**花を抱える冷たい手
満ち溢れ
内部から外部へと溢れる
冷たいままの宙に
満ち溢れる
場所は公衆の的になる、中央広場。
通路が重なる此処は、人通りは他の場所より多い。
人通りが多ければ、目立たない筈なのだが。
些か二人は目立つ者たちだった。
「……」
「……」
片方は鋭く見下し、
片方は鋭く睨みつけている。
沈黙している様子は互いに牽制しあい、出方を伺っているようにも見えた。
所謂、一触即発状態。
だが日々過ぎ行く時。
有り触れていると言えば有り触れている場面だ。
行き交う者たちが目に留める程ではないと言えばそうなる。
けれど、やはり二人に視線は集まっていた。
片方は冷たい雰囲気はあるものの、綺麗な容姿。
片方は平凡で模範的に見えるものの、よく見れば整っている容姿。
「……何か用かよ、」
低く唸るような声で、片方――祐希が相手である
もう片方――昴治に言葉を投げた。
「午前の講義、」
睨みながら昴治は一言、そう云った。
祐希は、それがどうしたと云わんばかりに見下ろしている。
犬猿の仲か。
そう知らない者が見れば思うだろう。
だが、今の所、艦内でこの二人が『兄弟』だと知らない者がいなかった。
「サボっただろ。」
「……」
表情を変えず、上を見上げそして昴治に祐希は顔を向ける。
「それが?」
平然と。
それこそ、それがどうしたと。
「……」
昴治の手は伸び、胸倉を掴んだ。
「それがじゃねぇ!解かってやってんのかよ!!!」
見た目、大人しそうな顔から予想できぬ程の乱雑な言葉が吐かれる。
少し低い声に、祐希は怯えず平然と相手を睨んだ。
「……」
「オマエの所為でな、俺が怒られたんだぞ!」
「関係ねぇだろ」
「関係なくなんかない!!」
「ほっとけよ、」
以前よりかはマシになった。
そう実しやかに囁かれているのは、祐希がすぐにキレなくなった事が要因だろう。
だが、逆に昴治がキれやすくなっているのは気のせいではない。
響きはじめる昴治の罵声が、
「手間かけさすなよ!このバカ祐希!!!」
「んだとっ!!またそれかよ!!!」
相手をキれさせる。
元々低い沸点が少し高くなっただけで誉め事かもしれないが、
この二人はやはりもう少し沸点を高くした方が良いはずだろう。
「また、じゃねぇ!そう思うならしっかりやれ!!
迷惑なんだよ!!」
「勝手に保護者気取りすんじゃねぇ!!」
「させてんのはオマエだ!!!うすらとんかち!!!」
「何言っやがのか意味不明だ!バカ兄貴!!!」
と、怒鳴り声はどんどんと高まり、
互いに感情が高ぶっていく。
そろそろヤバイのではないか?と周りが思う頃、救世主の如く
「ちょーいと、お二人さん!」
優しいが、何処か芯のある強さの声で止めに入る人物が現れた。
昴治の友人。
祐希と同じVGパイロット。
尾瀬イクミだった。
「ケンカはダメのダメダメ。
つーかさ、週に一度はこの言葉が言わなくて済む状況はないんすか?」
「イクミ、」
「ね、ケンカはねぇ…って、おい!」
「うっせぇし、うぜぇ、アンタも兄貴も…」
じろりとイクミを睨み、胸倉を掴まれている手を無理にはがして
祐希は身を翻した。
「何だ今の言い方は!!!」
「あーー、昴治。俺は全然これっぽっちも気にしてないからね。
落ち着いてな。どーどー、」
追いかけようとする昴治の腕を掴んで、イクミは引き止める。
引き止めたイクミに頭を向け、
「何だよ、暴れ馬かよ俺は。」
短気な所は、近いのではないかと…
と、思いはしたがイクミは口にはせず笑みを浮かべた。
「いやはや、祐希クンは短気だからさ。
まぁ昴治が怒らずとも、教官なりカレンさんなり怒りに来るだろうし。」
イクミの言葉に昴治は目を顰め、
そしていつも通りの大人しそうな表情に戻る。
「そうだな、」
「んん?」
落ち着いた昴治の腕を掴んだまま、イクミは相手を覗き込む。
それに引きながら昴治は見返した。
「なんだよ、」
「いやー、食い下がるかにゃ?と思ったんですけど。
放任主義になったんすか?祐希に関して。」
「元から放任主義だ。」
腕を組みながら言う昴治にイクミは苦笑いを浮かべる。
胸から溢れるのは?
