+++静雨
今夜も雨が降っている。
嫌い。
相手に対する感情は簡単に云えば、そう表せるハズだ。
嫌い、嫌い?
右肩が疼くのを昂治は感じる。
人の心とはうつろぐもので、
不確かであるが、相手に対する感情は変わる。
事実は変わらないのに。
相手は自分を追い越して、遠くから蔑ずむように見る。
「兄」である自分はやはり「兄」で
「弟」である相手はやはり「弟」で
――だるい……、
ソファにコテンと寝ている。
今日は出張中の母の代わりに夕食を作った。
前は平気でこなせた。
買い物をして、掃除をして、洗濯をして……
体力の低下がここでよく解る。
もともとあまりない体力が、益々なくなってしまったのだ。
――鍛えようか?
軽笑する。
身を少し起こし、窓から外を見た。
雨。
この季節、晴れるコトは少ない。
見慣れた雨は、あの日――右肩に傷を負った――のと
全く同じだ。
雨は変わらず降っている。
時計を見れば、もう10時を過ぎていた。
――腹へったな…
自分は待っている。
相手は“偽善”と云うかもしれない。
嫌いなら、嫌いでそれに相する行動を――
しないのは、やはり自分は嫌いではないのだ。
どんなに罵られ、蔑ずみ、殴られ、暴言を吐かれても。
――もう少し…待つか
昂治はソファにまた横たわる。
目を閉じ、雨音を聞く。
赤い血
服に染みて
消えることはない
鍵を開け、祐希は家の中へ入った。
雨でびしょ濡れの体は程良い寒さで、
凍えるような寒さは、むしろキモチが良かった。
家の中は明るい。
“偽善”と云う行為で、彼が点けておいたのだろう。
嫌いなら、嫌いで。
それなのに、“偽善”は止められない。
やはり「兄」は「兄」であろうとする。
自分はもう、存在しないと思っているのに。
否、自分も「弟」は「弟」であろうとしている。
それしかない。
急に浮かぶ思考。
それしかない。
「……、」
リビングに行くと、ソファに寝ている兄の姿を見つける。
テーブルの上には夕食。
ちゃんと二人分用意されてあった。
また“偽善”?
雨で濡れた服が肌に吸いつく。
髪から雫が落ちて、
床に水が染みていく。
……
もはやコレは“偽善”ではないコトを知っている。
「兄」は「兄」なのだ。
そして彼にとって、自分は「弟」で「弟」でしかならない。
これが絆。
忘れようとしても忘れられない。
壊そうとしても壊せない。
証拠は自分自身なのだから、
――バカ兄貴が…
そして祐希は事実を受け入れる。
どんなに毒吐いたとしても。
水で足跡をつけながら、昂治に近づく。
すやすや寝ている。
皓い肌、小さな身体。
殴れば、痣ができるだろう。
切れば、傷ができるだろう。
触れれば、相手の熱を感じるだろう。
「……」
膝を曲げて、肩を掴んだ。
自分は起こそうとしている。
誰を?
「兄」か、それとも「相葉昂治」か、
そして起こしてどうするのだろうか。
手を離し、ソファの横に座る。
胸が痛む。
体は寒い。
「…兄貴……、」
この感情は何か、
知っている、解っている。
祐希は背をソファに預け、目を瞑った。
耳に、雨音が届く。
雨足が強くなり、その音で昂治は目を覚ます。
――12時…か
祐希は帰ってこないなと思う矢先、彼の姿を見つける。
眠っていた。
服が濡れている、髪が湿っている。
ずぶ濡れで帰ってきたコトがすぐ把握できた。
ソファから降りて、祐希と同じように床に座る。
右手を伸ばし、頬に触れてみた。
冷たい。
このままでは風邪を引くだろう。
昂治は立ち上がろうとしたが、疲れの所為か、
立つ事が出来なかった。
ここまでしなくていい。
上着をずり落とすように脱がす。
そして自分も上着を脱ぎ、
それをタオル代わりに相手の体を拭いてやる。
冷たい。
昂治は抱き寄せた。
重みに耐えられず、後ろへ倒れる。
背中が痛んだが、体を引き寄せて抱きしめた。
今、抱きしめているのは誰か。
「弟」か、それとも「相葉祐希」か、
脈拍が速くなる。
――これは…?
相手に対する感情が変わったのは知っている。
それが何へかは、まだ解らない。
体とは逆に熱い息が胸に当たった。
目を瞑る。
すぐにわかりそうな気がした。
この雨が止む頃までには。
今夜は雨も降っている。
雨はまだ止みそうにない。
黒い雲
白い雨
さらさらさら
寒いはずが、水が蒸発するように、とてもあたたかい。
ぬくもり。
「……」
祐希は目が覚めて、まず視界に白色が広がる。
人の肌。
そして雨音。
誰?
体は抱きしめられていて、起きるとパタリと手が落ちた。
上着を自分も相手も着ていない。
脱いだ覚えはなかった。
兄貴が?
