…++新月が哭く++…

―痩月―





月が痩せる
暗闇の中 痩せていく
アナタがいる夜空
ボクがいる闇
月が哭く
細く痩せていく手を伸ばし
ワタシを助けてと 千切れながら

「死にた…くな…いよぉぉ……、」

アンタは静かに泣いている。













ネーヤは微笑んでいた。
昂治も微笑んだ。
その笑み、無理に笑おうとしているのが解る。
悲しい?
悲しくないよ

「こうじ…痛くない、でも。」

「いいんだ、ネーヤ。」

黙る。

「いいんだ。もう…あとは俺自身なんだろ、」

こくりとネーヤは頷く。

「月…在る、在るヨ。」

「うん、」

「在る、在る、在り続ける。」

微笑む昂治にネーヤは黙る。

「うん、ありがとう。」

アナタは知っている?
知ッテイル
呼ぶ声。

アナタハ誰ダ

ゆっくりネーヤは昂治を抱きしめた。
青白い昂治の顔。

「あした、またお話してね。」

昂治は微笑むだけだった。





泣いている彼。
祐希は震えながらも、その涙を掬うように唇づける。

「…っ……、」

何か言おうとしている。
けれど咽喉が鳴るだけで、声にならなかった。
変わりに祐希はキスをした。
甘いキス。
胸をしめつける
そんな甘いキス。

好きだよ

縋ってくるのは初めてで。
それほど苦しんでいたと思うと、胸が痛くて。

「兄貴…、」

「……ゆうき…。」

声が掠れている。

「ごめ…んな、ホント…俺ってダメ兄貴だな。」

頬を祐希の胸に寄せながら言った。

「そうだな、」

揶揄い口調で返してみれば、むっとした表情になる。

「あんたはダメ兄貴。俺の兄貴だ。」

「…なんだよ、それ。」

まだ流れている涙を唇で吸う。

「兄貴は俺の、俺は兄貴のだ。」

「ばか、よく…そんな恥ずかしいコト言え…るな。」

「だから、俺は――、」







ふと後ろから声をかけられた。

「祐希くん、」

無視しようかと思ったが、祐希は振り返った。

「素直でヨロシイ!」

「…何か用かよ。」

自嘲にも見える笑みでイクミが立っていた。

「昂治のコトで、ね。」

瞳を合わせる。

オマエハ俺ト同ジ

考え方は違うとはいえ、性分は似ている。
そう、内に深い闇を持っている所とか、

「どっか悪いとこでもあんの?」

「…兄貴に聞けよ、」

「言わないから、昂治は。」

ポケットに手を入れ、イクミが言う。
昂治は言わない。
きっとソレはいつまで経っても変わらないだろう。

「兄貴が具合悪いかは、知らねぇ。けど――、」

「……、」

たまにはイイと祐希は思う。
相手が望んでいるコト。

「悪いんなら、てめぇの所為だ。」

翠の瞳が揺れる。
憤怒、憎悪、罪悪、後悔、懺悔、寂寥――そして歓喜。
視線が絡み、その感情に自分も呑まれる。

「そうだな、俺の所為。」

イクミが求めるもの。

罰。

けれど与えるべき者はソレを与えない。
与えないことで、それは自責の念を募らし、でもそれは温かく。
見守っている。

「そして俺の所為だ、」

「…めっずらしい!反省してんの、弟クン?」

「うるせぇ、」

その罪は擦りつけるモノでも、咎めるモノでもない。
償い、そして癒される。
この凍てつく心を。

「ま、いいや!祐希はコレからシフトっすか?」

「何だっていいだろ、」

“いいヤツ”のイクミの笑み。

「シフトね、それはそれは。」

「…何企んでやがるっ。」

手を頭の後ろで組み、にんまりと笑う。

「べーつにー、俺はコレから昼食だもん∨」

威嚇するように睨む目を、余裕の笑みで返す。

「まさか、」

「んーー?わかった?わかっちゃうよねぇ。そっ、これから
昂治とデートなの∨応援してね、ゆ・う・き・く・ん。」

「兄貴が、てめぇとデートするか!!」

