++空の声



ヴァイア。
ゲドゥルド内に生息する未知の珪素系生物。
単体で重力場を発生する能力を持つ。
VGの元となった核、スフィクス。

人類とは違う、思考形態、独自の知性の為
相互理解は不可能。


スフィクス。
ヴァイア艦やVGと操縦者の意識をリンクさせるのに不可欠な存在。
長い期間、リンクした状態でいると「バックヤード」。
精神支配に侵される。
素体。



共存はできる。
理解は不可能。




昴治は背伸びをし、開かれたディスク画面を閉じる。
展望室の隅に昴治は小型PCを広げていた。
暗い宇宙に、見える星々は明滅して、その合間に漂うように見える別の艦。

「こ〜んな所に、いたんですか? 昴治クン♪」

もう20歳を越えると言うのに、相変わらず軽い調子の友人に苦く笑う。

「ちょうどいい休憩場所だろ」

「お? サボりっすか?」

「誰かと違って、真面目にやってるからな。俺は」

「ああ、視線が痛いですねぇ」

身長はあまり伸びず、骨格は前よりかは、しっかりとしたモノとなったが
右肩の所為と元からの体質で、華奢な体型のままだった。
そんな昴治は、前よりも成熟したイクミを見る。

(成長というか、身長伸びたなぁ、)

そういう気はないのだが、しっかりとした体型は好みだった。
好みというより憧れに近いかもしれない。

「ん? 何すか? ジロジロと」

「いや、俺も筋トレしよっかなと思ってさ」

昴治の言葉にイクミは瞳を瞬く。
そして、ぶんぶんと首を振った。

「いや、昴治はそのまんまで!! マッチョな昴治は想像できないというか
想像したくないっちゅ〜か」

「けなしてんのか? オマエ」

ポンポンと左肩をイクミが叩く。

「いえいえ、滅相モアリマセン」

「バカにしてんのかよ」

「いえいえ、トンデモアリマセン」

言葉のイントネーションが違い、苦く笑うイクミに昴治は溜息をついた。

「それよりも、そろそろ時間っすよ。俺、呼びに来たんだ」

「もう、そんな時間なのか?」

小型PCを片付け、服のポケットからIDカードを取り出す。
液晶文字が示す時間は、約束された時間の15分前だった。

「早く行かないとねぇ」

「バカ、おい、こんな時間……もっと早く言えって。
つーかさ、何オマエ、落ち着いてんだよ」

「え? あと、15分はあるし」

平然と言うイクミを見ながら、昴治は立ち上がった。
イクミには15分も、だが
昴治には15分だけ、だった。

「あ〜〜、もう! 行くぞ!!!」

「ほえ? え? お、ちょっと……昴治」

当初とは逆に、昴治がイクミを呼びに来たようになる。
歩き出す昴治にイクミは慌てて追いかけた。










リヴァイアス。
来る未来の為に、未だ研究を続けているヴァイア艦。
戦闘という中で会った、他艦の修復が終わり、その艦も試験運行を試みている。
だが、リヴァイアスほどの成果は見られなかった。
『バックヤード』という影響が、他艦では著しく発生する。
核である『スフィクス』が制御しきれなくなる。
何より、人体への影響の危険性。
後の研究により、リヴァイアスは、一度目の潜航では『バックヤード』という精神支配を
微かながら受けているという事実があったが、今ほとんど『皆無』に等しい。
それは、核たる存在『スフィクス』の『姿』に影響しているのではないか。
『人間』と同じカタチの彼女、ネーヤ。
ネーヤに近い『核』がスフィクスで作動する『ゲシュペンスト』へ
リヴァイアスクルーの一部が招かれた。
それは『ネーヤ』が多く接触する者たちが抜擢された。
その中に、昴治の名が連ねられている。

(ネーヤとは、話してるけど……普通だと思うんだけどなぁ)

イクミと他愛もない話をしながら昴治は歩いた。
その時だった。




此処カラ 放テ
縛ラレテ
声、音、音、音、音、声、声

映ル世界ハ

無ノ闇




「え?」

音ではない、言葉。
頭の中で直接響く言葉に、昴治は瞳を顰める。
振り返ったが、ネーヤの姿はない。




憎イ、憎イ、憎イ、憎イ
感情ハ何カ?





「昴治? どうか、したんすか?」

言葉を返さない昴治に、イクミは首を傾げて問いかけた。
だが本人は虚空を見つめ、返事すらしなかった。

「昴治? おい、昴治!」





心、ココロ、ココロ
痛イノ、痛イノ、イヤダ


ネーヤ、ソレ 何ダ?