あたためていた…この凍えた体を。
やはり「兄」は「兄」か、
「ん……、」
物音がすると起きてしまうのは、昔と変わらず。
うっすらと昂治は目を覚ました。
「祐希…遅かったな、」
「……」
「ダメだろ、傘さして帰らないと…、」
祐希は昂治から離れる。
「関係ねぇだろ、あんたに。」
「…そうだな。」
寝起きの掠れ声。
少ししゃがれ過ぎていると思ったが無視した。
「キモチ悪ぃコトすんじゃねぇよっ、」
怒るふうもなく、脱ぎ置かれた服を昂治は拾う。
まだ寝ぼけているのかと思わせた。
「朝食の用意、残りでいいか?なぁ、祐希――、」
昂治が問い掛けた時には、もう扉が閉まる音がした。
そこで祐希は朝食を食べないと把握させる。
「はぁ…まったく、もぉ。」
急に寒気がして身を震わす。
肌は冷たく、手はなおさら冷たかった。
部屋は薄暗い。
電気を点けて息を吐いた。
朝なのに、こんなに薄暗いのは
サァァァァ……
どうやら、雨は止まなかったらしい。
「止むと…思ったんだけど、」
一人つぶやき、昂治は朝食の準備をし始めた。
もちろう、二人分の用意をして。
祐希は部屋にいた。
自分の部屋なのだが、ひどく居心地が悪い。
行きたい所がある。
そこへ行って、そこへ行って
兄貴がいる所へ…
首を振る。考えを打ち消す。
あんなに冷たかった。
凍えた体は怖いくらい、あたたまっていた。
手短な服に着替えたからではない。
ベットに寝転び、顔を枕に埋める。
イラツク。
この「ぬくもり」にか、
「兄」に対してか、
「弟」という立場か、
「相葉昂治」へか、
自分にか。
――全部だ…
全てに苛々する。
何より、雨の音が耳ざわりだった。
体を起こし、祐希は部屋を出る。
どこか行ってしまおう。
そんなキモチになって、階段を下りた。
意識とは別のように、体がリビングへ向く。
テレビがチカチカついてる。
ソファに昂治の姿が見えて、
洗濯して乾いた服でも着たのだろう。
部屋を訪れてない昂治だが、新しい服に着替えていた。
「……」
何か口から言葉が出そうだったが、出なかった。
祐希は、玄関へ行く。
外へ出ようとドアを開けた時、
「きゃっ…!」
「っ!?」
ちょうど傘をたたんでいた、あおいがいた。
「びっくりした。」
「……何か用かよ…、」
祐希は目を逸らしながら聞く。
相手は逸らす事なく、喋り出した。
「うん、おばさんから電話があってね…、」
「兄貴なら、中にいるぜ。」
少し擬古地なく表情が固まる。
「あおい…?」
「え、あはは、なに?」
「…兄貴と何かあったのか、」
俯き、顔を上げ、苦笑いをされる。
「やっぱ、隠せないか。」
息をついて、
「私、昂治に振られちゃったの。」
すっきりしたような声だった。
だから尚更、祐希は耳を疑う。
「あ、でも昂治の所為じゃないし…責めたり、悪口言ったら
許さないからね。」
その言葉に、祐希は応えなかった。
「…幼なじみの範囲としては、ここまでかな。
ちゃんと、伝えておいて。」
あおいは告げると、傘をさして去っていった。
中へ逆戻りして、祐希は下を見る。
遅れてドアが閉まる音がした。
――兄貴とあおいが……?
嬉しい。
すごく嬉しい。
何が?
ギリッと祐希は奥歯を噛む。
苛立ちを抱えたまま、靴を脱ぎ捨てリビングへ行く。
こんな感情を抱えたまま行けば、きっと暴言を吐くだろう。
きっと殴るだろう。
「おい、兄貴っ!」
ソファから覘く頭が少し動いたのを見て、
ズカズカと祐希は近づく。
背もたれに体をあずけた昂治の目の前に立った。
「どういうコトだ、てめぇはっ!!」
「…え?」
急に言われても、わからない。
だが、思いあたる節があって、昂治は祐希を見る。
苛立ちに怒る顔。
「ああ、俺が悪い。不安定なんだ、」
「なに言ってやがる!
あんた、本当に最低野郎だなっ!!」
そうだな、
昂治は体を起こそうとした。けれど出来ず、ソファに沈む。
「寝てんじゃねぇ!!バカがっ!!」
「……」
はっきり映っていた視界がぐにゃぐにゃと歪み始める。
「もう少しなんだ…もう少しでわかる。雨が止む頃……、」
「……おい…おいっ!!!」
沈み込んでいく身体に祐希が声を上げる。
返ってくるのは弱い反応で、やがて返ってこなくなった。
祐希は左肩を掴み、揺する。
「おいっ!!寝るなっ!!!」
気を失った。
それくらいわかる。
祐希は額に手を添えた――熱かった。
「ちっ!……」
舌打ちをして、ソファに寝かす。
体勢を整えて、祐希は昂治を抱き上げた。
いくら力があるとしても、相手は男だ。
多少、負担がかかるハズである。
けれど、すっと簡単に抱き上げられた。
軽い。
冗談かと思うくらい軽かった。考えるのは後にする。
まずは昂治を部屋へつれていった。
ベットに寝かして、布団をかけて。
必要なものは?
