何となく棘のある言い方に、昴治は目を顰める。

「ね、いいですよね?」

そう言って少女は手を祐希の腕に絡めた。



パシンッ



子気味よく、その音は響いた。
叱る言葉などよりも早く。
ああ、そう云えばそうだったと頭の中で思い描いた。











「ほら、挨拶して。」

母親が昴治に告げる。
目の前には、優しそうな顔をした女性がいた。
数回も見た事のある、従妹のおばさんだった。

「こんにちわ、」

すぐに挨拶する昴治の後ろに隠れるようにして、小さな子がいた。

「ゆうくんもよ」

母親が嗜めるが、昴治に引っ付いたままである。
溜息をこぼしながら、その子の背を軽く叩いた。

「あいさつ…だよ、こんにちわーって、ねっ」

眉を下げながら見上げられる。
助けを求めるように見上げてくるが、それでもするようにと瞳で訴えた。

「……」

少しだけ顔を見せ、ペコリと頭を下げる。
可愛らしい仕草に女性は微笑み、

「いい子ね」

その子の頭を撫でた。
瞬間、

「やああああーーーっ!」

悲鳴を上げて泣き出す。
昴治は慌てて、幼いその子を抱きしめて大きく口を開いた。












叩かれ、振り払われた手を抑え何事かを話す前に。

「あのさ、ごめんっ!!」

昴治は声を張り上げた。
そして頭を下げつつ、祐希の前に立つ。
先に謝った方が形勢が良い方へと傾きやすいのを昴治は知っていた。

「こいつ、腕さ、捻挫してて!触ると痛むらしくてさ!
大丈夫?怪我してない?」

理由を述べ、相手を気遣う。
言葉が詰り、目をパチパチさせている少女たちに昴治は息を呑んだ。

「あ…こっちこそ、ごめんなさい。」

成功した。
何とか諍いが起こらずに済む。

「あーー、えっと…用事があるんだ。
ごめんね、誘ってくれてありがとう…じゃあっ…ほら、行くぞ!」

走り出す昴治に

「おいっ、」

声を張り上げたが止まる様子もなく、祐希もその後に続くように走り出した。
呆然と少女たちは見送る他ない。
走り、角を曲がって昴治は止まった。
乱れる息を整え、すぐに追いついた祐希を睨む。

「おまえな!!」

全く息など乱れていない祐希に憤怒が募った。

「女の子に手をあげんなよ!」

「俺はっ」

「問題起こしたら、こっちが断然不利なんだぞ。
しかも見知らぬ土地なんだからさ!
解かってんのか?つーか反省しろ!!」

「……」

目を顰め、顔を背けられる。

「祐希!!」

舌打ちをされて、今度は睨まれた。

「……まだ直ってないのか?」

「……何が」

唸るように言われて、昴治は溜息をこぼす。
そして表情から怒りを追い出した。
子供の頃、この前の人物。
面識のあまりない人物や好かない相手に触れられただけで泣き出す事が多かった。
最近では、そんなコトなど見受けられなかったが。
思い出された記憶と一瞬だけ見えた表情が同じように昴治は思えた。

(触られるの…嫌いなんだろうな、基本的に)

黙ったままの相手を眺め、目を伏せた。

(……俺でも?)

「……オマエ、見栄えだけはいいからな。
また声かけられる可能性が高いかな、」

違う事柄で思い浮かんだモノを打ち消した。

「……」

「仏頂面してないで、考えろよ。
つーか、誘われたいのか?」

何も言わない祐希に昴治は手を伸ばす。
自分で笑えてしまうほど、昴治の手は微かに震えた。

「んなわけあるか、馬鹿が、」

震えた手は祐希の腕を掴んだ。
馬鹿にするような瞳を向けられただけで、
少女と同じように叩き払われる事なく瞳に怯えも映らない。

(良かった…)