(君は、誰だ?)




『え?』




響く言葉に、昴治は問いかけた。
それは存在を認識するモノ。
驚きの、その言葉は少年を思わすモノだった。

「昴治!」

「え? うわ、わ!」

イクミの大声に、体を飛び跳ねさせ、急な事で驚きすぎて
前のめりになる。
そして、そのまま前へと体が倒れた。
次にくるだろう衝撃に耐えようと、昴治は歯を喰いしばる。

ガッ

音はやわらかった。
痛みはこない。
昴治は、はて? と思い閉じていた瞳を開けた。

「……え? あ……あれ?」

「相変わらず、足元悪すぎだぜ…アンタ」

耳元に掛かる声に、昴治は振り返る。
すぐ様、呆れが強い表情をした弟、祐希がいた。

「今のは不慮だって、」

「どうだか、」

自分を支えた弟の腕が、昴治をしっかりと立たせて離れる。

「アンタ、また痩せたんじゃねぇか?」

「そうか?」

「太るくれぇ、食わねぇと、ぶっ倒れるぜ。
只でさえ、ひ弱で軟弱なんだから」

「悪かったな」

昴治はむすっとした表情をすると、表情なく、祐希は息をついた。

「……大丈夫か?」

言葉には、色々な意味が含まれていた。

「ああ、大丈夫だ……ありがとな」

「……」

返事の代わりに、祐希は瞳を閉じた。
軽く笑う昴治を見て、ゆっくりと前へと進む。
祐希も、ゲシュペンストに呼ばれた中の一人だった。

「………ん? どうした? イクミ」

祐希の背を見送り、じと目で見てくる友人に昴治は首を傾げる。
相手は唇を少し尖がらした。

「別にぃ〜、何だか仲が良すぎって感じだな」

「そうか?」

確かに、無意味な喧嘩が無くなった時から
弟は変わった。
自分も変わった。
片意地張る事なく、いつのまにか自然に会話するようになった。
相変わらずの口の悪さと、態度だが所々に労わりや気遣い、親しみを
感じるようになったのは『いつのまにか』で。
今では夕食を態々、互いに時間を合わせて一緒に取っていたりする。

「こう、愛を感じるというか」

「愛って、あのな……」

イクミは大きく溜息をついた。

「なんか、何でも知ってますって言うオーラーが」

「何でもって……」

ブツブツと呟いているイクミに、昴治は苦く笑った。

(夕食の時、愚痴聞いてもらってるからな……知っているといえばそうかもな)

最近になって、弟は結構、聞き上手だと知る。
口論になる事も少々があるが。
話した後、爽快になり、少しの打開策や解決策を教えられる事もあった。
だが、それは、それだ。
昴治は、立ち止まるイクミを見る。

「で、オマエ。何、拗ねてんだよ」

「ちょっとした、ハートブレイク」

イクミの言葉に、昴治は呆れ顔になった。

「なに、冗談言ってんだよ。つーか、行こう。遅れる」

さっさと進もうとする昴治に、イクミは肩を少し落とした。













政府の使者や、研究者たちの説明。
それこそ、マニュアル通りの話を聞き、ゲシュペンスト艦内へと案内された。

「ワタシ、行き、たい……」

ゲシュペンストとリヴァイアスを繋ぐ通路の所、
リヴァイアスのスフィクスであるネーヤが話しかけてきた。
些か渋る、使者たちを何とか宥め肯定させたのはヘイガーだった。

「万が一の場合、彼女がストッパーになります」

そして同属だからこそ、波長しあう事も。

(なんか、嫌だな……此処)

研究者たちに囲まれ、使者と共にブリッジへと進む。
張り詰めた空気は、緊張や厳格さではない。
別の何かが張り詰め、昴治を少し不快にさせた。

「リフト艦じゃ、ないのか!」

リヴァイアスだけ、VG操作がブリッジではできない。
それは、既に資料などで説明されていた。
一応、リヴァイアス艦長であるルクスンは忘れていたようだが。
照明はあるものの、リヴァイアスのブリッジより薄暗い。
その奥に、鉄格子に囲われたような場所がある。
其処に、『彼』がいた。

