**彼が為の原罪者
ひとつ、ひとつ
全て
色とりどりのオブジェが所狭しとリフト艦に飾られていた。
赤、白、緑、金、銀……
そう、クリスマスだ。
地球出身の生徒がクリスマスの話題を持ちかけた所
すぐさまパーティが開かれる事になった。
「……」
にぎやかな会場の隅、設置された大きなモミの木の下――ツリーの
大きな鉢が腰掛けるにはちょうど良くそこに見目麗しい青年が座っていた。
艦内の生徒なら誰もが知っているVGエースパイロットの祐希である。
そんな彼が独りであれば、話し掛けない者はいないだろうが
「……」
「ね!一緒に食べよ!!」
彼の鋭い睨みと、目の前に立つ活気溢れた少女の所為で
話し掛けられない状況になっていた。
「……」
「ちょっと祐希、聞いてるの!!」
「聞いてる、」
目を逸らしながら祐希は溜息を溢す。
少女、あおいはむすっとした表情をした。
「もう!せっかく誘ってんだからっ、みんなで楽しもうよ」
「……」
かれこれ数分。
あおいは祐希に『皆と一緒に食事』をと誘っている。
普通なら、長々と誘ったりはしない。
だが、普通とは通常での話だ。
今日は祐希の横にいつもいる金髪の少女、カレンがいない。
彼女は今回のパーティ実行委員に抜擢されてしまったのだ。
だから、祐希は一人である。
誘ったりしないし、誘いのったりしないこの者は。
それを心配してか、あおいが誘っているのだ。
「ねぇ…昴治がいるからなの?」
落胆した表情であおいが聞く。
目を伏せ、あおいに瞳を向けた。
「…疲れてる。少ししたら部屋に戻るつもりだ」
「そ、そうなの?大丈夫なの?」
「……昨日、寝てねぇだけだ」
「そっか……」
可哀相なくらいにあおいは落ち込んでいる。
それに祐希は軽く仰ぐように見た。
「兄貴がいるからじゃない、」
その一言が、
彼女に笑みを戻した。
「戻れよ。待ってんだろ、」
「……気が向いたら、来てね」
小さく頷くと、あおいは満足したのだろう。
微笑み、『皆』の居る場所へと駆けていった。
目の良い祐希に、人に紛れながらも、その姿は認められる。
楽しい?
楽しいよ
祐希にとって、心に留まらない人々は楽しげにいる。
笑い、騒いで。
聖なる夜を祝う。
「……」
視線の先。
人々の合間から見える『兄』も楽しげだった。
「そこの美人さん、お一人?」
声が聞こえ、気配を感じ振り向こうとした祐希の首筋に
何かが当てられた。
「っ!?」
いたのは、祐希とは別種類の綺麗な顔を持つイクミだった。
声を飲んだ理由は、押し当てられたモノが思いの他冷たいモノだったからだ。
「お、ビックリしたっすか?ビックリ、ビックリ??」
押し当てたのは、オレンジジュースが入っているコップだった。
祐希は相手が誰なのかを理解すると、すぐに殺さんばかりに睨む。
怯む筈の視線にも動じず、了承もなくイクミは祐希の横に座った。
「行かないんですかー?」
「……」
「無視はよくないぞー。一応、俺、年上だしぃ」
「うるせぇ、」
一言で返す祐希の方へコップを突き出す。
ストローが動き、中の氷が音を鳴らした。
「飲む?結構うまいけど」
「いらねぇ、」
「そ?」
コップを自分に引き寄せ、すーっとイクミはジュースを飲みだす。
すぐ去るかと思われた相手は、そのまま居座っていた。
「……」
数分。
黙ったままだった。
だが、相手は何も不平を言わずにいる。
祐希は目を顰め、
「おい、」
話し掛けた。
「なんでしょ?」
「あっちいけ、」
「あらー、ヒドイっすね。
それより、あっちの方に美味しいもんとか多いし。
心配してた人がいましたけど」
ストローでジュースをかき混ぜながらイクミは言った。
「やっぱパーティの日とかはさ、好きな人と一緒にいたいじゃん」
唇に笑みを浮かべて言うイクミに、鋭く睨み返す。
そんな祐希にイクミは肩をひょいっと上げるだけだ。
「ならテメェこそ、」
「うーん、だから此処に来たんですけど」
平然とイクミは言い、ストローに口をつける。