温めなくては、熱を下げないと、氷はあったか、毛布を
祐希は首を左右に振って、台所へ行く。
混乱していた。
混乱している。
兄貴が熱をだした。
気を失う。
荒い息、苦しそう、身体が軽い、冷たい…
台所に着く。
そこには朝食が置かれていた。
一人分はもう、皿が片付けてある。
もう一人分はラップがかかったまま……。
自分の分だ。
それから目を逸らし、祐希は冷蔵庫を開ける。
まずは冷やすものを、
体温計を机の上に置く。
特長のない、キレイに整頓された部屋。
「バカじゃねぇか、」
息を荒くさせて、寝ている昂治に言う。
熱を出した理由。
昨日、雨に濡れた自分を一晩中、抱きしめていた。
凍えた体をあたためた。
「バカ兄貴、バカ兄貴…、」
机の上に目がいく。教科書が置いてある隅。
そこに何かが伏せてある。
何の考えなしに、祐希はソレを見た。
幼い頃の写真。
楽しいそうに笑っている。
「兄」は「兄」。
昂治は「兄」にしかなろうとしない。
当たり前。
他に何がある?
昂治を、兄を、「恋人」に
鼻で笑う。
続けて乾いた笑声。
写真を戻し、ベット際に寄った。
――バカ…バカ…バカ兄貴
そのまま床に座って、両腕をベットの上に置く。
「んっ…んん…、」
うめいて、昂治が目を覚ます。
「さ…むい…、寒…い。」
そして痙攣しはじめた。
祐希は慌てたふうに、立ち上がる。
アコーディオンカーテンを開け、
自分の部屋から毛布を取ってきた。
バサリと掛ける。
「…さむ…寒い…さむい、さむ…い、」
効果がないようだ。
何度もうなされるように言う。
寒い。
祐希は上着を脱いだ。
――兄貴なんか、どうでもいい。
ベットに片膝を置き、布団をめくる。
そして、自分の身体を滑りこませた。
体をこっちに向かせ、抱きしめてやる。
細い。
戸惑いに舌打ちをして、もっと抱き寄せた。
鎖骨の辺りに、熱い息があたる。
体温が交わって、相手の匂いが満たす。
緊張、らしくない。
「…ゆ……うき…。」
意識を戻したのか、昂治が顔を上げる。
熱に浮く顔、赤く濡れた唇、揺れる瞳
コノツは誰だ?
マズイ。
そう思った時には手遅れで、
「ふ…んっ……」
キスをしていた。
嫌悪が立ちこめ、離れるつもりだった。
胸元にある昂治の手が、肩を掴む。
「ん…んぅ…、」
その手は掴むだけで、
引き寄せるのでなく、引き離すでもなく、ただ掴むだけで。
熱のせいで熱い舌。
唇を離す。
乱れた息と震えながら閉じられている瞳。
ゆっくり開き、青い瞳に自分が映る。
衝動だった。
ベットにその身体を押さえつけて、
二人分、布団に沈みながらキスをする。
軽く口づけ、貪るように深くしていく。
何をしているのだろう。
掛けている布団を払う。
昂治の上着を脱がして、
「っ…はぁ、」
首筋に口づける。
どうすればいいのか、祐希は知らない。
人と付き合ったコトはある。
けれど、コレはしたコトはない
胸に触れる。
女の子のように膨らみなんかなくて。
「…女の子じゃ…な…い…、」
否定の声。
それは自分の行動へのモノだが、何故かイラつかない。
胸に置いた手で、ソコを撫でてみる。
ピクッと身体が震えた。
「っ…、」
咽喉が鳴る。
何となくだった。
胸の飾りのような乳首を抓る。
「あっ…ん。」
聞いたことのない、艶のある昂治の声。
「兄」が聞かせることのない声。
「ん、んぅ…、」
その声に気づき、昂治は口を紡ぐ。
――抵抗は?
しないのかと、心面に響いた。
抓っていた乳首に唇を寄せてみる。
「ぁ…あ、」
反応する。
自分がした行為に対し、見たことない姿を見せてくれる。
すっと舐めてみた。
身体が震える。
そして、
「ふぁ…っ、」
鳴く。
相手は男なのに、「兄」なのに。
そう「相葉昂治」なのに。
怖いくらい、身体が熱くなっていく。
凍えたハズの何かが熱を持つ。
他の誰にも味わったコトのない熱い何か。
「ひゃあ、あああ、」
身体が跳ねる様はおもしろいと祐希は思った。
その困ったような、せつなそうな顔は…
――かわい…い
体中を余す事なく、祐希は舐め始める。
捩られる体について行くように、舐めて。
昂治の肌はやわらかい。
甘い味がする。
白くて、透き通るようで。
人が言う、“かわいい”や“きれい”は全て
全て、この前にいる人の為にあるかのように
そっと下半身に触れてみた。
密かに主張する膨らみ。
それは相手が男であると再認識させるモノなのだが。
どうでもいい。
思わされる。
思い知る。
自分は「相葉昂治」を欲していると。
全て。
他の人影も声さえも、届かぬよう、自分だけを。
見ているようにしたい。
例えば、
今のように。
「やめ…ろ、やぁ!」
幼い子のような口ぶり、
熱の所為で思考が浮かされている。
祐希は昂治のズボンを脱がして、モノを手で包む。
経験のない祐希でも、どうすればいいかは解った。
「ふ、ダメ…だ、ぁあああ!」
身体が反る。
キモチいいのだろう。
声を上げて、乱れていく。
それも「兄」が「弟」に乱されているのだ。
非現実な現実。
身じろぎ、もがく昂治は布団にシワをつくっていく。
「あ、やあ…も、」
手で包んでいるモノが質量を変え、脈打つ。
キスをしながら、祐希は手の動きを早めた。
達するのは速かった。
ビクついて、昂治は精を吐き出す。
伝わる生温かい液体の感触に、嬉しくなる。
狂ってる、
でもソンナのどうだっていい。
それにしても、どうして?