肩をひょいっと上げる。

「どうでしょ?俺って、昂治の友人だし?ほら、あるじゃん。
友人から恋人になるってヤツ。」

目をしかめ、鼻で祐希は笑った。

――兄貴は俺しか、見てねぇんだよ。

大袈裟であるが、そう思ってもいいだろう。

「あ、安心しろよ。」

「何を、」

「すぐ“義兄さん”って呼べなくても、俺は気にしないし。」

一発ぐらい殴ってもいいだろう。
そんなコトを考えている間に、祐希はすでにイクミを殴っていた。

「んにゅーー!いたいっすね!!!」

「っざけんな!!」

「あーん、祐希クン恐いぃ。昂治に慰めてもらおう∨」

「〜〜〜っ!!!!!」

時間はある。
明日はある。
だから、生きなくてはいけない。



死にたくないよ


兄貴、

死にた…くない…よぉぉ…

アンタ、死ぬのか?






「だから、俺はアンタが死んだら死ぬんだ。」






手を握った。
肌に残る、赤い痕。
汗ばむ体につく白濁の液を舐め取る。
震える躯は暗い部屋に、白く映えた。
肩に触れる。

「へへ、すごいだろ…、」

苦笑いは辛そうだった。
右肩の漆黒の膿は、広がっていた。
触れれば、光る粉のような物が手につき消える。
膿は広がっていたが、自分がつけた傷痕は消えていなかった。

「急に広がってんじゃねぇか、」

「うん…ネーヤにね、助けてもらってた。」

布団の上に無防備に、体を横たえている昂治に覆い被さる。

「でも、もういいんだ。」

祐希の髪に自分の指を絡める。

「隠すコトなんて、ないからさ。」

知ッテルノ?
ソレヲ意味スルコト?
ネェ、こうじ…

「さらさらだな、おまえの髪。手入れしてんの?」

「……あ?」

その言い方は、まるで手入れしないヤツだろう、と言ってるようなものだ。
ちょっとむっとしたような祐希の顔に、クスクスと昂治は笑う。

「で、してんの?」

「……、」

髪は洗うが、手入れなんてしない。
だが正直に言うのも何なので、祐希は黙った。

「さらさらしてるよ。芯が強い感じだし、」

「アンタもさらさらしてるだろ。」

「ん、でも…祐希よりはね。」

真似るように、祐希は昂治の髪に触れる。
さらさらして、細い。
絹糸を思わせる、キレイな髪の毛。

「…おまえさ、少し鬼畜入ってんの?」

「なんで、」

赤くなりながら、昂治が祐希の下肢に触れる。
少し熱を帯び、反応している。

「鬼畜って言うわねぇだろ。」

「どうかな…。」

体を起こし、昂治の体を自分の膝上に座らせた。
眉を寄せ、見上げてくる瞳は深い色。

「また?」

「ああ、」

視線を泳がせ、昂治はため息をつく。

「激しく…すんなよ。」







「だから、俺はアンタが死んだら死ぬんだ。」

その一言は云ってはいけない事だったようだ。
涙で濡れる昂治の瞳が、祐希を制す。

「…そんなのダメだ!!」

「何でだ?一緒に墜ちるって言っただろ!!」

「それと、コレは別だ。死んだって、一緒にはなれない!」

服を握り締める昂治の手が白くなった。
怒っているような表情が、すっと優しげなものへ変わる。

「だから…俺は…死にたくないんだ…、」

祐希の胸に、頭を預ける。

「死は一緒になるコトじゃない。死はその人自身の消滅。
魂があるって言っても、
それは俺じゃない。俺じゃないんだよ?」

顔を上げて向ける優しげな顔。
優しげではないのだ。
この表情は泣く前の顔なのだ。
寂しさに、悲しさに、辛くて、耐えている表情なのだ。

「俺は…俺自身で愛したい。
我が侭なんだ、俺は。醜くて、汚い。
でも、俺は俺の意志で愛したい。死ぬことを望んでない。」

「……兄貴、」

抱きしめた。

「アンタは……、」

死ぬの?
俺を置いて?

イヤダ、イヤダヨ

死ぬのか?
だから
だから?