黒い空間に煌く白い光、青い光、赤い光。
星々は揺らめき流れる。
宇宙である此処は、日が昇る事はないが一応今は夜だ。
「……何処の映像なんでしょ、」
展望室の擬似映像を設置されたベンチに座り、イクミは眺めていた。
ぼんやりと照らす光に目を細めて、横に目を向ける。
「…夜の独り歩きは危ないっすよ。」
目を細めてイクミが囁くが、相手は何も言わずに近付いた。
両腕でダンボール抱え、昴治は照明が弱められた
通路をスタスタと歩いた。
速めの足取りは、ある扉の前で止まる。
目を顰め、足と左腕でダンボールを押さえて制服上着のポケットから
IDを取り出した。
そのIDを横の端末に通すと、軽いブザー音が鳴り扉が開く。
「……」
IDをポケットに仕舞い、ダンボールを抱えなおし昴治は中へ入った。
部屋の中は薄暗く、明りはベッドの上に小さく灯っている。
「…おい、」
怒った口調で明りの下、ノーパソを広げている相手に声を掛けた。
「……」
シャツに膝丈ズボンというラフな格好の祐希が剣呑な瞳を向ける。
それに同じく鋭い瞳で昴治は相手を睨んだ。
「それ、明日提出のリポートか?」
「アンタには関係ねぇだろ。」
「ああ、関係ないな。俺はもう提出したし。」
前髪を掻き上げ、気だるそうな表情を祐希はする。
「どうせ判定Bだろ…」
「……うっさいな!!マイナスつくぞ!オマエには、」
キーを打つ右手を止めずに、クツリと祐希は笑う。
微笑みや笑顔と云うものではなく、明らかに馬鹿にする笑みだ。
「アンタと違って、A以外はとった事ねぇよ。」
「……へぇ、せっかく持ってきてやったのに。」
「?」
目を顰める祐希に昴治は近づき、ベッドの上にダンボールを置いた。
その中には大小様々なデーターチップが入っている。
リポートなど纏める時に役立つ資料だった。
「頭の良い祐希には、こんなの必要ないな。」
「……アンタ、わざわざ持ってきたのか?俺の為に、」
「馬鹿!ち、違うぞ!誰がオマエなんかの為に持ってくるかよ。」
「ふーん、」
気のない返事をし、ダンボールの中からチップを一つ祐希は取る。
手の上で持ち替え、唇にチップを当てた。
「かわいくない奴」
「兄貴もな、」
昴治はベッドに座り、ネクタイを緩める。
靴を脱ぎ揃えて、ベッドの上に足を乗せた。
手をつき、そのまま昴治はノーパソの画面を覗き見る。
画面にはいくつものアプリケーションが立ち上げられ、ほぼ同時進行で
データーや資料などが表示されていた。
「何をレポートしてんだ?」
「VGソリッドと重力制御プログラムの起因と外部情報伝達組織の経路立証
及び軽量化による内部機器接触の不都合修正確立」
「…は?」
棒読みで長々とレポートしている事を祐希は告げたが、
昴治の口から出たのは間抜けな声だった。
「馬鹿兄貴、」
「悪かったな、つーか題名長いからいけないんだ。」
「題名なワケねぇだろ。レポート内容を簡単に言っただけだぜ。」
「…そうだったのか?」
「ばーか、」
「んだとぉ!」
そう言う祐希に昴治はじっと睨みつける。
それを返すように祐希を鋭い瞳を向け互いに睨み合った。
「……馬鹿はオマエだろ、」
先に睨むのを止め、ため息混じりに呟いたのは昴治だった。
「アンタだろ」
「オマエだって、」
視線を落とした昴治の瞳に映っているのは、
自分の手に重なる祐希の手だった。
「絶対、祐希の方が馬鹿だな、」
「兄貴だろ。」
相手は手を握り、昴治はその手を握り返した。
ひそかに籠もる熱はあたたかい。
険しかった表情は緩み、昴治は笑みを浮かべた。
「そんなに嬉しかったか?バカ祐希。」
笑みを交えながらの言葉は、兄としての落ち着きがあった。