内心で安心している自分に、睨むことで忘れさせる。

「また、その言い草か!」

「…連れの女がいればいいんだろ?要は、」

「まぁ…そうすれば、声をかけられずに済むだろうけど。
つーかさ、女の子って言ってもさ、」

話す昴治を横目に、祐希は上着を脱ぎだす。
何事かと声を上げる前に脱いだパーカーを乱雑に被せるように着せられた。

「わぶっ……な、何すっ――」

そしてフードを被せられた。
目をパチパチさせている昴治の前には上着がシンプルなシャツになっている
祐希が覗き見ている。

「え?」

「連れの女、」

指を差され、当然ながら誰も此処にはおらず。

「……俺?俺…って無理に決まってんだろ!!!」

祐希でも少し大きめだったパーカーは、昴治なら尚更ダブダブで
体のラインが解かりにくくなる。
もとからがっしりした体型ではない昴治は、童顔な方の顔と
フードが少し隠す所為もあり女の子に見えなくもなかった。
現に、ボーイッシュな女の子と言えば納得するくらいである。

「喋らなきゃ、わかんねぇよ、」

「つーかさ!!」

「カモフラージュだろ」

そう言って腕を掴んでいた手をゆっくりと握られる。
あたたかい温もりに、昴治は口を噤んだ。
プライドとか常識とか、色々と交錯した。
が、昴治は溜息をつく。

「別にしたくして、してんじゃないぞ。
愛想の悪い弟の為に、仕方なくだからな!
揉め事が起こったら大変だし!だから、仕方なくだ!」

言い終えて、一息つく。
そして手を優しく握りなおして、

「暇つぶし、再開するぞ。」

「ああ、」

ゆっくりと握り返された手は昴治を引いた。













綿菓子を食べながら、幼馴染みの少女が昴治を見た。

「なんだよ、」

「ゆうくんは?」

それなら、此処にと言おうとした。
が、後ろに引っ付いてる筈の子はいない。

「…えっ!!」

思えば服裾を引く力が弱くなった事に気づかなかった自分を責めた。
こんな人ごみの中、

「ゆうくん、迷子になっちゃったの!」

幼馴染みの言葉に昴治は駆け出した。

「あのバカ!」

駆け出し、何処へいるのかと考えると
ふと頭に情景が浮かんだ。
ここに来るまでの間、一回だけ立ち止まった場所がある。

「あそこだ、きっと!!」

予想は確信に近かった。
小さい足で走り、息を切らしながら、その出店の前まで来る。
案の定、そこにその子は立っていた。

「ゆうくん!!」

駆け寄って、怒鳴り叱りつけようとしたが
目を大きく開いて見入っている相手に昴治は言葉を止めた。

「……ゆうくん…」

「……」

近くで囁かれ、ようやくこちらに気づく。
眉を寄せて、バツの悪そうに俯いた。

「…にいちゃ……」

俯いたまま、服裾を掴む。

「あの……赤いの…」

「欲しいのか?」

聞けば、左右に首を振った。
それに昴治は小さく肩を落とす。

「あれ金魚すくいって言うんだ」

俯く相手に昴治は出店を、持っている少ない知識で教えた。

「ちょっとお兄ちゃん、やってみたいなって思ってんだ」

そう云えば俯いた顔を上げられる。

















「なにボーっとしてやがる、」

はっとして、握られている手と相手の顔を見た。

「いや…別にボーっとしてないって」

息を吐きながら呟き、そして横を見る。
ちょうどレストランだろう店の窓に姿が映った。
当然映るのは、昴治と手を繋いでる祐希。

「……っ、」

くわぁぁぁっと面白いくらいに昴治が真っ赤になった。

(な、なんか恥ずかしいぞ!)

「……?」

目を向けられ、細められる。
訝しげな表情に昴治は睨み返した。

「な…なんだ?」

「アンタ、顔真っ赤だぜ。もうバテてんのか?」

「んなワケないだろ。まだ20分も歩いてないし。」

「ふぅん…」

気のない返事は、どうして真っ赤になったのか解らないと言わんばかりだ。
昴治は内心で溜息と愚痴を呟く。

(んだよ…普段は鈍い、鈍いってバカにするクセに
お前だって鈍いじゃんかっ…)