「あれが、ゲシュペンストのスフィクス、マーヤです」

格子の中で立つ、白の拘束具を着る少年。

「あの子が?」

ユイリィが問い、説明を受ける。
斜め前にいる祐希が瞳を顰め、隣りのカレンが興味深そうに見つめていた。

「言葉を話さず、此方を認識はしているようですが
理解はしていません。艦長との強力な『バックヤード』で動かせるという状態ですね」

「そう、ですか」

神妙な面持ちで、ユイリィが答える。
それを耳にしながら昴治は、見つめた。
『彼』を見つめた。

(何だ、この感じは……)

胸の中が高揚とする。
格子内のスフィクスに、『何か』を感じた。
何とはなしに、後ろにいるネーヤの方へ振り返る。

「………」

ネーヤは表情無く、スフィクスへと赤い瞳を向けていた。

「昴治?」

隣りにいるイクミが覗き伺う。
それに、昴治は軽く笑みを零した。

「……何でも」

「相互の理解は難しいでしょうね」

言葉を話さないのなら。
含む意味に、昴治はイクミから研究者たちへと瞳を向けた。

「話さないんじゃなくて、話せないんじゃ……ないんですか?」

瞳が向けられる。
そうかもしれない、気づかなかった――という眼差しは
リヴァイアスクルーのみしか向けてこなかった。
他の者は、何を言っているのだと
見限ったような眼差しだった。




悲鳴、が横たわる











リヴァイアス艦へ戻ったのは、夜も差し掛かる時だった。
VGの操作や、第一次的接触など
行ってみたものの差ほど変化は見られなかった。
夕食を済ませ、シャワーを浴びた昴治が自室のベッドへ倒れ込んだのは
深夜近い。

「……」

静かな何かが、其処に在った。
あのゲシュペンストのブリッジ内で、何かが渦巻いていた。
気になったのは、あの『彼』とネーヤの様子。
終始、無言のネーヤは珍しかった。
何かを、ずっと見据えている。
そう思わせたネーヤに、艦内へ戻る時に問いかけたが
首を左右に振るだけだった。

(俺が悩んでも仕方ないか、)

知識や認識が足りない。
昴治は、ゆっくりと瞼を閉じ意識を落とした。
すれば、下へ引き摺られるように眠りが降りかかる。
暗闇が広がった。










痛イ、痛イ、痛イ、割レル

破壊、破壊、破壊、壊シ尽クス
ソノ膨大ナ 力



ビーーーーーーーーッ



警報が鳴り響く。
赤い照明が暗い艦内を明滅しながら照らした。
悲鳴と雑音。

「少佐、撤退をっ!」

男が、年若い青年へ言った。
爆発音が響き、爆煙が流れ込んでくる。

「先に、行け! 僕は此れを回収してから行く」

黒髪に赤い瞳。
男へ言い放ち、青年は駆けた。

ビ――――――ッ

尚も警報が鳴り響く中を、微重力の通路を過ぎる。
薄暗い部屋、煙を立つ方。


これさえ、回収できれば……父は僕を認めてくれる


苛まれる必要がなくなるのだ。
青年は手を伸ばす。
中央に黒い粒子が入る硝子管。
それを手に取り、回収さえできれば。

――我が家の恥だ、穢れた血め

厳格な男の声が響く。
青年は唇を噛み、憎悪に顔を歪めた。



憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ
憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ
憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ



感情が暴発する。
憎悪という重い感覚が、強く。
手の先にある、黒い粒子が震えて膨張し硝子を割った。
飛び散った破片は宙へ浮き、そして

「うあああああああああああああああああっ!!!!!」

絶叫が響き、そして強い衝撃と激痛。
視界は途切れ、


そう、自らの顔を潰された。


瞳は抉られ
咽喉は潰され

内の魂は破壊され



宿ったのは、一体何か



記憶が奔流する
別の何かと交じり合い、そして新しい何かが生まれる



暗い、黒の影が光る。



「………」



音にならない言葉だった。
切実に訴えかけてきた、その人物の顔は
肉片が見えるほど、ずたずただ。
だが、苦しげな表情なのが伝わる。

「君は、」


僕ノ声、聞コエルノカ?


