**灰に染まる故に
自分は、愛されてはいない
思い知らされるほどの、笑みだった
瞳を閉じれば、すぐに滲む。
痛む体が記憶の逆流を促していた。
止めようとしても、その術が今は作動しない。
「ゆうくん、どうしたの?」
「……」
兄の後ろに隠れる。
けれど伸ばされる、大きな手。
「おいで」
伸ばされる大きな手は、兄は優しいと表現する。
逃げ隠れようとするが、幼い自分には力はない。
その吐き気がするほどの青が合うだけで震え上がった。
拙い知能でも、学習はする。
拒否をして、後がどうなるか。
「……」
「昴治、祐希は父さんが面倒見ているから
母さんの手伝いをしていなさい」
「うん」
にこりと笑って、兄は言った。
どうして?
どうして?
どうして?
こんな、怖い人に笑うの?
「祐希、」
掴まれた手は引かれ、奥の部屋へと連れて行かれる。
何故、気づいてはくれないんだろう。
母も、兄も。
「ひ、ぎっ、ぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!!!」
悲鳴を上げているというのに。
兄ちゃん、どうして?
笑うの?
ボクが嫌い?
ああ、嫌いなんでしょ?
だから
家から、いなくなっても会ってたんだ
「……っ……」
リヴァイアスは、ブルー達によって統治される。
状況は悪化するばかりだ。
灰の無機質な壁に祐希は寄り掛かる。
クツクツと笑い、自分の姿を認識して尚も笑った。
服は破かれ、所々、鬱血の痕と青く変色する痣が残り
粘つく液体が肌を不快にさせる。
顔には殴られた痕と、やはり液体がかかっている。
投げ出された脚には何も履いておらず、太腿から赤い液体と白濁の液が
交じり合いながら流れていた。
何をされたのか、一目で解る。
「……っ…くく……」
口に手を当てて、笑いを噛み殺す。
ブルーに殴りかかり、一発でノックアウト。
勝負に負けたのだからと、縄で縛られた祐希は使われていない倉庫へ連れて行かれた。
そしてブルーの一味に陵辱された。
――オマエ、そういう趣味あるのかよ
――ねぇって、でも、結構いいぜ?
――ヴァージンなんだから優しくしろって、鬼畜
(ヴァージン…?)
口に当てていた手を離す。
「あははははははっ!!!」
体の痛みは、もう退いていた。
無邪気に祐希は大きな笑い声を上げる。
「バッカじゃねぇか、血が出たのはテメェらが下手だからってのっ」
初めてなどではない。
理由を一言で理解させるのならば、
『幼児虐待』と言えば良いだろう。
物心のついた頃から、実父から『虐待』を受けていた。
兄に対してではなく、自分にだけ。
何故、自分に対してだけなのか、理由は、もう知りたくはない。
知識がなくとも、父との『遊び』は痛いばかりで恐怖しかなかった。
体が慣れ、甘く喘げるほどになった頃、
母親が気づいた。
それが理由で離婚となり、初めは母が救ってくれたのだと感じる。
けれど、違っていた。
母親の見る目は兄に向けるのとは、遥かに違っていた。
汚物でも見るような瞳。
兄に、すがろうとした。
兄は、何も気づかない
全てが敵。
――オマエは、私しか愛せない
イった自分に父はそう言った。
歪んで、不快。
ならば、愛など、いりはしない
「…………」
手を伸ばし、祐希は破れた服を引き寄せた。
それでゴシゴシとこびり付いている精液を拭き取る。
ダメージは大きいが、精神的な物は少ない。
蹂躙した、男らを思い出し、何やら写真を取っていたのを思い出した。
それを餌にするつもりだろう。
(……うぜぇ……)
いくら体が慣れていると言えど、自分より下の者に屈服するのは
許せはしない。
だからと言って写真をばら撒かれても、面倒な事になる。
(三日……二日か、)
性欲処理に使われる。
推測は二日後。
強要する為に、その『写真』を見せびらかす。