「何睨んでやがんだ?」

「別に、」

「ふぅん…」

さほど変わらない態度に、昴治は視線を逸らした。

「わぁぁぁーーん……」

耳に残る泣き声が聞こえ、目に留める。
横にいる親らしき者が宥めているが一向に泣き止む気配はない。
本格的に泣き出した子を泣き止めさすには、相当の苦労がいる。
昴治はそれを、よく知っていた。
昔、よく味わった――














「はい、坊や、」

結局、何回かの挑戦後
1匹とオマケで、二匹の金魚がビニールの袋の中を泳いでいた。
元々、昴治は金魚掬いなど得意ではない。
それを心配そうな面持ちの子に渡す。

「ほら、」

「……ありがと…にいちゃ…」

ニッコリとはにかむように笑う。
今日初めての笑みではないかと、昴治は思った。
落とさないように注意をし、そっと子に渡す。
すれば、満面に笑みを浮かべた。

小さい子としては――

丁寧にそして大切に
その二匹の赤い金魚を育てていた。
餌のやり方から、水の入れ替え…小さいながらも本で調べたり母に教えてもらったり
一生懸命に育てていた。

けれど

やはり、長生きするものではない。

「…っ…ひっく…うええっ…」

大泣きをするかと思われた子は、
声を押し殺すように鳴咽を溢す。
否、泣き過ぎて轢き付けを起こしているような泣き方だったのかもしれない。

「…ゆうくん……」

仕方がない。
そう告げるには酷すぎる。
昴治はただ、泣き止むまで傍にいて背中を摩り続けた。
















「…疲れた」

少し記憶の旅に出ていた昴治は、祐希の一言で現実に戻る。
見れば、あまり疲れていないような表情の彼がいた。

(そうだな…俺も)

少しだけ疲れた。
元々、あまりない体力。
歩いただけだというのに、少しの脱力感があった。

「どっかで、休むか?」

瞳を向けられ、目を細められた。

「って喫茶店に入るわけにいかないしな、」

お金は少量しかなく、とてもじゃないが何も頼まずいるのは
昴治の性格上、耐えられなかった。
ふと視線を泳がせ、見つけたのは公立の大きな公園入り口。

「あの中で少し休むか、」

「公園でか?」

「ベンチくらいあるだろ」

祐希が何か言う前に、今度は昴治が手を引く。
公園の中に入り、ちらほらといる人を過ぎて空いているベンチを見つける。
なるべく隅の方のベンチを見つけ、そして座った。

「ふぅ…」

軽く息をつくと、手を繋いだままの祐希がゆっくりと隣りに座る。
仕草からして、やはりあまり疲れてはいない。

(気使わせたか?)

昴治は相手を覗き込むように見るが、軽く睨まれただけだった。
息をつき、昴治は上を見上げる。
人工的に造られたものだが、キレイな空だった。

「……兄貴」

「ん?」

口を開き、目を顰め。
何か言いにくい事を言おうとしているのだろう。
昴治は首を傾げながら、待った。

「……」

すると溜息まじりに目を伏せられる。
呆れている。
そんな感じの溜息だった。

「なんだよ、その態度は。」

「別に」

「別に、じゃないだろ。もしかして、まだ怒ってんのか?
さっきから何度も謝ってるだろ。」

「……」

また溜息をつかれ、昴治はいい加減怒りが募ってきた。
怒鳴ろうとしたのだが、その前に祐希の手が伸びる。
その手は肩に置かれ、ゆっくりと引き寄せた。

「…え?あ…」

所謂、肩を抱かれている状態。
昴治は目をパチパチさせながら、瞳だけ祐希に向けた。

「ゆ…」

「あの、暇ですか?」

昴治の声を遮るように、ハキハキとした口調の少女の声が聞こえる。
目の前に、数人の少女たちがいた。

「暇じゃねぇよ、」

内心一種のパニック状態に陥っている昴治は、引き離すわけにはいかず
祐希の胸に少しだけ顔を埋めた。

「隣りの人って彼女なの?」

「さぁ、」

冷たい祐希の返しに少女たちはめげずに誘ってくる。

(バカンスは開放的になる…)

と、場違いな事を浮かべながら昴治は、どうしようかと考えた。

「そんな地味な子より、私達と遊ばない?」

(地味な子って…俺か!)

