**天使の骨
そっと広がって
誰も知られずにいた
君の羽
すすっと寄ってきたイクミに昂治は目を顰めた。
ココは食堂で、寄ってくるイクミの仕草はちょっと
アレである。
「なんだよ、イクミ…キモチワルイな、」
「うにゃーー、なんでもナッシングっすよ。」
そう言いながら、腕に頬擦りをしている。
「猫じゃないんだからさ、」
「のど鳴らそうか?」
「バカか、離れろよ、」
バシンと昂治が軽くイクミを叩く。
叩かれた顎を押さえて、イクミは泣きまねをしだした。
「ああ、ヒドすぎです、ヒドすぎ!こうやって、いたいけ
な少年は傷つき…って、昂治?」
もくもくと夕食を食べ始めた昂治に、
イクミは言葉を止めた。
「あ、終わったのか?イタイけな少年の独白。」
と、冷たい言葉を投げられる。
「はぁー、絶対零度っすねぇ…あいかわらず、」
イクミも夕食を食べ始めた。
「…ホントは昂治クン、口悪い方でしょ。」
「そうか?」
メインディッシュであるコロッケを突きながら昂治は
答えた。聞き流している雰囲気がある。
「昂治ぃ、機嫌悪いのか?」
しゅんとなって聞くイクミだが、昂治の対応は変わず
あっさりしたものだ。
「早く食べろよ…冷めるだろ、」
「……そうっすね…、」
イクミはもくもくと食べる。
――何か…したかな…俺、
前は自分が引っ張っている感じだった。
二度目になって。
罪悪感とひしめきあいながら
今度は昂治に引っ張って貰っている感じだ。
――また何かしちゃったかな…ダメダメっすね…
「イクミ、」
――何したんだろ…サボって昂治のトコ行った
コトはもう許して貰ったし。
「イクミ、」
――あ、寝てる時いたずらしたコトかにゃ…
「イクミっ!」
――また怒らせちゃって……あ、
「はい!何でしょ!!!」
ガタンとイスから立ち上がり、ビシッと敬礼する。
途端に周りから笑い声が微かにかけられた。
「……なにやってんだよ、」
「あにゃ、ごめんちゃい。」
目立っている。
イクミは慌ててイスに座った。
人目が少なくなった時を見計らい、イクミは聞く。
「あの…何?昂治、」
「いいや、もう。」
「それないっしょ、
こっちは恥ずかしい思いしたんだからさ。」
「自業自得だろ、ぼーっとしてる、おまえの。」
もっともだ。
「…そうっすね。」
反論も思いつかないので、イクミは昂治の言葉を
受け入れた。少し後悔を覚えて。
――ダメかも…ホント、俺
夕食を終え、食堂を二人して出て行く。
他愛もない会話をするのだが、イクミは少し俯いて
昂治より一歩遅く歩いていた。
ため息と、歩みが止まるのは同時だった。
「イクミ、」
「…なんでしょ?昂治クン、」
ニコッと笑ってみるが、
昂治の表情は機嫌の悪いものになる。
「おまえさ、俺のコト嫌いだろ?」
……
「はい?」
間の抜けたイクミの声が、通路に響く。
それは面白いくらい間の抜けたものだ。
「あのー、今なんと?」
ますます機嫌の悪い顔をする。
「だから、俺のコト嫌いなんだろっ。」
……
一瞬思考が止まった。
何を急に言っているのだろうか。
――俺が昂治を嫌い?
