++木星の片隅で++
何処か遠くへ行きそうな君を
とても愛おしく感じて
「馬鹿やろーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
響きの良い声が、青煌く海に広がる。
白い砂浜に、淀みのない青い空。
「……オマエ、大声出すなよ……」
「何、云ってんですか! 海来たら、まずするべき事っしょ?」
自信満々に言う親友に、昴治は溜息をつく。
「なんだよ、それ。冗談にしちゃ、面白くないぞ」
「……あ、マジなんですけど?? あれ?? おっかしいなぁ??」
此処は、木星。
昴治はイクミと共に、休暇を使ってリヴァイアスから降り此処に来た。
海には、昴治たちだけではなく他の観光客がいる。
「こう、夕陽に向かって走るとかしないんすか?」
「……しない」
首を傾げて、うんうんと考え込むイクミはマジで云っているようだ。
「地球の、映画か何かでやってたっすよ。こんな感じの海で」
青い海。
白い雲。
「……いつの時代のだよ」
海風にそよぐ髪を昴治は掻き分けて、その広がる海を見た。
小さく大きく、打ち寄せる波。
白の砂浜に反射する煌き。
美しい情景は全て、人工的なモノだった。
元より、地球とは違い木星には生命がなかった。
人が生命の息吹を吹いたのだ。
「地球の海って綺麗なんだろ? 一度、この目で見てみたいっす」
「いつの時代だよ」
瞬く緑に、昴治は瞳を細める。
「え? 何か間違ったっすか??」
「地球の海、すっげぇ汚いぞ」
「全部じゃないっしょ?」
「全部だって、砂浜はゴミだらけだし。入れたもんじゃないし。
入れたのは、此処と同じの人工の海だけだよ」
海は空に汚れた。
本物の海は、もうないのと同然だった。
「ふぅん……宇宙から見れば、めっさ青いのに」
確かに宇宙から見た地球は青。
「でも、まぁやっぱ見てみたいっすねぇ」
風が吹き、イクミの灰色髪を揺らした。
「汚いぞ」
「百聞は一見に如かずって言うじゃないですか。
それに本場で『馬鹿やろ〜〜〜』と叫んでみたいですし」
「なんだ、それ……」
「昴治と一緒にv」
そう言ってニッコリとイクミは笑った。
昴治は息をついて、海を見る。
「『馬鹿やろ〜〜』とは叫ばないからな、俺は」
「え〜〜〜〜」
本当に不満そうな声を出す親友に、昴治は目を顰めた。
「醍醐味っしょ? 隠し味っていうか〜」
「なんのだよ……」
笑って、イクミは綺麗な海へと歩き出す。
「イクミ?」
「ちょいと海に入ろうかな〜と思いまして」
「泳ぐのか?」
「ん〜ん、足だけ。入んない?」
「遠慮しとく」
「残念っすね」
靴を脱ぎ、靴下を中に入れて、イクミはそれを昴治に渡した。
昴治は受け取り、首を傾げる。
「せっかく海に来たんですからね」
微笑んで、イクミは背を向け海へと足を進める。
その足取りは軽く、そのまま海の向こう側まで行きそうだ。
風が吹き、見ているだけだった昴治は身震いする。
「……」
喉がひゅっと鳴った。
伸ばしかけた手は、胸元で握られる。
「イクミ」
掠れた声は、届かないと思われたが
水の飛沫を乱反射させて、彼は振り返った。
碧の瞳は、優しくも強く煌く。
つい最近まで、その瞳は何処か怯えの含んだモノだった。
けれど、今は強さを取り戻しつつある。
深い何かを抱えて、海に足を浸して、其処にいる彼に。
昴治は深い笑みを浮かべた。
「なに?」
「溺れるなよ?」
言えば、ヒドイなとイクミは苦笑する。
人工の海は、潮風をも運び、優しい波音を聞かせた。
心地の良い風を浴びて、石の敷き詰められた道を歩く。
絶えず、話し掛けてくる友人に昴治は答えた。
「まさか、恋人つれてくるとは思いませんでしたねぇ」
「何、言ってんだよ」
呆れの声は、目の前にある墓石に染みる。
白の石には『KAORI OZE』と刻まれていた。
昴治は持っていた花束をイクミに渡そうとする。
「昴治が、あげてくれないかな?」
「……わかった」
頷いて、昴治はそっと花束を手向けた。
屈めた体を戻すと、俯くイクミの顔が見える。