「ん、やめ…汚な…はぁ、あ」
昂治は拒否を示さないのだろうか。
彼が嫌がっているのは、思いもがけない場所への
愛撫と舐めるコトであって。
行為そのものに否定を漏らしもしないでいた。
熱のせいか、
そう思うのだけれど、それだけで、この「兄」が
受け入れるとは思えない。
同情か、
それも違う。同情されるようなトコロを見せていない。
ましてや、同情だけで男に抱かれるほど昂治は
お人よしではないだろう。
「ん、くぅ、はぁ、ああ」
それにしても、声を聞くだけで高ぶっていく自身に
笑いが込み上げてくる。
そして、どうして気づかなかったのだろうかと祐希は思う。
他の誰よりも
他のどんな人よりも
乱れている「相葉昂治」はキレイだと云うコトを。
「あ、ああ…ん、ん。」
触っているだけで満たされる。
けれど、
――もっと…もっと…
感情が自分を呑みこんだ。
したコトのない祐希だけれど、予想は何となくつく。
ただ、どうすればいいのかは解らない。
そしてその行為は、もう後がないトコまで追い詰めるだろう。
祐希は昂治の細い脚を曲げさせた。
這うように触るだけで、相手は反応を返してくる。
快楽からの熱にぼんやりしている。
脚を抱え、腰を浮かせば何をしようとしているのか解るハズだ。
でも静止の声は上がらない。
拒絶の声は上がらなかった。
だから…
昂治の瞳が見開く。
それは悲痛な様だ。
「っーーーーー!!!」
一瞬にして、昂治の顔色が白くなる。
表情は苦痛で歪む。
「…っ…おい…、」
「っ…!?」
祐希は焦った。
こんなに自分で認める程焦るコトは早々ない。
自分は、昂治のソコに高ぶった自身を突き入れた。
入れたといっても、まだ半分も入っていない。
それで、この相手の痛みを訴える様子にウロたえた。
間違っているのか、と思うのだが、
その行為は止められなかった。
狭く、キツイ内部は焼きつくされそうに熱い。
苦しんでいるのに、心情は混乱するのだが、
そのまま突き進んだ。
肉が裂けるような音がし、何とか全部、中へ入れる。
身体を相手へ倒れこんだ。
肌と肌の感触が何とも云えない心地よさを感じさせる。
「…っ、っく…っ…、」
相当の激痛だと、歪む表情でわかった。
涙が零れ、ぐしゃぐしゃだ。
雫を吸うように祐希は口づける。痛みを和らげる方法は
――自分が行為を止めればいい――わからない。
だから、せめて…と、思う自分に祐希は内心、自嘲する。
祐希は待った。
狂ったような息づかいが規則を取り戻してくる。
白くなった顔色が色づいてくる。
ぎゅっと閉じられた瞳が開く。
自分を映した。
昂治の瞳に祐希が映る。
祐希の瞳に昂治が映る。
「…あ…にき、兄貴…」
「ん…ゆう……き、」
拒否も否定も軽蔑も――負の感情
全て一切、相手は漏らさないでいる。
それだけで、何かが満たされていく。
「…動く…ぜ、」
昂治は俯いて、祐希に手を伸ばす。
その手を祐希は取って、自分の首に回させた。
「…くっ!…うぅ、」
動く度に相手は苦痛を訴える。
自分も痛い。
でも腰を動かすのは止められなかった。
急だった。
「はあぁ!?」
うめくような声だったのが、艶が混ざったのだ。
はて、と思い祐希は同じような動きをしてみる。
「ひゃぁあ!…っやあ、」
――ココがいいのか?
祐希は重点的にその部分に、モノが当たるように
律動を続ける。
「ん、ひは…!あ、やぁ、ソコ!!」
身体の緊張が解けていく。
花を咲かすように色づいていく身体。
祐希は夢中になった。
「あ、あぅ…んん、ああ!!」
腰を動かしながら、祐希は昂治に唇を寄せた。
寄ってきた祐希の唇を迎えるように、昂治の唇が開く。
そして貪る。
相手の何もかも
奪うように
貪る
後は何がなんだか、祐希はわからなくなっていった
ただ、
自分は満たされた。
サァァァ…
雨音が聴こえる。
濡れタオルで身体の汚れを拭き、着替えさせて、
祐希は昂治を寝かした。
情事の所為で、熱がひどくなった。
少し経って、
熱に浮かされながら、昂治は薄っすらと瞳を開く。
ベット脇に頭を交差させた腕の上に置き、
眠っている祐希が目に映った。
身体に鈍痛と残熱。
「……」
何か云いたかった。
何かを告げたかった。
けれど、それは解らなくて唇を紡ぐ。
きっと変わらない。
きっと変われない。
自分が「兄」で相手が「弟」だという事は
けれど、確かに…
昂治は目を瞑る。
サァァァァ…
雨音が静かに届いた。
静かな雨音
雨が止む
そして届くのは
変わらなかった。
あの後、昂治は4日間高熱で寝込む。
そして忘れた。
自分との情事。
――らしいな……
卑屈に笑った。そう云う奴だと、内心で罵る。
決して祐希は相手に言わない。
けれど、
――覚えてるよ、バカ兄貴っ
確かに自分を満たした。
苛立ちも不快もなく、あたたかいものに包まれた。
そのぬくもりに縋るつもりはないけれど、
忘れないで、欲しかった。
外は晴れていた。
「参考書を買いに?」
母、律子の声と
「売れ切れるかもしんないし…今、必要だからさ。」
昂治の声が玄関の方が聞こえた。
無視をしようと思ったが、体は動いていて
気づいた時には玄関にいた。
そこには母しかいなく、昂治はいなかった。
「……兄貴は、」
「でかけたわよ、」
素っ気のない返し。
とうに慣れた母の接し方は客観的に感じる。
祐希は部屋に戻った。
出かけた、一人で、誰が?