色々な感情の籠もった怒りが湧き上がる。
だが声を上げるワケにいかず、昴治は祐希の服を掴んだ。

「…消えろ。それにコイツは俺のもんだ、ケチつけんじゃねぇよ・・・」

「……」

肩が震える。
2,3、少女たちの声が飛び交って立ち去る音が耳に入ってきた頃
昴治は漸く顔を上げた。

「いつから、オマエのもんになった!」

開口一番に昴治はそう告げる。

「……」

すぐ返ってくると思われた言葉はなく、祐希は視線を斜め上にあげた。

「祐希?」

「…………4ヶ月前、」

「は?」

「だから4ヶ月前、」

主語のない言葉に昴治は目を顰める。
先の自分が言った言葉の返しなのは解かった。

(4ヶ月前???なんかあったか???)

考え込み、

(確か………)

思い当たる節を見つけ、くわぁぁぁと面白いくらいに昴治は真っ赤になる。

「ばっ、ば、ば、バカかオマエ!!!」

「あァ?」

「あァ?じゃねぇよ!あのな、世間一般的に考えれば
そうなるかもしれないけどな!!その、間違ってるっていうか!」

「アンタが俺のになるって言ったんだから間違いじゃねぇだろ」

「…え?あ…そっち、」

真っ赤のまま、昴治は口を噤む。
肩を少し寄せられ、見下ろす祐希の瞳から瞳を逸らした。

「そっち…ってアンタ、何と勘違いしてた?」

「わ、忘れた…巻き返すなっ」

「ふぅん…」

小馬鹿にするような返しに、昴治はムっとした表情になる。
もともと恋愛の駆け引きなど苦手な昴治はこういう状況には弱い。

(ちくしょー…下手だったのに、知恵つけやがって…)

この横にいる祐希も苦手なのは兄である昴治も知っている。

「……あのさ、もういいだろ?離せって」

「おい、兄貴」

呼ばれたので顔を上げた。
すぐに少し冷たい手が頬に触れる。

「えっ…んんっ!?」

すぐに唇が押し当てられた。
カツンッと少し歯と歯がぶつかる。
もがくにもガッシリと抱きしめられている状態なので動けない。

「んーーんっ!!」

「……」

開いた瞳には同じ青の瞳とぶるかる。
眉を顰め、祐希の胸を少し叩いた。

「…はぁ……って、な、なにすっ…」

裏返った声の返しに、祐希の瞳が横へと流される。
つられるように昴治は視線を横に向けた。

「うわっ、」

周りは散らばってはいるが、いちゃいちゃしている恋人たちが
たくさんいた。
どうやら、そういう場所らしい。

「…あ、えと……ばっ、馬鹿、顔近付けんなっ」

「周りは?」

「あーー、もうっ…あのなっ……外だぞっ!」

「もっと…」

目が閉じられ、ゆっくりと開かれる。
昴治はその隙に次の言葉を出そうとしたが、咽喉奥で詰った。

(うわ……)

「たくさん…してんだろ?」

声が囁くように低くなり、優しげな表情だった。




――昴治って、結構面食いだよねぇ…




と、頭の中で幼馴染みの声が響く。
何も言えずに、昴治の唇はまた塞がれた。
しっとりと唇を動かし、ゆっくりと舌が口腔へと入る。

「んっ……」

舌を捕らえずに口腔をくすぐるような動き。

(こいつっ…)

内部から真っ赤になるのではないかと、昴治は思った。
舌の動きに対する親近感。
それは昴治のキスの仕方と同じ動きだった。

「…はぁ…」

「…っ……アンタの真似、」

目を見開き、怒鳴ろうかと思った昴治だが、
また唇が塞がれ、どうにもこうにもできなくなる。
包まれるぬくもりと、触れる唇は嫌気のさすものじゃない。
頭の片隅で理性がちらつき、何とも言いようない羞恥が昴治を混乱させた。