昴治はイクミから目を外し、墓石を見た。
「姉さんはね。俺と同じ髪と瞳の色してたんだ」
ぽつりと呟くイクミの声を昴治は静かに聞く。
「優しかった」
風が吹いた。
灰の髪と茶色の髪を揺らす。
「此処に、二度と来るつもりはなかったけど……」
また、此処に来た。
愛しんだ人へ、教えに。
「なら、尚更、がっかりするだろうなぁ。カオリさん」
「そうっすか?」
「そうだろ。オマエ、へろへろじゃないか」
手厳しい言葉に、苦笑する音が聞こえた。
「昴治は……」
手向けた、白い薔薇が香る。
揺れる花弁は、静かな時を感じさせた。
「優しくないし、意地悪ですよね」
「意地悪か……今頃、気づいたのか?」
悪びもなく言う昴治に、イクミはまた笑ったようだ。
「ん。ホント、何も知らなかったんだよねぇ。昴治クンの事」
空は青い。
落ち着いたイクミの声に、
「俺も、オマエの事……何も解ってなかったよ」
昴治も落ち着いた声で返した。
「全部解るワケないと思うけど……前よりは解ったかな」
問いかけはイクミにではなく、自身に対するモノ。
相手の事を全て理解するのは無理だ。
それは昴治だけではなく、全ての者が。
想いと言葉は似ているようで違うモノのように。
「ふふ、もっと……僕の事、知りたいですか?」
言葉使いが変わる。
それは、彼の中の封印した彼なのか。
答えはなく、風が頬を撫でる。
「さぁ、どうだろうな」
曖昧な返しは、真実に近い答えだった。
「オマエは?」
「何が、ですか?」
「俺の事、もっと知りたいかって話だ」
小さく笑う気配。
昴治は瞳を向けた。
気配の通り、イクミは微笑み昴治に顔を向けている。
「貪欲ですから、ね」
強く、少し暗い煌きは
けれど純粋な狂気をも含んでいる。
それに微塵も昴治は恐怖は感じなかった。
受け止めた青は、強く揺らぎ光を湛える。
内に秘められた、鋭さは彼の弟をも越すもの。
互いに、互いの本質をぶつける。
「そっか」
瞳を閉じ、そして通常の青に戻った。
「昴治クンにラブラブですから」
瞳を瞬き、そして通常の碧に戻る。
ニコニコと笑い、イクミは昴治の腕を掴んだ。
「えへへ、姉さん。この人はね、俺の愛する人だよv」
「何、バカな事言ってんだよっ」
絡むイクミの手はお茶らけた口調とは別に、微かに震えていた。
相手の手をそのままに、昴治は呆れた顔をする。
「それで、僕が愛するのは最期」
昴治の視線に、イクミは満面に笑った。
「君がいなくなったら、僕は生きていくだろうけれど
心はもう、壊れるだろうから」
「……いなくならないさ、俺は」
イクミは笑うだけだった。
強くしがみつく腕は、小さな子供と同じ。
彼から視線を外し、昴治は白い墓標を見た。
ごめんなさい、すみません
一つ、謝罪の言葉を浮べて
俺は、貴女のイクミが好きです
一つ、心の真実を浮べて
「すっごい現実離れ……」
もはや呆れを通り越して、感心さえしている。
「そうっすか? 昴治が普通のでって言ったから」
オーシャンビューのホテル一室。
今日、宿泊する場所なのだが、置いてある机や椅子だけで
一体何千万するのか?と思わせる高級そうな部屋だ。
だからと言って、こてこてとしたモノではなく、至ってシンプル。
けれど漂う雰囲気は『一般人』である昴治の感覚を刺激するほど
『高級』だと思わせた。
(嫌味じゃなくて、マジで言ってんだろうな……イクミは)
溜息をついて、ベッドに座った。
イクミはロビーなどに繋がる端末の所で何やらしている。
それをぼんやり見ていると、イクミは振り返り昴治に近づいてきた。
「夕食は『日本食』で良いっすよね?」
「ああ、」
「七時に此処に持ってきて貰うから」
言葉に昴治はポケットからIDを取り、時刻を見た。
3時50分。
かなりの余裕がある。
「じゃ、そういうコトで」
「ああ……って、うわ!」
抱きついてきた。
抱きついてきたと言うより、飛び込んできた。
体格の差は歴然で、支える事などできずにそのままベッドに倒れ込む。
「ちょ、な、な、な…っ!!」
「何するんだ? っすか? ナニするんですぅv」