「祐希?」

「…それでも、俺はアンタが死ねば死ぬんだ。」

たとえ、この身が生きていようと。







こうやって、自分の服を着せるのも当たり前になった。

「やっぱ、ぶかぶかだな…、」

昂治は袖を見る。
体を祐希に寄りかかりながら座っていた。
確かにサイズは大きい。
けれど、昂治自身の服も多少なりとも大きい。
制服だって手の平が見えないくらい袖が余っている。

「その服、合うな。」

「ぇ?そうか?」

黒の長袖。
ぶかぶかさが、かわいさを倍増させている。

「やる。」

「…いらない、」

即答に不機嫌そうな顔をした。

「祐希の匂いが付いてるし…、」

「どーいう意味だっ、」

「いや、その…体もたない。」

胸に顔を埋めて、呟くように言った。

「カワイイこと言うな、兄貴って。」

「かわいいって言うな!!」

ぽんっと軽く昂治が祐希の頭を叩き、そして抱きついた。

「次…火星に寄航するよな。」

急に言う祐希に間を置いて、昂治は答える。

「一ヶ月くらい先だったよ、確か。」

上を仰ぐ。
何か考えているようで、聞こうとする前に祐希が強く抱きしめた。

「じゃ、買い物だ。」

「は?」

「兄貴、必要なもんあるだろ?」

あるにはあるが。
昂治は首を傾げる。

「…俺と買い物する。決まり。」

「……あの、祐希?」

ため息をついて、髪を掻き分ける。
鋭い奴ならすぐ解るだろう。
でも相手が相手だ。

「デート…だ、俺と。」

平然と言うつもりが、顔は面白いくらい真っ赤になる。
それを聞いた昂治の顔も同じくらい赤くなった。

「…え、なに、あのさ…、」

動揺して声が裏返っている昂治の背を撫でてやる。
「尾瀬とか誘うなよ。」

「あのさ、俺はイイって言ってないよ?」

瞳が合う。
見透かされているような気を味あわせる。

「おまえ…さ、恋愛体質なんだな…、」

ため息交じりの声に、

「アンタが鈍感なんだろ。」

冷たい言葉、けれど温かい声が返される。
幸せだ。
痛くない。
辛くない。

――おまえがいればいい。

だから、死にたくない。
死にたくないのだけれど…。

こうじ

もうダメ…零れるよぉぉぉ

諦めたわけじゃない。
希望はある。
もう1人で悩んでいない。
苦しんでいない。

こうじ、ダメ

その声、聞かないで

昂治は視界が霞んでくるのを感じた。
時間が来た。
最後の夢が始まる。

「兄貴…、」

「ん、デートか…楽しみだな。」

祐希の体に擦り寄る。
この温かさを忘れないように。

「兄貴、」

昂治は目を瞑る。
その体を抱き寄せれば、細く折れそうで。
静かな息が首筋に当たる。


ダメ、ヤダ、こうじ!!

ダメだよぉぉぉぉーーーーーー!!!