「ん……んぅ…」

頬を包まれ、ベンチの背もたれの方へと押しやられる。
舌の動きに翻弄されながらも、気づくのは
周りに自分の顔を見せないようにしていてくれている事。

「はぁ……んぅ、ん…」

仕方がない。
そう妥協する事にし、

「んんっ…」

祐希の舌を突付いた。
すれば、ゆったりと舌が絡められる。

(開放的になるって…俺もだな……)

内心で嘲けて、昴治は瞳を薄く伏せた。
過ぎる揺らめきに記憶が過ぎる。















めずらしく苦しげな表情をしていた。
霞む視界に映る弟に昴治はそう思った。

「う…ぅ、ひぎゃ……あぁ…」

何故?
何故、自分は手を差し出したのか
何故、弟は手を伸ばしたのか

どうして触れ合っている?

様々な疑問と
けれど湧き上がる熱と感情に昴治は弟を見つめる。

「はぁ…はぁ…」

何度か。
この弟の苦しげな表情は見ている。
けれど、今は逆ではないかと昴治は思った。

(俺の方が…すっげぇ痛いんだけど……)

知識はあった。
しかし、まさか自分がするとは思ってもいなかった。
ただ痛みは自分にあって、弟にはないはずだと昴治は解かっている。

「……ゆっ……うき、」

呼ぼうとしたが、痛みに呻くような声になった。
それにまた苦しげな表情になる。

「……あにき……」

胸が痛い。
胸がしめつけるように痛み出す。
昴治は手を伸ばし、震えながらも弟の首に左手を回した。

「……オマエの……モノ…になってやる…よ…」

掠れながらも、昴治はそう言った。

好きだ。

なんて、とてもじゃないが言えない。
だったら言わないで黙っていればいいものを、けれど何とか
口に出来る言葉を捜して昴治は告げた。


だって

何かとても切なすぎる


体を重ねて、胸が痛むなど
オカシイではないか。
昴治は弟を見ると、相手の唇は戦慄き

「……」

次に頬を伝ったのは温かい雫。

「…はぁ…っ……っ…」

あまり上がらない右手で、頬を伝う雫を拭ってやる。
だが止まる事なく、雫は伝う。
涙をながしている事を、もしかしたら気づいていないのかもしれない。

「……っ…あにっ……」

声が震える。
昔と同じ。
泣き出すと声が引きつって、喋れなくなる。



切なくも、愛しい



「……平気…だから…さ、動け……よ。…ツラ…イだろ?」

死んでしまいそうに痛むのだが、
それより痛みをまかなうモノを知っている。
昴治がそう告げると、弟はゆっくりと昴治を抱きしめた。

「…ぐっ…うあっ…」

引き裂かれ

「あっ……うぅ、ぎっ……ぁ、」

やがて

「…あ?……やっう…ひゃああっ!?」

芽生えるのは熱。

悲鳴とも喘ぎともつかない声を昴治は張り上げた。
普段の頭なら、
何とか声を抑えようとしていただろう。
だが、昴治は我慢せずに声を上げた。
自分は男なのだから、
女性のように柔らかくもないし可愛い顔をしていない。
声も女性のモノではない。
けれど、声は自分が感じている事を伝えた。
声を上げれば、少しだけ安心したような表情をする事に昴治は気づいていたから。
羞恥など取り去って、声を上げる。

