**紅葉**






赤く、赤く燃ゆる一面の
散りゆき姿は美しき




昴治は目を瞬かせ、周りを見渡した。
圧巻させるほどの赤は、ようやく瞳に馴染み始めている。

「お疲れ、」

「あ?」

声をかけられ、自分はぼんやりしていたのだと気付く。
目の前に立つあおいは上を仰いだ。

「それにしても、すごいよね…日光より凄い。」

周りの赤の正体は紅葉した樹木だった。
映える赤に混じって黄色が色を沿え、散り積もる風景は情緒溢れるものだ。
昴治は落ち葉を払いながら立ち上がる。

「人工のヤツだからな、管理してるだろうし。」

「夢ないわね、もっと他の言い方ないの?」

「悪かったな、俺にそういう言葉期待すんなよ。」

むくれるあおいに溜息をつき、昴治は上を見上げた。
秋晴れと言えよう青い空は映像である。
遠くの情景も映像で、実物はリフト艦二つ分の広さまでしかない。
地球の娯楽である、紅葉狩り。
それに興味を示した他惑星の生徒がブリッジに要請を出したのは、ほんの1ヶ月前。
乗員している大人たちも興味を示し、この大掛かりな紅葉狩りセットを予備ハッチに繋げて
いま生徒たちは、擬似紅葉狩りを体験していた。
と、いうのは建前、所々に持参した弁当を広げピクニック状態になっている。
もっとも一部、お酒も用意して宴会になっているグループもあるようだが。

「いつまでも、此処でぼーっとしてないで。皆のトコへ帰ろ。」

たくさん用意されたお弁当を食べ、お腹が苦しくなり少し運動してくると言って
皆のいる場所から離れたのはどれくらい前だろうか。

「…ああ、戻る。オマエ、先戻ってろよ。」

「昴治は?」

「ゆっくり歩いてく、まだちょっと腹が張ってる感じだからさ。」

お腹を摩って言う昴治にあおいは眉を寄せた。

「具合、悪いの?医務室――」

「いや、マジで食いすぎて…ほら、アイツすっごく勧めるからさ。」

食が小さくなった自分を心配してか、友人は無理してでも量を増やせと
ここぞとばかり勧められた。

「もう、昴治ってば無理するから。」

「無理してないって。ま、とりあえず先戻ってろよ。」

じっとあおいは昴治を見て、小さく息をつく。

「わかった。ちゃんと着なさいよ。」

「わかってる、」

目を伏せて、そしてあおいは背を向け来た時と同じであろう足取りで
皆の居る場所へと戻っていった。
それを暫らく見つめ、そして昴治は視線を外す。

「にしても真っ赤だな……」

歩みは止まり、周りを見渡す視界だけが動く。
そんな自分に昴治は溜息をついた。

(…らしく、ないな。)

何となくだ。
一人になりたいという気分だった。
皆といる事が億劫なワケではなく、ただそういう気分。
昴治は首をさすり、歩き出した。
葉は管理された空調の中、散り続けている。
人工芝生の上には落ち葉が赤と黄色で染めはじめ、この擬似世界の中を彩っていた。
落葉樹の林を見て、ふと大きな椛に目が止まる。
他のより小さな葉は幹下一面を赤に染めあげていた。
何とはなしに、踏み入るが進むはずの足は止まる。

「……」

みんなのいる場所。
そこに半ば強制的に出席させられただろう相手は、自分があの場所から離れた時には
瞳に映らないでいた。
どうしようかと考え、見下ろす先。
赤の葉の上に寝そべり、身にも葉が一つ二つと積もっていた。
意味のない喧嘩は減ったとはいえ、いまだ氷解はしていない関係に、昴治は溜息をつく。
ほっとけばよいものを、空調が管理されているとは云えこのままでは
体調を壊すかもしれないと――杞憂を抱いた。
足音で起きれば良し、たまたま通りかかっただけだと言い訳を考え横たわる相手へ近付く。
手足を放りだし、黒い髪を赤に散らばめて上下に動く胸は穏やかな呼吸を知らせる。
あの傍若無人の態度からは想像できないほど、無防備に寝ていた。

(ったく、疲れてんのか?)