「彼……なのか?」

伸ばされる白い手。
その手を、どうするべきか。
昴治には、当たり前のように感じていた。


その手を、とって
この手を、とって


ピー、ピー、ピー、ピー

「っ……」

警報のように鳴った、IDのアラームに昴治は弾けるように瞳を開けた。
薄暗い自室は、何も変わりない。
左手を伸ばし、顔の上に翳す。
ドクン、ドクン、ドクン。
脈拍が上がるのを感じながら、翳した手で顔を覆った。

「……」

ピーピーピーピーピー

IDの呼び出し音が聞こえ、起き上がりながらベッド上にあるIDを取る。
応答すると、画面にイクミの姿が映った。

『昴治、起きたっすか?』

「……オマエが俺を起こすなんて、珍しいじゃないか……」

『昴治が遅いんすよ? これで、3回目』

「マジかよ」

昴治は飛び起きて、少しの痛み感じる右肩に触れる。
相手が訝しむ前に笑みを浮べて、応対した。











「おにいさんが言ってた通り、言葉が話せないのかもね」

二度目のゲシュペンストへの搭乗。
ドッキングした、搭乗口付近で祐希と共に歩いていたカレンが言った。
言葉に、昴治は苦く笑う。

「ただ思っただけの推測だからさ」

「案外、そういうのって意表つくんだよねぇ」

イクミが笑って、ポンポンっと肩を叩いた。
その手を軽くあしらって、昴治は前を向く。


言葉が話せない
音にならない
意志の疎通をする為の顔は隠されて


何も伝わってはこない





ホントウニ?







「………」

マニュアル通りの説明をしだす研究者たちの話を聞き流しながら
昴治は他のクルー達と共にゲシュペンスト、ブリッジ内へと入った。


他人と生きていく為に
必要なモノ

意志疎通
相互理解

言葉を音にする
行動を示す
ただ、それだけの事で伝わる

だが

それさえ出来ないモノは?




顔は潰された
咽喉は潰された
冷たい宇宙の中で

憎悪と共に潰された


無常
無情


「っ……」

息を呑む声が聞こえた。
昴治は目を瞬かせ、ネーヤを見る。
表情なく、凝視している先に『彼』がいた。

「重力制御異常、」

「制御システム作動させろ」

艦長が静かに言った。

バシンッ

空圧のような音が響く。
檻に囲まれた『スフィクス』が不自然に膝をついた。

「安心してください。極度の重力と電圧をかけて『スフィクス』を制御させているだけです」

人間のように振るわない『彼』は物と同様。
ためらいもなく、膝をつき、のたうち回っているようにも見える『スフィクス』に尚も
圧をかけた。

スフィクスに
感情や痛みはないのか。


――痛いノ、イヤダ…

――アタタカイ……ココロ、ネーヤ好き


微笑んだ『彼女』と『彼』は違うのか。
昴治は見た。


人間でなければ、自分たちとは分かり合えないのか。
否、
ココロさえあれば、いつの日か分かり合える可能性を持つ。
たとえ、最期には破壊しかなくとも。


では『彼』に、ココロはあるか。


拘束具のような布に包まれた手が、
圧に押し潰されながら伸ばされた。



憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ
憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ
憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ
憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ
憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ
憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ



「制御数値、増加」

強く抑えつけられる、体。
昴治は息を呑む。






此処カラ、出シテッ!!!!






「っ……」

バシィィィンッ

強い圧が周りに広がった。
弾き飛ばされるはずの中を、昴治は駆け出す。
驚き、騒然とする皆を気にせずに
手を伸ばした。

バキッ、ガシンッ




「マーヤ―――――ッ!!!」




鉄の格子が壊れ、白の躯がはじき出される。
昴治へと、舞い降りるように倒れ込んできた。
受け止めるように昴治は腕を広げる。

「……」

胸へ受け止めた躯は、重さはほとんどなく、まるで羽根のようだった。
顔を上げたマーヤが、唇を戦慄かせる。
それに昴治が微笑むと、隠れた顔が昴治の瞳に映った。

「大丈夫だ」

重力が少なくなり、ブリッジ内の者たちの体が浮き出す。
浮かび上がる昴治の両腕にマーヤは手を添えた。

ドクン、ドクン、ドクン……

耳を打つ鼓動。
青紫のルージュに彩られた唇が、そっと昴治の唇に触れた。


溶けていくココロ



やっと、巡り会えた
理由などなく、惹かれる君に


騒ぎ出すブリッジ内で、昴治はふと、そう思う。




「……っ……っ…」

潰された咽喉で、音を紡ぐ。





あいば こうじ。







マーヤという白い翼で、昴治は飛んでいるようにも見えた。







(終)
3周年記念感謝祭(知人も●サマ命名)、第一弾。
阿難亮耶サマ、リクエストのマーヤ×昴治でした。
マーヤの声は私的に決まっているのですが……はは。
ちなみに題名は『ソラ』ではなく『カラ』です。

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