「…もうさ、隠してるのバレバレなんだよ。」
「ちょっと、昂治クン、何をおっしゃってるのですか!」
「何度も言わせるなよ!!」
今度は怒鳴った。
昂治の思考が読めない。
混乱しながらも、
走り去ろうとしたらしい相手の手を掴んだ。
「待っててば、急に何を…昂治?」
じろっと睨み、そしてため息を吐かれる。
「気づいてないのか?おまえ、」
「何を?」
はらりと掴んでいる手が離れ、
その手がイクミの顔に伸ばされた。
くいっと目を開かすように瞼を上げられる。
「嫌そうな瞳してるぞ、さっきから、ずっと。」
「そんなコトな……」
言葉を呑む。
青い瞳が、嘘を許さない。
――昂治…
「そうっすね…ちょっと嫌かも、」
すっと昂治の表情が無になる。
イクミは笑う。
きっと笑えていないだろうが、
「俺がね、嫌。」
無表情がなくなり、訝しげなモノになった。
「ダメで我が侭。おまけに優しさにつけこんで、
甘えてるし…顔とか人当たりとか頭とかがさ、
良くなかったら、一人もトモダチいない奴の典型…、」
少し昂治の瞳が冷たくなる。
「自分で言うなよ、」
頭がいいとか、顔がいいとか…
そう付け足してまたじっとイクミを見た。
「でさ、これでもめっちゃ、昂治クン好きなんだけど
どうしてかな?どうして?昂治…、」
今度はイクミが俯く。
「傷つける…こんな俺、嫌い。
昂治が…昂治が…俺の、俺の――っ!!」
感情が高まり、叫ぶ。
「俺の所為で苦しむんだ!!」
「俺の所為で傷つくんだ!!」
「俺の所為で――っ!」
続けて言おうとしたイクミだが、昂治が頭を軽く
叩いたおかげで言葉は止まった。
「…昂治?」
にこっとそれこそ可愛い笑顔を浮かべる。
「すっごく、俺って愛されてるな。」
コレヲ、貴方ハ愛ト呼ブノ?
「そう心配してくれてるんだな。
でもさ、イクミはそんな事しないだろ?」
ポンポンと頭を軽く撫でる。
「痛いとか、苦しいとか…あるかもしれないけど
一緒に味わってるんならさ、ソレは違うモノだよ。」
笑みが浮かぶ。
イクミは笑みを浮かべた。
どんな笑みかは本人は知らない。
いや、知っている。
罠に嵌めて成功した時の笑み…そんな笑み。
昂治もその笑みに気づいていた。
けれど、それも受け入れている。
アア、貴方ハ……
「昂治クン…らびゅです、」
「イクミ……あ゛、」
周りから視線が集まっていた。
お忘れであるが、ココは通路である。
「こうじぃぃーーー∨∨」
「わーっ!?馬鹿!!離れろ!!!」
「いやーん∨」
もたれるイクミを払えず、そのまま昂治は
部屋まで行く事になる。
そう言えば、聞いたことある。
よくある話。
人が恋をした。
それは愛してはいけない人。
高みの存在。
けれど愛す。
そして
愛した人は
死ぬか
消えるか
去るか
それだけの選択肢しかなくなる。
これは
悲劇
ううん、違う
己の欲深さと
人の原罪
愛を語る醜い唇
理性で覆い隠したつもりの自我
濡れて
濡れて
濡れて
当たり前の事。
ワタシが幸せ
だから
アナタは幸せではない
二人で幸せになれるなんて
そんなむしのいい話があるはずがない。
それが現実。
それが真実。
醜い自身の
当たり前の報い。
「あのさ、イクミ、」
声をかけられ、顔を上げた。
「やめてくれないか?」
イクミは昂治の上に乗っかっていた。
あのまま部屋について、ベットに倒れこんだのだ。
「いや…このままがいいっす。」
「そうじゃなくて、」
首を傾げる。
怒ったような顔をして、イクミの両頬を抓った。
「いひゃいでひゅーー……、」
「それやめてくれればな、」
上に乗ったままのイクミの両頬を回すように抓る。
「ひょれってなんでふかぁーー、」
「一人で苦しんでる顔、」
ぱっと昂治が抓るのを止めた。
イクミは頬を擦って、相手を見る。
「昂治…?」
「…おまえさ、いい加減にしろよ…、」
そう言って、ぺチンの頬を軽く叩いて包む。
「一人で抱え込むのやめてくれ。