内心で思い、それは確信へと繋げる。
昨日、友人であるイクミが連日の残業とも言えようVGソリッド演習に泣き言を云っていた。
その泣き言は厳しさからではなく、ただの眠気からのもの。
身を屈ませ、相手を覗き込めば確かに薄っすらと隈ができているようにも見えた。
起こすか否か。
昴治は膝を抱えて弟を見た。
サラサラと乾いた音が耳を掠め、頬を掠めて椛の葉が落ちる。
赤の葉は宙を踊るように落ち、撫でるように弟の顔の上に落ちた。
深い眠りなのか、そのまま葉は肌を飾る。

(白い…)

思えば、こんなに直で弟の顔を長時間見たのは幾年ぶりか。
眉は整い、睫は長く眠りに和らげられた雰囲気は凛々しく。
赤の紅葉の所為か肌が必要以上に白く映えた。
葉が隠す唇は薄い赤なのだろうか。
細い昴治の指は落ちた葉を丁寧に摘み取った。

「……」

薄く開く唇からは小さく息が零れている。
女子が騒ぐだけはある綺麗さに、目を伏せた。
誘われるかのように、吸い込まれるかのように――

「っ、」

慌てて昴治は離れるが微かに残る唇の感触。
唇を押さえて、立ち上がろうとするが混乱の所為か足がもつれて尻をつく。
眠りが深くとも、近くで音を立てれば気付くだろう祐希が小さく呻いた。

「あ、」

零れる声に、瞼が動きゆっくりと瞳が開いた。
尻をついた痛みと別の事で顔を顰める昴治を見て、目が閉じられる。
ぼんやりとした瞳は次に開かれた時には鋭い光を宿していた。

「何か用かよ、」

明らかに嫌悪を示すような声色に昴治の表情に怒りを含ませる。

「別に、つーかさ…なにこんなトコにいんだよ。」

「アンタには、関係ねぇだろ、」

そう言いながら祐希は体を起こし、積もった紅葉を払わずに手は自らの唇へと持っていかれる。
指先で撫でるような仕草に、昴治は口を開いた。

「か、顔に葉っぱ落ちてて!」

「あァ?」

「取ってやったんだ、」

「?」

意味もなく、ただ唇を撫でただけなのか。
訝しげに睨む祐希に昴治は俯いた。

「……」

ゆっくりと顔を上げ、睨むように見てくる兄に祐希は目を逸らし
やはり何か感触でも残っているのか、唇を指で撫でていた。
詮索してこない事に息をついて、

(祐希で良かった…)

と、ふと思うのだが。
すぐに何に対して良かったのかと考え出すと自分でも吃驚するほど
頬が熱くなっていくのを感じた。

「なに変な顔してやがんだ?」

怪しみ、目を細めて見てくる祐希に昴治は首を振った。

「うるさい、関係ないだろ。」

零れるように出た声は威勢がない。
溜息をついて、祐希を見た。
唇を撫でるのをやめ、上を見上げている。

「……オマエさ、此処で寝るんだったら部屋戻れよ、」

「俺が何処に寝ようが、アンタには関係ねぇだろ。いちいちうるせぇんだよ、」

「なんだよ、その言い方はっ」

馬鹿にする言葉に、やはり昴治の声はいつもよりは威勢がなかった。
目を向けてきた祐希は前髪を掻き揚げ、口を開く。

「さっさと、どっか行けよ、」

突き放す言葉に昴治は睨むが、すぐに瞳は逸らされた。

「オマエは?」

「関係ねぇだろ、うぜぇ、」

溜息をついて、昴治は上を見上げた。
目に焼きつくほどの赤がそこにはある。

「……」

視線を戻し、横を見れば祐希はまた唇を撫でていた。

「さっきから、なに口撫でてんだ?」

声が微かに震えるが、昴治はそう祐希に聞く。
鋭い光で祐希は瞳を向けるだけだった。
気付いているのか、いないのか。
気色悪い事をしたと思う筈が、変に胸奥を熱くさせていた。
昴治は平静を装って、相手を見返す。

「……いつまで、いる気だ、馬鹿兄貴。」

その言葉に苛立ちは浮かばず、揺らめく瞳に自分が映るのを魅入った。
葉はさきほどと変わらずに芝生を染め、赤が染みこんで行く。
ゆっくりと昴治の唇が開かれる。
言葉は少なからず散る紅葉と同じ、彩らせた。