「あっ…ひゃ、あっ…ぁ…んんぅ、あっ、や、あ、」

滲む視界に、何度も口を開く弟。
何か言おうとしているのだろうか。
それとも言えないでいるのだろうか。

「くぅっ…んっ、あっ、はぁ、あっ」

弟の頬を包む手が冷たく濡れる。
気づいてはいないのだろう。
己が涙を溢しているなんて。



なぁ…泣くなよ



「ゆうき、ゆうきっ……」


傍にいてやるから
















今度は逆に、昴治の方が頗る機嫌が悪かった。

「馬鹿、馬鹿、馬鹿祐希!!!」

「……」

「常識ってもんがないぞ!つーかなさ過ぎ!!
それでも成績トップなんだろ!!その頭は!!!」

怒鳴り散らす昴治の横に祐希がいる。
場所はターミナル。
そんなに怒鳴っていれば、目立つハズなのだが
そろそろ線が来るとあって騒がしくなっている。

「途中までは、許したけどな!そのままやろうとする馬鹿がいるか!!!」

「……」

「溜息つくな!目を逸らすな!!!聞いてんのか!!!」

普段とは別人。
似ていないとよく言われるが、案外こういう所が似ているのかもしれない。
舌はよく回り、声は3倍増しに威勢がいい。

「聞いてる」

「聞いてないだろ!!!その顔は!!」

熱烈なキスの後、弾みで祐希は昴治を押し倒した。
それが昴治の理性の琴線に触れ
祐希の態度に堪忍袋の尾が切れた状態になっている。

「だいたいな!オマエは馬鹿すぎんだよ!!!」

「……」

普通なら、怒鳴り返している祐希だが。
前髪を掻き揚げながら、溜息を溢すだけだった。
数分前までは言い返してはいたが、怯まない昴治に聞き流すという体勢をとったようだ。

「何事にも順序とか!常識とか!!色々あんだ!!」

「……そうだな、」

ふてぶてしく返し、祐希は昴治を見た。

「その脳みそは飾りじゃねぇんだから!ちゃんと使え!!
解かったか!!返事は!!」

「……ああ、」

うんざりとした表情で祐希は声を出す。

「よし……」

昴治はそう言って手を腰へと置く。

「あ、」

声を上げる相手に祐希は目を伏せた。
また怒鳴られると思ったのだろう。
だが、昴治はポケットを探っていた。

「そうそう…これ、」

顰める祐希の目前に握った手を差し出す。
ゆっくりと開いた掌には赤い金魚の硝子細工があった。

「…兄貴?」

「やるよ、欲しかったんだろ?」

そう云えば、微かに瞳が揺らぐ。

「んなもん、いつ欲しいって言ったっ」

「オマエ、何か欲しいなぁと思ったら立ち止まって見るだろ」

「知ったような口聞くんじゃねぇよ」

「事実だろ」

睨まれるが、昴治は笑みを称えた表情を向けた。
視線が逸らされ、そしてゆっくりと合わせられる。

「今の状況、貴重な金をこんなので使うなよ」

「こんなのじゃないだろ、結構よく出来てるし…」

祐希の手が伸び、掌にある金魚を取った。
掌で少し転がして、

「馬鹿兄貴」

そう一言云う。

「なんだとっ、わざわざっ……」

声は詰り、昴治は目を見開く。
そこには、少しはにかむような笑みを浮かべる祐希がいた。

「…なに呆けた顔してやがんだ?」

だが、その表情は止まった昴治の声に訝しむ事で消える。
本人無意識だったようだ。

(ズルイな…やっぱり、コイツは……)

