+++赤い卵
そこにあるは
アナタの体
吐き出すような感覚を覚えたのはいつだろう。
まるで響くのは轟音のような悲鳴。
その悲鳴は自分ではない自分のもの。
「……」
母親と談話している兄の姿を認め、弟である祐希は息を吐く。
それは嫌悪に近いものだった。
「あら…おはよう、」
祐希に気づいた母親が云った。
「おはよ、」
軽く微笑む昂治を無視するように祐希はその場から去っていく。
そんな弟の姿を見かねてか、昂治は母親から離れた。
「俺も、もうそろそろ行くね。」
「祐希、返事しなさい!!」
母親の声に苦笑いをする。
部屋の隅に置いてあった鞄を取って、
昂治は急いで去っていった弟を追った。
私はこれまで何度も対面した死は
私に色々な事を教えてくれる
名誉、地位、権力、才能――全て一切無関係に
眠りについていく
2度と動かぬ体と共に
「ちゃんと母さんに挨拶しないとダメだろ、」
「うるせぇよ、」
「うるせぇじゃないよ、そーゆう所しっかりしないとダメだ。」
叱る昂治を見て、祐希は面倒くさげに無視をした。
それが気に入らないのか、昂治はますます声を上げる。
「――おい、聞いてるんのか!」
「聞いてねぇ、」
「おまえなーー、」
身長が高くなった祐希は昂治を見下ろさなければならない。
歩調も些か祐希の方が早い。
けれど昂治は急ぐ事なく普通で歩けば祐希と肩を並べられた。
「うわっ!!」
持っていた鞄を昂治は落す。
中には財布が入っていたらしく、道路に昂治はお金をばらまく。
それを慌てて拾う昂治をその場に置いて、祐希は先に歩いていった。
「おい待てよ!」
その声も聞かず歩いていると、祐希の前に少女が現れた。
あおいである。
「……」
「何だよ、」
「…相葉母に頼まれて、」
「頼まれたって何を、」
祐希は目を伏せながら云った。
あおいは眉を寄せて泣きそうに祐希を見ていた。
「祐希…?」
昂治が拾い終わったのか、祐希に近づいてきた。
「……」
「あおい、どうしたんだ?」
「……」
あおいは何も言わない。
「言えねぇんだったら話かけんな!」
走り去る祐希と黙るあおいを見比べ、昂治は祐希の方へ
走り寄った。
あまり時間をかけずに昂治は祐希に追いつく。
「おい、あんな言い方ないだろ!」
「何も解ってねぇくせに説教すんじゃねぇ!!」
「そうだとしても、あおいが可哀想だろ!」
「アンタが云うな!!」
祐希は怒鳴ると、ふぅっと息を吐いた。
チリチリと喉が痛い。
私がこれまで対面した死は
私に色々なことを教えてくれる
現実として存在している個々の躯は
本当は意味があまりないということを
存在とはココにいるという事でなく
他人に認識されることである
「……」
祐希が怒鳴ると、昂治は静かになった。
けれど引き下がったワケではない。
ただ、相手の思考を受け取ろうと考えているのだ。
何が正しくて
何がいけないのか。
それを判断するためには些か時間が要する。
前とは違う昂治の反応に、祐希は舌打ちをした。
そして後悔に似た感情が伴う。
だがその後悔は懺悔されない。
けれど立ち止まった昂治の横に同じように祐希も立ち止まった。
「確かに俺には関係ないな、」
「……」
「……それはよく解ってる。」
「……」
昂治がじっと祐希を見る。
祐希も昂治をじっと見返した。
互いに言葉はなく、そしてまた歩き出した。
歩くと、季節のそよ風がふたりの髪を揺らし、頬を撫でる。
街頭をふたりで歩く様はよく目立った。
「あーー、相葉君よv」
女の子が奇声を上げて近寄ってくるのは、いつもと同じだ。
大抵無視する祐希に、諦めもせず話し掛ける女の子たち。
「…うるせぇよ、」
「だから、そんな言い方ないだ……うわっ!!」
女の子の肩にぶつかり、昂治は地面に尻をつく。
続けて祐希の肩にもぶつかる。
昂治とは違い、祐希は倒れる事はなかったが尽かさず
女の子達を睨んだ。
「迷惑なんだよ、常識わきまえろ!!」
「…っ…祐希、」
舌打ちをし、昂治を立たせる。
そして呆然としている女の子を背に祐希は早足でその場を離れた。
「…女の子に対してキツすぎたぞ…今のは、」
「アンタも倒されたんだろ!怒れよ!!」