言いたい事は口でいえよ…わかんないだろ?」
イクミは昂治の顔がぼやけて見えるのに気づく。
ちゅっ
可愛いキス。
「辛そうな顔、ワケも解らないさ、こっちの身に
なってみろよ。」
キスした本人は平然と言葉を続けた。
「それとも、俺って言えないくらい、頼りないか?」
あわててイクミはぶんぶん首を振った。
そしてぎゅっと抱きつく。
「昂治、昂治…昂治、」
「イクミ、言いたい事あるんだろ?」
「昂治…昂治、昂治、」
抱きつくイクミを昂治は撫でた。
「昂治…、」
「ん?」
「いい?」
何が、と言う口を塞ぐ。
犯して
犯して
犯して
汚して
堕とす
傷つけたくない
苦しめたくない
「っ…おまえな…、」
ふふっとイクミは笑う。
「三日空けたっしょ…だから、いい?」
ため息をつく昂治の咽喉に唇を寄せた。
「…昂治…慰めて、」
縋るような口調。
昂治は眉を顰め、そして優しげに微笑み
体から力を抜いた。
「仕方ないな、」
口から出たのは不本意ながらと言った感じだ。
イクミは唇に笑みを浮かべ、抱きつきながら
探るように服を脱がしていく。
震えている手が、イクミの服を脱がそうと動く。
「っ…ぁ…ん、」
上着を脱がすのには抵抗はない。
けれどズボンを脱がすと昂治は
そろそろと体を縮みこませる。
「昂治、全部見せて。」
「……、」
咽喉に噛み付いて、乳首を抓る。
途端に体が跳ね、
「ひゃあ!?」
声を上げた。
咽喉を滑り、鎖骨を辿って、触れていない、もう片方の
乳首を吸った。
「くぅ、ああ、あっあ!」
前はくすぐったがっていた。
抓れば、痛いと不平を言っていた。
今は、艶のある声を出している。
こういう体にしたのはイクミだ。
コレハ愛?
――昂治、昂治…
体を撫でる。ビクつきながらも声上げた。
「はぁ、いやぁ…んあ!」
目じりに涙が溜まる。
生理的なモノだけれど、イクミはほくそ笑む自分に気づく。
――昂治、感じてる?
「んう、あ、ダメだ!?」
体を折り曲げさせて、昂治の反応しているモノを掴む。
「ちょ、やあ!?」
ジタバタする体を気にせず、太股を舐め付け根を辿る。
モノと秘部の間の柔らかい部分。
そこを舐めた。
「はあっ!あっああ…ソコ、やっ」
「嘘つき…キモチイイでしょ?」
そう言って、イクミはモノを扱き始めた。
くちゅ、ちゅ、
濡れた音がする。
したたる先走りが下腹に垂れた。
形を確かめるように手を動かし、陰毛に触れる。
髪と同じで、色素が薄く。
細くやわらかい。
「なに、や…って、あっああ!?」
ソコをさわさわ擽って、秘部のヒダを舌でなぞる。
そうすれば、固く閉ざす穴も綻ぶ。
「き、汚なっ…やめ、イクミ!?」
つちゅ、
「はああぁあ!?」
陰毛部分をくすぐっていた指を突き入れる。
――昂治…キレイ、すごく
反論が出来なくなるほど、快楽に溺れさす。
指を突き入れて、すぐに内部の前立腺に当てさした。
「ひゃ!あ、ああん、やぁああ!!!」
そこで一層、昂治の声が大きくなった。
イクミは微笑む。
傷つけたくない
苦しめたくない
ウソダヨ、ソレ
本当ハ、傷ツケタイ
本当ハ、苦シメタイ
あの時、生まれた
闇。
「ひ、あああ!あっああ!!」
「昂治、ここ?」
ふるふると首を振って、快楽への混乱を和らごうと
している。肌は汗ばんで、吸い付く。
「いく…み、イクミ、ひゃああ!」
「もうダメ?」
ぎゅっと目を瞑り、頷く。
感度がいいらしい昂治は高ぶるのが早かった。
「欲しい?」
「…はあ、あ…、」
真っ赤になって、せつなそうにイクミを見る。
内部を指で引っ掻いた。
「はがぁ!?」
瞳が虚ろになり、宙をさ迷う。
「昂治、欲しい??」
つちゅ、くちゅ、つぷ
瞳が虚ろなのに構わず、イクミは指で抜き差しする。
痙攣する体に、遅れて昂治が声を上げ始めた。
「はあ、やあっ、イクミ、イクミ!」
「ね、昂治…欲しい?」
「…っあ、あ、ほし…欲しい、欲しい、」
アハハハ、ヤッタ!