昂治が。
服を軽く整え、祐希は部屋を出た。
――さて、まずは……
頭の中で、行動を整理する。
タッタッタッ
誰がジョキングでもしているのかと、昂治が思ったとき
その足音は自分の後ろに止まった。
誰だとは見なくてもわかる。
その人の雰囲気が、気配が背中に強く感じられるから。
「……祐希、」
息を散らして立っていた。
「どうしたんだ?」
「別に、」
深く聞けば、ケンカになるだろうか。
昂治は気にせず、歩き出した。
離れるであろう、その足音はしっかりと後ろから聞こえる。
「あの…なんだ?」
振り返って、祐希を見る。
無愛想な表情で、ふいっと逸らされた。
「別に、」
「じゃあ、何でついてきてんだよ。」
「そっちに用がある、」
もっともらしい返答だった。
けれど、
「……俺は本屋に行くんだけどさ、」
「そこに用がある、」
「デパートと……、」
「そこにも、」
少し黙って、昂治は苦く笑う。
「一緒に行こうか?」
「いやだ、」
その返事にため息をついた。
誘いを強引に勧める事もないので、昂治は歩き出した。
追い越して行くだろう足音は、なおも後ろから聞こえる。
――なんだか…ね、
「祐希、俺はオマエと行きたいんだけどさ…
一緒に来てくれる?」
正しくは、自分が頼む方ではない。
長年、一緒にいた事と昔の記憶で
自分なりの最善の対応してみた。
「……、」
後ろにいた祐希は前に出て、昂治の横に立つ。
承諾したようだ。
少し笑みを浮かべ、足を動かす。
沈黙。
会話などない。
一緒に歩いているけれど、少し祐希は距離をとっている。
――どう…受け取ってるかな……
横を歩く祐希に瞳だけ向けた。
自分は忘れたフリをしている。
4日間、寝こんで記憶はおぼろげになったが、
アレははっきりと覚えている。
痕は消えても、鈍痛は残っていて、ますますリアルだ。
器用に動く指。
熱い身体。
乱れた息。
激痛
そして、白い光…
ふるふると首を振る。
――何も言わないから…ホっとしてんだろうな、
あれは気の迷い。
他の誰かと間違ったのだろう。
そうでなければ、男など抱くはずがない。
しかも「兄」でなにより「自分」など。
けれど言いたいコトが一つあった。
そして聞きたいコトが一つあった。
でも言わない。
自分は「兄」なのだから。
人通りが多くなってくる。
まずは本屋へ着いた。
何かを探す素振りも泣く、祐希は昂治と一緒にいた。
止まれば、2,3歩進んで止まり、
歩き出せば、自分より少し前を歩く。
昂治は目を顰めた。
「おまえ、本屋に用があったんじゃないのか?」
「……別に、」
「そっ…なら、いいけどさ。」
昂治は本を買って、外に出た。
人の行き交いが激しくなっている。
「次は、」
「え?ああ、デパート。」
そう答えると、さっさと祐希は歩き出した。
慌てる必要はないのだが、昂治は急いで追いかけた。
祐希は人が避けてくれているように、歩いて行く。
自分はこんなに人にぶつかったりしているというのに。
「あ、相葉祐希くんよ!」
やっと追いついたかと思うと、
祐希は数人の女の子に引き止められていた。
「かっこいい、」
「あのーファンなんです∨」
「サイン下さい!!」
微かだが、冷たいモノを感じる。
昂治は慌てて、その中に入っていった。
「ごめん、勘弁してやって。
こいつ、そういうの好きじゃないんだ。」
いきなり、そう言ったので
女の子たちは不審そうな顔を向ける。
「お兄さんの方だ、この人。」
「…あのさ、」
どうにかこの場を離れる策を考える。
背後にいる祐希からは
相変わらず冷たいモノを感じた。
怒っている。
苛ついている。
――キレる前に、なんとかしないと…
「急いでるんだ、ごめんね。」
「ちょっと待ってください!!」
祐希の腕を引き、行こうとした昂治の肩を女の子が掴む。
「っ!?」
右肩だった。
声のない悲鳴をあげ、体が地面へ傾く。
ファサッ
体に痛みがこない。
片腕で軽々と祐希に支えられていた。
少し混乱している昂治を横目に、祐希が口を開く。
「…誰だか知らねぇが、常識わきまえろ、」
睨む目つきは射抜くように鋭く、
声は押し殺したようなもの。
女の子たちは、すまなそうな、泣きそうな表情をした。
「行くぞ、」
昂治が何か言う前に、祐希は腕を回したまま歩き出した。
必然的に昂治も歩く事になる。
「あの…えっと、祐希。」
歩みが止まり、じぃっと見られた。
怯む事なく、昂治は言葉を続ける。
「女の子には優しく――、」
「つけあがんだよ、あーいうのは、」
「でも…でもな……次からは気をつけろよ。」
祐希は鼻で笑い、見下すようにあしらわれる。
そんな態度にため息をつき、
「ありがと……支えてくれたコトは礼を言うよ、」
そう言った。
ふいっと目を逸らされ、当たり前のようにも思えてくる
返しに一種の諦めを感じた。
