**優しい枷
いくら若いといっても、情事の後の疲労は凄い。
それだけの理由ではないが、昂治はベットに突っ伏している。
シャワーを浴び終わった祐希は、トコトコと近づきベット際に座った。
枕に顔を埋めるように寝ている昂治。
小さな呼吸と些か青ざめた顔色に祐希は目を伏せる。
「……」
昂治の方に多大な負担がくるようだ。
弱くなった体。
弱くさせられた体。
息を吐き、祐希は片手をついて昂治を覗き込んだ。
「…ん、なんだ?」
閉じられていた瞼が開き、掠れた声が問う。
「なんでもねぇよ、」
胸が痛むのに、祐希は混乱する。
求めている自分に愛想をつかさいか、
こんな素直じゃない自分は嫌われてしまうのではないか、
そう怯えている自分に驚いた。
「…そう、」
昂治は枕に顔を埋めて、そして軽く顔を向ける。
祐希と目が合うと、落ち着いた微笑みを浮かべた。
息を呑む。
祐希にとって、その笑みは脈拍を速めるもので。
何も言えなくなる。
言葉の出ない弟に昂治は手を伸ばした。
右腕は肩から上へあがらない。
あげようとした手はビクつき、少し震えながら祐希の手に合わせられる。
合わせられた手はやわらかく、そして優しく撫でてきた。
子供をあやすような手つきに苛つくのだが、頬が熱いのに気づいていたので
祐希は黙っていた。
どうしてこうなったのだろうと、祐希は思う。
言いたいコト
思ったコト
前は簡単に云えたのに、言えなくなってしまった。
兄を追い越した自分。
追い越し先を行く祐希は、振り返って兄の姿を探す。
見えるコトに安堵し、いるコトに歓喜を覚えた。
「……なに泣きそうな顔してんだ?」
「そんな顔してねぇ、」
小さな笑声が聞こえ、撫でいた手がそっと握ってきた。
心臓が跳ね上がる。
それでも平然と過ごす祐希に、先ほどと変わらぬ笑みが向けられた。
「兄貴…、」
体を倒しながら、昂治の唇を覆う。
少し渇いた唇を舌で濡らし、薄く開いた口の中に舌を入れた。
「っ…やめろ…って、」
振り払おうとする手に力はない。
祐希はキスをやめて、頬に頬をつけ体を抱きしめた。
力を入れれば、折れそうだ。
女のように丸みなどない体なのだが、
華奢なのは変わりない。
「風呂入ったばっかだろ…、」
「そんなの関係ねぇ、」
ため息をつかれる。
表情には出ないけれど、内心は動揺していた。
祐希は目を少し伏せる。
「したい、」
「おまえな…まったく、」
呆れたような声がかけられ、ふいっと目を逸らされた。
「触るだけ…、」
「触るだけなら、」
その言葉に祐希が少し笑みを浮かべる。
怯えながらも欲する思いの方が強い。
「触るだけだからな、」
「ああ、」
離した唇をまた触れる。
柔らかいその感触に目を細めながら、パジャマ越しに
胸に手を置いた。
「んっ…んう、」
角度を変え、深く舌を絡めていく。
一度、熱を高められそれほど時間は経っていない。
青ざめていた顔色は密かに染まりはじめる。
祐希はパジャマの裾から手をいれ、くすぐるように動いた。
「ふぅっ…っ…はぁ!」
唇を離し、零れた唾液を舐めると昂治はビクっと震えた。
そのままパジャマの前ボタンを外そうとする。
外そうとする手を昂治は握った。
「さ、触るだけ…だからなっ、」
「ああ、触ってるだけだろ、」
「それ以外したら、もうしないからなっ」
祐希は頷き、ボタンを外していく。
触れるだけでは
その熱に触れるだけでは
この胸の欲する気持ちは満たされないだろう。
「んっ…はぁ、あ…」
足りない。
満たされない熱は凶器のようで
自分を少しづつ狂わしていく。
満たされないのなら
いっそこの手で
引き裂いてしまおうか?