軽く奪えば、今度はネガを出すだろう。
此処は広いが、隔離された社会。
ネガは複製する材料はない。
ならば、一つ。
奪おうとして、2,3人かが押さえ込む。
悔しそうに顔を歪ませれば、笑いながら陵辱が始まる。
相手の触りに、狂ったように悶えて
経験があるだろうが、今日から判断するにバカの一つ覚え。
此方が翻弄し優位に立つのは簡単。
弱ったフリをして、チャンスは一瞬。
訪れる。
既に呼び出された時、その男らを一掃するのはワケない話だろう。
一人を抜かして、勝つ自信はあった。
敢えて、この方法を選んだのは
「少しは、楽しませろよ……」
祐希は笑みを浮べた。
濃密に歪んだ笑みだった。
イクミは昴治の表情に苦く笑った。
通路の途中で倒れていた、彼の弟、祐希を背負って部屋まで連れて行った。
「やっぱ、心配?」
「自分で喧嘩を吹っかけたんだろ。自業自得だ」
そう言ってそっぽを向く昴治は、祐希を寝かすイクミを
誤魔化しつつも目を向けていた。
(祐希も、祐希だけど……昴治も、そうっすねぇ……)
見た所、外傷はあまりない。
打ち所が悪かったのだろう。
連れてきた、祐希の姿を見て、明らかに昴治の表情は蒼白した。
(心配なら、心配って言えばいいのにね〜。
祐希クンも喜ぶだろうし……)
彼らの仲が最悪なのも知っている。
あまり関わると、その掛かる火の粉で最悪な状況にもなった。
そんなイクミであるが、この二人。
重度のブラコンだと認識している。
祐希のは明らかに、反抗期の子供が見せるソレ。
嫉妬丸出し、構って欲しいのだと、よく解る。
昴治の方も嫌そうな顔から解りにくいが、
弟を見捨てられないというのは何かと注意する姿で解る。
「昴治く〜ん、」
「なんだ、」
「この頬のトコ、絆創膏が上手く貼れないんすよ〜。
どうしましょ〜?」
ニコニコ笑って言えば、顰めた顔をしながら此方へ来る。
仕方がないという風を装っているが、イクミにとっては記憶の中にある彼女の姿に
似ていた。
そう、最初、彼女もそうだった。
越えてしまった後、本当の姿を見せてはくれたけれど。
(傍にいるだけで、幸せなのに、ね)
痛む内を押し込んで、ヒラヒラと絆創膏を振った。
「ヨロシク、昴治センセ」
「何で俺が……って、イクミ!!」
絆創膏を渡すと、イクミはその場から離れていく。
それを昴治は声を上げて止めた。
「これから、VGのメンテしないとダメなんだよねぇ。
すぐ帰ってきますから〜」
「ちょ、俺が、コイツの、」
「祐希クンの事は俺が言っておきますから〜、じゃ、ヨロシクぅぅ〜〜」
扉代わりのシャツカーテンを払って、イクミは外に出た。
色々と大声が掛けられるが、追い駆けては来ない。
肩をひょいっと上げて、イクミは歩き出した。
(蓬仙も、大変っすねぇ)
彼女の場合、明らかに別の感情と共のお節介なのだが。
本人気づいていないので、言い様はない。
(ま、俺もお節介焼きっすかね)
柄にもない。
クツリと笑い、拳を握った。
ただ
そう、ただ、笑っていて欲しい
そう静かに思っている。
自分の感情に気づいていないのは、彼でもあった。
ブツブツと不平を言い、昴治は寝かされた弟を見る。
(何で、オマエは言う事聞かないんだよ……)
また誰かに喧嘩を吹っかけたのだろう。
見た目と、彼の実力から喧嘩には勝ったのだろう。
けれど、この様だ。
意味がない。
言う事を聞いてさえいれば、怪我などする必要もない。
掛かる火の粉を浴びるのもご免被りたい。
「……オマエ、本当にバカだ」
彼らは、云う事さえ聞いていれば危害は加えない。
何もしなければ、良いのに。
痛い事も、ない
「………」
見下ろす弟。
あの鋭い眼差しは、閉じられた瞼に隠されている。
黒い髪に、映える白の肌。
「………」
寝顔は幼い頃と同じ。
だと言うのに。
何故だろうか。
理由さえも解らない。
――弟さんが、嫌い?