愚痴を溢すより、その表情を消してしまった事を残念に感じてしまう。
盛大に昴治は溜息を溢す事で、それらの感情を押し流す事にした。

「いらないんなら、返してもらうぞ」

「もう俺のだ、」

そう言って、ゆっくりとポケットの中へと祐希はしまった。

「……なんか、咽喉渇いてきたな」

呟くように昴治は言う。

「買えばいいだろ、自販で」

「もうお金ない、」

「……そんなにしたのか?」

視線を泳がせ、昴治は頷く。
それに祐希は馬鹿にするような表情を浮かべた。

「アホじゃねぇか…アンタ、」

「あのなっ、人がせっかくオマエの為にだなっ」

「だから、アホなんだよ。兄貴は」

少しだけ遠くを見るような瞳で、祐希はそう言葉を溢す。
それに昴治は何とはなしに祐希の手を掴んだ。

「…あんだ?」

「いや、別に」

すぐに離した手を、祐希は取り握りこむ。

「アンタ、はぐれそうだしな…」

「なんだよ!それはオマエだろ!」

「それより、」

口を開いた昴治を止めるように一言、祐希は区切る。
それに昴治は首を傾げた。

「なんだよ、」

「俺のパーカー着たまんまでいいのか?」

「っ…」

瞬間、口をパクパクさせながら真っ赤になった昴治を
馬鹿にするように祐希が見下ろす。

「あーー…もうっ!なんなんだよ!」

「……またそれかよ」

線が発着の知らせのブザーが鳴り出した。
















「あー、されど日々は続くぅ」

ぐったりとベッドに倒れこみながら、イクミは呟いた。

「休みボケか?」

同室である昴治は、机の上にある本をまとめる。
木星での休暇の後。
リヴァイアスに返ってきた早々にVGチームはほぼ徹夜に近いメンテ作業へと
繰り出されたのだ。

「あうあう、んなワケないっしょ……休みが欲しいーって思うのは
サラリーマンの切実な叫びです」

「いつ、サラリーマンになったんだよ…オマエ」

「……ぐぅぅぅ、それより…動くのも億劫だ」

相当疲れているイクミに昴治はパックの栄養補給ゼリーを投げ渡す。
それを上手に手で受け取り、体をゆっくりと起こした。

「昴治クンってば、お優しいですぅぅぅv」

「キモチワルイ声出すなよ」

「あははは、あ?これ、グレープ味!尾瀬クン、好きなんすよねぇv」

「聞けよ、人の話」

ニコニコ笑い、蓋を開けてちゅるちゅると飲みだす。
昴治は溜息をついて、まとめた本を棚に置いた。

「……ん?それ、なんすか??」

引き出しを開けた時、そうイクミに聞かれる。

「なんだ?」

「その金魚の硝子細工っぽげなヤツ。誰かに貰ったんすか?」

「……」

「あのー昴治くーん?」

イクミから目を逸らし、引き出しを閉めながら顔を仰いだ。
自分が少し頬が染まっている自覚があったからである。

「自分で買ったヤツだよ」

「ふぅーん……」

返事はうわの空に近い。
昴治は目を顰めながら、イクミを見た。
案の定、パックを片手に考えている。

「イクミ?」

「それと同じの…どっかで見たようなぁ……」

「こんなの、何処にでもあるだろ」

「そうっすか?」

あまり問い詰める事もなく、イクミはまたちゅるちゅると飲みだした。
















小さな子が。
昴治の弟が。
公園のブランコに座っていた。

「ゆうくん、」

横にたつ昴治は俯く弟を覗くように見る。

「言わないと解からないぞ?」

「……」

顔を上げて、瞳をあわすだけ。
何も言わない弟に昴治は息をついた。

「あのね、欲しい物は欲しいって言わないとダメだよ。
兄ちゃんにも解からないし、母さんにも解からないだろ?」

「……」

目を伏せらる。

「……本当に欲しいの取られちゃうぞ?
だからさ、解かるようにしないと」

顔を上げ、震える手が昴治の袖を掴んだ。
ブランコが揺れて弟が立ち上がる。
小さな弟を昴治は見下ろした。

「ゆうくん?」

「……っ……」

見る見る内に表情は歪んで、涙を溢しはじめる。

「あ、こらっ…なんだよ。急に泣き出して。
どうしたんだよ?ゆうくん?」

心配する昴治の声に、涙は止まる事なく泣き続ける。
ただ涙を流すだけだった。














閉じていた瞳を昴治は開けた。
前には湯気をたてるカップと、周りはにわかなざわめき。

(寝てたのか…俺)

カフェテラスのようになっている場所で、コーヒーを買って
此処に座ったまでの記憶はあった。
上着のポケットからIDを取り出し、時間を確かめる。

(……カリキュラムは…あと2時間後だな)

背を伸ばして、昴治は息を溢す。
手を目の前まで持っていき、軽く握った。

「…ったく……」

呆れるような声を出して。
また溜息を溢した。



本当に欲しい物は言わないよな…オマエは



今も昔もオマエはそうだ。
ただ立ち止まって見つめるだけ。
昴治はカップに手を伸ばし、口をつけた。
ちょうど良いあたたかさの液体が咽喉を通っていく。




あの時の金魚はもういないけれど…




俺とオマエの手には――
















透き通る赤に

揺らぐ青が二つ

惹き付けられ焦がれる





(終)
嘉雅梨様のリクエストでございました。
祐希×昴治です。はい。

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