「あ、アホ! バカかオマエ!!!」
「だって、最近ごぶさだじゃないっすか〜」
暴れまくる昴治を簡単にイクミは組み敷いて、細身の体を抱きしめた。
「そりゃ、シフトとかあるし! こっちにも事情ってもんがっって
うあああ! ちょ、触るなっ!!!」
「昴治にもっと、俺を知ってもらいたいしぃ〜」
「気持ち悪い声を出すな…っ…あ、あははははは! ちょ、マジ
脇腹は、あははは、はははははは!!!!」
こしょこしょとイクミは昴治を擽った。
尚も暴れる力は強くなるが、笑いを含むそれは楽しそうにも見える。
「ふっ、あはは、はっ、このっ……イクミっ!!」
「およ? っ、そんな、昴治くん! はははははっ!!!」
イクミと同じように、笑い悶えながらも昴治は相手の脇腹を擽った。
それにイクミも笑い悶え出す。
子供のじゃれ合い。
正にそれで、互いに息が切れ切れになるまで
擽りあいは続いた。
「はぁ、はぁ……俺の勝ちっすよ。昴治センセ」
「……何言ってんだよ……オマエの負けだ」
体力消耗に、胸を上下させて
ゆっくりとイクミは昴治を抱き寄せた。
「約束、だろ? イクミ」
「清いいたいけな青年には、欲望を抑えるにゃ〜
まだ青いっちゅーか。そーゆう感じなのです」
「アホ、」
冷たく昴治は言って、抱きしめるイクミを見上げる。
「夜だ、夜。
夜になったら、良いからさ……な、」
言い聞かせるように云い、そして瞳を昴治は伏せた。
「強弱つけないとさ、俺が嫌だし、おかしくなっちまうからさ」
「ん、知ってる。
だから、無理強いしてないっしょ?」
えへへと笑い、唇を近づける。
啄ばむように触れた唇は、柔らかい。
「無理強いしてるだろ、オマエ」
「そう? 甘えてるんすよ〜」
「そうなのか?」
「俺が甘えるのって、昴治だけですから〜
お得品ですぞ〜」
キスの雨を降らして、言った通りにイクミは甘えてきた。
それを呆れた風を見せつつも、昴治は抗なう事はしないでいる。
彼の言う通り、イクミが『甘える』のは確かに昴治だけだった。
「返品不可なんだろ?」
「ぅえ!? 返品、項目に入ってるんすか!」
「それは、不可だから項目には入ってない」
笑い、啄ばむ唇に唇を触れたまま、ゆっくりと昴治は話す。
「お買い得品、なんだろ? 俺だけの、」
「昴治もね」
「なんだ、それ」
「なんだろう、ねぇ」
触れたまま、昴治とイクミは会話する。
掛かる息は熱く、擽った。
笑みを浮かべ、薄く開かれた唇の合間から口腔に舌を割り込ませる。
「……む、う…」
「キスだけ、いいっすか?」
口腔から舌を出し、問いかけると一つ昴治は熱く息を吐いた。
「キスだけ、な」
「キス、だけっすね」
互いに互いの頬に手を当てて、唇を寄せる。
口腔を割って、迎え入れる舌が入り込んできた舌と絡んだ。
「ん……ぅぅ……」
蒼い瞳は閉じられずに、碧の瞳と煌きを交換しあう。
それにイクミは瞳を深く細めて、蹂躙するように口腔の舌が暴れさせた。
昴治は眉を顰めて、翻弄しようと舌を動かす。
見た目ストイックな昴治なのだが、以外にもキスは上手だ。
眩暈を感じながら、イクミは強く胸へと引き寄せる。
強い抱擁に昴治は息を詰めた。
それを追うように、イクミは深く舌を入れる。
「はぁ、むぅぅ……ん……」
「ぁ…ん……」
漏れる息に、イクミも昴治も震えた。
舌を絡め、ゆっくりと離れる。
透明な糸が太く唇と唇の合間を繋いだ。
重く糸は切れ、揺れる瞳がぶつかる。
「昴治、好きです」
言葉に昴治は瞳を伏せて笑みを浮べた。
頷くだけで、昴治は言葉に表さなかった。
言葉に、表せないほど
切なく強く内にある感情の嵐
「イクミ」
名を呼び、抱きしめる相手の胸に頬を少し寄せた。
強く感じられる相手は、思いの他に繊細で弱い。
儚さは、何処か遠くへ行くのではと感じさせる
それは、とても愛おしい
昴治の微笑みは、何よりも感情を表す。
それにイクミは碧を煌かせた。
「愛しています…昴治だけ」
「……バカ、何言ってんだよ」
彼は、とても愛おしい
(終) |