――嫌いだよ。消えて欲しいくらい
――本当に?
瞳を細めて、思い出す彼女の声。
嘘はついていない。
けれど本当でもない。
「う……」
吐き出される声に、昴治は祐希に瞳を向けた。
眉間に皺を寄せて、魘されているようだ。
少しの間、昴治は瞳を顰めて
そしてそっと手を伸ばす。
「……」
一度震えた指は、弟の額に触れて、そしてゆっくりと掌を当てた。
そっと撫でる。
眉間のシワが、ゆっくりと消えていく。
赤く濡れた唇が、目に留まった。
自然に
当然のように
惹かれて
「……っ……」
じわりと浮かび上がった感情は、祐希の吐かれた息で掻き消えた。
震えて、昴治は祐希を凝視する。
薄く開いた唇が言葉をカタチ取る。
誰かの名を呼ぶ。
名は、
(俺じゃない)
誰なのか判別できは、しないが
昴治ではないのは確かだった。
(誰だって、俺は関係ない)
様々な意味を含む言葉を昴治は浮かべる。
それに顔を顰めた。
だから
嫌、なんだ
弱い者に押さえつけられる。
吐き気がする。
自分より下なクセに舞い上がる者達が。
それでも、屈服されているフリをするのは
(溜まってるからか)
屈辱に歪む表情をしてみる。
周りの男たちの顔が変わった。
バカだ
オカシイ
オカシイ、
オマエ達は 滑稽だ
――感じているのか? 祐希
――ぎっ、ぐぅ、ううっ、あああ!!
――普通では、もう満足しないだろう?
淫乱め
(ああ、そうだ。そうだよっ)
唇が笑む。
それは感じているようにも見えたのか。
「コイツ、感じてんじゃねぇ?」
(感じるか、下手くそっ)
数人が腕を掴み上げ、座位で前後から二人のモノが
切れて充血しているだろう穴に乱暴に入れられる。
閉じていた唇に他の男のモノが当てられた。
ほとんど異臭。
髪を掴み上げ、無理に口を開かされて咽喉奥にぶるかるほど入れられた。
「ぐっ、ん、んんっ、んぅぅ!?」
揺さぶられながら、口腔に入ったモノに瞳を顰める。
既に先走りが匂いを放って、口を犯した。
(こいつらじゃ、ダメか…っ)
内心で舌打ちをする。
体は反応するが、気持ちよくはない。
青の瞳が揺らぎ、祐希は体に力を入れた。
「おっ、コイツ、舌使ってきやがったぜ?」
「おいおい、腰もだぜ」
息を荒げて言う声に、瞳を閉じる。
意味がない。
意味が、ない事をするのは、嫌いだ
「ぐっ、んんぅ、んっ、んあっ、ぁ…んぐっ、」
どぴゅ…、どぴゅぴゅ!!