――あ……
腕を回されている。
それは肩を抱くようなもので、今更ながら気づいた。
トク、トク、トク、
体に疼きを感じ、脈拍が速くなるのを知る。
――おかしいよな…俺って
自分は「兄」のままであるべきだ。
そう思っているはずで。
雨は止んだ…。
わかるハズだった。
否、わかっているが目を背けている。
自分を「兄」として形成しようとする小さな常識。
けれどそれも、激しいエゴをぶつけられれば
崩れてしまうだろう。
壊れてしまうだろう。
「祐希、肩抱くの止めてくれないか?目立ってる、」
目が伏せられ、少しの経って腕が離れた。
間もなく、次には手を掴まれ、
強引に引っ張るように歩き出さした。
「おい、ちょ…とっ!!」
「アンタ遅いんだよ、迷子みてぇだし。」
「なんだよ、それ、」
睨む目つきを受け止め、昂治は息をつく。
――なんだかな…もう…
いつのまにか祐希の手には買った荷物が持たれている。
歩調も合わせられたように横を歩いている。
そして握られている手。
昂治は握られた手に熱を感じつつも、握り返さなかった。
「祐希は何も買わないのか?」
「……関係ねぇだろ、」
レジを済ませ、デパート内で話し掛ける。
用があったんじゃなかったっけ?
というのは口の中に濁し、代わりに嘆息をついた。
ふいに祐希が帽子売り場へ行く。
当たり前だが、昂治もそちらへ行くコトになる。
――帽子買いたかったのか…?
「ぼーっとしてんじゃねぇ、」
「あ、悪い。」
ぐいっと引っ張られながら、デパートを出た。
出るなり、祐希は買った物を取り出す。
値札を口で千切りとり、その買った帽子を昂治に被せた。
「………え゛?」
間の抜けた声が出る。
ショーウィンドウには帽子を被った自分が映っている。
黒毛糸の帽子。
それにクマさんのような耳がついている。
「これ……、」
「目立つから、」
帽子を深く被せられる。
「あのさ、これ子供用じゃ…耳ついてるし、」
「やる。」
不機嫌そうな顔が少し緩まる。
それに気づき、昂治は言葉を探した。
「ありがと…でもさ、」
また歩き出したので、昂治は何も言えなくなった。
――バカにしてんのか?
ぼーっとしていた昂治だが、
歩いているのを思い出し声を上げる。
「あ、祐希…俺さ、行きたいトコある。」
瞳だけ向けられ、
「帰るんじゃねぇのか?」
云い捨てるように言われる。
祐希蛾進んでいたのは帰路だった。
「ああ、寄りたいトコあってさ。
祐希は先に帰ってろよ。ひとりでも平気だし。」
上を仰いで、昂治を見る。
「俺もそっちに用がある。」
「………いや、多分ないと……。」
「勝手に人の事、決めつけんなっ、」
苦く笑って、祐希の言葉を聞いた。
決めつけてなどいない。
少なくとも昂治はそう思っている。
「おまえ…甘いもん、あんまり好きじゃないだろ?」
「……」
「だからさ、」
「何処に行くんだよ。」
軽く説明をすると、祐希は黙った。
そしてぐいっと昂治の手を引く。
――まさか、
「おまえも行くのか?」
「人の勝手だ、うっせぇよ。」
それなら手を離せばいいのに。
内心で思うのだが、昂治は口には出せなかった。
駅前の小さな喫茶店。
そこのチョコパフェは美味しいと評判だった。
店内は落ち着きがあり、温かさを感じる造りである。
窓側の端の席に昂治と祐希は座った。
ウェイターに昂治は注文し、じっと祐希を見る。
「…コーヒー、」
目を伏せながら言う。
「それだけか?」
昂治が他に頼む物はないのかと促す。
祐希はむすっとした顔つきのまま、
「チョコレートパフェ、」
吐きすれるように言った。
ウェイターは注文を確認し、席を離れた。
背もたれに寄りかかり、祐希は目を瞑る。
――バカか、俺は…
どうしてココまでして昂治の傍にいようとしているのが
無様にも思える。
だからといって、去る気も離れる気もない。
しばらくして、注文の品が来た。
いかにも甘そうなチョコパフェに、
祐希は胸やけを感じた。
前を見れば、美味しそうに食べている昂治が映る。
――かわいい…
そんな思考に祐希は首を振る。
買って被らせたクマ耳の帽子。
よく似合っている。
傍目、女の子のようにも見え、普通の女の子より
可愛く見えた。
相手は「兄」で「男」だというのに、動揺する心情が
おかしかった。そして同時にくすぐったい気分になる。
「祐希、食べないのか?」
「…やる、」
自分の分のパフェを昂治の方へ押しやった。
相手は目をパチパチさせて、困っているようだ。
「いいよ…おまえのだろ、」
「……」
何も言わず、コーヒーを飲み始める。
ため息が聞こた。
昂治は祐希の分のパフェにスプーンを入れる。
一口分とって、祐希の方に伸ばす。
「少しは食べろよ。ほら、あーん。」
条件反射だろうか、
差し出されたのに担うように、ぱくりと祐希は食べた。
――な゛!?