徐々に乱れていく体は、けれど理性を切り離す事はない。
証拠に、
「ゆう…き…、」
名を呼び、手を伸ばして祐希の頭を撫でた。
無意識なのかもしれない。
祐希の瞳は微かに揺れて、ゆっくり唇を胸にやる。
手は肌を味わいながら横腹に添えた。
「はぁっあ、」
体が跳ねる。
唇を滑らし、体を後退させながら細腰を持ち上げた。
浮く腰は揺れ、もがくように脚をばたつかせる。
「い、やめっ…んぅあ!!」
ズボンごと下着を脱ぎとり、膝を胸につけるように折る。
丸見えであって、羞恥に昂治の顔は真っ赤になった。
「ゆうき!…おい、ちょ…やあ!?」
貪るようにモノを咥え込んで、秘部に指を突き入れた。
空いている手で震える太股を撫でながら、快楽を与えていく。
頬を染めた顔色は恍惚としたモノへと変わっていった。
漏れる息は甘く、自分を昂ぶらせていく。
「ん、んぅ…ぁあ…あ、」
シーツを掴み、全身が痙攣しだす。
躯は仄かに色づいているものの、やはりどこか青ざめている
ような気にさせた。
「っ…だ、ダメだ…やだっ…」
腰が祐希の手によって固定されていて、逃れる事はできない。
そのまま咥えていたものを思いっきり吸った。
「ひゃぁあっ!?」
吐き出されたモノを零さぬように飲み込み、ゆっくり昂治の腰を
もとに戻した。ぐったりとしている昂治に覆い被さって、
顔をのぞき見た。
「……兄貴?」
「……」
バツの悪そうな顔をして昂治は目を逸らした。
頬には涙が伝っていた。
「…おまえ…ま、また…」
掠れ上ずった声が掛かる。
祐希は伝う涙をすくうように唇を寄せた。
「飲んだぜ、」
「やめろって…云ってるだろ、」
怒っているのか、呆れているのか
瞳を向ければ真っ赤な表情があって。
こんなに求めている自分は嫌いかと
聞けない自分に祐希は嘲笑する。
「おいしいんだぜ、あれ…」
啄ばむように瞼にキスする。
「ばか、」
祐希の頬を昂治が両手で包む。
「なんだよ、」
「…泣きそうだからさ…」
「ボケた事云ってんじゃねぇ、クソ兄貴が。」
「……そればっかだな、おまえ。」
両手で頬を包まれたまま、祐希は唇を寄せた。
泣きたいワケじゃない。
けれど
涙が出そうだった。
以外に頑固な昂治だ。
触れ合うだけで終わる。
お風呂に入りなおし、戻ってくるとぐったりとしている昂治は
近づいてくる祐希を見つめた。
ベット脇まで来た祐希の手を軽く昂治は掴んだ。
「早く…寝ろよ。」
子供を扱うような仕草。
苛つきがココロを燻るのだが、
優しく微笑む顔に何も云えなくなる。
「おやすみ……」
掠れた声がそう告げ、間もなく寝息が聞こえてくる。
自分の手を握る手は弱く、簡単に外れてしまう。離せてしまう。
だが、祐希には強い力が加わっているように思えた。
いつまでも続かないのかもしれない。
離れていくのかもしれない。
見失っていくのかもしれない。
名さえ呼べぬ日が来るのかもしれない。
祐希はそっと頬に唇を落とした。
触れれば、胸が張り裂けそうになって頬が熱くなる。
もっと凄いコトだってしているのに、どうしようもなく焦がれた。
微笑んだままの寝顔を見ながら、寄り添うように横たわった。
弱く握っている手を強く握り返す。
熱が溶け合って、
「…兄貴…」
瞳を瞑る。
自分握る兄の手。
それは枷のようだった。
優しい枷から逃れられる術を知りつつ、
祐希はその枷に捕われたままになる。
兄の傍にいれるように。
昂治の傍にいられるように。
その想いは、おだやかな嵐を起こす。
嵐がワタシをつれていく。
やっとワタシをつれていく。
(終) |