いきなり内部に入れられたモノが精を吐き出した。
それに祐希は嘲け、口腔にあるモノを先端を舌で刺激して強めに噛む。
自由になった手を伸ばし、手ごろな男のモノを掴み上げた。
「うあっぁ!?」
「やべっ!!」
その姿に、その動きに。
白濁の液が吐き出される。
祐希の内部に、口腔に、その体に。
薄い白の布を被るように、白濁の液が祐希を満たしていく。
「がはっ、んぐ……」
ドロリと粘つく液体を飲み込み、内部で縮んでいく異物に
尚も嘲けた。
死んだ方が、マシかもな……オマエ等
兄が父親に会っているのを知ったのは、偶然だった。
駅を歩いている時、偶々、二人が歩いていくのを見たからだ。
見間違いかと、初めは祐希は思った。
「兄ちゃん…今日……」
「今日は、友達と約束してたからさ。オマエと遊ぶのは今度な」
笑った。
アイツ、同じように笑った。
駅の広場の片隅。
人通りは激しいが、目立たないと言えば目立たない。
其処に静かに待っていれば、その男は姿を現した。
「久しぶりだな、祐希」
父親に会うのは簡単だった。
「……何で、兄ちゃん……」
「あの時のは、やっぱりオマエだったか」
笑われる。
伸ばされた腕を、祐希は払った。
「どういう、つもりだっ」
怯えたような雰囲気は消え、鋭い眼差しが父親を射抜く。
「ははは……昴治から、会いたいと言ってきたんだよ」
「っ」
優しい顔。
優しい父親の顔。
ああ、知っていたよ
「安心しなさい。昴治は息子としては好きだが
私の好みではない……手を出したりなどしない」
「そんな事、聞いちゃいねぇ!!!」
払った手が意図も簡単に祐希の顎を掴む。
「解るさ。兄が好きなのだろう?
私に、似ているからな……昴治は」
「っ!?」
「オマエを愛せるのは、私だけだ」
笑う、笑う顔。
「そしてオマエが愛せるのも、私だけだ」
誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か
誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か
祐希は、ゆらりと横に瞳を向けた。
「ひぃぃ!?」
怯えの声を上げられる。
それを瞳を細めて見下ろし、躊躇なく倒れている相手の腹を踏みつけた。
「がはっ!?」
踏まれた男は、胃液と血を吐く。
静かに見て、ぐっぐっと何度も踏んだ。
腕に、破れた服が纏まり付くだけで他は何も祐希は着ていない。
白濁の液体に汚れた体を晒しているが、漂う雰囲気は異質。
薄暗い部屋の中、その体は白く映え、笑う様は凄みがあった。
鬼気ある美しさだ。
先ほどまで、屈服し陵辱していた者に怯え、慄いている。
倒れる者たちは、ほぼ半殺し状態だった。
それを感慨なく祐希は見る。
喧嘩を良くする彼でさえ、此処まで攻撃した事はない。
祐希本人、気づいてはいないが
相当の怒りを感じていたようだ。
「………」
倒れた者の合間を歩き、まだ意識のある者に近づく。
「っ、ふざけやがってっ!!」
震えながら、腰からナイフをその者は出した。
刃を向けられるが、祐希の足は止まらない。
「はぁ、はぁ、こ、殺すぞ!!!」
悲鳴のような大声を出す。
だが、祐希の足は止まらなかった。
逆に笑みさえ浮べている。
それは純粋な笑みではなく、歪んだモノであったが。
「……」
「ひああああ!!!」
ナイフを振り回し、祐希へ突き刺そうとする。
それを動作なく避けて、その腕を捻り上げてナイフを取った。
そのまま男を壁へと蹴り飛ばした。
ガッ
「……」
ナイフを持ち、お腹を押さえて咳き込む男へと近寄った。
「ネガ、」
「へっ、此処にあるのを奪っても、まだ一つ残ってるぜ」
余裕ある笑みを浮べようと男はするが、
「……眼球、抉り出すぜ……」
ひっと咽喉を鳴らし、ポケットからネガらしいMOを投げ渡す。
それを受け取るが、祐希の足並は止まらなかった。
「た、たすけっ」
「………」
振り上げて、祐希はナイフを突き刺す。