何故か、この日もう一度、唇が触れ合う気がした。






赤く染め上げ紅は
只々、赤く燃ゆる


散りゆき姿燃ゆる葉は
染め彩る残像の




自分が眠っている事に祐希は気付く。
深くそれは、とても心地がよかった。
連日続いたVG作業の疲れが、今大きく降りかかってきている。
誰が発案したか知らない騒ぎに、出るつもりのなかった祐希が此処に
半ば強制的に連れてこられたのは数時間前。
目の前の影が映るのが嫌で、少し歩いて来ると言って離れたのが数十分前だった。
今は昔、よく見に行かされた紅葉樹の下で横になっている。
目を閉じる前まで見ていた赤は思考に溶け込んでいった。

「……」

カサカサと音をたて、葉が体に降り積もっている。
此処は擬似で作られた空間であるが、確かに心地よくさせていた。
証拠に疲れが下へ下へと沈み消えていく。

(…?)

ふと何か影が作られる感覚がした。
それは眠りを妨げるモノではないが、頭の何処かで引っ掛かるモノ。
瞳を開けて、何なのか見ればよいのに祐希の意思に瞼は沿わない。
目覚めと眠りの合間にいる意識は、感覚を鋭くさせる代わりに意思に沿ってはくれなかった。
無理に起きようとは珍しく思わず、そのまま眠ってしまおうかと祐希は考える。
だが、ふと何かが掠めた。

(…なんだ?)

体は重く、けれど確かに――唇に。

「……ん…」

続いて何か大きめの音がして、意識がようやく浮上した。

「あ、」

耳に染み付く声に、瞼が意思に沿い開かれる。
目に映るのは一面の赤。
散る葉に紛れ、瞬きをする前、その姿が目に留まる。

(兄貴…、)

何か掻き毟られるような感覚が襲い、けれど相手を睨む事で
祐希はその感覚を押さえた。

「何か用かよ、」

声には思った以上に嫌悪が宿り、内心、何かが揺れる。
映る兄の顔は怒りが滲んでいた。

「別に、つーかさ…なにこんなトコにいんだよ。」

落ち着いたような声に

「アンタには、関係ねぇだろ、」

そう返しながら祐希は起き上がった。
続く相手への言葉は、喉に絡み代わりに残る感覚が気に止まる。
唇に何かの感触。
何かついているのかと思い、指で唇に触れた。

「か、顔に葉っぱ落ちてて!」

途端、昴治の声が上がった。

「あァ?」

「取ってやったんだ、」

「?」

昴治の視線は舞っている椛と同様に宙を描く。

(何…焦ってんだ?)

質問は喉に留めて、ゆっくりと自分に顔をあわす昴治を見た。
昔とは少し違う、その表情に祐希は目を逸らす。
逸らせば、まざまざと唇に感触が蘇った。
考えるより先に指はまた唇をなぞる。

(…何の感触だ?)

と、ふと考えを巡らすのだが、祐希の知識に該当するものが見当たらない。
解らないのならば――自然に祐希は昴治を見た。
腰をついたままの兄は怒っているような困っているような、そんな複雑な表情で
頬を色づかせていた。

「なに変な顔してやがんだ?」

怪しみ、目を細めて見る祐希に昴治は首を振った。

「うるさい、関係ないだろ。」

零れるように出た声は威勢がなかった。
溜息をついて、そのまま祐希を見てくる。
意図が解らず、祐希は唇を撫でるのをやめ、上を見上げた。

「……オマエさ、此処で寝るんだったら部屋戻れよ、」

「俺が何処に寝ようが、アンタには関係ねぇだろ。いちいちうるせぇんだよ、」

「なんだよ、その言い方はっ」

馬鹿にする言葉に、やはり昴治の声はいつもよりは威勢がなかった。
昴治に目を向けて祐希は前髪を掻き揚げる。
少し冷えた髪の感触が指の間を掠めた。

「さっさと、どっか行けよ、」

突き放す言葉に昴治は睨んできた。
宿る痛みのようなものに祐希が顔を歪ませないよう
睨み返そうとする前に、瞳を逸らされた。

「オマエは?」

そう聞いてきた。
どういうつもりなのか、祐希は舌打ちをする。

「関係ねぇだろ、うぜぇ、」

言葉は相手に何を刻むのだろうか。
問う質問にすぐ答えは出て、祐希は目を伏せる。
すれば意思から遠ざけるように、唇にまた何かの感触が蘇った。
何かついているのかと思い、唇を撫でるがやはり何もない。
それに、何故、自分は拭おうとしないのか。

(何でだ?)