堕チタ
――誰の声…
頭に声が響いて
それは闇で
それは闇で
イクミは膝立ちをして、ズボンから己のモノを引き出す。
そして昂治の穴にあてがうと、微かに相手がビクついた。
慣れている体、慣らした体だけれど、やはり痛みはある。
「昂治、深呼吸ですー、」
不規則な荒い息の中、言われたように息を吐き出す。
大きく息を吸ったとき、
それに合わすように一気にイクミは突き入れた。
「ひゃあああああ!!!!」
悲鳴に似た喘ぎが上がった。
そして顔が快楽を貪りながらも、苦痛に歪む。
ソンナ顔モ好キ
ずずず、と少し肉が裂けるような音がする。
昂治に倒れこんで、混乱したような息をする昂治に
唇を寄せた。
中に舌を入れれば、イクミの舌を確かめ、ゆっくりと
昂治は舌を絡めてくる。
接合部分が焼けそうなくらい熱を持つ。
それは昂治の熱。
それはイクミの熱。
唇を離し、頬にイクミは口づける。
「…痛い?」
「だ…だいじょ…ぶ、」
声は少し掠れていた。
「動くよ、」
「…うん、」
首に手が回される。
イクミは息を吐き、腰を動かす。
ゆっくり引き抜いて、
ずりゅ、
「んん、んああっ…、」
ゆっくり突き刺す。
少し萎えかけた昂治のモノを掴んで、また引き抜く。
「あああっあ!?あ、い、イクミ!!」
腰が蠢きだし、
ずぷ、ずちゅ、
いやらしい音が室内を満たしていく。
熱い息と水系の音。
「あ、ああ、やあ、はや…いっ!!」
「ふ…ぅ…もっと早く?」
「ちが…あ、くぅう、」
可愛く鳴くさまは、煽るだけだ。
「ああ、も…もう、ああ!!」
甘受している。
昂治の腰に手を回して、動きを早くする。
相手の律動に昂治は首に回した手で、
イクミを引き寄せた。
「くぅ、うあ、イクミ、いくみ、いく…あっああああ!!!」
思いっきりイクミは突き刺した。
折れそうなくらい華奢な体は反り返り、
ぴちゃぁあ
精液が昂治の下腹を濡らす。
「ぁ…ん、」
「まだ…いけるっしょ?」
昂治はイクミの言葉に答えず、体を寄せた。
堕チタ
堕チタ
そっとイクミが目を覚ます。
横に昂治が背を向けて寝ていた。
イクミは腕を伸ばして、こちらに振り向かせようとする。
布団から白い背中が覗く。
――あ…、
骨の浮くぐらい細く、透き通る肌。
浮き出たキレイな肩甲骨の形は
そう
天使の翼のよう
イクミはその、翼が折畳められているような骨に
手を当てた。
あたたかい
そのまま、そこを撫でた。
肌はもう汗ばんでいないのに、肌に吸いつく感じだ。
「イクミ、」
声がかけられる。
「…なんですか、昂治クン。」
「泣いてるのか?」
何を言っているのかと、笑い飛ばせない。
咽喉が鳴るだけで、イクミから声が出なかった。
頬に冷たい雫が伝っている。
涙
気づけば、泣き声が出そうになる。
「…我慢はよくない、」
落ち着いた声がかけられ、
何故泣いているのか聞いて来なかった。
気づかっているのか、
たぶん、昂治は解っているのかもしれない。
それに、イクミさえ解らないでいる。
何故、泣いているのかと。
「…っ…こ…こうじ、」
「ん、」
「こうじ…、」
「イクミ。」
振り向かず、昂治はイクミの呼びかけに答える。
「…こうじ、」
――ココにいて
「うん、」
「っ…っ……、」
――ソバにいさせて
「イクミ、」
背中にイクミは顔を寄せた。
相手の温かさが身に伝わってくる。
イクミは願う
神になんて、願わない
キミに願う
――どうか、傍にいてください
キミに願う
――どうか、離れていかないで
誰にも知られずにいた
キミの羽
イクミは、まだ知らずにいる。
その羽は
自分と一緒に飛ぶ為のものだと
それに気づくまで、
「イクミ、俺は…ココにいるよ。」
その羽は
そっと静かに息づいている。
(終) |