ダンッ
「――――っ……っ」
顔横、ギリギリに祐希はナイフを壁に突き刺した。
男の瞳は見開き、カタカタと震えている。
焦点は合っていない。
見れば、失禁していた。
「ちっ……」
舌打ちをして、MOを握り締める。
(あと一つあるとは……失敗した)
破れた服を脱ぎ、体にこびり付く精液をふき取った。
辺りを見渡し、ズボンと下着を見つける。
此方は最初に脱がされたので、無事だった。
それを履き、唇を拭う。
顔を顰めて、その部屋から出た。
「っ!?」
部屋を出るなり、祐希の瞳は壁に寄り掛かるようにして立つ者を見て
目を見開きながら構える。
「………」
静かに、冷たい青が向けられる。
「エアーズ・ブルー……」
低く唸るような声を、祐希は上げた。
「昴治どうしたの?」
「…え?」
展望室に、昴治はファイナといた。
「どうしたって?」
「悩んでいるような顔をしたから」
「……そう?」
「ええ」
微笑むファイナに昴治は笑い、そして俯く。
優しい紫の瞳は、落ち着かせるようで騒がせた。
「忘れるには、どうしたらいいかな?」
「忘れる事なんか、できないわ。
過去は断ち切るしかない」
そっとファイナは手を伸ばし、昴治を抱きしめる。
「自らの手で」
青い瞳は、虚ろに揺らいだ。
いつから?
いつから……弟は
自分を嫌いになったんだろう
祐希の声に、ブルーは表情一つ変えない。
それに唇を噛み、祐希は相手へ飛び込む。
振り上げた拳は簡単に避けられ、逆に蹴り飛ばされた。
「かはっ、」
ダンッと壁に背中を強打し、地に尻をつく。
全員倒したが、陵辱されたのには変わりない。
体のダメージは蓄積している。
祐希は咳き込み、中々立ち上がる事ができなかった。
そんな祐希に、ゆっくりとした足取りでブルーが近づく。
目の前に足が映り、息を整えながら見上げた。
「………」
睨み上げた祐希に、何かを投げ渡される。
付いた手の上に落ちるソレを見た。
MOだ。
「…?」
瞳を顰める祐希を、ブルーは表情を変えずに口を開く。
「ネガ、それで最後だ」
「っ!?」
息を呑んだ。
「な……」
驚愕する祐希に、ブルーはやはり平然としている。
自分とは違う青は深く、虚無を映していた。
「勝ったのは、俺だ」
瞳が細められる。
罵るモノでも
憐れむモノでも
見下すモノでも
その何れかでもない。
「貴様は、可哀想な奴だ」
言葉に祐希は震え上がる。
怒りではないのは確か。
ただ、震え上がった。
「………」
瞳を閉じ、話を一方的に止めてブルーは身を翻した。
彼の言葉は同情しているような言葉であったが、
見る瞳は違うモノだった。
「おい……」
MOを握り締め、祐希は立ち上がった。
「おいっ、」
表情に憎悪を宿らせる。
「おい、待ちやがれ!!!」
ブルーの足は止まる事はない。
少しふらつき、一歩踏ん張るように前へ出るとそのまま走った。
「勝手に決めつけんじゃねぇ!!」
「……」
相手の腕を掴むと、ブルーは静かに振り返った。
瞳は恐怖お覚えるほど、無に等しい。
濁りはなく、ただ煌くのみ。
祐希は自分の言った言葉に奥歯を噛み締めた。
彼は、決め付けてなどいない。
理解、している
「テメェが、何でっ!!」
叫ぶ様は、惨めで
子供が駄々を捏ねているようでもあった。
その様を、クツリとブルーは笑う。
「……好きだから? か」
言葉は問いかけだった。
それに祐希は歪んだ笑みを浮べる。
「違う、だろう」
憎悪に震える声に、ブルーは瞳を細めた。
ファイナと別れ、ブリッジへと赴いた。
エネルギー消費削減で、夜遅いブリッジはデスクの灯りのみだった。
「…ああ、やっぱり此処にあった……」
通信席に、昴治が此処に来た理由がある。
IDカードを置きっ放しだったのだ。
この状況、盗まれなかった事に安堵する。
ブレザーのポケットに入れて、息をついた。
――忘れる事なんか、できないわ
彼女の言葉は、強かった。
――どうして、解らないの!!!