「……怒る前に何か自分が情けなくなるな……」
苦笑いをする昂治に祐希は目を伏せた。
私がこれまで対面した死は
私に色々な事を教えてくれる
屍となり土色となった骸は
本当に腐っていくだけのものだと云う事
そしてこの生きているという事実のもとに動く躯も
最期は腐っていくだけにあるのだと云うコト
家に帰れば、リビングにあおいと母親がいた。
祐希は何も言わず二階へ行こうとする。
「おい、きっとおまえに用があって来たんだぞ。」
遅れて入ってきた昂治が祐希の腕を掴んで云った。
「俺は用なんてねぇよ、」
「なくても行くんだ。」
「命令すんな!!」
「……命令じゃないさ、」
昂治はリビングの入り口に立ち、
「母さん、祐希はココにいるよ!」
「!!」
告げ口でもするように昂治が云った。
もはや反射で祐希がリビングの入り口に行ってしまい、二人は
祐希に気づいた。
「っち、」
「ほら、行けって。」
「……」
黙ったまま隣りにいる昂治を睨んだ。
相手の表情は笑みを留めたままの表情だった。
「ちゃんと話を聞くんだぞ。」
そう念を押すように昂治は云うと、二階へ登っていった。
それを視線で追いかけて、祐希はリビングに入る。
私がこれまで対面した死は
私に色々な事を教えてくれる
腐っていく躯は生前の者がどんな容姿だとしても
初めて平等と言えよう姿となる
そう、醜い肉の塊になるのだと
ガチャッ
扉を開き中に入る。
相変わらず散らかった部屋を通り、
祐希はアコーディオンカーテンを開いた。
ジャバラのソレは、音を立てて開く。
「あ、話終わったのか?」
「……、」
「母さんとかあおいの言葉聞いてやれよ。」
ベットに座っている昂治はそう言って立ち上がった。
そして窓を開く。
少し湿気を帯びた空気が入り込んできた。
「アンタが云うな、」
「俺はちゃんと言葉を聞いてる。」
「アンタが言うな!!」
立ち上がった昂治のむな首を掴んだ。
相手には怯えはなく、ただ瞳が少し揺れるだけだった。
「アンタこそ何も聞いてねぇんだよ!!!」
「聞いてるさ、」
「クソ兄貴が!!」
昂治の体を引きずるように自分の部屋へ連れ込む。
そして昂治の頭を掴み、床に押し倒した。
少しの悲鳴を上げて、昂治は祐希に瞳を向ける。
そこにあるのは虚無さえ覚える感情。
「全部そうやって、アンタはなかった事にしやがる!!」
「そんな事してない!!」
「してんだよ!!」
何か言おうとする昂治の唇に噛み付いた。
少しもがく体を押さえつけて、服を破り脱がせる。
「っ…!」
声のない悲鳴が上がり、ボタンが飛ぶ。
そして静止の手を払って、ズボンと共に下着をずり下ろした。
まだ萎えているモノを掴み、祐希は昂治を見た。
頬を朱に染め、弟を睨んでいる。
「…変態か…母さんいるんだぞ!」
「……アンタの方が変態だ、」
「何言って、」
腕を引き、後ろから昂治の体を抱きしめる。
そして壁に掛かっている鏡の前に昂治の体を映すように移動した。
目を顰める相手に祐希は少し笑みを浮かべた。
冷たい微笑みだ。
「見てろよ、アンタが変態な所、」
「え…ちょ…やめっ!!!」
後ろから抱きしめられている為、昂治は身動きが取れない。
肌けている胸に手で愛撫し、モノを強く扱くように動かす。
「くっ…んん、やぁ…あ、」
震えながら昂治は鏡を見た。
祐希に扱かれ、モノがぐぐっと頭をもたげ始めている様が明確に見え
そして少しせつなげな顔をしている自分の姿も見える。
当たり前のように昂治は目を背けた。
「せっかく見せてやってんだ、見てろよ。」
「やだっ…ぁ、う、…ひゃああ!!」
胸を弄くっていた手で昂治の顔を固定させ、無理に鏡に映る己の姿を
見せるように努めさせた。
耳たぶを甘く噛み、モノを強く激しく扱く。
それは手で握るのにちょうどいい硬さとなり、出てきた白濁の液で滑る。
ぴちゃ、くちゅ
「んん、やあ、あ…はぁ、あ……ダメ、」
「ダメじゃねぇんだろ、」
冷たい言葉でさえ感じるのか、昂治の体はふるふると震えた。
「ひゃ、あ…っあ、あぁ…いや、だ…はうっ、あぁあ!!」
びゅくびゅくっと精が吐き出され、鏡にベトリとついた。