解らず、目を顰める祐希に

「さっきから、なに口撫でてんだ?」

少し震えているように聞こえる昴治の声がかかった。
理解不明な事への苛立ちからか、祐希は昴治を睨む。
声が震えていた感のある昴治は、平静な表情のまま見返していた。
それも何か苛立って、祐希は奥歯を噛む。

「……いつまで、いる気だ、馬鹿兄貴。」

言えば、離れていくだろうと云う予想に、やはり痛んだ。
祐希は目を逸らそうとするが、昴治は只、静かに祐希を見ている。
相手の瞳に自分が映り、痛みはすぐに消えた。
とても穏やかな表情で、唇が動くのを祐希は魅入る。

「…もう少し、此処にいさせろよ。」

幼い子に言い聞かせるような口調で昴治はそう言った。
言葉は苛立せるよりも早く、祐希の頬に熱を呼ぶ。
昴治から目を逸らし、浮かぶ言葉は音にならずに消えた。
黙ったままの祐希の態度を了承と得たのか、昴治は横に座り込む。
足を伸ばし、昴治は上を見上げた。

「オマエさ、ちゃんと食べたか?」

かけられた声に祐希は目を顰める。
答えない祐希に昴治は黙るかと思われたが、そのまま続けられた。

「食べなかっただろ、あんまり。その分、俺のトコに来てさ。」

「食わなきゃいいだろ、」

無視しようかと考えていた矢先に、祐希の口から言葉が出た。
向けられる瞳は静かに見ている。

「そう思ってた…んだけどな、食べろってさ。
まぁ、よく食べるのは良い事だし。」

「……」

「たまに食事抜くんだろ、オマエ。
体に悪いからさ、そういうの止めとけよ。」

「……」

何故、心配してくれるのだろうか。
何故、自分が昔と変わらず食事を抜く時があると覚えているのだろうか。
そして、何故、暴言を吐き拳を振り上げていた自分へ変わらず接するのだろうか。
暗い感情と浮かぶ言葉たちに胸がやはり掻き乱される。
目を顰めて、昴治に顔を向けた。
合間に赤が散り、気にも留めていなかった赤が灼きつく。

「…祐希?」

昴治の声に振り向く祐希は、積もった葉につく手が滑る。
体勢を崩した祐希を支えようと手を伸ばすが、その為にそのまま後ろへ倒れた。
祐希は瞬時に肘をつくが、その前にそれは起こる。
しっとりと唇と唇が触れ合う。
瞬きの合間にも、赤とともに青が過ぎり滲んだ。

「っ、」

「…っ、」

引き離したのは祐希であり、昴治でもあった。

(な、なに、なんだっ!?いま、今っ…)

混乱している祐希の表情は、通常の不機嫌そうなものだった。

「わ、悪い、」

さも何事もなかったような兄の返しに、祐希は目を顰める。
それが益々不機嫌そうに見せた。

「悪かったって…ワザとじゃ、ないんだぞ?」

不機嫌そうな顔は、次第に困惑したモノへと変わっていく。
赤が降りしきる中、昴治が体勢を屈め覗き見てきた。
青が揺れ、赤が霞む。
目を細めた祐希に昴治は益々、覗き込んできた。
意図が掴めず、けれど祐希は兄の頬へ手を伸ばす。
触れる肌はしっとりと指に馴染み、そして少しひんやりとした。

「どうした?」

「…知らねぇ、」

頬が赤く染まっていく。
それは、自分も同じだと頬に宿る熱で知れた。
だが、あくまで平然としている兄に真似て祐希も平然を務める。

「……兄貴、」

仲が直ったワケではない。
いまだ宿る憎悪に似た感情は沸々と残っている。

しかし、それと同等にソレは息づいていた。
祐希の声は掠れ、昴治の唇が震える。











赤く散りながら、確かにそれは燃えはじめた。






紅葉は染め上げ
残るは焔

青残像の赤霞






(終)
カッコイイ感じの祐希と普通な感じの昴治を
目指したらしいです。はは
二つに分かれていたんですが、そんなに長くないので
まとめました。

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