返ってくるだろう暴言に備えていたのだが、
何も返ってこない祐希にイクミはストローから口を離して溜息をついた。
「冗談なんですけど、そんなに怒――」
「冗談なのかよっ」
怒鳴られ、目をパチパチさせる。
イクミに映る祐希は、相変わらずの睨みつけるものだったが
少し驚いている相手に少しバツの悪いものになった。
「鋭いと大変っすね…色々、」
「何言ってやがるのか、解からねぇよ」
目を逸らす祐希にイクミは苦笑する。
「疲れてんだ、テメェの相手するほど暇じゃねぇ」
「ヒドイですわー。お寂しい思いをしてるかにゃ?と思って
わざわざお優しいイクミ君は…つーか、疲れてるって昨日なんかあったっけ?」
祐希が疲れるほどだ。
器用に何でもこなす方である彼が疲れるとしたら、
徹夜並にプログラムなり運動なりしていないと、中々疲れたりしない。
それに疲れるほどする前にサボる事も多い方だ。
「うーん、」
考えこむイクミに益々、怒りが籠もった表情で祐希は睨み
口を開いた。
「誰の所為だと、思ってんだ!!」
「は?」
睨みつけ、オマケに強めのチョップも浴びせられ
イクミは目を丸くする。
「…え?え?え???」
「……っ」
目を顰め、視線を逸らす祐希にイクミは上を仰いだ。
「ああー……俺?」
「……」
「つーか、寝なかったんすか?」
「っざけんな!!!!」
響く声と共に、蹴られる。
イクミは持っているジュースを溢さずに、蹴りを避けた自分を
内心で密かに誉めた。
「そんくらい元気なら、行ってきたら?
ホント心配してるし……」
舌打ちをし、立ち上がった祐希はイクミを睨む。
「テメェは?」
「ん?ちょいと此処にいますけど」
「……」
立ち上がった祐希は、視線を遠くに馳せ
ゆっくりとイクミの横に座った。
それにイクミは目を瞬かせる。
「……飲みます?」
「いらねぇ」
「そうっすか、」
少しだけ笑みを溢せば、不機嫌な表情をされた。
アナタが欲しい物は何ですか?
何も欲しい物はありません
俯いて
瞳に映した
イクミは少しだけ目を伏せた。
「……おい」
声がして、その声主を見る。
周りは薄暗い、艦内に設けられた自分の部屋。
目の前にいるのは何の因果か、同室になってしまった傍若無人。
「…ん?」
「ぼんやり、してんじゃ…ねぇよ」
乱雑な言葉を吐く相手にイクミは少しだけ笑みを浮かべた。
自分は上着を脱がされ、
目の前の人物は腕に絡みつく程度に服を着ていて、後は白く肌が映えた。
乱れた黒髪は瞳を隠す。
両手で顔を包むように黒髪を掻き揚げてやると、
目尻を赤くさせた表情が映った。
「……クリスマスなのにね…」
責めるものではない。
呟く言葉に
「だからだろ……」
「雰囲気?ムードって奴?」
おどけて言えば、荒い息の中見下された。
「……似合わねぇ…」
「君がいいますか……まぁ、そうかもしれないけど」
溜息をつくと、相手はイクミの欲の象徴を掴んだ。
軽く笑むそれは、挑発的なものである。
「…っ……祐希…疲れてんじゃ…なかったんですか?」
「……いいぜ…」
肩に手を置き、座っているイクミの上に膝立ちになる。
イクミのモノを撫で、濡れた手を臀部へと持っていった。
「…っ……う……ん、」
瞳を瞑り、祐希は自分で穴を解しはじめる。
それを軽蔑するワケもなく、イクミは相手の頬を撫でながら待った。
(無理…してますね、たぶん…)
行為を伴うような関係になったのは、数ヶ月前だ。
自棄になっていたのではないか?
と、今でも少し思う事がある。
(…俺の事、あんま好きじゃないでしょうし……)
言うなれば、嫌われていると思っていた。
全てが戻った。
その時、自分は映される事はないと確信さえしていた。
君の瞳に映っているのはアイツでしょ?
それは変わらない。
けれど、その人の横には別の人がいて。
苦しかったのだろうかとイクミは思った。
似たような感覚を思い出され、
――その唯一になってあげましょうか?