それを震えながら見ている昂治の腰を持ち上げ、
既に猛ていたモノを施しのない穴に尽き入れた。
「っ!?…ぃ…いぁ…ひっ…んん、」
何とも言いようのない悲鳴をあげ、昂治が痙攣する。
気にせず祐希は腰を動かし始めた。
「ひぎゃあ!ぎゃ…ぅう、ああ!!」
内部が切れた感触と絞めつける感触が諧謔心を煽る。
声は押さえようもないのか、留め止めなく溢れていた。
涙と唾液、そして汗でぐちゃぐちゃの顔は艶を帯びさせる。
「ん、あ…あっはぁああ!!あ!あああ!!」
もともと敏感な体は快楽へと繋げた。
痛みに震え、そして快感へ震える。
出し入れされる入り口からは透明な液と赤い液が混ざりながら
外へと垂れた。
「はぁ、あ、やぁあ、映って…映ってるよぉ!!」
嫌がる昂治はだが、しっかりと自分の姿を見ている。
いつしか顔を固定させていた手をモノを扱くために離しても
昂治は顔を背けず、鏡を見ていた。
「いやあ、ひゃああ!あ、ソコ…やだぁ、」
「…ココがか?」
「んあああ!!あ、いや…あ、出ちゃ…!!」
根元を掴み、出ないように祐希はする。
するとピクピクと震えながら首を左右に昂治は振った。
「やあ、ああ…あ!ゆうき…ゆうきぃ!!」
「少し我慢しろよ、」
「んああ、ああ!!ひゃああ!!あんっ!あぁあ!!」
祐希の吐き出す息も上がる。
そして限界近くなった時に祐希は手を動かし、解放へと誘った。
「…い、ああ、ひゃああ!!」
吐き出されたソレはまた、鏡に垂れながらつく。
ドロリとした半透明な液体の合間に恍惚とした昂治の表情が映った。
私はこれまで対面した死は
私に色々な事を教えてくれる
その存在こそ偽りで
死してこそ個々の存在が認識される
偽りの錯覚を感じさせる事
汚れた体を見下ろすように祐希は見た。
肩で息をしている昂治はそっと祐希を見上げた。
「俺は…ちゃんと受け入れてるだろ…?」
「……」
「俺は…ちゃんと言葉を聞いてるだろ……?」
掠れた声で云う昂治を祐希は睨んだ。
「間違っていたとしても……俺は…祐希を見てた…」
「うるせぇよ!」
ふらりと昂治が立ち上がる。
太股にはだらりと白濁の液と鮮血が筋を作って垂れた。
「俺はアンタなんか見てねぇ!
俺はアンタなんか知らねぇ!!
俺はアンタなんか…アンタなんか嫌いなんだよ!!」
「……」
すっと昂治の手が伸びる。
右肩は見ていられないほど爛れていた。
「消えろ!俺の前から消えろ!!」
「……」
湿った空気が部屋に充満する。
そして精の独特の匂い。
「消えろ!消えろ!!どっか行け!!」
伸ばされた手を祐希は払う。
痛みは賄わない。
「アンタなんか死んじまえ!!!!」
そして昂治は消える。
私がこれまで対面した死は
私に色々な事を教えてくる……
「……はは…あははは」
祐希は膝をつき、クスクスと笑い出した。
笑い、やがてそれは大声となって
「…っ…あにき……あにき…、」
涙がボロボロと零れる。
部屋には祐希しかいない。
呼びかけに応える者はいないのだ。
「……あ、ああーーーーー!!!」
叫び、そして祐希は頭を抱えた。
「いやぁあああーーー!!!いやだ!!!いやだーーー!!!」
どうしてアナタは今、来ない?
冷たい言葉しか出ない時にしかいない?
今来てくれたのなら
あたたかく強く
抱きしめられるだろうに
吐き出すような感覚を覚えながら祐希は瞳を開く。
自分の乱れた衣服を見て、
そして鏡を見る。
そこには精が固まり、白くかさつくようにこびりついていた。
「……」
手にも同じように白濁の液がついていた。
瞳は重く、赤く腫れている。
乱れた服で鏡の精液を拭き、それをゴミ箱に丸めて捨てた。
適当に着替えて、祐希は下へ降りる。
「あら、早いのね。」
「……」
母親がリビングから出てきた所だった。
「ちゃんと昂治に挨拶するのよ、」
「……」
母親の視線の先には小さな黒い位牌。
祐希は視線を向けるだけだった。
私はこれまで対面した死は
私に色々なコトを教えてくれる
アナタの骸は肉の塊になったのでなく
卵の殻となったこと……
そこにあるのは
ワタシの想い
アナタの屍
(終)
|