――――オヤスミナサイ。







そこは暗かった。
寒かった。

――祐希……。

道が一つ。
灰色の道がある。
ある一ヶ所を、昂治は手で掘っていた。
同じく黒い土のようなものが、自分の手を冷えさせ痛めさせる。

「ナニ、シテル?」

声。

「コッチニオイデ。」

知っている声。

「コッチニオイデヨ、痛クナクナル。」

昂治は手を休めることなく、口を開く。

「そっちには、行かない。」

声が出た。

「…ナンデ、掘ッテルノ?」

「祐希が、堕ちたから…ここに、この下に、」

その声は笑ったようだった。
気にせず、掘ろうとする。
ふと耳に足音が聞こえる。

「お兄ちゃん、どこ?」

子供の声――祐希の声――がした。
慌てて振り返る。

「コッチニオイデ。」

「!?」

その声。
知っていて当たり前だ。
自分を呼ぶ声。

贖うモノはココに胚胎している

「早ク、来イヨ。」

立っていたのは自分だった。
そして横に、小さな子供――祐希がいた。

「……、」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「何デモ、ナイヨ。

ちょっとだけ…おまえが邪魔なだけだ。」
トンッとそのコウジは祐希を押す。
小さな体は体勢を崩し、昂治は駆け寄る。

「うわあぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」

悲鳴と消えていく祐希。
下へ堕ちていった。
助けようと、近づく。
祐希が堕ちた穴から、黒い帯状のモノが伸び、

「…おまえが、祐希を堕としたんだろ?」

昂治の体をがんじがらめにする。
コウジは昂治に近づき、冷たい視線をぶつけた。

「どうして一緒になんない?どうしてだよ、なぁ、教えてくれよ。」

黒い帯は昂治の体を辿る。

「っひ!?」

「…触ったね、その体。」

もがくが、ソレは全く意味がない。
その黒い帯は、生温かく、湿っていて、そして人の手のようだ。

「っ!ゃあ!?」

「触った、誰?祐希が、触った。」

縛り上げられているようだった。
動けなくなる。
黒い帯――闇は昂治を犯す。
首筋を辿る。
乳首を摘む。
弱い所を楽しむように煽り、撫でて。
下腹部をなぞって。
太ももに辿る。
モノを扱く。

「ひっ、やっ!?やだ!?ぅあ!?」

寒気。
思いが通じてなく、苦しかった時。
そんな頃にさえ、味わなかった酷い悪寒。

「祐希、助けて?バカじゃないか?」

コウジの声。

「自分が堕としたくせに、」

「!?…ぅぅうああっあ!?はぁ、やっ、ぐぅ!?」

闇、暗い、寒い、恐い。
恐い。
もがく、もがいて、この帯状のモノから逃れようとする。
体に液体が濡らしていく。
黒い液。

「ひ、ぎゃっ!?あっぐぅぅ!?」

何も施していないソコへ帯状のモノが入ってくる。

「感じてるの?そうだよね、一緒になるんだ。」

「やぁ、ぐぅ!?いたっあ!!!ひっ、は!?」

体が引き裂かれる。
侵される。
侵されている。
闇に侵されている。

「かはっ!?ひゃあ!!やぁあ…たす…け…ひっ!?」

ずちゅ、ぐちゅ
穴から音がする。
体が快楽を呼んでくる。

「や、やあ!!ゆ、ゆう…ゆう…きっ!たすけ…!!!」

コウジが笑った。

「お兄ちゃんなんか、知らない!!」

声が届く。
昂治の瞳が驚愕に揺れた。
闇に侵されている昂治の前に、誰かが立つ。

「あんた最低だな。」

愛しくて、護りたくて、傍に居続けたい。
その人は立っていた。

「兄貴なんか大嫌いだ。」

冷たい声。
真か嘘か。
昂治の瞳が揺れて、

「っああああーーーーーーーーーーーーーっっ!?」

悲鳴と涙。
意識が遠のく。

「んぐっ!?…んぅ!!むぅ…っ!!」

口腔に帯状のモノが入ってきた。
喉奥までソレは来て、嘔吐を許さず何かを流し込んでくる。

「ぐッ!?…んッ…んんーーーーーー!!!!!」

これも闇。

「兄貴なんか大嫌いだ。」

これも闇。




助ケテ、祐希……。






薄暗い部屋。
祐希は座ったまま昂治を抱きしめていた。

「兄貴。」

呼べば嬉しそうに笑う。

「兄貴、」

呼べば優しく名を呼んでくれる。

「兄貴……。」

視界がぼんやりとしてきた。
それでも呼ぼうと唇を動かす。
何故かは解らない。
否、呼んでいると安堵するのだ。
揺らぐ視界に昂治の顔を見る。

「………兄…貴…っ…、」

瞼がゆっくりと閉じ、身体がゆらりと傾く。
昂治を抱えたまま、横に倒れた。


夢の中でもアナタの名を呼んでもいいですか?








月が遠くで呼んでいる

鳴いている

夜空は闇で

月は闇へ

そして新月

ワタシは夜空に溺れる

手を伸ばす

アナタも手を伸ばしている

その手を掴める

たとえこの腕がもがれようと




最後に見たものは なに?








「アナタの笑顔。」



「アナタの静寂。」









今夜は月が見えません





(続)
完結編とバッドED続編へと次で分かれます。
どちらが真のEDかは読み手側にお任せ(爆)

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