煌く星を、イクミは眺めている。
展望の手すりに手を置き、その横にメタルピンクの拘束具のような
服装をした少女が立っていた。
このリヴァイアス艦のスフィクスであるネーヤである。
「ニックスに怒られちまいますかねぇ。」
「……」
無機質な表情が向けられ、首を傾げられる。
「ファンだから、君の。」
「ドウシテ、此処ニ来るノ?」
笑みを浮かべ、イクミはネーヤから目を逸らした。
「一人デモ平気、」
「スフィクスは寝ないんすか?」
「……君ヲ拒絶シテル…ワケじゃナイ、」
成り立っていない会話は、けれど成り立っている。
ネーヤは静かに頷き、イクミと同じく擬似映像に瞳を向けた。
「ネーヤさんも星、見たりすんの?」
「……見る、みんな見テル」
「どうして光ってんのかな?なんて思ったりするか、やっぱ。」
イクミは瞳を向けずに話し出す。
少しの間が開きつつも、
「星…星、キラキラ…不思議、ネ」
「そういうもんだよね。」
「こうじ…」
「好き?昴治が好きっしょ、君も。」
一言の呟きが、ネーヤの瞳を瞬かせた。
イクミの顔から笑みが消え、ゆっくりと彼女へと瞳が向けられる。
薄暗い中、映える少女の顔は相変わらず無機質なものだった。
「でも知らないワケじゃない。
解かるよ、みんなは気づいてないようだけど。」
呆れるような口調で言い、イクミは腕を伸ばす。
首を傾げるネーヤに苦笑いを浮かべた。
「不思議だなーって思ってんの?」
「ドウシテ?」
「壊そうと思えば簡単に壊せるよ。
君なら解かるっしょ?俺の中、筒抜けだし。」
「……」
ネーヤは黙ったままだ。
それにイクミは目を伏せる。
「君も優しいっすね。」
背を覆うあたたかい熱と、身を灼く熱に昴治の瞳は滲む。
後ろから抱きしめ、右肩に顔を埋める祐希を見た。
薄く開いた瞳に睫は震え、少し染まる頬。
多分、自分も近い表情をしているのだろう。
(こんな綺麗な顔じゃないと思うけど……)
ぼんやりと考え、抱きしめている腕に手を添えた。
「兄貴…」
掠れて低音の囁き。
この声を聞いたら、女の子はイチコロだなと昴治は考えた。
(…ゾクゾクするし、なんか…)
「…あにき、…」
甘えるような、ねだるような。
自然に顔が綻ぶ。
自分を貫いているモノの痛みで苦痛に歪むハズなのだが。
実際は、もう最近は痛みなどなくなってはきている。
「……ちょ…待って…待ってろ、」
息を整え、昴治は少し腰を浮かす。
じゅぶりと重めの水音がし、喉を昴治は震わした。
「はぁ…はぁ、」
耳元で零れる弟の息に笑みを小さく浮かべた。
「…ん、ん……ぁ…くぅ、」
モノを貫かせたまま、
「ひゃ、う、はぁ、あっ、う……んんんぅ!」
零れる甘い声を口を紡ぐ事で抑え、
モノを中心に体を半回転させた。
内部を抉り、肉が纏まり蠢く。
祐希は震え、喉を鳴らした。
「ぁ……ん、ど…どう?今の…」
正面に向き合うような体勢になり、祐希は昴治を引き寄せる。
「…やらしい…事、あんま……教えんなよ、『おにーちゃん』…」
「ば、バカっ……う…んぅ、ん…」
真っ赤になった昴治の口を祐希は塞ぐ。
塞いでいる本人も真っ赤だった。
思えば
いつ頃から、行為を賄うようになったのだろうか。
周囲が驚くような変化が日常で起こったワケではない。
意見や考えは相変わらず合わず、衝突する機会の方が多い。
ただ
「……はぁ…んぅ…」
糸を引きながら唇を離し、瞳を揺らしながら昴治は額を祐希の額に当てる。
広がる青に昴治は目を瞑った。
ただ、ほんの少しだけ。
兄は甘えるようになった。
「……はぁ……、」
熱い息を溢し、髪を剥くように祐希は撫で包むように抱きしめる。