そう言った。
アナタを自分の中での一番にしてあげると。
強制的ではなく、もう既に芽生えていた感情を咲かせて。
言えば、酷く歪んだ表情をされる。
バカにする暴言を吐かれた後に抱きつかれた。
イクミが思うに、この者は基本的には誰にでも好かれるのではないかと。
甘えるのが上手で
ほおって置かれない程の可愛い者なのだと。
(思ったはいいんですけど…別にね。俺が言えた口じゃないし。
でも、さすがに…すぐやっちゃうとは思いませんでしたよ……)
最初から無理をしていた。
翻弄するような動作は本か話かの知識で、実践のモノではない事が
まざまざと解かった。
一度だけか。
そう思ったのだが、今も続いていたりする。
「……ん、ぅ…んん、」
モノを掴み、穴に宛がい
「く…ひぅ……んんん…んぅ…」
ゆっくりと身を沈めていく。
肌が紅潮し、しっとりと汗ばんだ。
髪を剥いて、頭を撫でるように触れる。
「…っ…はぁ、あ……う…ん、」
イクミは笑みを深くする。
意志の強さは残るものの、眉は下がり生理的な涙で潤む瞳は
彼の者によく似ていた。
初めて知った時、似ていないと思ったが
こんな行為で撤回されるとは予想だにしていなかった。
それは光であり、絶えず影を降らせる。
「…っ…ん、んん…はぁ…ぁ…」
一定のリズムを刻むように、緩やかに祐希は自ら動いた。
髪が汗で張り付き、覗く舌が赤く蠢く。
「……足りない…っしょ?」
「…別…に……」
少しだけ鋭くなる表情にイクミは苦笑いを浮かべた。
そのまま腰に腕を回して、片方の手を振り上げる。
訝しむ瞳を映したまま振り上げた手を、
パシンッ
「っ!?」
祐希の臀部を少し強めに叩きつけた。
赤紅葉に痕がついただろうか。
そう思いつつも、違う笑みをイクミは浮かべた。
「…何…しやがっ…」
「痛いの好きっしょ?つーか…こういうの好きそうだなーなんて、」
「馬鹿な事言ってんじゃ……ひあっ、」
パシンッ
今度は軽く叩く。
体を震わせ、イクミの両肩に爪を立てた。
(いじめられるの…ホントは好きなんだよね……)
イクミの碧の瞳が深く揺らめく。
(ホントは力で捻じ伏せられたいんだ……だから、強い奴にケンカを吹っ掛ける)
例えば、ブルーとか。
(命令を聞くのは嫌い…でも命令してくるのは好き…年上から叱られるのも好き…)
例えば、蓬仙あおいとか。
(干渉されるのは嫌いなクセに…面倒を見てくるのは好き…)
例えば、カレンとか。
(全て…)
全て、彼の者を彷彿させる事柄。
彼自身、気づいているのかはイクミには正確には判断できないが。
大方、気づいていないと推測していた。
少しだけ気づかせるように事実を見せ付ける。
「くはっ…あ…んぅ、んっ」
すれば快楽になる。
「叩くと痕ついちゃうから…抓ろうか?」
「…ぅ、」
潤み濡れた瞳で睨まれても、凄みはほぼない。
彼の怒った顔に似ているなと、思いながら暴言を吐かれる前に臀部を抓った。
「ゃ…あっ、あぁあ!」
内部が蠢きながらも、締め付けられた。
「う……随分、締め付けますね…」
(器用な事を…)
感心しつつ、腰を引き寄せた。
悔しげに見る瞳は揺れ、頬は面白いほど赤く染まっている。
「…ほら、動きが止まってるぞ。
動けないなら、俺が動かしてあげますが?」
「……動け…る…」
「ホントに?」
パチンッ
「ひあっ」
甘く少し高めの声が上げられた。
震えながらも何とか睨もうとしている相手にイクミは妖艶に笑む。
深く煽るような笑みは、祐希を挑発した。
全身が震え、祐希はゆっくりと唇を近づける。
同じく唇に笑みを称えて。
「ん……」
「…はぁ…んぅ…」
舌を絡め、唾液を咽下しイクミの首に腕を回した。
「……はぁ…」
肩口に顔を埋め、頬を摺り寄せる。
背中を撫でれば祐希の体は震えた。
(嫌われていると…思ってたんですけどね……)
最近は少しだけイクミは自惚れてしまう。
「……動かさせて貰いますね?」
「……はぁ…せいぜい…上手に、やるんだな……」
熱い吐息と共に吐かれた憎まれ口を聞き、