自分の行動に混乱する。
食べさせて貰ったワケで。
こんな事、昨今の恋人同士でも中々しない。
――恋人?
急に思いつく言葉に頬が熱くなる。
俯き、祐希は目を顰めた。
デートをしているようだ。
そう頭に浮かんだのだ。
浮かんだ言葉に呆れなどなく、逆に嬉々とした感情
が広がって行く。
「おいしいだろ?」
「マズイ、」
はっきり言えば、ブツブツと昂治は何やら云いだす。
祐希は聞き流した。
話している内容が頭に入らなかった。
「あ…、」
ふと昂治が言葉を止めた。
視線は外へ向けられている。
どんよりとした雲ゆきだった。
「…もう、行こうか。」
祐希は返事をせず、立ち上がった。荷物を持ち、
そのままレシートを持って、レジの方へ行く。
昂治が駆け寄る前にお勘定を済ませた。
「俺の分は、何円だった?」
「……0円、」
財布を出そうとした昂治の手を引き、店を出た。
「0円って事ないだろ。おい、祐希!!」
「奢ってやる、感謝しな。」
「感謝って…いいよ、別に。」
俯いたようだ。
昂治に瞳を向ける。
「帽子だって買って貰ったしな…奢らなくていいよ。」
「…うるせぇ、黙ってろ!」
声を上げ、昂治の手を強く握り締めた。
そのまま引きながら走った。
――俺に奢られたくないのかよ、
心の中で叫び。
祐希は目を顰めて、前を見た。
握った手は握り返す事はなく、ただなすがままだった。
雨が近い。
サァァァ…
雨が降ってきた。
ちょうど家近くだったので、そんなに濡れる事はない。
そう予測できた。
祐希の走りが遅くなり、
昂治が立ち止まった。
家の前に着いた時である。
「……祐希、」
雨がゆっくり染みていく。
「あのさ、俺…一回しか言わない。」
祐希の手が離れ、昂治は少し俯いていた。
その表情は思いつめたものでなく、穏やかなモノだ。
「一回しか言わないし、聞かない。
ホントは言わないつもりだったんだけど…さ、」
すっきりしないからと、昂治は微笑む。
祐希は相手を睨んだ。
「……」
「なんだよ、」
昂治が何も言わないので、祐希は先を促す。
唇に笑みを残したまま、昂治は俯いた。
「……俺さ…忘れてない。」
何を言っているのか解らない。
「はぁ?」
祐希は聞き返すように、声を上げた。
顔を上げた昂治は、やはり笑みを残したままだ。
「……おまえと…したコト…忘れてない。」
祐希は持っていた荷物を下に落とした。
目が見開いて、昂治を凝視する。
「覚えてるよ、全部…忘れてなんかいない。」
サァァァァ……
雨が体にあたる。
服に染み、髪を湿らせ、肌の熱を奪っていく。
昂治は俯いた。
「…一回しか、聞かない。」
瞳を合わせ、映る表情は笑顔で。
「どういう…つもりで…あんなコトしたんだ?」
そう言った昂治は目を逸らす事はなかった。
祐希は昂治を睨む。
自分は「兄」で。
自分は「弟」で。
手を伸ばし、祐希は相手の胸倉を掴んだ。
殴ろうと手が上がる。
昂治は目を逸らさず見たままだ。
「それくらいわかんねぇのかよ!!」
やはり事実は変わらない。
やはり変われなくて、
「アンタの困った顔が見たかっただけだ!
てめぇなんか、吐き気がするくらい大嫌いだ!!」
叫んだ声は雨音に消える。
少し経って、小さな笑い声が祐希の耳に届いた。
「おまえさ…」
「……」
祐希は昂治を殴る事なく、抱きしめていた。
生温かい感触を感じる。
「こういう場合、抱きしめるべきじゃないぞ。」
「うるせぇ、うるせぇよ、」
笑い声が止まり、そして背中に感触を覚える。
抱き返されていた。
それで尚一層に祐希は昂治を強く抱きしめる。
頭は混乱していて、けれど不確かなモノがカタチになった
のがわかった。
「…風邪引く…中、入ろ。」
祐希が抱きしめるのを止め、昂治が少し体を離す。
「びっしょだな。」
雨で濡れてしまっている買った品を拾う。
それを片手に抱え、黙ったままの祐希の手を引き、
家の中に入った。
家の中は静かで、母は出かけたのだろうと察する。
「本ダメになったかも…、」
持っていた物を床の端に置き、後ろを振り返った。
昂治は握っていた手を離す。
「あ…兄貴、」
「そうだよ、俺はおまえの兄だ。」
「……、」
「そして、オマエは弟で…生意気だけどさ。」
少し瞳を伏せ、そして右肩に触れる。
ポタポタと雫が落ちた。
昂治との距離を縮め、相手を見下ろす。
「ホント、大きくなったな。」
抱きしめていた。
もう、この感情が何なのか把握しても、それでも
抱きしめていた。
「兄貴…、」
「なんだ?」
「兄貴、」
「……祐希、」
声が響いて、そっと目を合わす。
昂治は苦笑いをしていた。
「はは、お腹すいたね…夕食どうしよっか?」
「いらねぇ、」
「そう?」
抱きしめていた体を持ち上げる。
「…バカ、降ろせよ。」
「いやだ、」
サァァァ……
静かな雨が降っている。
部屋に雨音が届く。
「ん、んぅ…、」
キレイに整理された昂治の部屋。
「っ…はあ、んん…、」
散らかすように、服が床に脱ぎ捨てられている。
「ダメだ…や、だ…ふあ!」
「…横腹、やっぱ弱いんだな、」
暗いのに電気を点けず、二人の素肌が映える。
荒い息づかいと濡れた音。
どうしてこんなコトしているんだろ?