叫びが耳に木霊する。
それは、悲鳴にも似ていた。
(解るワケないだろっ)
全てが、幼馴染も弟も、全て。
自分の過去を知るモノが鬱陶しい。
瞳をぎゅっと瞑り、唇を噛んだ。
「……」
平素へと戻し、昴治はブリッジを出ようとした。
中央の通路の所で、ふとデスクが目に留まる。
何の気はなしに、其処へと歩んだ。
画面は艦内状況が映し出されている。
(監視……)
人の存在が、赤の点で表示されている。
艦内のいたる場所にある、赤い点。
ふと片隅の一室に気づく。
(A区の士官室……此処は閉鎖されてるハズじゃ……)
赤い点が二つ表示されている。
目の前のキーボードを昴治は打ってみた。
特別、気になるワケでもなく興味があったワケではない。
だが、確かめなければならないという、観念が渦巻く。
(監視カメラがある? 映った……?)
ノイズが入り、そして映像が映る。
艦内に監視カメラなど、全てに常備されているハズはないのに。
画面には映像が映った。
「っ……」
瞳が大きく見開かれる。
『はぁ、はぁ…ぁ…あっ、ああ、あ……ぅ、ううんっ……』
凛とした、けれど誘う甘い喘ぎ。
鋭さを残した瞳は、滲んで濃艶に揺らぐ。
「……っ……」
昴治は震えながら、その場から離れる。
映像に映るのは、淫らな痴態を晒す弟だった。
去ろうとするが、ガクンと腰が抜けて、その場に座り込んでしまう。
『はぁ……もっと、激しく、しろよ……できんだろ……っ』
体が震え上がる。
嫌悪よりも先に驚愕が思考を埋め尽くす。
『ひっう……ぁ……あ、ぁああっ……んんっ』
息が多く篭った、悲鳴に似た声。
画面が見えなくとも声は残酷にも耳に入る。
震えた手で昴治は耳を塞ごうとした。
初めて聞くハズの、その声は
何処かで聞いた事がある。
――ひっ、あ、あああああああああ!!!!
父親の、部屋から。
――どうして、兄ちゃんはわかってくれないの!!!
叫び。
彼は助けてと叫んでいた。
――過去は、断ち切らなければならない
(何、やってんだよ……オマエ、喧嘩強いだろ)
手の震えは止まり、左手が唇に当てられた。
驚愕していた表情は消え、青い瞳が揺らぎはじめる。
(…………祐希っ)
ガリッ
昴治は指を噛む。
「オマエは オレしか 見てなきゃ、ダメなんだよ」
リフト艦の、システムリアルモデルを見上げるメタルピンクの少女が
低い声を吐いた。
手を口に当て、ガリッと噛む。
魅入ってしまうほど、憎悪に歪んだ顔をして。
オマエを愛せるのは、私だけだ
オマエが愛せるのも、私だけだ
「っ…ぁ、あぁ、う……―――っ!!!」
体を硬直させ、そして緩暖し相手の胸へ倒れ込む。
欲に溺れても、鋭さが消えない瞳で相手を見上げた。
「……」
頬は快楽に紅揚としているが、表情は無いに等しい。
それにクツリと笑う。
同じ、か
青い髪を掴み、クツクツと祐希は相手を睨み上げた。
「……それでも、オマエは変わりはしない」
「……ああ、生きてるからな」
自分は死んでなどいない。
ブルーは祐希を瞳に映した。
鋭い眼差しのまま、その目尻からは透明な雫が零れている。
過去は、断ち切るしかない
自らの、手で
(終)
|