笑みを溢しながら腰を両手で掴んだ。
躯の密着で、イクミの下腹部をそそり立つ祐希のモノが濡らす。
「…ん、はぁ、あっ…あ、」
そして鳴く。
強がりながら、擦り寄り震える様は
(小さな子供だな…)
目を伏せながらイクミは感じた。
クリスマスを終えて、今度は正月を祝おうという話が持ちかかる。
艦内は陽気で平和だ。
行き交う通路の壁に、イクミは寄り掛かるように立っていた。
「……」
ぼんやりと宙を眺める。
最近、自惚れてしまう。
彼の一番ではないが、二番くらいには好かれているのではないかと。
本人から聞いたワケではないのでイクミの自己判断だ。
けれど、
(昨日……)
パーティの時、色々言われたものの。
それは並の人間だったら再起不能になるくらいの暴言を
吐かれたものの、傍にずっといた。
疲れている筈なのに、触れてきた。
睨み、忌々しそうな表情をされても首に腕を回し抱きついてきた。
甘えてきた。
感じていた。
彼は他人から思われるほど器用な人ではない。
少なくとも自分よりは器用な人ではないと、イクミはボンヤリと思う。
様々な経験は祐希よりあるにしろ、
イクミより強い人物はたくさんいる筈だ。
例えば、ブルーにはケンカで勝てる自信は持っていない。
(好戦は出来るだろうけど…)
昔の杵柄で。
イクミは疲労で少し痙攣している右手を見た。
「……」
唯一ではないにしろ、祐希は近寄ってきた。
(でも…)
自分は彼の唯一ではない。
その事に関し、傷つきはしない。
心地良いほどだ。
ただ…
(切ないでしょ?)
祐希の視線の先。
そこには幸せそうに微笑む彼がいる。
微笑む彼の傍らに自分がいないのは、切ないだろう。
――ねぇ……ワタシの事、愛してる?
浮かぶ女性の言葉はイクミの瞳を揺らめかせた。
(俺の愛し方…だよ…これが、)
ひとつ、ひとつ。
全て、掻き集めて。
君の欲しい物。
君が口にできない欲しい唯一絶対の人。
――アナタの為なら、何だってする…
(…ええ、姉さん……昔の貴女と同じですね…)
否。
(それより醜いですけど、俺は。)
手を握り締め、顔を上げた。
視線の先に、ゆっくりと歩いてくる人物が見える。
「やっほーですぅ!お元気りゅんりゅんですかぁ?」
壁から離れ、その人物に駆け寄った。
「うわっ、あ、危ないだろっ!」
飛びついた事にすぐに開いては怒る。
それにイクミは拗ねたような表情をした。
「あーん、ヒドイですぅ。イクミ君の切実な愛情表現なのにぃ。」
「キモチワルイ言葉で言うな!バカ、」
「ヒドイ、ヒドイわぁぁ、」
肩に腕を回して、イクミは泣き真似をする。
それに相手は目を顰めた。
「あのな……」
「ヒドイ、ヒドイっすよぉぉぉ。ただぁ、ちょっとしたスキンシップなのに。」
「……あーー、解かったよ。悪かったな。」
げっそりとした表情に、ニッコリと笑う。
「えへへ」
それに溜息をつかれた。
ふと彼の瞳が宙を仰ぎ、ゆっくりと向けられる。
イクミは首を傾げた。
「昨日、祐希と一緒だったんだって?」
「ん?部屋は同室ですけど、」
軽く目を伏せられ、
「違う、パーティの時。」
そう告げられる。
自分も祐希も目立つ。
きっと誰かが彼に教えたのだろう。
「大変だったろ、」
大変だったと言えば、そうなるが。
イクミはニッコリと微笑んだ。
「結構、楽しかったっすよ。」
そう答えた。
相手はそう返してくるとは思っていなかったのだろう。
目を瞬き、少しだけ目を細められた。
「気になる?」
覗きこむように相手を見つめる。
「別に、」
少し乱雑に素っ気なく返された。
イクミは気分を害す事なく、少しだけ身を離す。
「そっか、」
君の欲しい物。
君の唯一絶対の人。
(…好きだよ……)
ひとつ、ひとつ。
全て、掻き集め。
与えよう
君の為に
「…あのさ、」
「なんだ?」
君の幸せは僕の幸せ
彼の幸せも僕の幸福
だって…切ないでしょ?
「ねぇ、昴治…今晩、暇?」
相葉昴治に罠をしかける。
君の為なら
断罪されても構わない
君が幸せになれるのなら
俺は今――……
(終) |