間違っていると思う。
けれど、そんな事どうでもよかった。
不安定だった自分自身に目覚めを知らせる。
「んあ!!はぁ、やあ…あ、ああ!!」
昂治が喘ぎ乱れていく。
一糸まとわぬ姿で、それこそ相手は男だと解るのに、
どんどんと祐希は欲を煽られていく。
キモチ悪いなど思わなかった。
相手の上げる声は甘く、扇情的で、腰に響く。
そして
――キレイ…
肌は手に吸い付くようで、白く映えている。
祐希は口づけた。
唇を割って歯列をなぞり、口腔をくすぐって舌を絡める。
絡みあって、ゆっくりと離せば唾液の糸が引いた。
「はぁ…ん…祐希…、」
見上げる表情は困ったようで、せつなそうで。
昂治の顔に下ろした祐希の髪が触れる。
「……祐希…あたま…おかしく、しそ…だ、」
「おかしくなれよ、」
「ん…もう、おかしいよ。」
シーツに波が作られていく。
求めに求め、奪って奪う様は狂った感覚だ。
そう、「兄」は「弟」を受け入れ
そして、「相葉昂治」は「相葉祐希」を受け入れている。
「くぅ…ん、やだ…、」
震えながら昂治は祐希の胸を押す。
秘部に猛ったモノを添えた時だ。
瞳が何かに怯えているように震えている。
「……」
「…いいよ…いれろよ…、」
黙って止まっていた祐希に昂治が言った。
震えながらも首に腕を回す。
「…いいのかよ、」
「繋がり…たいだろ?……」
そう言った昂治に、そっと口づけて祐希は動き出す。
「…っ……ひっ!?」
やはり狭く、進入を拒むように絞めつける。
構わず、祐希は突き入れていた。
青白くなった肌に脂汗が浮かぶ。涙が頬を伝っている。
痛みで歪む顔に罪悪感と至福を感じていた。
「…っ…くぅ…ん、んん!!」
あさましいまでの妄執。
残虐なまでの欲。
そして痛みと快感。
「はあ、ん、やあ!?」
前の時と同じ場所を突く。
痙攣しだし、ビクついて声に艶が混ざった。
「兄貴…、」
「ん、あ!!あ、ああ…ゆ、ゆうき、」
夢中でキスをし、互いに体を擦りあう。
そしてカタチとなった想いを告げる。
それは「相葉昂治」が「相葉祐希」に
そして「相葉祐希」が「相葉昂治」に。
好き
好きだよ
どうしようもないくらい
愛してる
愛してるよ
サァァァ…
雨音が包む。
祐希の胸に抱かれながら昂治は身じろぐ。
すべるように肩から布団が落ちた。
肩に布団を掛け直され、昂治は掛け直した相手を見た。
「…へぇ…めずらしいな、」
目が細まった祐希に昂治は続けて言う。
「…優しく…してくれてるからさ、」
普段は優しくしていないような物言いに、祐希はぶすっとした
顔をした。不機嫌極まりない表情に、昂治は笑みを向けた。
「怒るなって、」
「バカ兄貴がっ。」
「だったら、バカ祐希だな。」
祐希は毒吐きながらも、強く抱きしめた。
胸の中にいる昂治は、それに担うように頬を摺り寄せる。
「…祐希……、」
「あァ?」
素っ気ない返しに微かな笑声が聞こえた。
間が合って、決意のような瞳を向けられる。
祐希とは違う強い眼差し。
「ちゃんと…言わなきゃな……俺たちのコト、」
そんな事が口に出るとは思わなかったので、
祐希は間の抜けた顔をした。
「…兄貴…あんた――、」
「現実から逃げたくないからさ。まずは…母さんだな。」
体を起こし、祐希を覗き見る。
「もしかしたら、引き離されるかも…しれないけどさ。」
大丈夫だと昂治は微笑む。
祐希もそう思った。
決して、自分たちは離れるコトが出来ないのだ。
もうずっと前からの当たり前のコト。
自分は「兄」で
自分は「弟」で
だからこそ、引き離すコトは出来ない。
サァァァ……
雨音がおだやかに聴こえた。
祐希は昂治を抱きしめ、昂治は祐希を抱き返す。
「…いっしょに…大人になろうな、」
「ああ、」
朝には雨が止み、優しげな光が二人を包むだろう。
(終)
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