肌がじんわりと馴染んだ。
ただ、ほんの少しだけ。
弟は優しくなった。
否
もとから昴治は甘えたがりだ。
もとから祐希は優しい。
隠されて押し留められ、溢れた。
それが今に繋がっている。
戸惑い後悔が募るだろう背徳は、降りかかるのだが。
「……ゆうき…」
瞳を開きながら、少し顔を離す。
涙で濡れる瞳は情欲が混ざり、挑発的な煌きがあった。
「っ…」
ビクっと震える祐希に昴治は笑みを溢す。
小さくではあるが、ゆっくりと昴治は自ら腰を動かした。
艶は幼い顔を裏切り、微かに痛みに歪む。
「あにき…」
「…はぁ、あ……ぁ、…ひぅ…」
受ける側である昴治は、無理をしながらも翻弄しようとする。
残る兄という位置から来ているのだろうか。
兄は弟に教え
弟は兄に学び
兄もまた弟に教わる
全てを。
「…っ、う、やあっ!?あ、いたっ…あぁあ!」
情欲、憎悪、悲しみ、痛み、ぬくもり、安らぎ、寂寥
それが幸福。
「くはぁあっ、あっ、や、やめ……くぅ、あっ!?」
抱きかかえ、緩慢だった動きを激しく強いモノにする。
余裕のように見えた昴治は涙を溢し、懇願するように叫ぶ。
だが、その声も甘く。
拒否をしているワケではないのを知らせた。
爪を立てないように気を使い、昴治は祐希の腕を掴んだ。
「ふぅ、くっ、あ…あ、んんん、あっ、ひゃあ、あ、」
鳴く声は掠れながらも響く。
歌を歌っているような高めの声に、祐希は火照った。
「あ、ゆ…ゆうき、ゆうきっ…ぁ…」
目の前にある兄の顔。
弟は軽く笑む。
紅潮し、切なげな表情で昴治は震えながらも口を開く。
湿った赤い舌が覗き、
「ぁ…んぅ、ん、んんふぅ…ん!!」
目を閉じず、見つめたまま唇をあわす。
互いの口腔に侵入する舌は相手を呑み込もうと淫らに蠢いた。
「壊さないノ?」
抑揚のない声で問う。
それにイクミは笑みを浮かべた。
「解かってるから、聞くんですか?ネーヤさん、」
答えずネーヤはイクミを見る。
それにひょいっと肩を上げた。
「……本当なら壊してたよ。
でも、壊せない。いや、壊したくないのかも。」
くつくつと笑い、口元に手を当てる。
「昴治とは違うけど……祐希も好きだから。」
ネーヤは手を挙げ、イクミの顔に翳す。
それにイクミは目を伏せた。
「どうしたら…いいかな。
嫌いであれば、いや只の友人くらいだったら平気で壊せるのに。
俺ってば、いつからこんなになっちゃったんだろうね。」
手を下ろし、ネーヤは目を伏せる。
「って、君に愚痴言っても仕方ないな。」
軽く笑い、そして笑みを消す。
見透かすような深い瞳。
意思が強く見え、それでいて虚無にも見えた。
「君だったら、中に入れてくれるかもよ。
模範的で真面目なクセに開き直れば何だって受け入れるんだ。」
それにネーヤは首を横に振った。
無機質な表情のまま、ゆっくりと唇を動かす。
「ワタシ…人じゃナイ、」
他人事のように冷たくネーヤは言った。
「…じゃ、俺もかも。」
「……アナタ、人ダヨ」
「違うよ、」
ニッコリとイクミは微笑んだ。
ネーヤはそれに何も言わずに、イクミを見つめる。
「…入りこめたら、溶け込めたら…いいのに。」
棒読みで言いイクミは目を細めた。
「と、思ってます?」
ネーヤはイクミの言葉に瞳を逸らす。
イクミも唇に笑みを称えたまま、瞳を逸らした。
擬似の宇宙が広がる。
煌く星のように。
記憶の中にある、あの白と同じ。
胸をあたため、そして痛めさせた。
その痛みは心地よくもあり、辛くもある。
「切ない…ね、」
あれは、花
欠けてはいけない
満ち溢れ
外部から内部の花を支えきれずに
散りゆく
(終) |